「うーむ……」
悠也は悩みながらオールの街の通りを歩いていた。手に持った悩みのタネに改めて目をやる。
オール海岸リゾートホテルの宿泊券(しかもペア)。期日は明日。これが手に入ったのは、実はカイルの陰謀だったなんて事は、もちろんちっとも気づいていない。
「提供はオール観光協会……また『オーノレ観光協会』とかいう悪の組織じゃないだろーな……」
いつの間にかカイルによって壊滅させられていたらしい悪の組織、『ツェソバノレン観光協会』の事に思いをはせてみたりする。
「……だめだだめだっ! 現実逃避してても解決にはならないだろ!」
思わず自分に突っ込んでしまったりして。
問題なのはペアチケットであるという点だ。ということは、自分と、あともう一人しか誘えない、ということである。これがもしパーティ全員が行ける物だったとしたら、何も悩むことはない。
「誰と行っても、カドが立ちそうだよなぁ」
仮に、誰かと行ってしまったとして、置いていかれたメンバーの反応を想像してみる。
フィリー。
『何であたしを置いていくのよ! 仮にもあたしはあんたの案内してあげてる恩人でしょう! その恩人をないがしろにするやつは……フェアリー・イナヅマ・キーック!!』
たかが小妖精のキックと侮るなかれ。かなり痛いのだ。
リラ。
『へー、あたしたちの今の財政状況、誰のせいだかわかっての? そのくせして一人でリゾート。ふ〜ん』
フィリーのように、直接手出しをしてくる事は考えにくいが、それに倍する精神攻撃を喰らうのは間違いない。確実に、胃に穴があく。
ウェンディ。
『そうですね。私みたいに暗い女の子といっしょになんて行きたくありませんよね。いいんです、私なんて、暗くてほこりっぽくてじめじめした部屋の隅でいじけてるのがお似合いなんです』
攻撃的ではないが、リラの上をいく精神攻撃だ。いじけてしまったウェンディをなんとかするだけで、数日は要してしまうだろう。
若葉。
『ほえ?』
……実は、彼女だけこういうときにどう反応するか予想がつかなかったりする。しかし、普段は天然ながらも思いこんだら一直線どころか猪突猛進な若葉のこと。最悪のケースを考えると……
「ああっ、どうしたらいいんだぁーーっ!!」
思わず頭を抱えてしゃがみ込んでしまう悠也。
そこまで悩むなら、いっそのこと自分には縁がなかったんだとあきらめてしまうのが一つの手なのだが、そーゆー選択肢は貧乏性な彼の頭からは抜け落ちてしまっているのだった。
……ちなみに。
先ほどから道ばたで悩みまくっている悠也を見て、
「ママー、あのお兄ちゃんなにやってるの?」
「しっ、指さしちゃいけません!」
なんてお約束な会話をしている親子がいたりするのだが……当然、気づいちゃいないのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふっふっふ、いや実に気分がいい!」
同じ頃。今回の作戦の成功を確信したカイルが、実に機嫌良さそうに宿へと向かっていた。その後ろに、カレン、楊雲、メイヤーの三人が続いている。
「お前たち、これから宿に帰って祝勝会だ!」
「カイルクン、まだ勝ってないでしょ」
「前祝いだ前祝い! 今回こそ、オレ様の作戦は成功間違いなしなのだからな!」
「捕らぬタヌキの……とは言いますが」
「ええい、うるさい!」
「ところで……」
と、楊雲が懐から何かを取り出した。
「これは……いかが致しますか?」
「何、それ?」
カレンがのぞき込む。楊雲が手にしていたそれは。
「これ、さっきのチケットじゃない! それも、ひー、ふー、みー……こんなに」
「……全部で六枚あります」
「もしかして、買い占めたわけ?」
「当然だろう!」
ずずいっ、と胸を張ったカイルがえらそーに割り込む。
「どこからか悠也のヤツがこれら手に入れてしまっては、今回の作戦は台無しだからな!」
「……今回は、妙に細かいところにまで気が回りますねぇ」
「……それなのに、よけいに心配になるのはどうしてでしょうか……」
「そこ、ごちゃごちゃとうるさいッ!」
こそこそとつぶやいていたメイヤーと楊雲にビシッ、とツッコミを入れ、カイルはチケットを手に取った。
「そうだな、二枚は作戦の成功を確認するためにもオレ様たちで使おう。残りの四枚はオレ様が確実に始末する」
そう言って、二枚を抜き取り、カレンの手に押しつける。
そして、くるりと三人に背を向けた。
「町はずれにでも行って、ヒートシャワーで焼いてくる。お前たちは先に宿に戻って、宴会の準備をしておけ!」
ふはははは、と笑い声を残し、路地の奥に消えて行くカイル。
後には、やれやれと顔を見合わせる三人が残されたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
市場は相変わらずにぎわっていた。時間からして、夕食の買い出しの客がほとんどだろう。
そんな中、三人の少女が、やはり夕食の買い出しのために歩いていた。
「お、あれうまそうやな」
「アルザ、さっきからそればっかりだね」
「ふふ、でも、全部買うわけにはいかないですよ」
アルザ、キャラット、ティナの面々である。
「それにしても……レミット、どこ行っちゃったんだろうね」
ふと、キャラットが心配そうに言った。
「いつもの気まぐれやろ。アイリスはんもご苦労なことやなぁ」
そう。本来、買い出しなどはアイリスの役目である。今日三人が買い出しに出てきてるのは、レミットがふらりと一人出かけていって帰って来ず、アイリスがそれを探しに行っているからなのであった。
「そりゃ、いつものことだけどさ……」
「そうそう、気にすることやないで。おっ、こいつもうまそうや。おっちゃーん! これおくれ〜!」
「わー、アルザ、ダメだって! そんなにお金あるわけじゃないんだから!」
勝手に食べ物を買いそうになるアルザを必死に止めながら、キャラットは助けを求めてティナの方に目をやった。
「ティナさんも止めてよぉ!」
しかし、キャラットの目に映ったのは、心ここにあらずといった感じで、あらぬ方を見つめているティナ。
「……どうしたの?」
「えっ? あ、な、何でもないですよ」
「ならいいけど。あ、アルザ、だからダメだって!」
「キャラットさん、わたし、ちょっと向こうの方行って来ますね」
「え? そんな、アルザとボクだけで買い物しろって言うの?」
「おっちゃーん、これ十人前おくれ〜!」
「あっ、だからダメだってアルザぁ! ああっ、ティナさん、待ってよぉ〜〜〜!!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
こつこつと人気のない路地に足音が響く。表通りには人も多いが、この辺りにはほとんど人気はない。
「うーむ。別に町はずれに行くまでもないな」
先ほどまでの足音の主はカイルだった。辺りに人がいないことを確かめると足を止める。
「ここで燃やしてしまってもよいだろう。火事には……」
ふと、まずいかな、という考えが頭をよぎるが。
「いやいや、オレ様は悪なのだ。結果的に火事になったとしても気にする事はない」
うんうん、と一人うなずく。だが、足はまた歩き出していた。
「まあ、まだ世界征服の準備も整っていない今、騒ぎを起こすのは得策ではないな……」
「ふーん、意外といくじがないんだ」
突然背後から聞こえた声に、慌てて振り向くカイル。だが、その先に人影は見えない。
「こ、この声はいつぞやの! ど、どこにいる!?」
「ここよ、ここ」
すぐ背後からの声と共に、いつぞやと同じく、カイルの首に銀の糸が食い込んだ。
「むぐっ!?」
「相変わらず進歩がないのね」
くすくす、と笑いながら背後の人物。カイルの顔は早くも青くなりはじめていた。
「な、なにをっ……むぐぐぅっ!」
「無駄な抵抗はしない方がいいわよ。で、今回は何をたくらんでるの?」
「だ、誰がキサマなぞに…むぐぐぐぐぅ!!」
さらにきゅきゅっと糸が食い込んでいく。カイルの手から、例のチケットがぱらりと落ちた。
「あら」
「そ、それはっ! むぐうっ!」
慌てて拾い上げようとしたカイルだが、首をさらに締め上げられて気が遠くなりかける。
「へぇ。オール海岸リゾートホテル宿泊券。……で、これで何をたくらんでいるのかしら?」
「むぐぐうっ!」
カイルには、白状する以外に道は残されていないのだった。
合掌。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「うー……」
こちらは、道ばたで悩んでいても仕方がないと、気を取り直して歩き出した悠也である。
しかし、未だに誰を誘うかは決めかねていた。
実を言うと、悠也には誘いたい人はいるのである。しかし、その人を誘って行ってしまうとやはり他のパーティメンバーに何をされるか……
その時。
「きゃあっ」
「うわっ」
突然の衝撃。前など見ていなかった悠也は、前方から歩いてきた人とぶつかってしまった。
悠也はなんとか転ばずにすんだが、相手はその場に尻餅をついてしまう。
「あ、すいません……あ」
「いえ、こちらこそ前を見ていなかったもので……え?」
そこで、改めて相手が誰であるか気づいた。
「……アイリスさん」
「あ……ゆ、悠也さん」
思わず見つめ合ってしまう二人。
と、そこにひらひらと一枚の紙が舞い降りてきた。それは、そのままアイリスの手の中に収まる。
「これは?」
「あ、いや、あの、それはっ!」
ポロロン。
「ふむふむ。オール海岸リゾートホテル宿泊券、ペアチケットですか」
「どわあっ!?」
「ろ、ロクサーヌさん!?」
突如現れ、後ろからチケットをのぞき込んでいるのは。神出鬼没の吟遊詩人、ロクサーヌであった。
あまりに唐突で、先ほど何を言おうとしていたかさえ忘れてしまった悠也である。
「な、なんでこんなところに……」
「いえいえ、たまたま通りがかったのですよ」
「絶対、嘘だろそれ」
「それより……」
ポロロン、とリュートをかき鳴らすロクサーヌ。
「なかなかやりますね、悠也さん」
「は?」
「見たところ、あなたがこのリゾートホテルに、アイリスさんを誘ったのでしょう?」
「いや、それはそのっ……」
否定したくても否定しきれない悠也だった。わたわたと手足を振り回す。
「そんな、姫さまに何も言わずに……」
その後ろで頬を赤らめているアイリス。こちらも慌てて何を口走っているかわからない様子。
「照れることはありませんよ。では、不肖、このロクサーヌがお二人をエスコートして差し上げましょう」
「へ?」
「心配しなくても、パーティの方々には私から連絡しておきますので」
「あの、何を?」
「それでは、良いリゾートを」
ポロロン。
ロクサーヌがリュートをかき鳴らすと、転移魔法が発動したのか、悠也とアイリスは光に包まれ、一瞬後にはその場から姿を消していたのだった。
「ちょっと待てぇー!」
そんな悠也の叫びを残して。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ガーン!
そんな太文字が頭の上に出ているような様子で、少女は固まっていた。
「そ、そんな……あいつが……アイリスと!?」
その少女とはレミット。アイリスからの逃避行の途中、何やら悩んでいる様子の悠也を見つけて思わずストーキングしてしまった結果、先ほどの場面を目撃してしまったのだった。
その場に立ちつくし、うつむいてしまう。
その拳は固く握られ、肩はぷるぷると震えだしていた。
「ふ、ふふふ……」
その口から、小さく笑いが漏れる。
「許さないんだから……」
そして、キッと顔を上げると、決意を込めた表情で断言した。
「アイリスをたぶらかすなんて、あの女たらし、絶対に許さないんだからっ!」
かくして、ちょっとばかり思いこみの入ったレミットの暴走が始まる。
「んー、うまかったなぁ」
「あ〜あ……全然お金残ってないよ……」
「ま、ええやないの」
「良くないよっ! まだレミットとかアイリスさんの分買ってなかったのに!」
こちらはキャラット&アルザ。相変わらず押しの強いアルザに押し切られて、いらぬ苦労をしているキャラットである。
そんな二人に、声が掛けられた。
「キャラットちゃん、アルザちゃん」
「お、ティナどこいっとったんや? こっちはうまいもんいっぱい食えたで」
「え? 今夜の夕飯は?」
「ティナさん、ボクだけじゃアルザを止められるわけないじゃないかぁ」
「ご、ごめんなさい、キャラットちゃん」
と、胸の前で合わせたティナの手には、数枚の紙切れが握られていた。
「およ、なんやそれ」
「あ、これは……」
ティナがそれを見せようとしたその時。
ドドドドドドドド……!
「あんたたちぃっ!」
「な、なんやあっ?」
「れ、レミット!?」
突如、地響きと共に暴走王女登場。そのままティナの腕を掴むと、勢いを殺さずに走り抜ける。
「な、なんですか一体!?」
「いいから来るのよ! そこの二人も!!」
「えっ、えっ、ええ〜〜〜!?」
だんだん小さくなっていくレミットとティナの叫び。
後に残された二人は。
「……ついて行くしか……ないかな」
「そやね……」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ここは悠也たちの泊まっている宿屋。
「遅いですね……」
「まったく、なにやってんだか」
部屋の中では、悠也を除くパーティの面々が悠也を待って待ちくたびれていた。
ベッドに腰掛けて編み物をしているウェンディと、その側でごろごろしているフィリー。
「迷子にでもなられたのでしょうか?」
「いくらなんでもそれはないでしょ。あんたじゃあるまいし」
首を傾げる若葉と、窓の外を見ていたリラ。
悠也がいないことを除けば、いつもと変わらない四人である。
「あれ?」
窓の外をうかがっていたリラが首を傾げる。
「どしたの?」
「いや……なんか、地響きがするような……」
「地響き?」
ドドドドドドドドドド……
「地響き……ね」
その地響きは、この宿屋へ向かって一直線に向かってくる。そしてそのまま宿の一階に突入し……
『な、なんですかあなたがたは!』
『うるさい、邪魔よっ!』
ドカ、バキ、きゅう。
ズドドドドドド……!
一気に階段を駆け上がると、
バタン!
扉が壊れるのではないかというほどの勢いで、四人のいる部屋の中に飛び込んできた。
「きゃあっ!」
「な、何よ何よ!?」
慌てふためくウェンディとフィリー。
「まあ、レミットさん」
「あんたら……一体何の用?」
みょーに落ち着いた、若葉とリラ。
そんな対照的な彼女たちに向かって、侵入者……ティナを引きずったレミットは、バシッと紙切れをその場に叩きつけた。
「行くわよっ! ぜ〜ったい、許さないんだからねっ!!」