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STAGE 9 想いと野望と 〜Cail−Ishbahn〜

 想いを遂げるまで、あと少し。
 そんな状況ではあったが、さすがに浮かれる気分にはなれなかった。
 閉鎖遺跡イルム・ザーン。確かに望みへと続く道ではあるが、それと同時に大変な難関でもある。
 この遺跡は同時に、空中庭園へ続く道のりの防衛システムでもある。以前の旅のときでさえ苦戦したのに、一度突破された以上更にその守りは堅固になっていると考えるべきだろう。
 それに、あのときはこちらも12人、アイリスを入れれば13人がかりだった。それに比べ、今はティナや楊雲ともあのまま別れ、アイリスを入れても総勢4人だ。フィリーやロクサーヌはどちらにしろ頭数には入っていない。
 …いや、イルム・ザーンのことなど、本当はどうでもいい。いくらあのときより遺跡の障害が大きくても、仲間が少なくなっていても、レミット自身昔のままではない。戦う力にしても意志にしても、もうこの遺跡などには負けないくらい強くなったという自負がある。
 だから、レミットが見据えているのは、閉鎖遺跡などではなかった。
「ようやく来たか。待っていたぞ」
 カイル=イシュバーン。揺るぎない意志を持つ、魔族の青年。
 自分が強くなってきたのと同じだけの時間を、カイルも経てきている。そしてこのカイルに限り、その時間の間迷っていたということはないだろう。突き進んできた。そしてそのぶん、強くなってきた。それは間違いない。
 おそらく…この遺跡のすべてより、カイル1人の方がよほど厄介だ。
 キャラットにしても若葉にしてもそのことはわかっている。だからカイルの姿を見るなり、全身に緊張を走らせた。しかしカイルはそんな二人には一瞥をくれただけだった。
「…『赤の火輪』はここにある。
 これをこうして手に入れてる以上、オレもキサマらが今までにどれだけの試練を乗り越えてきたかはわかっているつもりだ。
 もう、手加減する必要はないな」
「…今までは手加減していたとでも言うつもり?」
「魔族の本気があの程度だとでも思っていたのか?」
 レミットの問いに問いで答えるカイル。確かにその通りだ、ただ魔族だ、というだけなら誰も恐れはしない。何より魔族は「強いから」恐れられるのだ。カイルが嘆いていたとおり、最近の魔族ではそこまで乱暴な者はいなくなったが、その昔は魔族1人で国1つ攻め落としたこともあったくらいなのだ。
 カイルはそんな魔族たちの中でも、今のご時世に世界征服などということを本気で考えているようないわば過激派だ。世界征服を目論むには根本的なところで心優しすぎるという致命的な性格の欠陥があるため目立たなかったが、実力では魔族たちの中でも上の方だと思っていいだろう。それこそその気になれば、国の1つくらい大魔王とやらを復活させずとも滅ぼしかねない。
 前の戦いでカイルが他の皆と互角だったのは、戦う相手が年若い少女たちだったこと、自身も年若い少女たちをつれていて、ついつい彼女たちをかばってしまっていたこと、そして何より、あえてライバルたちと対等の条件で渡り合うべく、自分の力を制限していたことが大きい。…いや、それよりもっと影響しているのは実力を発揮する前にコントに突入してしまうそのバカさ加減かもしれないが。
 ともあれ、そんなカイルでも…いや、そんなカイルだからこそ、今のレミットが格段に実力をつけたことは見て取れた。…もはや、制限など必要のない相手。
「さて。いつまでもここでこうしていても仕方がない。
 まずは、今のオレ達にとってはどうでもいいジャマモノを片づけるとするか」
 カイルは「赤の火輪」を取り出すと閉鎖遺跡を見遣り、それからロクサーヌに視線を移した。そしてそのまま、レミットの方は見もせず、手だけを差し出して言う。
「さあ。他の魔宝を出せ」
 気に障る態度だったが、そうせねば話が先に進まないことはレミットにもわかっている。
「わかってるわよ。何よ、一つしか持ってきてないくせに偉そうに…」
 だから、文句を言いながらもレミットはロクサーヌに魔宝を手渡す。ロクサーヌがそれを受け取るのを見て、カイルはやっとレミットの方を向き直り、そしてニヤリと笑った。
「さあ、覚悟はいいか」
「とっくに」
「決着をつける前に遺跡のザコどもに後れを取って、オレ様を失望させるなよ」
「こっちのセリフよ」
 ロクサーヌが用意をしている間、まずは言葉の応酬を始める2人。他の面々はただそれを黙って見守るだけだったが、それぞれ緊張を強める。この遺跡の中は、2人がああ言ってはいてもやはりかなりの難関なのだ。
 しかし、互いに顔を見合わせて頷きあう若葉とキャラットを見遣ると、カイルはフン、と鼻で笑い言った。
「オマエらは来るな。邪魔だ」
「えっ…」
「そ…そんなっ!?」
 無論カイルにそう言われたからといってはいそうですかというわけにはいかない。くってかかる二人だったが、カイルは動じなかった。
「言ったはずだ、今度は本気だ、と。
 今のこいつならともかく、オマエら程度では巻き込まれただけで一溜まりもないぞ」
 言うなりカイルは、並んで立っていた若葉とキャラットの背後を一瞬でとってみせた。「あ…え?」
 ようやく振り向いたキャラットの頭に、ニヤリと笑ったカイルはぽん、と手を載せる。明らかに馬鹿にした態度ではあったが、キャラットは怒るよりも驚きの方が大きかった。あのティナの時でさえ、結果的には後れを取ったものの、相手が動くことくらいはわかったのだ。しかし今は、カイルが瞬間異動したようにしか思えなかった。若葉は隣で「何が起こったかわからない」というような顔をしている。若葉なら無理もないことだったが、今に限ってはキャラットも同じだった。
「…わかるか? 本気のオレは、ティナより強い」
「…っ」
 唇をかむキャラットに、静かにレミットが言った。
「大丈夫よ。私だけでも、この遺跡にも、バカイルにも、負けやしないんだから」
「ですが姫さま、カイルさん」
 傍らで一部始終を黙ってみていたアイリスだったが、決意を込めた瞳で二人を見る。
「私は、お供させて頂きます。カイルさんや姫さまがなんと言おうと」
「オマエ…」
 アイリスは、強いか弱いかで言えば若葉やキャラットよりもずっと弱い。しかし、その瞳に秘めた意志は微塵も揺らぎを見せていない。カイルも、そのアイリスを翻意させようとするだけムダとでも思ったのだろう、
「勝手にしろ」
 一言言って、そっぽを向いた。
「さあ、いきますよ」
 話している間にロクサーヌの用意が整ったようだ。レミットとカイルは顔を見合わせ、笑みを浮かべると、閉鎖遺跡をにらみつけた。

 これが…魔族の、「本気」…!?
 遺跡に入るなりすぐに、レミットはカイルの言っていたことを目の当たりにし、戦慄した。
 イルム・ザーンは魔物を配置するより、どちらかといえばトラップで侵入者の足を止める遺跡だ。つまり、力ずくで通るのが、本来であれば難しい。
 しかし、カイルはそれをすべて力ずくで押し切ったのだ。それもこともなげに。
 槍を持った石像は全て破壊し、フォースフィールドもそれを上回る魔力で霧散させる。そのたびに砕け散った石像の破片だの魔力の余波だのが周囲を破壊していった。
「きゃああっ!」
「アイリス!」
 無論、レミットやアイリスにもその累が及ばぬわけがない。レミットはそれからアイリスを守るので手一杯だった。幸か不幸か、罠の除去はすべてカイルがしてくれている。
「ちょっとバカイル!」
「文句があるか? オマエはこれからこのオレを倒そうとしてるんだぞ?
 だから他の連中は邪魔だと言ったんだ」
「くっ…」
 カイルには悪びれる様子もない。そしてまさにカイルが言うことはその通りだったので、レミットもそれ以上言いつのることはできなかった。
「さあ、すぐに済む。そうしたら決着の時だ」
 カイルが楽しそうに言う。いつの間にか遺跡の最奥部のストーンサークルまでたどり着いていた。そして、その前には当然、この遺跡の守護者が立ちはだかっていた。
「さがっててアイリス」
 レミットは言うが、それをカイルが押し止めた。
「まあ待て。
 オレは楊雲の時に、大体オマエの実力を見せてもらった。
 ここでオレ様の力を見せておいて、条件を同じにしておいた方が、後で文句を言う気も起きなくなるというものだろう」
 とはいえ楊雲の時にはほとんど終わりかけで、戦うところなどほとんど見られていないはずだが。しかしそれ以上に気になることがあったので、その追求はひとまず置いておくことにした。
「一人であの守護者を倒すなんて言うつもり?」
「驚くほどのことでもないだろう。今ならオマエにだってたぶんできるぞ」
「…それは…そうかも、しれないけど…」
「まあ、見ていろ」
 カイルは守護者の方を向き直ったが、緊張した様子一つみせず、剣を抜こうとさえしなかった。
「さあ来い。キサマにあまりかまっているヒマはないんだ」
 別にカイルの挑発に乗ったわけではなく、単にプログラムされたとおりに動いているだけなのだろうが、守護者はカイルの方を向き、その巨体に似合わぬスピードで襲いかかってきた。
「コウゲキ、カイシ…」
 鋭い爪を無駄のない動きで振り下ろす。だが、厳しい戦いをいくつも切り抜けてきたレミットにとっては充分見切れる速度だった。そして、それはカイルにとっても同様だった…はずだ。が、カイルは避けようともせず、その場に突っ立っていた。
「バカイル!?」
 思わず声を上げるレミット。カイルはそんなレミットを見て…つまり、余所見などして…ニヤリと笑って見せた。
 次の瞬間、カイルのその余裕の理由がわかった。守護者の攻撃など、今のカイルにはものの数ではなかったのだ。左手一本で、余所見したまま易々とそれを受け止める。
 そしてそのまま、その左腕を軽く振った。特段の力を入れたようには見えなかったが、それでも守護者の巨体は大きく跳ね飛ばされ、遺跡の壁に激突する。
「ソンショウ…ジンダイ…」
 呻きながらよろよろと立ち上がる守護者。
「…なっ!?」
 さすがのレミットも目を見開く。確かにカイルの言うとおり、レミットも1人でこの守護者を倒すことは出来るだろう。が、ここまで圧倒的かと言われれば自信はない。
 カイルは守護者が立ち上がるのを、追い打ちもせず見ていた。守護者はそんなカイルの戦力を、全力を挙げねば排除できない侵入者と判断したらしく、再びカイルを見すえるといったん動きを止めた。
「カイルさん!」
 アイリスにもわかるほどあからさまだった。大きいのが来る。
「まあ、なくてもいいがな…。アース・シールド」
 カイルは笑みを崩さぬまま魔力を行使した。集まってきた地の精霊の気配に、息を呑むレミット。なんという量と質だろう。アース・“シールド”どころではない。言うなればアース・“ウォール”…いや、一瞬で何枚もの壁が形成されカイルの周りを幾重にも取り巻き、アース・“フォートレス”と言っても過言ではない様相を呈している。尋常な魔力ではない。
「クリティカルビーム…ハッシャ」
 守護者から破壊光線が放たれる。直撃すればヴァニシング・レイに匹敵する威力を持つはずのそれは、しかしカイルを取り巻く地の精霊の砦を打ち破ることはできず、カイルに届く前に雲散霧消する。
 それを、当然、と言わんばかりの態度で見届けると、カイルはようやく剣の柄に手をかけた。
「さあ、遊びは終わりだ。
 キサマなどよりよっぽどやるヤツを待たせてるんでな」
 ゆっくりと剣を引き抜く。それと同時にカイルを取り巻いていた地の精霊の砦が消え去っていった。引き替えに剣を青白い炎が取り巻く。
「あれは…フレイム・アーム?」
「ええ…。超高温の炎は普通の火のような赤ではなく、あのように青白いのだと…どこかで聞いたことがあります」
 見慣れぬ炎に疑問の声を上げるレミットにそう話すアイリス。2人の見ている間に、その青白い炎をまとった剣に、さらに輝く粒子が集まっていった。
「そんな! …ヴァニシング・レイ!?」
 確かにそれはV・レイ発射の前兆そのままだ。が、普通のV・レイは爆心地に向け粒子が集結してゆく。つまり粒子は敵に向かっていくのだ。自分の得物に集まるのでは、下手をすれば自爆である。
 レミットの驚きをよそに、カイルの剣に集まった魔力はどんどん凝縮されていく。そして最後には輝きさえも外へ向かうことがなくなり、剣にまとわりつくのはぬばたまの漆黒となった。
「消えろ」
 そしてカイルは、その剣を振り下ろす。
 刹那。
 カイルと守護者を結ぶ直線上が膨大な魔力に呑まれ、大爆発を起こした。
「貴様では役不足だ…!」
 守護者がどうなったかなど見もせずに、カイルは剣を鞘に収めた。そして後ろで見ていたレミットの方を振り向いたカイルの背後に、木っ端微塵になった守護者がバラバラと飛び散る。かつては頭部だった破片が、
「コウドウ…フノウ…」
 とかすかな音を漏らし、それきり、守護者はただのガラクタと成り果てた。
「…あ…ああ…」
 アイリスは目の前で繰り広げられた光景をただ呆然と見ていたが、それと同時に遺跡の攻略と守護者との戦いを一人で引き受けたカイルの意図をここで悟った。
 カイルは、レミットに自分の力を見せつけることで威嚇したのだ。戦うときにはレミットが萎縮するし、場合によっては戦わずして戦意を喪失することも期待できる。
 アイリスは思わずレミットの様子をうかがった。
 表情が硬い。顔色もよくはない。が、その瞳にともる輝きはいささかも揺らいでいなかった。
 しかし、それがかえってアイリスは心配だった。つまり、まだレミットは戦うつもりだということだ。あのカイルの力が、レミットに向く、ということなのだ。
「どうする? 恐くなったのならやめてもいいんだぞ」
 レミットのそんな様子にはカイルも気づいていた。だから、答えはわかっていたはずだ。しかし、カイルはそう、レミットに尋ねた。
「誰がやめるもんですか、ここまで来て…!」
 予想通りの答えに、カイルはニヤリと笑う。そして改めてレミットを睨み付けた。
「そうか。ならば来るがいい!」
「…くっ」
 やや気圧されたまま、レミットが剣を抜く。
「姫さまっ」
「大丈夫。私は負けないわ」
 アイリスが心配そうに声をかけるが、剣を抜いたレミットにはもうそちらを振り返る余裕はなかった。
「始める前に、一つ聞かせて」
 レミットが剣を構えたまま言う。
「何だ?」
「…アンタの願いが、大魔王復活と世界征服だってことはわかってる。
 けど、世界を征服してどうしようっていうの? 何のために世界征服なんてするの?
 アンタの、本当の望みは何なのよ」
 今まで戦ってきた皆にも、それぞれに戦う理由があった。だが、だからといってレミットに負けるつもりはない。ならばせめて、その願いは受け止めておきたい…そう、思ったのだ。
「…オレの…望みか」
 カイルの顔から一瞬笑みが消える。そして何事かを、小さな声で少しつぶやきかけた。が、すぐに先程までの余裕の笑みに戻る。
「やめておこう。今となってはオレたちに無駄話は不要のはずだ。
 オレはオマエがどうして戦うか、知っている。だが、だからといってオマエとの戦いに手心を加えるつもりはない。オマエだってそうだろう。
 であれば相手の事情など知っていたところで戦いで全力を尽くす妨げになるだけだ。全力を出せなければ決着にも遺恨が残る。互いにそれは望むところではあるまい」
「…そう」
 確かにカイルの言うとおりだ。どのみち戦いが不可避であるなら、相手の事情など知らない方が全力を尽くせるし、全力を尽くした方が遺恨も残らない。
「なら…行くわよ」
 もうとっくにカイルは戦いの姿勢に入っている。レミットもこれ以上の会話は意味がないと判断し、ついにカイルに跳びかかり、剣を振り下ろした。
「アース・シールド」
 無論、レミットの斬撃は今では達人級の速さと鋭さを備えている。しかし、カイルの魔法が完成する方が更に早かった。一瞬で形成された地の精霊の障壁が、レミットの斬撃を弾き返した。
「なんて…堅さッ!?」
 先程はただ見ていただけだが、こうして実際攻撃してみるとその堅さに驚く。普通のアース・シールドには攻撃を完全に食い止めるほどの防御力はない。急所の前に展開し、攻撃を逸らしてダメージを軽減する程度の魔法だ。が、カイルのそれはまさに「壁」だ。おそらくダメージは皆無ではないだろう。だが、皆無ではない、それだけの程度だ。
「無駄だ。その程度ではオレは倒せん」
「くっ」
 障壁に阻まれ飛び退いたレミットは、すかさず詠唱に入る。
「ライトニング・ジャベリン!」
 カイルは避けようとも受けようともしなかった。しかし彼が何もしなくても、形成された障壁が稲妻の投げ槍を阻んだ。
「魔法も駄目なの!?」
 確かにこの障壁が守護者の破壊光線を防いだのも見た。が、魔法には精神力が影響する。心のない守護者の光線よりは、場合によってはレミットの魔法の方が効果があるかもしれない、と思ったのだが。
「無駄だ。
 さあ、今度はこちらから行くぞ」
 カイルはニヤリと笑う。
「エネジー・アロー!」
「!?」
 レミットは目を見開く。カイルの言葉に応じて出現した魔力の矢は、とてつもなく大量だったからだ。そしてそれらが一斉に放たれる。
「くうッ!?」
 しかし次の瞬間気づいた。カイルはそれだけの量の魔力の矢を生み出す引き替えに、おそらくあえて、矢を制御していない。大量の矢はレミットを狙っては来ず…もちろん、量あるだけにかなりの数が飛んでは来たが…周囲の石畳を抉っていく。
 かわそうと思えば、かわせる。そう判断したレミットは大きく横に飛んだ。そこに向けて別の矢が飛来してくる。それをまた避けて転がる。そうしてすべての矢をレミットが回避したにもかかわらず、カイルは余裕の笑みを保ったままだった。
 理由は他ならぬレミット自身が一番よくわかっていた。確かに傷は負わなかったが、あれだけ大量の、それも広範囲にばらまかれた、しかも石畳の抉れ方からして威力も相当なエネジー・アローを避けきるのに、レミットはかなりの体力と精神力を費やしてしまったからだ。おそらく、カイルは最初からそれを狙っていたのだろう。
「どうした? 手も足も出ないか?」
 カイルに挑発されるまでもなく、このままではジリ貧だ。逃げ回っていても勝機はゼロだろう。
 レミットは、あまり効かなくても反撃に転じるしかない、と決意した。が、そんなレミットにカイルはさらに言い募る。
「まあ、安心しろ。どちらにしろこれで終わりだ」
「!」
 カイルはようやく剣を抜き、レミットに向け構えた。そしてカイルを取り巻いていたアース・シールドが消える。
「…姫さまッ!」
 悲痛な叫びをアイリスが上げる。レミットにもわかった。守護者を一撃で葬ったあれが来る。
 …しかし、わかったのだが…レミットは未だ、先ほどのエネジー・アローをかわして姿勢を崩したままだった。斬りかかることはもちろん、狙いを定めて魔法を放つことも難しい。絶望的な思いで、カイルの剣に青白い炎がともり、光の粒子が集結していくさまを…ただ、見ているしかなかった。
「さらばだ」
 カイルが剣を振り下ろすその動作はやたらとゆっくりに見えたが、一瞬の後、レミットは為す術もなく大きく跳ね飛ばされていた。
「あ…」
「ひッ…姫さまああぁぁーッ!!」
 アイリスの悲鳴も、いやに、遠くに聞こえた。

 負けた。即座にそう思った。
 その威力は、今までの旅で誰から受けた攻撃と比べても、威力の格が違っていた。夢の中でアイリスが放った収束V・レイの威力さえ、現実の攻撃でありながら上回っている。
 しかも、「手加減する必要はないな」などと言っていたにもかかわらず、カイルはまだ手加減をしている。でなければ、今頃レミットは、あちらでバラバラになっている遺跡の守護者と同じ運命をたどっているはずだ。
 悔しい。カイルには敵わないのか。今まで、あんなに頑張ってきたのに。

「できるとか、できないとかじゃないの…。
 決めたんだから、やるの!」
 カレンに向けて叫んだ決意。

「恋する乙女はね、無敵ってことよ」
 冗談めかしていっていたけど、リラは、意志と決意を認めてくれた。

「よーやっとわかってくれたんか…。ならええわ」
 ちょっと行き違ったこともあったけど、アルザだって応援してくれた。

「甘ったれるのもいい加減にしなさいよ!
 会おうと思えばいつだって会えるのは、離ればなれなんて言わないわ」
 そう、本当に離ればなれになっちゃったんだから、なまじの苦しさでは済まないことは覚悟してた。
 その覚悟があったから、ウェンディだってわかってくれたんだと思う。

「自分にできることとできないことを自分で決めるような人に、私は負けない!」
 同じ思いを抱いたメイヤーとの戦いは、自分の意志を確認し、更に強めることになった。

「絶対に、絶対に、幸せになって下さいね」
 アイリスも、秘めた想いをあかしてくれたし、それを託してもくれた。

「な、なんだ、このコはっ! デタラメに強いじゃないか!」
 くじけないで戦ってきた。だから強くなれた。百戦錬磨の戦士であるレイナスでさえ、侮ってかかってきたら返り討ちに出来るくらいに。

「私は…負けないっ!!」
 命の危険にすらさらされることもあった。ティナのもう一つの人格はそのつもりで襲いかかってきたのだから。もし心を強く持っていなかったら、あのときに、旅はおろか人生までもが終わっていたかもしれない。

「私は、もう迷わない!
 止められるものなら止めてみなさい!」
 そこまでの旅を経てもまだ残っていた迷い。だが、楊雲のおかげで本当の決意と覚悟を得ることが出来た。

 私、思い上がるわけじゃないけど、本当に強くなったと思う。
 前回の旅みたいに成り行きと勢いで始めたものでなく、しっかりした自分の意志による旅。その中でみんなからもらった想いと強さだ。
 だから…負けることは、みんなとの出会いを、みんなの想いを、無にすることになる。
 それになによりも、ここで負けるなんてこと、この私は納得できない。
 負けられない。負けることは出来ない、絶対に、絶対に!!

「うああああああッ!!」
「…何?」
 カイルは目を細める。今のレミットの叫びは、自分の攻撃を受けた苦痛によるものでも、ましてや断末魔などでもない。気力を奮い立たせる叫び。負けていないことを、諦めていないことを、まだ戦う意志に、勝つ意志にあふれていることを訴えるウォークライ。
 戦いがまだ終わっていないことを否が応でも思い知らされたカイルは、一度剣を納めた。あの攻撃は体にも精神にも、そして剣にもとてつもない負担をかけるため連発が出来ない。体や精神はともかく、ここでこのまま使っては剣が砕ける恐れもあるのだ。魔力の残滓が霧散するまで少し休ませねば剣はもうもたない。
「アース・シールド」
 まだ戦いは続いているとはいえ、レミットが無傷であるはずはない。が、極限状況下での力は、余裕があるときのそれを凌駕することもあるということを、カイルは理解していた。再び障壁を展開し、レミットの逆襲に備えた。
 果たして…レミットはしっかりと自分の足で立ち、真っ直ぐにカイルをにらみ据え、隙も見せずに構えていた。
 そんなレミットを見てカイルは小さく笑う。余裕を見せたかったのではない。純粋に嬉しかったのだ。くじけない、諦めない、このライバルの存在が。
「まったく…どいつもこいつも…惜しいな…」
「…何よ」  
「奴は唯一、オレの永遠のライバルたりえる男だと思っていた」
「カイル…?」
 いつもと様子が違うカイルをいぶかしむレミット。ここにいない相手に思いをはせながらも、まなざしはしっかりとレミットを捕らえたままだ。
「しかし、それはオレの思い違いだったようだ。
 キサマもまた、オレの永遠のライバルに相応しい」
「・・・・・・」
「だというのに、キサマもまた…奴と同様この世界を去るというのだな」
 カイルの表情が読めなかった。何を考えているのか、よくわからなかった。
「…そうはさせるか」
 レミットに向いていたカイルの視線が厳しさを増した。そのことと、カイルの言葉とで、レミットは少しだけ、彼の…あるいは、彼自身も気づいていない…本心がかいま見えた気がした。
 そして、だからこそ、カイルをここで倒さねばならない、そう思った。
 レミット自身のため、だけでなく。
 カイルは、最初に言ったとおり、全力を尽くさぬ戦いを望んではいない。
「さあ、決着をつけるとしよう」
「そうね…」
 レミットが剣を、改めて構え直す。カイルもレミットに手をかざした…魔法を使うつもりだ。
「エネジー・アロー!」
 先ほど同様の、大量の魔力の矢。しかしレミットはそれを既に見切っていた。
(無駄な動きは要らない)
 カイルの魔力の矢は、大量だが狙いは定まっていない。だから、無闇に動くと逆に当たってしまったり、避けきったとしてもさっきのように姿勢を崩した隙をつかれたりする。だから、逆に動かない方がいい。そして、自分に向かって飛んできたものだけを、最小限の動きで避けるなり捌くなりすればいい。
 気づいてしまえば、今のレミットにとって、それを実行することはさほど困難ではなかった。
「…ほう」
 感心したようにカイルは息を漏らす。そして、心底嬉しそうに笑みを漏らした。
「やはり、キサマを下すには小手先の技では不足か」
 カイルは腰の剣の柄に手をやる。先ほどの魔力は、一応は既に落ち着いているようだった。
「今度こそ…終わりにしてやろう」
 ゆっくりと引き抜く。そしてアース・シールドが消える。
 …三度目にそれを見たレミットは、もう、その隙を逃すことはなかった。
「終わりになるのはそっちよッ!」
 青白い炎と光の粒子の集結、そして凝縮。そのプロセスには当然時間がかかる。その隙をつかれるということも、カイルは当然予測していた。ただ、そこでちょっとやそっと攻撃されたところで攻撃までもが阻止されることはないだろうと思っていただけだ。
 が、それは重大で致命的な油断だったと、カイルはその瞬間に気づいた。
「たあぁぁーッ!!」
 ガッッ!
「!?」
 レミットは全力の一撃を、カイルの手元にぶつけたのだ。
 当然自分を倒すべく向かってくると思っていたカイルは、頭や胴への攻撃を回避することは考えていた。が、それを考えていた故に、手元への攻撃を避けようとしたその瞬間、わずかに間合いを読み違えてしまった。弾かれた剣がカイルの足下に転がる。そしてそれでも、技の発動は止まらず…いや、暴走し始めているようだった。
 先に、この攻撃は、下手をすれば自爆、と述べた。そしてその状況が、今生じようとしていた。無論レミットは素早く跳びすさっている。
「・・・・・!」
 そして、暴発は起こった。

「…き、キサマ!」
 カイルの必殺の一撃は、カイル自身にも相当な手傷を負わせたようだ。いや、先ほどのレミットへの一撃が手加減されたものであった以上、傷は今やカイルの方が深いといえよう。だが、その一撃で戦意を失わないのはカイルも同じことだった。もうそれ以上余裕はないのだろうか、それ以上もう何も言わず、落ちていた剣を拾うと構え直し、レミットをにらみ据えた。
「…くっ」
 カイルが手傷を負ったとはいえ、レミットも無傷ではない。手加減されていたとはいえ、同じ技を食らっているのは同様なのだ。
 もう双方ともに、ほとんど余力はない。だから、それ以上の言葉はなかった。ただ2人は言葉にもならない叫びを上げながら、真っ正面からぶつかった。
 激しく斬り結ぶこと、一合、二合…数合。力と体重で勝るカイルがレミットを弾き飛ばした。倒れ伏すレミットだったが、カイルにももう追い打ちの気力はない。立ち上がってくるまでの間、剣を支えにして荒い息をつくだけだった。そしてまたもレミットは立ち上がり、よろけながらも斬りかかる。カイルもまたよろけながら、それでも斬撃を受け止めた。そしてまたも、先ほどと同様打ち合う。結果は同じだった。が、弾き飛ばされたレミットは、今度は地に倒れ伏すことはなかった。自分の体が描く放物線の頂点で、最後の力を振り絞り、大きく叫ぶ。
「エーテルっ! マキシマムっ!!」
 空中でレミットの体に次々と取り込まれていく圧倒的な精霊の力。風の精霊の力がレミットの体を支え、同時に火の精霊が剣を包む。
 そしてレミットは、近くにあった崩れかけた遺跡の柱を力一杯蹴りつけた。その威力で柱は崩れるが、反動でレミットの体はカイルに向かい飛ぶ。風の精霊の力が、更にその全身を加速させた。そして空中でレミットは、剣の鍔に足をかけ、その体重をも切っ先に乗せる。
「カイルっッ!!」
 カイルがもし避けたとしても、風の精霊の力で追うことができる。
 しかしカイルは一歩も退かなかった。重心を低くし、自分の得物を横倒しにして、真っ向から受け止める構えだ。
「うおおおおおおおおおッッ!!」
 そして、二人は激突した。衝撃がすべてを弾き飛ばす。
「きゃああああ!!」
 巻き込まれ、アイリスが吹っ飛ばされた。崩れかけた壁に背中から激突し、息が詰まり意識が飛びかける。しかし、強固な意志でそれを強引につなぎ止めた。
 見届けなければならない。それが、ここまで来た私の役割なんだから。
 そして、アイリスは見た。レミットのすべてが乗った一撃を、カイルが受け止めている。両者の力はまったく拮抗していた。だから、その拮抗の崩壊は、二人の実力以外の要因によってもたらされた。
 レミットを受け止めている、カイルの剣。その全体に、一斉にヒビが走った。
(剣の限界かッ!?)
 悟ったとき、度重なるカイルの技の負担に耐えきれなくなった剣が、脆くも砕け散った。
 防ぐものもなくなったレミットの衝撃がまともにカイルを捕らえ、今度吹っ飛ばされたのは彼の方だった。
 ただ、レミットのときと違ったのは。
 その一撃で倒れたカイルは、もう、レミットに剣を向けることが…できなかったということだった。

「おのれ…忌々しい…ッ!」
 仰向けに転がったきり、もう指一本も動かせないカイルは、それでも口を利く余力が戻ったらしく、心底口惜しそうに、しかしどこか清々しさを感じさせる口調で言った。
「忌々しいが…キサマの勝ちだ…ッ」
「カイ…ル…」
  レミットにも、もうまったく余力はなかった。立っていられずその場にへたり込む。
「まったく…。野望も半ば、ライバルも失う瀬戸際、負けてなどいられないこのオレが…こんなところで…」
 それを横目で見ながらカイルがつぶやく。そして、目を閉じて、苛立たしげに…多分に、意識してそのような声を出そうとしていたようにも思えたが…怒鳴った。
「おい! そこのオマエ!」
 頭すらめぐらせなかったが、自分が呼ばれたということがすぐにわかったアイリスは、叩きつけられてきしむ全身に鞭打ち立ち上がる。
「…そいつを連れて行け…目障りだ…」
「あ…はいっ」
 アイリスはレミットに駆け寄り、肩を貸し立ち上がらせた。
 レミットは既に力無く、ほとんどアイリスにぶら下がるようにして立ち上がったが、それでもカイルの方を向き直る。
「あんたのことも、忘れないからね」
「ふざけるな。とっとと消えろ…目障りだと言っただろう」
 フン、と鼻を鳴らし、カイルはそっぽを向いた。レミットは息をつき、
「じゃあね」
 一言言って、カイルに背を向けた。

 二人の足音が消え、ひとり残されたカイルは、周囲に誰もいなくなったことを悟ると、小さくつぶやいた。
「さらばだ、我がライバル、レミット」
 二人は気づいていたろうか。
 レミットが呼ぶとき、カイルの名の前からいつしか「バ」が外れていたことに。
 カイルが、いつしかレミットのことを「ガキんちょ」とは、呼ばなくなっていたことに。

STAGE9 あとがき

 どーも、もーらですー。


 さて、いよいよこのお話で最後の戦いです。
 相手は、最終戦の相手は彼にしか任せられないであろう、愛すべきバカイル。

 本編をお読みになって、「カイル強すぎ」とお思いの方もおいでかもしれません。
 ですが、本編に書いたとおりの理由で、カイルってホントはとてつもなく強い、というのが私の解釈です。
 理由は概ね三つ。

1.あのリリトが、カイルの性格と行動はともかくとして、その実力を軽んじる態度を取っていない
 なにしろ、
「貴様のような弱者など殺すにも値しない。さっさとどこへでも消えるがいい」
「…自分でも、わかっているはずだ」
 などというカイルのセリフに、リリトは返す言葉を失っていますからね。

2.裏ティナが、為す術もなくあしらわれている
 まあ、裏ティナとはいえここや余所のSSにあるほど強いとは限りません。しかし少なくとも"DARK BLOOD"時点での表ティナと同程度以上の力はあるはずです。性格的リミッターがないぶん表ティナより(多少なりとも)強いと思っていいでしょう。それが、カイルが敵対するとわかった途端、
「やめて!やめてちょうだい!せっかく出てこれたのに…!」
 と、大慌てです。裏ティナにとってカイルと敵対することが絶望的な状況だ、ってことなんじゃないですかね。

3.ドラマCDで、カイルは実際マリエーナを制圧している
 これは本編ベースじゃないんで、かならずしも論拠になるかはわからないんですが、説得力は最高です。何せ実際に国一つ制圧してるんですからね。

 そんなわけで、ここでは「カイル実は激強」説を採る次第であります。

 それから、カイルに一度レミットが吹っ飛ばされたときの回想描写。あれは実はゲーム的には最初から再プレイしてる描写です。てなわけで、一度アイリス@ヤガランデに負けちゃった姫さまですが、この最終回で無事ノーコンティニュークリア達成、と(笑)。

 さて、ともあれそんな最後のライバルを倒した姫さま。
 残るはいよいよ、大団円です。

Epilogue
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