141.飯盛山(白虎隊)   2009.7.14(H21)
飯盛山入口(09/7/14)
標高314mの飯盛山は、戊辰戦争
で白虎隊19人の自刃の地として有
名。階段の右に有料だがエスカレ
ーターがあります。
(福島県)
白虎隊の墓
階段を昇りきると、左に広場が。
その広場の奥(写真左側)に白虎
隊十九士の墓が有ります。正面右
の塔(先端が青の鳥)がイタリア
のローマ市から寄贈された像です。
白虎隊の墓
そのお墓の正面入口。
一番奥に十九士のお墓が。
白虎隊の墓
その十九士のお墓が並びます。
飯沼貞吉の墓碑
他の十九士と共に自刃したが、一
命を取り留め、77歳で他界。十九
士とは離れた所にあり、実の本当
の墓は仙台市輪王寺にある。
白虎隊自刃の地
正面の広場が白虎隊自刃の地。
この地より眺めた市中火災を、鶴
ヶ城が落城したもの誤認して自刃
に及んだ。
白虎隊自刃の地
会津藩は戊辰戦争の為、武家の男
子を組織した。
白虎隊 :16歳〜17歳迄
朱雀隊 :18歳〜35歳迄
青龍隊 :36歳〜49歳迄
玄武隊 :50歳以上
尚、白虎隊は本来は予備軍で、総
勢で340名の部隊であった。

帰り道
先程昇って来た階段です。
正面の上部駐車場に車を止めて来
ました。真っ直ぐ行くと帰り道で
すが、右の狭い道を行きます。
白虎隊十九士を祀るお堂
この対面に変な建物、栄螺堂があ
る。白虎隊の自刃地を訪れるのは
2度目ですが、このお堂と栄螺堂
に記憶が有りません。戸ノ口堰洞
穴はしっかり覚えているのに?別
のルートを通ったのかしら?
栄螺堂
今にも倒れそうぬ見えますね。
栄螺堂入口
正式には三匝堂(さんそうどう)
というが、外観やらせん構造から
栄螺堂と呼ばれている。入口から
入って、同じ所を通らずに表に出
られます。
栄螺堂
江戸時代後期に東北や関東に建て
られた仏堂で、回廊に三十三観音
等を配置し、進むだけでお参り出
来る構造となっている。

一番上です。ここからは下ります。
厳島神社
飯盛山鎮護の神社。
流れる川の上流が戸ノ口堰洞穴で
す。戸の口堰洞穴は、猪苗代湖の
水を会津地方に引く為に飯盛山に
開けた約150mの隧道です。
戸ノ口堰洞穴
勿論本来の目的は灌漑用の水路と
して造ったものだが、白虎隊士二
番隊は、戸ノ口原に布陣している
味方援軍の為派遣されたが、戦況
利有らず。鶴ヶ城の安否を確かめ
ようと帰城の途中、隊士20名が通
過した洞穴。
(福島県)
阿賀野川SA下り
磐越自動車道
新潟県東蒲原郡阿賀町。
売店の裏手に廻って、阿賀野川の
見学です。右は磐越自動車道で、
先が新潟黒崎方面です。
大積PA上り
北陸自動車道 新潟県長岡市。
ここまで来ると、何となく家に帰
った気分。松本までは、未だ随分
残っているのに。今回の旅の最後
のショットです。