天藍色
『ほう……』
帆にまとわりつく風に、我は微かに驚いた。
我が名はシリウス。船の精霊。
我の姿は、人に見えず、触れられず、声も届かず。
だが、人ならざるモノであれば、事情は違う。
おそらく今、帆桁に降りたコレは、人には認識できない存在。
それでも、時折、我に気付く時があるこの船の男たちは、何か悟るかもしれない。
「死者の澪…か」
甲板で腕を組み、前を見据えていたリュウガが、訝しげに帆桁を見上げた。
「船長、流れが早く舵が取られます。どうしますか?」
操舵輪を掴むシンが、声を上げる。
「……ま、招待されちゃ仕方ねぇな。おいシン、このまま流れに乗っていい」
「…死者の澪ですよ?」
リュウガの言葉に、シンは本当にいいのかと再度確認を取る。
昨夜、この船の男たちは、この海域に、死者の澪と呼ばれる、死者が招く海流伝説があると話していた。
招く死者によって、船が辿る道は異なるという伝説。
シンは、いくつかの海流が重なっている故の伝説だろうと話していた。
しばらく乗ってみなければ、どの道筋を辿る海流なのかは、わからないと。
先を急ぐ彼らにとって、いい海流に乗ることができれば大幅な時間短縮ができる。
「コレは、大丈夫だ。抜け出さなくていい」
不敵な笑みで答えるリュウガに、シンは操舵を手放した。
帆桁に降りた存在が、笑みを浮かべて立ち上がる。
「スゲェ、一気に速度増したぞ」
見張り台にいるハヤテが、感嘆の声をあげた。
「大丈夫でしょうか…」
甲板で心配そうに辺りを見渡すヒロインに、ソウシが大丈夫だと告げている。
トワは、不思議そうに帆桁を見上げていた。
『どこへ導いてくれる?』
我の周りを取り囲む波は、帆桁に立って笑みを浮かべるこの死者が操っている。
海流ではない。
ここは、そういう場所なのだと、彼は笑った。
『相変わらず、とんでもないことをする』
波が止まる。
突然凪いだ海。酒樽を積んだ小舟が我の横に浮いている。
「プレゼントかな?」
ソウシの言葉に、ナギがロープを小舟の支材に投げ、繋いで引き寄せる。
途端に、波は再び動き出した。
驚く海賊たちを見下ろし、愉し気な死者。
『なるほど、故郷の酒か。そんなもの、よく持ってこれたな…』
死者は運が良かったと笑う。
確かに、彼は多くの幸運に恵まれていた。それでも数度の不運で死者となった。
かの死者は、この海域に来たのも偶然だと笑う。
互いに運が良いと。まさに強運同士なのだろう。
やがて、風が変わる。
海が変わる。
死者が去ってゆく。
「ありがとよ…」
帆桁を見上げたリュウガが、目を細めて小さく呟く。
笑いながら、天藍色の空へ消えてゆく死者。
「なんだか、マストの上にも船長がいるみたいでしたね」
『相変わらず鋭い感覚だな』
トワを見下ろし、我は先程まで死者が立っていた帆桁に座る。
海もまた、空を写したかのように天藍色をしていた。
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