オールの町。
いにしえの黄金都市セアレスに向かう街道の起点にある、ごく典型的な宿場町である。
街道と街道が交差する場所にあるせいか、町の規模にしては立派な闘技場や舞台小屋がある一方、多くの旅人の路銀が心もとなくなってくるのか、質屋も大いに繁盛していた。その点においては、異世界から迷い込んできた異邦人、悠也とその旅仲間も例外ではない。
2週間ほど前に立ち寄った大都ツェンバルンで、彼らは封印されていた古代の魔竜と戦ったのだが、そのあおりで封印の地(の上)だったテーマパーク『メロディランド』が壊滅。彼らは魔竜を再封印した勇者としてではなく、バイト先であるメロディランドを破壊した極悪人として有名過ぎる立場となっていた。
要するにバイトの口が細くなっていて、足りない旅費の補充もままならない状態だったのである……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「うーん、ロクな金にならなかったわねー」
「まぁ、ぼやくなよリラ。当面の宿代は確保できたんだし、良しとするさ」
藍染に白く抜かれた丸に『質』の字。その暖簾をくぐった悠也とリラは、互いに深い深いため息をついたあとでそう励ましあった。ちなみに、質に入れたのは悠也が異世界から持ち込んできたアイテムの一つ、腕時計である。かつて魔法文明が栄えていたせいかどうかは知らないが、ああいう純粋に機械で動くものは珍重されるはずだったが……。
「電池が切れてちゃ、役に立たないしな」
「だよねえ。こっちの世界の電池じゃ型が合わないってバレなきゃ、もう少しフッかけられたんだけどさ」
両手を肩あたりの高さに持ち上げ、リラが『お手上げ』のポーズを取る。
それでも彼女の交渉術によって、クズ鉄同然の値段から当座の宿代まで値が上がったのだ。こういう時は、ほんとうにリラの金銭感覚を頼もしく思ってしまう悠也である。
「さてと、じゃあウェンディたちを迎えに行くとするか」
「そだね。ティッシュ配りのバイト、公園だっけ? 上手く行ってるといいケド……」
てくてく、という面持ちで町の中心部にある公園へ足を向ける二人。
もちろん、その隣には闘技場が古代ローマのコロッセオよろしく、ずずーんとそびえていたりする。
「あ、悠也さん!」
ちょうど午後からの試合が始まるのだろう、人ごみもひとしおの中、目ざとく彼の姿を見つけた少女が居る。旅仲間の一人で姓は紅、名は若葉。筋金入りの箱入り娘兼方向オンチなのだが……妙に人ごみに強いという隠れた特徴の持ち主でもあった。するするする、と針で縫うように人ごみをスルーしてあっさりと悠也の傍にやってくる。
「お疲れさん、若葉。フィリーとウェンディは?」
「さぁ……。ウェンディさんでしたら、その辺りに居たと思いますけれど」
小首をかしげる若葉。
リラがぴょこっとジャンプして、ふるふると左右に首を振る。
「ダメね。見当たんないわ」
「むぅ。やっぱフィリーも連れてくれば良かったかなぁ」
「その作戦は、悠也が却下したんじゃない」
「いや、作戦とかじゃなくてさ……」
小妖精であるフィリーがこの場に居れば、ひとっ飛びして水色の髪の少女、ウェンディを見つけることも容易いだろう。しかし彼女は、リラの言うところの『小妖精を質に入れて脱走/回収して資金を稼ごう作戦』を頑なに拒否したため、若葉とウェンディのバイトに付き合っている……はずだった。
「仕方ないな。いちど宿に戻るとするか」
「そうね」
悠也の言葉に頷いたリラが、ちらりと若葉を見る。
今回は珍しくウェンディが行方不明になっているが、普段の迷子は若葉の専売特許だ。ここで手分けしてウェンディを探そう……なんてことになれば、確実に2次遭難間違いなし、なのである。
「あ、えっと、悠也さん?」
「? 何だい、若葉」
「わたし、バイトで頂いたティッシュが余りましたので、返しに行きたいのですが……」
「あぁ、そりゃ構わないけど」
「って、悠也!」
「う、そうか……」
鋭く止めるリラに、ぐぅの音も出ない悠也。
繰り返すが、和風娘の純粋培養の如き若葉は、筋金入りの方向オンチなのである。一人で歩かせようものなら、間違いなく迷子決定であった。
「いいわよ、アタシがついてくからさ。悠也は宿屋で待ってて」
「リラ……いいのか?」
「いーわよ。だってアンタじゃあ、若葉に引っ張られて一緒に迷子になっちゃうかも知れないでしょ。それに行き先って、例のバイト親父のとこよ。確か当分、出入り禁止じゃなかったっけ?」
「う……。恩に着ます」
「分かればよろしい」
鷹揚に頷いてから、ウィンクするリラ。何だか今日は、妙に優しい彼女である。
「さ、行くよ若葉」
「あ。あのリラさん、もう1つ気になることが……」
「いいからいいから」
ずるずるずる、といった風体でリラが若葉を引っ張って行く。
その背中に深々と感謝して、宿へと悠也は向かうのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
宿に戻っても、ウェンディの姿は無かった。
1階の酒場に居た行商人らに聞いてみても、知らないとの答えが返ってくる。
「参ったな……。どこに行っちまったんだ、ウェンディ」
最近はずいぶんとましになってきたとは言え、もともとウェンディは自分に自信が持てず、放っておくとどんどん落ち込んでいくことが多々あった。今回も、何かバイトで失敗をやらかして、姿を消してしまったのだろうか。
(フィリーがついててくれれば、大丈夫だろうけど……)
その点、リラと若葉は安心できる。リラはそもそも滅多に落ち込む姿を見せないし、若葉は失敗してもそれが失敗と気づくまでに状況が改善されている……というか、かなり鈍いのが逆に幸いしていると言えるからだ。
(心配だな……。もういちど探しに行ってみるか)
「きゃあっ?」
立ち上がろうとした時、不意に背中から悲鳴が聞こえた。
「? ……か、カレンさん?」
「悠也クン……。び、びっくりさせないでよ」
尻もちをついていた彼女だったが、気を取り直して立ち上がり、ぱたぱたと裾を払った。カレン=レカキス。かつては名うての冒険者であり、今は悠也の旅を邪魔するもう一人の存在、魔族カイルに何故かつきあっている女性である。彼女の剣には悠也も散々ひどい目に合わされたのだが、基本的には面倒見の好いお姉さんで通じていた。
「どうしたんですか、カレンさん……」
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。私も1人だから」
「え……?」
見れば、確かに他の2人……影の民の楊雲と遺跡フェチのメイヤー……が居ない。
むろん、(自称)キング・オブ・魔族ことカイルも、である。
「他の2人はバイトなんだけど……ねえ悠也クン、カイルクン、見なかった?」
「いや、俺は見てませんけど」
「そう、困ったわね……」
頬に指を当てて、困惑の表情を浮かべるカレン。
この『困ったおねーさんモード』を見るのは、悠也にとっても始まりの街パーリア以来のことであった。
「あ、実はウチのウェンディも居ないんですよ」
「え、そうなの?」
何だか、奇妙な連帯感が2人の間に漂う。
まるでそれを確認したかのように、にっこりとカレンが笑みを浮かべた。
「それじゃあ悠也クン、一緒に探しに行きましょ」
「え、でも……」
「ほーらぁ、グズグズしないの。男の子でしょ?」
「はいはい、分かりましたよ……」
やれやれ、という風に立ち上がる悠也。
その一瞬、カレンが複雑そうな表情を向けていたことに気づけるほどに、彼の人生経験値は蓄積されていなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「結局、闘技場にも居ませんでしたね……」
「そうね。となると、後はココってことか」
既に西の空が紅く染まっている時刻になっても、まだ悠也はカレンと行動を共にしていた……というより、ぐいぐい進んでいく彼女についていくだけで精一杯だった気もしなくも無い。ともかく、二人は闘技場の裏にある小さな占い小屋の前に立っていた。
「でも、こんなところにカイルの奴が居るんですか?」
「うーん……居ないと思うけど。あ、でもウェンディちゃんなら居るかもよ」
「だと良いんですけどね」
ギキィ……ときしむ扉を開けて、小屋に入る二人。
薄暗い室内に目が慣れた時、ぽぅ、と奥に光が灯った。お約束の水晶玉を置いたテーブルには、漆黒のロウブとフードをまとった占い師らしい人物が、ちょっこりという感じで座っている。
「…いらっしゃいませ。何を占いましょう…」
「って、カレンさん。この声、もしかして?」
「あはは、今、楊雲ちゃんの番だったんだ」
「…悠也さん、でしたか…」
はらり、と占い師がフードを下ろした。布地に負けないくらい艶のある黒髪に包まれた、陰のある瞳が悠也をじっと見つめてくる。
「ねえ楊雲ちゃん。カイルクンかウェンディちゃん、見なかった?」
「…見ていません。ですが…」
す、と悠也に一枚の紙片を差し出す楊雲。
受け取った悠也は、それがいわゆる『福引券』であることを確認する。
「えーと、楊雲?」
「…ただ今、サービスタイムですので…1回引けます…」
「それとこれと一体何の関係が……」
「…どうぞ…」
無意味なまでに、楊雲の声には抗い難いプレッシャーがあった。それとも、これが影の民の持つ特殊な霊感というやつなのだろうか。そういえば、下手すれば人間の死相がさっくり見えるという楊雲がこうやって占い師のバイトをしているのはシャレにならんのではないか。そこまで考えてから、悠也は言った。
「じゃ、じゃあお願いします」
「…はい」
ごと、とおもむろに楊雲が出したのは、よくある回転式の抽選機であった。
決心して、ガラガラガラ……! とそれを回す悠也。
やがて、ぽろっと転がり出たのは、銀色の玉であった。
「…おめでとうございます。2等が、当たりました…」
「2等かー。ちょっと惜しかったかなー」
「…2等の商品は、こちらになっております…」
す、と悠也に一枚の紙片を差し出す楊雲。
受け取った悠也の、顔色が変わるのがはっきりと分かった。
「こ、これはぁ……!」
「…この占い小屋は、オール観光協会のご提供で運営しております…」
「そうじゃ無くて、楊雲、このチケット……」
「どうしちゃったのよ、悠也クン?」
ひょい、と彼の手元を覗き込んだ、カレンの表情も変わった。にんまり、とからかうような雰囲気の笑みを浮かべて、彼をひじで小突く。
「凄いじゃない悠也クン? オール海岸リゾートホテルの宿泊券(しかもペア)なんて、そうそう手に入らないって有名よ〜? しかも期限が明日までだから、もう質屋にも入れらん無いわねー」
「い、いやあのでも俺、その……し、失礼しますっ!」
くるっ、ときびすを返し、脱兎の如く駆け出す悠也。
「ふふ、かーわいいんだからぁ」
「…そうですね…」
言いつつ、足元……と言うより、テーブルの下を見る楊雲。
もぞもぞとテーブルの脚を隠していた紫色の布が動き、ざかっ、と出現した男が居た。
「よくやったぞ、楊雲、カレン。これでオレ様の作戦は成功したも同然だ!」
「……」
「見たか奴のあの表情! くー。この後どうしてくれるか楽しみでたまらん!」
「……そうね、それはちょっと興味あるかな」
肩を竦めて、飛び出て来た男に答えるカレン。
彼女の目の前に居るのは、あろうことか探していたはずの魔族カイルその人である。
「クックック、たまにはメイヤーの遺跡フェチに付き合って質屋に赴くのも良いものだな! まさかあんなチケットが流れて来ているとは奴も気づくまい!」
「ついでに買って来ちゃったコレ、どーするつもりなのカイルクン?」
おもむろに、抽選機を指差すカレン。
「うん? 欲しければやらんでも無いぞ?」
「…話に、なりませんね…」
「そうね……」
楊雲と顔を見合わせて、小さくため息をつくのであった。
と、そこに勢い良く扉を開けて入ってくる少女が居る。
「ただいま戻りましたー。おや、もう皆さん御揃いですね」
す、と眼鏡のズレを直す彼女の名は、メイヤー=ステイシア。魔族カイルの率いる『カイル殺リク部隊』最後の1名である。
「おうメイヤー。お前の方もばっちり上手くいったようだな!」
「ええ。ウェンディさんに気づかれずに拉致るのって、案外簡単ですねー」
何気に、物騒な会話を交わす2人。
つまりメイヤーにしろ楊雲にしろカレンにしろ、悠也に不自然に思われぬよう、リゾートホテルのペアチケットを渡す作戦に従事していたのだ。発案者は、もちろんカイルである。
「ほんっと、今回の作戦ってば悪趣味ですねカイルさん。悠也さんが誰を誘うにしても、パーティの人間関係、思いっきりヒビが入りますもんねー」
「うはははは、そう褒めるなメイヤー。それで景気の悪い小娘の方はどうした」
「あぁ、安心してください。バレないように目覚めさせましたので、そろそろ宿の方に戻っているはずです」
「うむ、ご苦労」
何だか、会話だけ聞いていれば悪の親玉と幹部の言葉である。いや、確かにカイルの方は、魔宝を5つ集めて大魔王復活を目論むという(自称)悪人なのだが。
(でも、仕方無いわね。
魔宝について、あんな話を聞かされたんじゃ……。こうでもして、悠也クンを止めてあげるしか無いじゃない)
再び、複雑そうな表情を見せるカレン。
気遣うように、す、と楊雲が差し出した掌には、ほかほかとした桃饅頭が乗っていた。
「…私、思うのですが…」
「な、なぁに楊雲ちゃん……?」
「…悠也さんのことですから、決めきれずレミットさんたちに頼るのではないか、と…」
「それは……あるかもね」
ふぅ、とカレンは大きくため息をつく。それならそれで、問題がさらにややこしくなるのが目に見えたような気がしたからだった……。