鶴ヶ城(09/7/14) 私には会津若松城の名前の方がし っくりきます。 (福島県) |
鶴ヶ城 城は、明治7年(1874)に総て解 体された。現在の天守は昭和40年 (1965)鉄筋コンクリートにより 外観が復元され、内部は郷土博物 館となっている。 |
||
本来の鶴ヶ城は赤瓦葺であったが 再建時に現在の様な黒瓦にしたた め平成22年(2010)から、元の 赤瓦に戻す工事をしています。平 成23年完成予定です。 |
奥が干飯櫓でそれに南走長屋が続 きます。平成13年(2001)の復 元です。門は鉄門で、その手前は 走長屋です。 天守からの俯瞰写真です。 |
||
鉄門(くろがねもん) 帯郭から本丸への門になります。 柱や扉の木の部分を全て鉄で覆っ てあるのでこの名がつきました。 干飯方面からの写真です。 |
お城と言えば定番の石垣。 ここも端正な石垣が続きます。 |
||
茶室麟閣(09/7/14) 千利休の子、小庵が建てたと言われる茶室。戊辰戦争(明治元年−明治2年)後 取り壊される際の明治5年(1872)、森川善兵衛(指月安宗久)が自宅へ移築保 全していた。それを平成2年(1990)元の場所へ移築。 (福島県) |