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能面についてもう少し詳しく知りたい人のために、岩波書店発行の【能・狂言】の中から、能面に関する部分を抜粋してみました。著者は横道萬里雄先生です。

 能の社会では、面は「おもて」と言われることが多いが、「めん」という言い方も存在する。面箱(めんばこ)・面紐(めんひも)・面当(めんあて)などの熟語では常に「めん」であって、「おもてばこ」などという言い方はしない。面をかけないことを意味する直面も、世阿弥以来「ひためん」である。世阿弥の書物には仮名で「めん」と書かれている場合が多いが、「おもて」と書かれている例はない。つまり、面は「おもて」でも「めん」でも差し支えないと考えてよいのである。

 ところで、能と狂言は猿楽の二つの流れである。中世以降の猿楽に属する芸能の種目には、能と狂言のほかに式三番(しきさんばん)がある。式三番は、父尉・翁・三番叟(三番三とも書く)の三人の老人が祝言・祝舞を行うものである。父尉は、現在では特別の演式のほか演じられないが、面はかなりの数が伝えられている。式三番は、その構成・詞章・謡・囃子・所作のすべてにわたって、能とも狂言とも違う独自の様式をそなえている。たとえば、式三番の謡は全部拍子に合わないし、囃子の手組ミは能や狂言にない別個のものである。面もまた同様で、能や狂言の面とは様式が違う。一例をあげれば、その目は、まぶたの内側全部をくりぬいてあって、白目と黒目の区別がない。これは、能面・狂言面の成立する以前の古い様式をとどめているものと言える(能面では姥だけが例外)。翁は、能役者であるシテ方が勤めるが、翁の面は能面ではなく、能には用いられない。三番叟は狂言役者である狂言方が勤めるが、三番叟の面は狂言面ではなく、狂言には用いられない。式三番の面は、能楽の面ではあるが、能面でも狂言面でもないのだから、式三番面と称すべきである。あるいは、翁面または式面と略称してもよかろう。

 式三番の面にくらべれば、能面と狂言面は、様式として同一のわくに属するものと言うことができる。たとえば、能面の小べしみや、長霊べしみと、狂言面の毘沙門を並べたときに、どれが能面でどれが狂言面かということは、面種を知っていなければ判別が付けにくいだろう。能面の痩男(やせおとこ)や蛙(かわず)や俊寛と、狂言面の塗師(ぬし)を並べても、また同様のことがあろう。一般に、狂言面はそらとぼけた表情をしており、能面の端厳な感じとはほど遠いように思われるが、両者の間には共通する接点が存在するのである。能の中に狂言面を掛けた人物が現れても違和感がないのは、そのためだとも言える。能の中の人物でも、狂言方が扮するアイの役は、狂言面を掛けて能面を用いないのである。以上のことをまとめて記すと、次のようになる。

  式三番面  式三番に用い、シテ方および狂言方が掛ける。

  能  面  能に用い、シテ方が掛ける。

  狂 言 面  狂言および能に用い、狂言方が掛ける。

 

 能には面を用いると言っても、すべての役が面を掛けるわけではない。「羽衣」で言えば、シテの天人は面を掛けるが、ワキの漁夫は直面(ひためん)である。このように、着面の役と直面の役があい対して演技をするという劇は例が少ない。もっとも、隈取りを絵画的仮面と考えれば、歌舞伎にも類例があることになるが、歌舞伎のばあいは、隈取りをしない役も、化粧という仮面を着けていると見ることができる。まったく素顔のままの人物と仮面の人物が同じ線上で演技をするというのは、かなり特殊な劇形態と言うべきであろう。それが不自然でなく成立しているのは、能の面が、素顔の人間とあい対してもおかしくない現実感をそなえているからである。もちろん、能面は写実的な彫刻技法で作られているのではない。そこには省略があり、誇張がある。だが全体として、ひとつの人格を作り出している。また細かな表情の動きを生かすという点で、細心の注意が払われている。そのために、面を掛けた役者が、劇中の人物として素顔の役者と行動を共にすることが可能になっているのである。

 

【本面と作人】

 江戸時代には、能の諸流の主な家々から、幕府に対して家の由緒その他を文書で報告することが数回あった。これを書上ゲ(かきあげ)という。書上ゲには、家々の伝来品の目録も含まれるが、シテのばあい、その大部分が面の目録で、他の能道具は、将軍下賜の装束など、ほんの数点を数えるにすぎない。いかに面が大切に扱われ、また長期間にわたって伝えられてきたかがわかる。書上ゲに掲げられた伝来面は、本面または書上面と称され、その中には、現在までその家に伝えられているものが少なくない。そのほか、種々の理由で他家に渡って所蔵されている品も合わせると、現存する本面はかなりの数にのぼる。

 能道具の中で特に面だけは、だれの作であるかということが、古くから意識にのぼっていた。世阿弥の『猿楽談儀』には、面打チの名を十一名あげて、どの家の何々の面はだれの作だというようなことが書いてある。世阿弥の時代は、まだ面の種類の固定が完全でなく、したがって面種の特定名称もすくなくて、「年寄りたる尉」とか、「顔細き尉」などという呼び方をしていたのだが、面打チについては関心が高かったのである。その伝統は江戸時代にまで引き継がれ、書上ゲに掲げられた本面には、作人の名が添えられている。しかし、それをそのまま事実として認めるには、かなりの勇気が必要である。次の表に掲げるように、書上ゲに記された面打チの名は、面の種類によっていちじるしく片寄っている。たとえば、赤鶴作と称する面は、すべて鬼畜等に用いる異相面であり、竜右衛門作と称する面は、すべて女の面か若い貴公子や少年の面である。たしかに赤鶴は、『申楽談儀』に「鬼の面の上手」とあるが、鬼の面しか打たなかったという証拠はない。又同書によれば、竜右衛門は「この座に、年寄りたる尉」を打っているはずだが、書上ゲの竜右衛門には、そうした作の幅が見られない。

 

老体面               小牛(こうし), 福来(ふくらい)   石王兵衛(いしおうびょうえ)

女体面    一般の女体面  竜右衛門(たつえもん),  越智(えち),  増阿弥(ぞうあみ)

       痩女類       氷見(ひみ)

男体面    童子類       竜右衛門

       若男類       竜右衛門,   *徳若(とくわか)

       荒男類       徳若

       怪士類       徳若,   *千種(ちぐさ)

       痩男類       氷見

異相面               *赤鶴

            (福来は石王兵衛と同一人物だとする伝承がある。)

 上のように、面の種類に片寄りが見られるということは、個々の面打チの特徴として固定して概念が伝えられ、それに合わせて作人を推定したものが多いためとしか考えられない。とびぬけてすぐれた鬼の面だから赤鶴作に違いないというような推定は、赤鶴以外の人はすぐれた鬼の面を作りえなかったという前提がなければ成り立たない。この前提には、どう考えても無理がある。実際に、ある家の本面の彩色が傷んできたので修理に出したところ、彩色を剥がしてみると、伝承された作人よりずっと後世の面打チの名が墨書されていたという話を聞いたことがある。しかも、修理後その事実は公表せず、作人としてもとの名がそのまま伝えられているというのである。

 上の表で *印を付した人は、『申楽談儀』に名の出てくる面打チである。同書には、こほかに文蔵(ぶんぞう)と夜叉(やしゃ)の名がある。文蔵の名は書上ゲにはごく少ない。夜叉は、後世「夜叉五面」というような言い伝えがあり、面の数が少ないと同時に、例外的に諸類に分散して名が出てくる。なお、式三番面だけの作人として、日光(にっこう)・弥勒(みろく)の名が出ているが、架空の伝説的面打チと考えられる。

 桃山時代以降の面打チについては、芸系も伝記もほぼ明確だし、焼印等もあるので、個々の面についても作人の確定がしやすいようである。焼印というのは、面の裏に、「天下一河内」とか「出目洞白」などというように作人の名を焼き記すものだが、世間には、偽の焼印などもあるらしいので、やはり注意が必要である。桃山時代以降の面打チのなかでは、河内(かわち)・大和(やまと)・近江(おうみ)・是閑(ぜかん)・友閑(ゆうかん)・洞白(とうはく)・洞水(とうすい)・甫閑(ほかん)などに佳品が多い。

 能の研究や鑑賞をするばあいに、面に関心を持つことは望ましいことだが、作人の知名度や年代の古さに目が向きすぎることは、あまりよいことと言えない。名優は面を選ばずという考えかたは是認できないが、面の由緒だけが能なのではない。逆に、現代の面打チの作品が舞台で立派に生かされて、能が成功することも多いのである。

 

【形態の特色】

 面は、ふつう檜材を用いて製作される。刃先のさまざまな鑿(のみ)と彫刻刀と掬鉋(すくいがんな)で彫りあげ、表面を胡粉で下塗りした後、平滑に磨く。これを下地にして、肌の彩色を行い、目・鼻孔・唇・歯等の色を付け、最後に毛書キを施して仕上げる。なお、鬼畜などに用いる異相面には、眼球や歯に金属板をかぶせ、金鍍金(アマルガム鍍金法)をするものもある。また新面のばあいは多少の古びを付けることで生々しさをしずめることが多い。なお、室町時代以前の古い作品には、檜以外の材質もあるようだから、工程も上記のとおりではないかもしれないが、特に目立った異様式の面というのは、現在舞台で使用されているものの中には、見当たらない。

 面の裏は、カンナ目を美しく残したものが多く、その上に漆を掛けてある。カンナ目には、面の作人のサインを意味する知ラセガンナも見られる。また近世の面には、前述のように面打チの焼印を面裏に押したものがある。なお、面裏の木肌を見せずに黒漆などで塗ったものもあるが、これには後になって塗り直したものが多いようである。面裏には、作人の名や、作人の鑑定をした人の鑑定書きや、所蔵家の所蔵書きが、黒・朱・金などの文字や彫り文字で記されているばあいがある。これは大名家の旧蔵品などに多い。

 能面のような顔という言いかたが、無表情な人間のたとえによく用いられるが、実は能面ほど表情の豊かな仮面は、他に例が少ない。世界には、呪術・祭儀・演劇・舞踊など、さまざまな目的で作られた仮面が存在する。その中には、素朴な描写の中に湧き出るような力をひそめている仮面もあり、意表をつく造形によって人の目を奪う仮面もある。あいかし、全体に共通して言えることは、極限的表情をもっているということである。笑う面は大いに笑い、怒る面は大いに怒るというのが、一般の仮面である。

 能面でも、鬼畜などの用いる異相面には、同じような例が見られないこともないが、常相の女体面などでは、極端な表情をとらない。詞章に応じて、笑いもし泣きもすることが前提となっているからである。能面のような顔というのは、こうしたところから来ているので、はじめから笑った顔や泣いた顔では、劇の進行についていけない。そのかわり、役者の演技が優れていれば、わずかに顔を伏せると愁いに沈む表情となり、わずかに顔を起こすと晴れ晴れとした面差しになる。そういう心の変化に応じうる面が、すぐれた能面ということになるので、単に彫刻としてすぐれているというだけでは、能道具としての役目が果たせないのである。

……略……

 

【細部の形態】

 江戸時代中期以降の装束付ケによれば、面の種類は一応固定していて、種名も明確であるかに思われる。全体的に見れば、たしかにそうなのだが、個々の面種については、あいまいな部分が残されている。同名異種または異名同種の面があることもそのひとつだが、それよりも、異名異種とされながら、相違点や弁別点が微妙なものが多数存在するのが困るのである。

 たとえば、中年の女性の面と言えば、代表的なのは深井と曲見で、どちらも、どこにでもある面である。それを全部ならべるまでもなく、数点を比較してみただけで、顔立ちからは両者の間に線を引き得ないことがすぐわかる。それを別種の面として怪しまないのは、毛書キに両者の違いがあるからである。女面は、額の毛が左右に振り分けられ、耳のほうへ垂れ下がっていくように、墨で毛書キを施してある。その毛のうち頬のほうへ外れて流れ出た毛が、二筋か三筋書かれている。これを流レ毛と仮称することにする。流レ毛は、深井では額の中央から左右に流れ出しているが、曲見ではこめかみに寄ったところから流れ出している。深井と曲見という種名は、一般にこの流レ毛の流れ出す位置を見て決定されているのである。仮に、彩色の修理などの際に流レ毛を書き変えてしまえば、深井が曲見に変わってしまうということになる。実際にそういうことはありえないが、この二つの面種の違いは、その程度に微細なものである。

 そのような微細な差ならば、深井と曲見をひとつにして、たとえば更女(ふけおんな)といった別の種名を付けたほうが合理的とも言える。しかし、深井も曲見もあまりに広く通用している面種なので、そこまでするとかえって混乱をまねく。他の面種どうしにも、このような例がかなり多い。その弁別には、細部の形態について知っておくと便利である。面の細部の形態については、定まった熟語がまったくないので、それぞれに仮称を与えることにした。

[ 冠形(かむりがた)]  男体面には、被リ物の下端を面の額に描いてあるものが多い。これは、異相の男体面にも見られる。一般的には、半月形に墨で描いてあるだけだが、中にはその部分の形をはっきり彫り出して黒く塗ったものもある。前者を書キ冠形、後者を作リ冠形と称することにする。作リ冠形は、大べし見など少数の面種にだけ見られる。

[ 植エ毛]  老体面は、鬢(びん)と髭(ひげ)の毛を植エ毛にする。ただし異相の老体面である悪尉の類は、髭だけで鬢の植エ毛はない。毛は、馬のたてがみかバス(尾毛)を用いる。老体面以外には植エ毛はない。

・ 鬢: 左右の毛先を額の上で結びとめる。この部分には仮髪の尉髪の毛先がかぶさる。

・ 髭: 口髭と顎髭の双方が植エ毛の面と、顎髭だけが植エ毛の面とある。前者を双髭(もろひげ)、後者を片髭と称することにする。なお、唇の下にもすこし植エ毛をしてあるのがふつうであるが、これは同じ面種でも有無両用のばあいがある。三箇所とも、植エ毛でなければかならず毛書キで髭をあらわす。

[ 毛書キ]  髪の毛、眉毛、髭などを墨書キにしたものを毛書キという。ただし狭義には、髪の毛のばあいだけをさす。老体面や老女類の面などの毛書キは、黒白交互に書く。白だけでは目立ちにくいためであろう。

・ 髪の毛: 女体面の毛書キは、前述のように髪を振り分けた形で、流レ毛が書き添えてある。これは、異相の女体面である般若なども同じである。流レ毛は、額の中央から流れ出ているのがふつうだが、こめかみ寄りから流れ出ている曲見などがある。また、流れ出た流レ毛がそのまま頬の部分までおりている一段毛書キと、下方で流れ出た別の流レ毛と交差して、途中で一部分または全部が本体の髪に合体する二段毛書キと、同じ交差をさらに繰りかえす三段毛書キとある。三段毛書キの面が多く、二段毛書キは孫次郎や万媚(まんび)などに、一段毛書キは小面などに見られる。また別に、オクレ毛(長さの短い毛)を乱すことですさまじさを出した増髪(ますかみ)・泥眼(でいがん)・橋姫などがあり、異相の女体面も同様である。老女類と山姥(やまんば)は白髪まじりの毛書キである。

  男体面の毛書キには、前髪と鬢をともに前へ垂らしたものと、鬢の毛の部分だけを描いたものとがある。前者をカブロ毛書キ、後者を鬢毛書キと称することにする。カブロ毛書キは、童子類などにある。鬢毛書キには、うしろへ髪を引き上げた毛足だけを描いたものと、それにオクレ毛を添えたものと、オクレ毛だけを描いたものとある。第三のものは痩男類などに見られる。なお、喝食(かつしき)類の毛書キは、女体面の毛書キに前髪を書き添えた形をしており、その前髪は、カブロ型、櫛払イ型、銀杏型の三種に大別できる。

 

 

・眉毛: 老体面には植エ毛が多いが、眉毛は毛書キで、ほぼ水平な平ラ眉と、眉尻の下がった下ガリ眉に大別できる。

  男体面の眉毛は、図のようにかなりいろいろな形があるので、それぞれ、平ラ眉・上ガリ眉・ハネ眉・帚眉・三日月眉・張リ眉・寄セ眉と称することにする。ハネ眉は平太(へいだ)の特徴で、帚眉は顰(しかみ)類などの異相面に見られ、三日月眉は童子類や痩男類にあり、寄セ眉は若男類に見られる。

・ 髭: 植エ毛が片髭の老体面は、かならず口髭を毛書キにする。男体面も髭のあるのがふつうで、髭のないのは、童子類・喝食類と、十六(じゅうろく)・敦盛(あつもり)などのごく年少の男面だけである。男面の髭は、口髭と唇下の髭の二箇所がふつうだが、後者はほとんど目立たない。これは異相の男体面も同じである。なお、べし見類などには顎髭を毛書キにしたものがあるが、これはさらに目立たない。これにくらべると、口髭はよく目立ち、いくつかの型がある。もっとも多いのが八字髭で、そのほか、髭尻が下向きの下ガリ髭、髭根が口角を上下からはさんで火炎のような形になっている火炎髭、髭尻がばらばらに散っているザンバラ髭などがある。

 

[ 作リ眉 ] 本来の眉の毛を抜いて、それより上のほうに眉墨で描いた眉が、作リ眉である。女体面は、山姥類と老女類の一部を除いてすべて作リ眉であり、これは異相の女体面も同様である。男体面のうち、若男類の一部である中将や敦盛などにも作リ眉がある。作リ眉は、ほぼ水平な平ラ眉と、外側が下降する下ガリ眉に分けることができる。

 

[ 目 ] 目については、虹彩を描かない目の静カ目、金色の虹彩がはっきりしている開キ目、その金色部分が拡大された張リ目、白目部分がなくなった丸目に四大別できる。静カ目は、目尻の方向で、上ガリ目・平ラ目・下ガリ目に区分でき、特に両目の間隔が広がった近江女などの離レ目が、別に考えられる。張リ目・丸目のうち、まぶたのたるみ等から来る異形には、図のように、五角目・舟形目・三白目(白目が三方をかこむもの)・茗荷目・鷹目等がある。なお、盲目の面は細長いクリヌキ目である。

 

 

[ 鼻 ] 鼻に大きな特色のある面は多くないが、鼻翼のいちじるしく張ったイカリ鼻、鼻梁の二段になった二段鼻などは、特に取りあげてよい。

[ 口 ] 口を半開にした穏やかな面では、口角の上がり下がりによる上ガリ口・平ラ口・下ガリ口を区別できる。別に、下唇が厚めで口角が鈍角になっている緩ミ口が、泥眼・山姥・平太などに見られる。異相面では、大きな開キ口のものが多いが、べし見類は口をむっと引き結んだベシミ口をしている。

[ 舌 ] 開キ口の大きなものは、赤い舌を見せている。

[ 歯 ] ベシミ口以外の口では、歯列を見せている。これには、上歯列だけの片歯と、上下双方の歯列のある双歯とある。異相面のばあいは、歯も金色なのがふつうである。なお、特に牙(犬歯)をはっきり見せる顰類・蛇類がある。

[ 額 ] 老体面の額にはしわがある。しわには、横に長い波形の波ジワ、それに似て長さのごく短い小波ジワ、山形の山ジワなどがある。増髪などには、額の左右に小さなクボがある。筋男などには、こめかみのあたりの血管が隆起したスジが見られる。

[ 眉根 ] 眉根にしわを寄せた面は多い。もっとも単純な一重ジワ、それの重なった二重ジワ、富士山形の山ジワ、顰などに見られるシカミジワ、長霊べし見などの箱ジワなどに区分できる。

[ 目くぼ ] 痩女類・老女類・痩男類には目くぼの落ちこみのはなはだしいものがあり、老体面の石王尉などにも、はっきりした区画のついた眼鏡型のくぼみがある。

[ 頬 ] 目くぼの落ちこんでいる面は、頬もくぼんでいるが、そのほかに、小さな笑クボのある童子の類や、筋肉のたるみによる小さなヤツレクボのある更女類がある。

[ 耳 ] 老体面と異相面には耳があるのがふつうだが、目立つ存在ではない。なお、異相面にも例外があり、蛇類の般若には耳があるが蛇にはないのがふつうであり、飛出類の大飛出にはあるが小飛出・黒髭にはないなどのことがある。

 

【種類】

 現在知られている面の名称は妬く三百ほどになる。この中には、所蔵者の名付けた愛称や、所蔵する同種の面を区別するための符号的名称もあるので、全部の名称が面の種名とは言えない。また異名同種と見るか異種と見るかで数が変わってくるが、ほぼ二百五十種ほどの面種があると考えてよいであろう。しかし実際に日常用いられているのは七、八十種で、最小限約三十五種あれば、あらゆる演目を上演できる。

 多くの面の中には、欠くことができない面もあるし、あれば用いるが、なければ他の面に換えることが可能だという面もある。また、一般的な面ではないが、好みで使用することがあるという面もある。たとえば、大べし見がなければ、天狗物の能は上演できないし、小尉(小牛尉ともいう)がなければ大口尉(大口をはく脇能の前ジテの老人)の役は演ずることができない。大べし見や小尉は、独立性の強い基本の面種なのである。しかし、若い女の役に用いる面には、若女・節木増・孫次郎・小面などいくつかの種類があり、この演目ではこれでなければならないという限定がない。これらの面の中で手元にあるものから、当日の演出意図に合うものを選べばよいのである。たとえば、観世流では若女をいちおう建て前の面としているが、よい若女が手元になければ、上記の他の面種を用いてもよいので、これらの面種には互換性があると考えられる。老体の神や老木の精に用いられる舞尉・皺尉・石王尉の三面種にも、同様に互換性があり、他にも同じような一群の面種を取り出すことができる。

 阿瘤尉(あこぶじょう)という面は、物思いに沈んだ老人などによく用いられる面だが、もし持ち合わせがなければ、小尉なり朝倉尉・三光尉なりと換えることができる。しかし、大口尉の役の小尉を阿瘤尉に換えたり、潮汲みの老人の三光尉を阿瘤尉に換えたりするのは、かなり無理なことである。つまり阿瘤尉は、他の面に換える可能性があるが、他の面の中に互換性を見つけることはむずかしいのである。

 鉄輪女(かなわおんな)という面は、宝生流だけが用いる面である。それほど痩せていない痩女という感じの面で、「鉄輪」の前ジテに用いることがあるほかに、替エで「黒塚」に用いることがある程度で、使用頻度はごく少ない。もしこの面なしに、「鉄輪」を演じるとすれば、曲見などを用いてもよく、他流のように泥眼を用いても済むはずである。この鉄輪女のように、可換性がある上に、使用頻度のごく少ない面は、基本種とは考えにくく、痩女類の変形種と考えたほうがわかりやすい。こうした変形の面種の数は多く、それぞれに種名が付いているので、面種の数が二百五十にものぼるのである。変形種の面の中でも、この鉄輪女は宝生流の装束付ケに登録されていて、「鉄輪」は、「鉄輪女・曲見ニモ」となっている。しかし、観世流の相生増(あいおいぞう)や金剛流の稲尉(いなじょう)などは、一般の装束付ケには出てこない。この違いを考慮に入れるとすれば、両者を登録面・非登録面として区別することができよう。

 異常のような観点から面種を区分してみると、次の表のようになる。

老体面

女体面

基本種

独立種

・小尉

・泣増

互換種

・ 朝倉尉〜笑尉〜三光尉

・ 舞尉〜皺尉〜石王尉

・ 若女〜節木増〜孫次郎〜小面

・ 深井〜曲見

可換種

・阿瘤尉

・近江女  ・増髪

変形種

登録種

・木賊尉

・鉄輪女

非登録種

・稲尉

・相生増

  この表では、常相の老体面と女体面の一部だけを例にあげたが、他の種類に拡張して考えることも可能である。なお、面の交換などのことは演出上の問題なので、こうした表は作る人によって当然細部が違ってくる。

 さきに、互換性のある女面の中で、若女は観世流の建て前の面だということを述べた。これは、観世流の家元によい若女の面があるために、それを用いればどの演目も無難にこなせるということから出たことである。それも、自流の基本の演出に合わせて面を作らせたというようなことではなく、いわば偶然に入手していたことの結果である。これは、どの流派でも同様と考えてよい。しかし、長い間その面を用い続けていると、他の面では演じにくいというほどに定着していることがある。したがって、いちおうは建て前の面について知っていたほうがよい。次に、その主なものを掲げておく。

  役  柄

  観 世 流

  宝 生 流

  金 春 流 

  金 剛 流

 喜 多 流

庶民の老人

朝倉尉〜笑尉

三光尉〜朝倉尉〜(笑尉)

三光尉

三光尉〜(朝倉尉)

三光尉

老体の神、老木の精

皺尉

舞尉

石王尉

石王尉〜(朝倉尉)

石王尉

若い女性

若女〜(小面)

節木増〜小面

小面

孫次郎〜(舞尉)

小面

更けた女性

深井

曲見〜深井

曲見〜(深井)

曲見〜(深井)

曲見

貴 公 子 

中将〜今若

中将〜(今若)

中将

中将

中将

若い公達

敦盛

十六

冠形童子

十六

十六

童   子

慈童〜童子

童子

童子

童子

童子

             (  ) は建て前の面としての意識が弱いと思われる面種

 面の分類にはいろいろな方法があるが、もともと役に扮するための能道具なのだから、役柄との関連を考えながら、形態上の特徴を見合わせて分類するのが妥当と思われる。なお、狂言面等の分類にも、同じわくを用いられるように考慮することが望ましい。

 まず面には、人間の役に用いるものと、鬼や天狗などの異類に用いるものとがある。前者は人相面、後者を異相面と称することにしよう。後者の面を掛ける役は、仮髪も赤頭(あかがしら)または白頭(しろがしら)を用いることで、人間と一線を画している。人間でも異類でもない神や物の精などには、特別の面の類型群がなく、人相面または異相面のいずれかを用いる。悪尉の類は、人間にも異類にも神等にも用いるが、形態から見て異相面に所属させるのが妥当である。

 人相面の中には、穏やかな日常的な顔の面と、非日常的なすさまじさを宿した面とがある。そこで、常相面と奇相面というように分けることができるが、両者の形態の差は、人相面と異相面の差ほどに著しくはないから、分けるとすれば下位分類として用いることになる。

 以上のほかに、老体・女体・男体という役柄の分類に合わせて、老体面・女体面・男体面という分類が成り立つ。面だけを論じるばあいは、これを尉面・女面・男面と称してもよいが、本書のばあいは、老体面・女体面・男体面の名称を用いることにする。

 人相面・異相面という分類をすると、両者に入れにくい少数の面が残る。それは、仏像や動物の顔をそのまま写し取ろうといった作意の面である。これは、本来の能面のありかたから外れているとも言えるが、実際には用いられているので、鬼畜面・仏体面として別のわくに納めることにする。

 以上のような大わくの分類のもとに、形態上の類似点からみた下位分類を行うと、次のような分類表になる。

 老体面(尉面)

 女体面(女面)

 男体面(男面)

人相面

常相面

双髭尉類

小尉類

舞尉類

若女類

更女類

老女類

喝食類

若男類

荒男類

童子類

奇相面

−−−−

泥眼類

橋姫類

痩女類

山姥類

怪士類

痩男類

異相面

悪尉類

べし見悪尉類

蛇類

べし見類

飛出類

顰類

畜類面

野干類

仏体面

天神類 明王類  如来類

 

 この分類に基づいて、主な基本種の面を分類すると、以下のようになる。

 

人相面

【老体面(尉面)】

[ 双髭尉類 ] 1三光尉  2朝倉尉  3笑尉  4髭阿瘤尉  5景清A

 双髭(もろひげ)の老体面。 1,2,3が代表種で、互換性がある。双歯で下ガリ目。庶民の老人の顔立ち。三種ともに、個品ごとの顔立ちの違いが大きく、三者の総括的な弁別点を見出すのは困難。しいて言えば、1は波ジワで口が箱型。勤労者の感じが強い。2は山ジワで口は木の葉型。やや上品な感じ。3にはいろいろな顔立ちがあり、必ずしも笑い顔ではない。4は、次の類の阿瘤尉に口髭を付けた顔で、用途も同じ。5は盲目の片歯で「景清」専用。

[ 小尉類 ] 1小尉(小牛尉)  2阿瘤尉(阿古父尉)

 現在体・化身体用の片髭の老体面。片歯で平ラ目がふつう。 1が代表種で、小ぶりでやせている。眉は下ガリ眉で、口は下ガリ口。都会的な老人の顔立ち。2は、1と似ているが、やせかたがすくなく、眉は平ラ眉。唐人や物思いに沈む老人に用いる。

[ 舞尉類 ] 1舞尉  2皺尉  3石王尉

 霊体用の片髭の老体面。三種に互換性がある。 1は穏やかな顔立ち。目は平ラ目で、口がやや大きく、双歯の上ガリ口。2は上ガリ目で、片歯の下ガリ口で、しわが多い。頬のたるみからくるしわがいちじるしいのが特徴。3は、目のくぼみが大きい眼鏡型。目は、上まぶたの曲線が下に反った弧状なのが特徴。口は1とほぼ同じ。

 

【女体面(女面)】

[ 若女類 ]  1若女  2節木増(増・増女A)  3孫次郎  4小面  5泣増(増・増女B)  6増髪(十寸神)  7近江女

 常相の色入リの女体面。  1・2・3・4が代表種で、互換性がある。1と2は三段毛書キで、顔立ちも似た深みのある顔である。3は二段毛書キで、4をやや面長にした感じで、若々しい色気がある。4は一段毛書キで、もっとも少女らしい面ざし。5は気品が高く強い顔立ち。三段毛書キで、上ガリ目下ガリ口という点が、1ないし4と違う。6は狂女や巫の心のたかぶりを見せ、オクレ毛の毛書キ。眉根のしわや、額の小さいクボなどに特色があるが、5に近い顔立ちの品もある。7は離レ目が特色。色気はあるがどことなく卑しい感じの面。

 (宝生流では2を増と称し、5を泣増と称する。他流では5を増と称し、2には特定の名称がない。宝生流には2の面で、木の節のしみが鼻の上に見えるために、節木増という特称のある本面がある。この呼称を拡張して、若女に類する増の全体の名称とし、5を泣増と称するのがわかりやすい。そのほうが、2に笑増とか不泣増とかの新名称を与えるよりもよいと考えられる。)

[ 更女類 ] 1深井(深井女)  2曲見

 常相の色無シの女体面。二種に互換性がある。若女類より肉付きが落ちている。頬にはかすかなヤツレクボがあり、これが表情の変化を助ける。毛書キは三段毛書キだが、その流レ毛が、1では額の中央から、2では中央を外れたところから出ている。

[ 泥眼類 ] 1泥眼

 白目の部分にうすく金泥を刷いてあるのが特徴。オクレ毛の毛書キで、やや受け口の緩ミ口がもう一つの特徴。本来は、竜女などに用いる常相ばなれの面だったようだが、完成された泥眼は、恨みと怒りを内に閉じこめて複雑な感情を宿した面ざしである。

[ 橋姫類 ] 1橋姫  2霊女B(りょうのおんな)

 烈しい表情の奇相面の女体面。眼がくぼみ、頬が落ちているのが特徴。眼は平ラ眼で口は下ガリ口。 1が代表種だが、2・3にも1にきわめて近い顔立ちのものがあり、そのばあいは弁別が困難である。

[ 老女類 ] 1老女  2姥  3檜垣女B

 常相面の老齢の女体面。 1がシテ用の代表種で、2がツレ用の代表種。1は、前項の痩女を老年にした顔立ちのものから、あまりやせていない美しい顔立ちのものまで、いろいろの面がある。しわも、山形ジワのあるものと、まったくないものとある。2はしわがあり、クリヌキ目で、これは盲目の面以外では唯一の例。3は、1の変形種と考えてもよい。

[ 山姥類 ] 1山姥

 奇相面の老齢の女体面。目はヒラキ目で、口は双歯の緩ミ口。彩色はあから顔。個品による違いがかなりある。

 

【男体面(男面)】

[ 喝食類 ] 1喝食

 喝食毛書キの美しい男体面。小ぶりで前髪が銀杏型や櫛払イ型の小喝食と、大ぶりで前髪がカブロ型の大喝食に細別することもある。大喝食のほうが年少の顔立ち。

[ 若男類a ] 1若男  2邯鄲男  3今若  4中将

 常相の男体面の代表的面種群。青年ないし壮年の顔で、髭は下ガリ髭。 3と4は互換性がある。1と2はヨセ眉で眉根にフタエジワ。2は、口が大きめで頬にヤツレクボのあるのが特徴。歯は双歯。3は作リ眉で、眉根のくぼみがしわにまでなっていない。双歯。4は作リ眉で、眉根に山形ジワ。片歯。

[ 若男類b ] 1十六  2敦盛  3冠型童子  4蝉丸

 前項と同類で年少の面。髭はない。 1と2が代表種で、3も含めて互換性がある。1が平ラ眉で、2が作リ眉というのがふつうに言う区別であるが、実際には、1の名称で作リ眉の面や、2の名称で平ラ眉のものがあり、名称の混乱がある。3は、十六と慈童の中間の顔立ち。金春流の建て前の面なので掲げたが、あまり実用されていない。4は盲目の面。

[ 荒男類 ] 1平太  2頼政

 分類の便宜上設けた類名で、形態上の類似点はない。 1はハネ眉、八字髭が特徴で、目は開キ目に近い形だが虹彩がない。口は双歯。2はなかば老体で、女体面の山姥に似ている。開キ目で双歯。髪の毛書キは特殊で、黒と白の点で、そり跡の毛の伸びを示す。

[ 怪士類 ] 1怪士  2三日月  3神体(しんたい)  4千種男(ちぐさおとこ)  5阿波男  6筋男  7真角(しんかく)  8東江(とごう)  9鷹

 力強い顔立ちの奇相面の男体面。 1が代表種。目のふちも頬も落ちくぼみがはなはだしく、顎は張りぎみなのが1で、2は、顎がそげ落ちている。2は、離レ目のものが多い。3は静カ目で、やせかたがすくない。4は、静カ目で、個品ごとの違いが大きい。5は盲目。

[ 童子類 ] 1童子  2慈童  3猩々  4弱法師(よろぼし)

 カブロ毛書キの童顔の男体面。 1が代表種で、1・2は互換性がある。1はやや面長で、三日月眉。エクボのあるものもある。2は寸づまりの顔で、張リ眉。目も上ガリ目。エクボがある。3は赤い彩色で、笑い顔。4は盲目。

 

異相面

【老体面】

[ 悪尉類 ] 1大悪尉  2鼻瘤悪尉  3鷲鼻悪尉  4茗荷悪尉  5重荷悪尉  6小悪尉

 開キ口の異相の老体面。多数ある面種の中から、能柄に応じて適宜使用するので、代表種というべきものはない。目は張リ目ないし丸目で、双髭双歯のものが多い。茗荷目の茗荷悪尉、二段鼻の鼻瘤悪尉など、弁別点のやや明確なものもあるが、特徴があいまいで弁別がしにくいものが多い。

[ べし見悪尉類 ] 1べし見悪尉

 ベシミ口の異相の老体面。顔立ちはひとつでない。常は大べし見・小べし見を掛ける役が、〈白頭〉の小書キのときに替エとしてこの面を使用する。

 

【女体面】

[ 蛇 類 ] 1蛇(じゃ)(真蛇)  2般若  3生成(なまなり)

 金色の角を有する異相の女体面。開キ口で双歯。オクレ毛の毛書キ。 1は、もっとも猛悪な顔立ちで、開キ口が大きく、舌を見せる。2は舌がなく、複雑な感情をこめている。3は、生えかかりの短い角で、常相の女体面の面影をまだとどめているが、口は大きく開いて舌を見せている。

 

【男体面】

[ べし見類 ] 1大べし見  2小べし見  3長霊べし見

 ベシミ口の異相面。 1は作リ冠型、シカミジワで、五角目。イカリ鼻で、口を大きく引き結び、顎が張っていて火炎髭。天狗に用いる。2は書キ冠形、フタエジワで、張リ目。口の結びはやや小さく、髭は八字髭。神や鬼などに用いる。3は書キ冠型、箱ジワで、丸目に近い張リ目。鼻や口は1に近い。熊坂長範や弁慶(下掛リ)に用いる。

[ 飛出類 ] 1大飛出  2小飛出  3黒髭

 眉根にしわのない開キ口の異相面。舌はあり、牙はない。 1は金彩色で、張リ眉、丸目。口はごく大きく開き、火炎髭。神に用いる。2は赤褐色の彩色で、張リ眉、張リ目。口は小さく開き、火炎髭。畜類に用いる。3は、彩色が金と赤褐色とある。帚眉、舟形目。口は大きく開き、ザンバラ髭ないし火炎髭。顎が突き出ているのが特徴。竜神に用いる。

[ 顰 類 ] 1顰  2獅子口

 眉根にしわのある開キ口の異相面。シカミジワで牙があり、頬の肉が盛りあがっている。 1はあから顔で、帚眉、三白目。舌はない。ザンバラ髪。凶悪で人に危害を与える面相。悪鬼に用いる。2は、金彩色と赤みの彩色と両方ある。大きな開キ口で、舌があり、威力の絶大さをあらわす。個品による顔立ちの違いが大きい。獅子に用いる。

 

【畜類面】

[ 野干類 ] 1野干

 猛悪な狐をあらわした面。

 

【仏体面】

[ 天神類 ] 1天神

[ 明王類 ] 1不動

[ 如来類 ] 1釈迦

 天部諸尊、不動明王、釈迦如来の像を写した面。

 

ここに掲げた基本種の面種は、全部で八十種(ABは二種として)である。種名の由来については、およそ次のような命名の理由が考えられる。

・ 大かぶり小かぶりによる命名――――小尉、小面、大悪尉、小悪尉、大べし見、小べし見、大飛出、  小飛出 等

・ 形態上の特徴による命名――――笑尉、皺尉、泣増、深井(ふけた顔)、曲見(しゃくれ顔)、泥眼(金泥の眼)、痩女、冠形童子、筋男、鷹、痩男、蛙、鼻瘤悪尉、生成(蛇になりかけ)、黒髭、顰(しかめ顔) 等

・ 小部分の弁別点による命名――――節木増(木の節がうかぶ)、三日月(裏に三日月形の傷) 等

・ 着用する役柄による命名――――舞尉(舞う老人)、若女、霊女、老女、姥、喝食、若男、十六、怪士、神体、二十余、童子 等

・ 着用する人物または演目による命名――――景清、橋姫(非現行演目)、檜垣女、山姥、邯鄲男(廬生)、中将(業平等)、猩々、重荷悪尉 等

・ 創作者と伝えられる面打チの名による命名――――三光尉(三光坊)、小牛尉、石王尉(石王兵衛)、増女(増阿弥)、千種男、般若(般若坊) 等

・ 理由の明確でない命名――――朝倉尉、阿瘤尉、孫次郎、増髪、平太、長霊べし見 等(いずれも諸説があって決定的でない)

 

面には面紐を通す穴がある。紐穴の位置は面の支点なので、面を手に取るときも、かならずこの穴の位置に指を掛けることになっている。面紐の色のキマリには、二つの系統がある。観世流では、例外を除くと黒と薄茶の二色だけで、老体面には薄茶、その他には黒を用いる。これは、目立たぬ色を用いるということで、老体の尉髪の上に黒はかえって目立つので、薄茶にするのである。宝生流や喜多流では、老体面は白、女体面は紫、男体面は浅葱(あさぎ)または縹(はなだ)、異相面は縹または紺というように、役柄にふさわしい色合いの紐をキマリとして用いている。

 

 

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