中の橋駐車場より 道路の向こう側の左手前が中の橋 駐車場。右の垣根の中は奥の院で す。この奥の院に入って、この垣 根沿いに一の橋まで戻ります。 (和歌山県) |
奥の院(07/5/22) 勿論車道を通っても良いのですが 面白くありません。奥の院に入る と直ぐ左に小道がありました。 車道を左手にしながら伸びるその 道は、もうすでに別世界。 |
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弘法大師夢のお告歌碑 一の橋の手前にブルーの鮮やかな 碑が。この正面の道を進むと、景 教碑とE・A・ゴルドン夫人の墓所 があることを、後で知りました。 景教とは、ネストリウス派のキリ スト教のことで、景教碑は中国の 西安の碑林博物館の碑の拓本を基 に作られたものです。 |
一の橋 お告歌碑を通り過ぎ、3〜4分位 で一の橋に到着です。ここからが 奥の院の参道の始まりです。 この橋の先からは、死者の世界に です。 |
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奥の院参道 橋を渡ると、直ぐに分かれ道が。 先で一緒になる道ですが、左側の 道を行く事にしました。(その為 景教碑は見られませんでしたが) |
お地蔵さまがお出迎えです。 | ||
いつ、どこの誰だか分からない人 々が備えた石仏が、静かに見守り ます。 |
参道の右や左に、歴史で習った名 の有る人々の墓所が続きます。 (墓所はこちらをどうぞ) |
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中の橋を過ぎてすぐ右に「禅尼上 智の墓所」がありました。高野山 は、女人禁制の聖地。銘に永和元 年(1375)建立と有り、年代の分 かる最も古い女性の墓です。この 頃には少なくとも女人の墓も建て られた様ですね。 |
御廟橋 この先の左が御廟橋で、流れる川 は玉川です。 この橋から先は、高野山で最も聖 なる地で、大師さまが今も即身仏 となってお祈りを捧げています。 これから先は撮影禁止。 |
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御廟橋 「この橋の橋板三十七枚は、金剛 界三十七尊を表しめそれぞれの裏 面にその一々の種子(梵字)が刻 まれている。古くからお大師様が 参詣する者をこの橋までお迎え下 さり、帰りはおみおくりくださる と信じられており僧侶がその行き 帰りに必ず御廟に向かって合唱礼 拝するのもそのためである」 と袂の高札にあります。 |
御供所 空海さんに毎日2度供える食事を 作るところ。高野山では空海さん は亡くなったのではなく、その姿 のまま、御廟の奥であらゆる衆生 を救うべく祈っていると考えてい ます。よって、その時から約120 0年後の今日までと、さらにこれ からも永遠に絶えるえること食事 を供することは当然のことなので す。 凄い! |
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無縁塚 今はその係累や由来の分からない 人々の供養の証しが、ピラミッド の様に。 |
見真大師(親鸞)墓所 階段を上った所にまさかの親鸞の 墓所が?ここが高野山の凄い所。 何事にも囚われないオールカマー なんですね。 |
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御廟をお参りし、空海さんに御挨拶 して奥の院に別れを告げます。 中の橋車場への近道です。 |
中の橋案内所 この手前の道路を横断した所が中 の橋駐車場です。 |