「…ん」 決戦の後すぐに、さすがのレミットも意識を失ってしまったらしかった。 目を覚ましたのは、薄暗く…しかし、人の気配のある部屋だった。 「…お目覚めですか、姫さま?」 枕元から優しい声がかけられた。聞き慣れたはずのアイリスの声。…けれど、そこに少しいつもと違う何かが籠もっていた。 「アイ…リス…?」 身を起こしたレミットは、 「あれ…?」 気を失う前まであった、全身の傷の痛みが消えていることに気づいた。
カイルとの戦いで負った傷は決して軽くなかったはずだ。アイリスも傷の手当てくらいはできるが、アイリスの手当てでここまで劇的に回復するとは思えない。 「お加減はいかがですか? まだ、どこか痛みます?」 その疑問はすぐに氷解した。傍らから新たな声。視線を巡らせると、若葉が花のような微笑みを浮かべていた。 「え…若葉? どうして…?」 「レミット。いくらなんでもあんなすごい爆発が何度もあったら、心配で待ってなんかいられないよう。 けど、追いついたときには終わってたんだけどね」 その横にいたキャラットも微笑んでいる…少し苦笑になっているのは、「間に合わなかった」ためだけ、なのだろうか。 「みんな…」 「それにね」 キャラットが続けた。 「レミットはきっと勝つって、信じてたから。 …レミットが勝ったら…」 キャラットは微笑んだままだった。が、その笑顔にどんどん無理の色が強くなっていく。 「レミットが勝ったら…お別れだもん。 あのままお別れだなんて…ボク…」 「あ…」 口に出してしまい、それを聞いたレミットが言葉を失うのを見て、キャラットはとうとう無理をしきれなくなった。 「…淋しく…なっちゃうよね…。レミット…」 くすん、と小さくすすり上げる音が言葉に続く。若葉も複雑な顔でうつむいた。 二人の思いは同じ。大切な大切な仲間で、友達のレミットの、心からの願いが叶うのだ。嬉しくないはずがない。だが、それは同時に他ならぬレミットとの別れを意味する。 もちろん、今までそのことに気づいていなかったわけではない。ただ、直視していたくなかったのだ。 しかし、この期に及んでは嫌も応もない。もう目は逸らせない。 「ですからね、姫さま」 にっこり笑うアイリス。キャラットよりも、若葉よりも、アイリスはレミットと一緒にいた時間が長く、その思いも深い。それに、心の問題だけではない。有名無実であるとはいえ、王位継承者がこの世界からいなくなるのだ。その侍女であるアイリスがその後どれだけ大変な目に遭うか、この場の他の者はいざ知らず、アイリスは気づいている。しかし、それと同時にアイリスは、レミットに心残りを感じさせたくはなかった。そして、本心をそれなりに覆い隠せるほどに、大人だった。 「送別会を、いたしましょう」
レミット付きの侍女であるアイリスは、普段はレミットが夜更かしするとそれをいさめる立場だった。性格的な問題からレミットに押し切られることも少なくなかったが、言うだけは言うのが常だったのだ。が、今は、夜がふけていってもレミットを止めるようなことは何も言わなかった。 最後の夜だから、だけではない。そんなことをいちいち言わねばならないほどレミットが子供だとは、もう思っていない。そういうことだった。 いつの間に集めてきたのか、キャラットが持ってきた果物やら木の実やらを囲み、皆でいろんなことを話した。出会ってから、前の旅のこと、この旅のこと。いつまでも話は尽きなかった。
東の空が白み始めるまで、話して、笑って…、 そして、少しだけ、泣いた。
楊雲との戦いの時に気がついた。 みんなとの出会いも、みんなから今までもらった全部も、今の私の一部だと。 みんなにとっても、私がそういうものだったら…本当に、嬉しい。 だとしたら、この旅立ちは、きっとただの別れじゃないから。
「本当に…今まで、ずっと長い間…本当にありがとうございました」 暁のその時に、若葉は彼女らしくもなくしんみりした様子で、しっかりとレミットの手を握りしめた。目が赤いのは、夜を明かしたためだけではない。けれどその表情には疲れもなく、本当に清々しかった。 「わたし、レミットさんに出逢えて…本当に、良かったと思います」 「ボクも」 若葉が握りしめたレミットの手に、キャラットも手を重ねた。 「レミットのこと、忘れない…なんて、当たり前か。 ボクのこと、忘れないで…なんて、わざわざお願いすることでもないよね。 えーと…んーっと…うまく言えないけど…、 ボク、レミットのこと、大好きだよ」 感極まったのか、キャラットはレミットをぎゅっと抱きしめた。 そんな二人をさらに若葉が包む。 今の気持ちをどういったらいいのか、三人ともわからなかった。 けれど、言葉にしなくても、三人ともお互いの気持ちは本当によくわかった。 …当たり前だ。もうお互いは、お互いの一部なのだから。
「姫さま」 そんな光景を見ていたアイリスが、優しく静かに声をかけた。 「…本当は、あれを話そうとかこれを話そうとか、いろいろ思っていたんですけど…」 アイリスもまた、言葉を超えたものでレミットと通じ合っていた。ただ、それでもあえて言葉にしたいものが、彼女にはあった。 「お元気で」 ありきたりな言葉を前置きにして、それから、万感の思いを込めて。 「…きっと、きっと、幸せになって下さいね…」 す、と身を引くアイリス。その向こうには昇る朝日と、そしてロクサーヌの姿があった。
いよいよ旅立ちの時。 ロクサーヌが最後の確認をする。四人皆で頷いた。 そして、呼びかけの言葉、朝日の中降臨してくる女神。 女神の問いかけには、即答。一縷の迷いも、もはやない。 そう、私の願いは。
目を閉じ、開く。 願いが断られたら、などという心配は、僅かたりともしていなかった。 果たして、見慣れない光景の中の…見慣れた…、 本当に、愛おしい人の寝顔。
とめどもなく想いがあふれてきた。 会ったら話したいことや、したいことはたくさんあった。 これからその全てが始まるのだ。
そして。
「ねえ…寝てるの…?」
「純情戦姫レミット」Fin. |