HOME
STAGE06へ
二次創作文庫メニューへ
STAGE08へ
STAGE 07 ルナティック・ダンス 〜Tina Harvel〜
 それは、魔宝を探す旅も終わりに近づいた、ある夜のことだった。
 夜空に輝く見事な満月が、世界を青白く染めている。仲間達はぐっすりと深い眠りに落ちているようだったが、彼女だけはどうしても寝付くことができなかった。それどころか、目が冴えて眠気など片鱗さえありはしない。
 衝動が、大切な仲間に向きそうになるのを必死に抑える。
 耐えないと。
 朝になるまで耐えきらないと。
 満月は、今夜だけなのだから。今夜だけ、なんとか耐え抜けば。
 彼女は負けそうになる自分の心を奮い立たせ、仲間の眠るテントから這い出た。

 はあ、はあ、はあ…。
 静かな月夜に、少女の荒い息が響く。
 消えそうになる心をつなぎ止めるように、自らの身体をきつく抱きしめる彼女。
 はあ、はあ、はあ…。
 少しでも気を抜けば、自らの牙が大好きな仲間を襲う。それがわかっていたから、彼女は脂汗すら浮かべながら、震える自分の肩にかけた手の爪が食い込むほどに力を込めた。
「眠れないか」
 そんな彼女に突然声がかけられた。ビクッ、と大きく身を震わせ、声のした方を振り向く。
 黒い人影。まるで、そこだけ月の光が当たっていないかのような、闇夜の黒。そこから放たれる紅い視線…彼女と、同類であることを示すもの。
「血が、騒ぐのか」
「あ…」
 少しずつ、彼が近づいてくる。彼との距離が縮むほどに、彼女は、「自分の中のもう一人の自分」が大人しくなっていくことに気づいた。
 きっと、「もう一人の自分」はわかっているのだ。「彼」には敵わないということが。
「自分をさらけ出す気にはならないのか」
 彼が聞いてくる。「もう一人の自分」はもうすっかりなりを潜めていたが、それでもふるえの止まらない身体を抱きしめたまま、黙ってうなづいた。
「隠そうが偽ろうが、本当の自分は変わりはせんぞ」
「…わかってます…でも…」
 彼の紅い視線が、彼女の紅い瞳を真っ直ぐにとらえた。思わず目をそらす彼女。
「…フン。
 オマエがそう思うのなら、それでも構わんがな」
 彼は、強い。本当にそう思う。戦闘において、というだけではない。彼の心は本当に強いのだ。同族すべてにそっぽを向かれても自分の目的に向かって邁進できるほどに。自分の素性を隠そうともせず、人間のまっただ中で胸を張って生きていけるほどに。…彼女は、それが恐くてたまらないというのに。
 彼はきっと、私のことをふがいなく思っているだろう。
 そう思うと急に恐くなった。彼なら、そんな私に荒療治を試みないとも限らない。
「あ…あのっ!
 このことは、誰にも…」
「それでも構わん、と言っただろう? 無理に話すつもりなどない」
 彼はそう言ったけれど。
 彼を信じる気持ちよりも、不安が勝った。
 彼はいつでも、私の正体を暴くことができる。
 その不安があったから。
 魔宝を探す旅が終わってしばらくしてから再びカイルが彼女のもとを訪れ、そのことを頼んだとき、ティナはそれを断れなかった。

「…情報を整理してみましょう」
 カレンらと再び別れ、魔宝探索の旅を続けるレミットたち。当面の問題は、次にどこを目指すか、だった。
 そのことを皆それぞれに考えていたから、アイリスの一言に、その場の全員の視線が集まった。
 もとよりさほど注目を浴びるのに離れていないアイリスは少したじろいだが、それでも気を取り直して話し始める。
「これで、魔宝の在処はすべてわかったわけです。
 今姫さまは『青の円水晶』『銀の糸』『白の聖鍵』の三つを手に入れています。
 そして残る『黄金の左腕』と『赤の火輪』は…」
「それぞれ、楊雲とバカイルが持ってるのよね」
 口に出して確認するレミット。アイリスは頷くと続けた。
「ですが、この2人の居場所については、何もわかりません。以前楊雲さんと旅をしていたリラさんやメイヤーさん、それにカイルさんと一緒だったアルザさんやウェンディさんも、お二人の居場所は知りませんでした。
 一応、リラさんに手紙を送って、調べてくれるように頼んではおきました。それに、カイルさんも魔宝を狙っている以上、こちらに何の接触もない、ということはないでしょう。
 ですから、待っていればいずれ、2人のことは何かわかる…とは、思いますけれど」
 そこまで話したアイリスは、聞かなくてもわかってますけど、といった風情で、レミットに言う。
「待ちますか?」
「まさか」
 即答するレミット。アイリスは小さく、「そうですよね」とつぶやく。
「それじゃあ、どうしよう?」
 キャラットが首を傾げる。隣の若葉もしばらく思案顔だったが、やがてぽん、と手を打った。
「そうですわ、カイルさんの居場所を知っていそうな人が、もう一人いらっしゃいます」
「え?」
「カイルさんのお仲間は、アルザさんと、ウェンディさんと、それに…」
「ティナに聞く、っての?」
 あきれ顔のフィリーが若葉の言葉の後を続けた。
「はい。もしかしたらご存じかも知れませんよ」
「で? ティナはどこにいるのよ?」
「え? あ…」
 結局、ティナを探すのも同じくらい手間がかかるのだ。それをすっかり失念していた若葉の、いつものようなピントのずれた発言…かと、思われたのだが。
「ティナさんの居場所なら、わかりますよ」
 突然ロクサーヌがそんなことを言い出したので、事情が違ってきた。
「え?」
「ティナさんでしたら、パーツィとハンの間あたりにある山の頂に住んでいる、フォインという医者の所にいます」
「フォインって、あの伝説の名医っていう?」
「お体の具合が思わしくないということでしたから、ご紹介したんですよ。まだおそらくそこにいると思いますが」
「やるじゃないロクサーヌ!」
「どうします、姫さま?」
 一通りやりとりを聞いたアイリスが、レミットに尋ねた。
「もちろん、手がかりがあれば行くわよ」
 当然、レミットは即答した。

 レミット達が目的地を決め、歩き出した後。
 街道脇の木陰から、何者かがその後ろ姿を見送っていた。
「・・・・・・」
 影の如き姿のその何者かは音もなく身を翻す。
 漆黒の長髪が風に揺れた。

「それはお前さんの本意じゃなかろう?」
 眉根に皺を寄せたフォインが言う。『あまり思い詰めん方がいい』と、最初に会ったときから幾度となく言い聞かせてはいるのだが、まだティナの表情がはれたところをフォインは見たことがない。
 名医、とは言われてみても、こればかりは最後にはティナ自身の問題であるのでどうにもならない。フォインはふう、とため息をつく。厄介な患者を抱えて以来、フォインの方もため息が増えた気がする。
「でも…わたし…」
 旅支度を終えたティナは、うつむいたまま言いにくそうに答える。
 フォインは、ティナの正体には感づいていたが、結局ティナの側からそのことをフォインにうち明けることはなかった。
 そんな彼女の許に、珍しくも来客があったのは先日のこと。それは、黒装束をまとい、紅い瞳に野心を漲らせた魔族の青年だった。ティナは彼に呼ばれるままに、フォインの庵から出ていき、そしてフォインの知らないところで何か話した後、一人だけで帰ってきた。 フォインは、医者として伝説となるほどの腕前を持っているのみならず、相当な人生経験も積んでいる。二人の間にどんな話があったか、うすうす察しはついた。魔族の青年もおそらく、ティナの正体には感づいていたのだろう。そして、ティナも、彼がそのことに気づいている、ということを知っているようだ。見たところあの青年は、魔族といえど、そのことでティナを脅す、というような人物には見えなかったが、そのせいでティナは彼の頼みを断れなかったようだ。でなければ、いきなり、
「また旅に出ます、お世話になりました」
 などと言い出すとも思えない。
「一人で抱え込むにも限界があるじゃろ」
「・・・・・・」
 その言葉にティナはもう答えず、ただ黙って頭を下げると、振り切るように歩き出した。そんなティナの様子に、またもフォインはため息をつくことになる。

(これから、どうしよう)
 一人山道を歩きながら、ティナは途方に暮れていた。
 カイルの話だと…とは言っても、カイルもまだ断片的な情報しか持っていなかったが…、今魔宝を持っているのは、カイル自身と楊雲、そしてレミット、なのだそうだ。
 カイルの手に「赤の火輪」があるのはともかく、他の二人がどの魔宝を持っているのか、そして他の魔宝がどこにあるのか、そこまではカイルも知らなかった。
 だからカイルがティナに頼んできたのは、
「レミットを探して、持っている魔宝を奪い、なおかつレミットの情報を聞き出すこと」 であった。カイル自身は、同じ目的で楊雲を捜す、ということらしい。
 もしカイルが、レミットのもとに三つの魔宝があることと、今のレミットの成長ぶりを知っていたなら、自分がレミットの許に赴くことを選んだだろう。が、以前の旅の時の二人しか知らないカイルは、世間知らずの「ガキんちょ」よりも、影の民の特殊能力を駆使する楊雲の方がずっと手強い相手と判断したのだ。
 無論、そこまでカイルが説明したわけではなかったが、ティナも大体そんなことだろうと薄々考えてはいた。
 だから、細い山道の途中にある大きな岩の横を通り抜けた途端、いきなりレミットにばったり鉢合わせたその瞬間、頭をよぎった「どうしたらいいだろう」という言葉も、「返り討ちにされたら」ではなく、「レミットをできるだけ傷つけず魔宝をもらうには」という意味、だった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
 あまりに突然のことだったので、しばらくは全員が呆然としてしまった。
「…レミット、さん?」
「…ティナ?」
 やがて同時に口を開く。
 レミットの目的は、ティナにカイルの行方を尋ねることだ。だから、別にティナと戦おうという気はなかった。
 一方、ティナの目的はレミットの持つ魔宝を手に入れることだ。戦いたくはなかったが、そうなる恐れが強いことくらいティナにも容易に察しがついた。
 だから、同じように呆然とする二人でも、緊張感は全く違った。そのため、我に返ったのはレミットの方がずっと早かった。
「ちょうどいいところで会ったわ、あんたに聞きたいことがあったの」
「聞きたいこと…ですか?」
 動揺を隠しきれず目を泳がせながら、それでもティナは何とか答える。
「そう。
 バカイルがどこにいるか、知ってたら教えてくれない?」
「カイルさん…ですか?」
 先日の彼の言葉をまた思い出し、再び緊張に実を堅くするティナ。そんなティナの様子に、アイリスが気づいた。
「あの…ティナさん?
 旅支度をなさってますけど、もしかして…また、カイルさんに?」
 アイリスの言葉に、ティナはうつむいたまま首を振った。
「この前、確かにカイルさんには会いました。でも…これからカイルさんに会いに行くわけでもありませんし、今カイルさんがどこにいるかも…知りません」
「本当に?」
 レミットは疑うが、ティナは沈鬱な顔をして頷く。ウソをついているようには見えなかった。
「そう…ありがとう」
 手がかりが失われたことに落胆しうつむいたレミットに、ティナは、意を決して、といった風情で話し始めた。
「カイルさんは…楊雲さんを探しに行ったはずです」
「!」
 その一言で、レミットは、ティナもカイルの、そしてレミットの目的を知っているということを悟った。
「それじゃあ、まさかティナ、あんたは…」
 ティナはもう一度頷いた。その表情は沈鬱を通り越して悲痛にさえなっている。
「わたしは…レミットさんを、探しに行くところだったんです…。
 魔宝を譲っていただくために」
「・・・・・・」
 ティナは背負っていた荷物を傍らに下ろした。そして、悲痛な顔のまままっすぐにレミットを見つめた。
「わたしに魔宝を渡してもらえませんか」
 そこでレミットも表情を引き締めた。言葉こそ提案だったが、荷物を下ろしたということは、もうティナは覚悟を決めているということだろう。
「答えは、わかってるみたいね」
「…やっぱり、そうですか」
 ティナは深く深くため息をつくと、手にしていた細い剣を引き抜いた。
(レイピア?)
 以前の旅ではティナがあんな剣を使ってはいなかった。それにあの、漆黒の「いかにも」というデザインは、おそらくカイルの趣味だろう。カイルから手渡された剣と思ってまず間違いなさそうだ。ただ、遺跡や古代の遺物に造詣の深いメイヤーが今までリラやアルザ、ウェンディに渡したアイテムのように、あのレイピアが何か特殊な機能を備えたものかどうか、まではわからなかったが。
「…本当に、こうするしかないの?
 ティナ、あんた、どう見たって自分から戦いたがっているようには見えない。
 前の旅で、あんたとカイルに何があったのか知らないけど…そこまで嫌々従うほどの理由が、何かあるっていうの?」
「・・・・・・」
 ティナは強く目を閉じ、歯を食いしばり、そして大きくかぶりを振った。
「…ごめんなさい…お話しすることは、できません…」
「・・・・・・」
 その悲壮な表情に、レミットもついに言葉を失った。黙ったまま剣を抜く。
 それを見たアイリスは、後ろの若葉とキャラットを見た。若葉もキャラットも真剣な顔で頷く。皆、あそこまで思い詰めた顔のティナを大勢で叩き伏せる気には到底ならなかったのだ。もとより、フィリーやロクサーヌには手出しの意志はない。
「…行きます」
 ティナは剣を構え、一直線にレミットに斬りかかった。が、レミットはもちろん、若葉やキャラット、それに戦いの心得のないアイリス、フィリー、ロクサーヌでさえ、そのティナの斬撃が迷いだらけでまったく勢いがないことが一目でわかった。
 案の定、レミットは容易くその斬撃を捌く。ティナの苦痛の表情は攻撃が通じなかったから、ではなく、攻撃をせねばならなかったから、だということは明らかだ。
「・・・・・っ」
 そんな態度がありありとうかがえたから、レミットも、一撃を捌かれ隙だらけになっているティナに反撃するのをためらった。彼女をはじき飛ばすのにとどめ、再び二人は大きく離れる。
「やめようよ、ティナ…。こんな、こんな戦いなんて…」
 レミットは訴える。が、ティナは頷かなかった。
「レミットさんの魔宝を持っていかないと…カイルさんが…」
 うわごとのように言って、再び斬りかかってくるティナ。その一撃は、もはや自暴自棄にすら見えた。
「ティナ!」
 呼びかけながら再び身をかわすレミットだったが、次の瞬間、自分の大きな過ちに気づいた。
「!」
 ここは、山道だったのだ。
 そして、レミットの背後…ティナの向かう先は…崖になっていた。レミットに一撃をかわされたティナもすぐにそのことに気づいたが、勢いがつきすぎてバランスを崩し、止まることができない。
「ティナさん!」
 それまでただ見ているだけだったキャラットが、本気で駆けた。彼女の身のこなしは常人のそれを遙かに上回るし、また、もともと森の中で暮らしているフォーウッドの彼女は、足下が悪いことも問題にしない。山道とは思えない疾さで転落せんとするティナに迫る。 が。
「きゃあぁ…」
 一瞬。ほんの、一瞬だった。その一瞬だけ間に合わず、キャラットの手が空をつかむ。ティナの悲鳴は、すぐに聞こえなくなった。
「ティナあぁぁっ!!」
 崖から身を乗り出し、大声で叫ぶレミット。崖下はうっそうと茂った森だった。木の枝がうまくクッションになってくれればいいが、さもなくば…。
「みんな! ティナを探すわよ!」
「はいっ!」
 全員、一斉に答えた。
「私たちは、フォインさんを呼んできましょう」
 ロクサーヌとフィリーはそう言って、山道を駆け上っていった。たとえティナが見つかったとしても、まず間違いなく大怪我を負っているはずだからだ。
 それを見送る暇もなく、他の全員は山道を駆け下りていった。

 …痛い…。
 体のあちこちにありとあらゆる痛みがあった。鋭い痛み、鈍い痛み、激しい痛み…。
 幸か不幸か、この体は強靱だ…人間とは違って。とはいえ、今の怪我は決して軽いモノではない。
 見ると、出血しているところもあった。どくどく…どくどく。鼓動に合わせて真っ赤なしずくがしたたり落ちている。
 血。
 血…。
 真っ赤な、血…。
 このままだと、死んでしまうかもしれない。
 ・・・・・・。
 そんなのはごめんだ。
 アタシは、この娘と心中など、したくはない。
 アタシが出れば。アタシの魔力なら。こんな傷、治すことができる。
 幸い、落下の衝撃でこの娘は気を失っている。このまま、眠っていてもらおう…ずっと、ずっと。
「ティナーっ! ティナーっ!!」
 遠くからかすかに声が聞こえる。先程の連中が探しに来たらしい。
 丁度いい。
 今は止められたとはいえ、だいぶ血を失った。
 獲物の方から来てくれるとは…好都合だ。

「ティナさーん! どこなの、大丈夫ーっ!」
 ティナはおそらく一刻を争う状態だろう。そう判断したレミットは、手分けしてティナを探すことにした。
別れたメンバーの中で最も先行したのは、森の中の行動には慣れている上、森の動物達から話を聞くこともできるキャラットだった。最初はいつも通り若葉と一緒だったのだが、急いで探すあまり、いつの間にか置いてきてしまったのである。しかし、いくら迷子になったとしても若葉は自分で自分の身を守ることくらいできる。今は怪我をしているはずのティナを探す方が先決だ、と判断したキャラットは、一人でここまで進んできたのだ。
「返事してよ、ティナさあぁーんっ!」
 大声で叫んでから、耳を澄ます。これまでにも何回か繰り返してきたことだ。が、今までは、微かな音にも敏感なはずの彼女の耳も、ティナの返事らしい声を聞き取ることはなかった。
 しかし。
「…!?」
 キャラットの耳がとらえたのは、いらえの声ではなく、悲鳴だった。しかも、
「若葉さん!?」
それは、先程はぐれた若葉の声だったのだ。
 悲鳴は一瞬だけだったが、キャラットは何とかその出所に見当を付けることができた。 もしかしたら直視できないほどの大けがを負ったティナを見つけたりしたのかもしれない。そう思ったキャラットは、一目散にそちらに向かって走り出した。

 それよりもわずかに、時はさかのぼる。
「ティナさん! 聞こえたらお返事してください、ティナさん!」
 必死に叫び続ける若葉。
「あら、キャラットさん…?」
 そして気づくと、いつしかキャラットの姿がなかった。普段であればここで途方に暮れる若葉であるが、今はそれどころではない。たとえ迷子になったとしても、ティナを見つけさえすれば自分一人でもできることはある。回復魔法には自信があった。
 だからともあれ、帰り道のことはこの際気にせず、若葉はティナ探しに全神経を集中することにした。
 そう決めてしばらくさまようと、かすかな葉擦れの音がした。
 立ち止まりそちらを振り向く若葉。葉擦れの音はどんどん大きくなる。何かが近づいているのは間違いない。
「ティナさん…ですか?」
 ティナはおそらく、怪我をしているはずだ。こうして歩いてくるとは考えにくい。考えにくいが…あり得なくはない。
 念のために懐刀を取り出すと、身構える。が、やがて茂みから姿を現した相手を見て、若葉はすぐに緊張を解いた。
「まあ…」
 しかし、次の瞬間、その目は大きく見開かれる。
「きゃあぁっ!?」
 ニヤリと笑う、その相手。
「どう、して…?」
 終始何が起こったのかわからぬまま、若葉はその場に倒れ伏した。

「えっ…?」
 その場にたどり着いたキャラットは、一瞬、状況を把握することができなかった。
 その場にいたのは、気を失った若葉だ。見たところ、目立った外傷はないようではある。
「若葉…さん?」
 何があったのだろう。若葉はああ見えても、一年を越す危険な旅を乗り切るだけの実力を持っている。攻め手に欠ける性格をしていて戦いが苦手ではあるが、それでもちょっとやそっとの相手であれば自分の身くらい守れるはずだ。
 この森に入ったとき、キャラットは森の動物に、森に危険な動物がいないか、手近な小動物に聞いてみた。いることはいるが、今は皆おなかをすかせてはいないようだ、というのがそのときの答えだった。若葉の実力を考えても、襲ってきたのが森の動物というのは考えにくい。
 では、どういうことか。一番考えられるのは、相手が「ちょっとやそっと」ではなかった、ということだ。
 一体何者が若葉を? わからない。
「わからない」ということは、それだけで不安を招くこともある。キャラットはドキドキしながら、その耳に全神経を集中した。
 かさッ…。
 キャラットでなければ気づかなかったであろうかすかな葉擦れの音。
「誰っ!?」
 誰何の叫びをあげながらそちらを振り向くキャラット。しかし、それきり音は止まる。
「・・・・・・」
 キャラットは微動だにできず、音のした方を凝視し続けた。が、次の瞬間、
「…ッ!?」
 とてつもない殺気を背後から感じた。しかしあわてて振り向くと、殺気は忽然と消える。「出てきてよっ!!」
 叫ぶが、答えるものは何もない。
 キャラットはようやく気づいた。潜んでいるに違いない何者かが、自分をなぶって楽しんでいるということ、つまり、相手は明らかに敵意を持っているということに。
 それなら、戦うしかない。キャラットは覚悟を決めた。
「ウインド・ウイング!」
 風の精霊をその身に取り込む。現れたのが何者であっても、風の精霊の力を取り込んだキャラットを捉えるのは容易ではないはずだ。
 かさッ。
 きっかけはまたも、かすかな音だった。キャラットの耳はその音を聞き分け、正確に発生源を突き止めた。キャラットが地を蹴りその場から跳びすさるまで、一瞬の間もなかったはずだ。
 しかし。
「さすがに人間よりはずっと速いのね。けど、その程度じゃアタシからは逃げられないわよ」
 声は背後から耳元にかけられた。振り向く前に、鋭い衝撃が首筋を襲った。
「そんな…ボクより、速いなんて…」
 為す術もなく、キャラットはその場に倒れ伏した。
「これで二人目…」

「きゃ…」
 後ろを歩いていたアイリスが、小さな声を上げた。
「どうしたの?」
「すいません姫さま…靴の紐が…」
 アイリスは、森に入るということで、いつもの靴よりも丈夫なブーツに履き替えていた。このブーツはそうたびたび履くものではないし、アイリスが手入れを怠るとは思えないので、もともと紐が傷んでいたということは考えにくい。
「・・・・・・」
「…姫さま?」
「…悪い予感がする…」
「確かに…」
 少し前から、森全体の雰囲気が一変したのには、二人とも薄々気づいてはいた。そして漠然としたその不安が、アイリスのブーツの紐が切れることで現実化したような気が二人ともしたのである。
「一回、若葉やキャラットと合流しよう」
「そうですね」
 一同は別れるときに、ティナを誰かが見つけたらすぐに合流できるよう、目印を付けながら進むことにしていた。それをたどればキャラットを見つけられるはずだ。
 二人はうなづくと、自分たちの付けてきた目印をたどって道を戻り始めた。

「・・・・・・」
 梢の陰から、そんな二人を見送る黒い影。
「…あくまでも、立ち向かうというのですか…」
 誰にも聞こえないほどの微かな声で、黒い影はつぶやいた。
「…やはり…貴女は…」
 黒い影は、音も立てずに森の奥へと姿を消した。

「…どういう…こと…?」
 レミットは呆然とその場に立ちつくした。
 少し開けたその場には、若葉とキャラットが二人、まるで弔われてでもいるかのように横たえられていたのだ。
「大丈夫です姫さま、これといった外傷は二人ともありません。
 ですが…二人とも、まったく意識がありません」
 二人を揺すったり軽く叩いたりしながら、アイリスがレミットを振り返った。
 二人は「倒れていた」のではない。「横たえられていた」のだ。きちんと仰向けに横になり、ご丁寧に胸の上で手を組んでさえいる。何らかの事故や森の動物のせいでこうなったのではないことは明らかだ。
「! 姫さま後ろ!」
 突如、アイリスが大声で叫んだ。反射的にレミットは剣を引き抜きつつ振り返る。次の瞬間、完全に抜き終わっていなかった剣の鞘を大きな衝撃が襲った。鋼と堅くなめした革でできている鞘は一撃でひしゃげ、レミットは大きく後ろへはじき飛ばされる。
「へえ…? やるじゃない。そこのフォーウッドのコでも反応できなかったのに。
 正直、人間がここまでやるとは思ってなかったわ」
 酷薄な声がかけられた。その主を見て、レミットもアイリスも目を見張る。
「ティ…ナ?」
 そこに立っていたのは、ティナ…の、ように見えた。はっきりティナと言い切れないのは、その「ティナ」が、いつもの優しく穏やかな表情ではなく、獰悪で威圧的な笑みを浮かべ、倒れたレミットを見下ろしていたからだ。
「まずは礼を言っておくわね。アタシを『出して』くれて、ありがと」
「え…えっ…?」
 とまどうレミット。答えたのはアイリスだった。
「どういう…こと、なんですか?」
「そうねえ…アナタたちのおかげで出てこられたことだし、教えてあげてもいいかしらね」
 ティナはニヤリと、彼女にはまったく似合わない嘲笑を浮かべつつ、レミットとアイリスを見た。
「アタシはね、吸血鬼なの。ただしハーフだけどね。
 まあ、あの子は必死に隠したがってたから…気づいてなかったと思うけど」
「あの子…って、ティナのこと? あ、あんた一体誰なの、ティナはどこ!?」
 我に返ったレミットが怒鳴る。ティナはふん、とバカにしたように鼻で笑った。
「アタシ? ティナよ…もう一人の、ね。
 普段はこの体の中で眠らされているんだけど、死にそうな大怪我のせいであの子が意識を失って、ようやく出てこられたってわけ」
「死にそうな…大怪我…」
 その言葉が、レミットの胸を貫いた。
「アナタのおかげでね」
 妖しげな笑みを浮かべたティナが、レミットに一歩近づく。
「でも、怪我を治すのにかなり魔力を使っちゃったわ。どうしようかしらねえ…」
 そのままティナはレミットに歩み寄っていく。どう見ても友好的な雰囲気ではなかったが、自分のせいでティナが崖から落ちたと思ったレミットは自責の念に駆られ、ただ立ちつくすだけだった。
「ありがとうついでに、もう一度協力してくれるかしら?」
 レミットの目の前に立ったティナは、レミットの首筋をすぅ…と撫でた。ぴくん、と身を震わせるレミット。そんなレミットの様子にニヤリと笑うティナを見て、それまでただ呆然と見ていたアイリスは本能的に危険を感じ取った。
「姫さま、いけませんっ!」
 とっさにティナを突き飛ばす。たたらを踏んだティナは。殺気の籠もった視線をアイリスにぶつけた。
「ジャマよ! アナタからもちゃんと吸ってあげるから、大人しくしてなさい!」
 ティナはただ、軽く手を振っただけに見えた。が、
 ぼぐッ!
 ちょっとした鈍器で殴ったような音がした。
「ぐ!」
 悲鳴、というよりは、頬を張られて喉から漏れた音をあげ、アイリスがはじき飛ばされた。その光景を見、ようやくレミットが我に返る。
 今の言動、間違いなく、普段のティナのものじゃない。
 若葉やキャラットも、このティナがやったと思ってまず間違いないだろう。
「ティナ! 一体、どうしちゃったの!」
「うるさいわね。もうおしゃべりの時間は終わりよ!」
 どうやら、悠長に説得している暇も与えられてはいないようだ。やむを得ず、レミットはひしゃげた鞘を投げ捨てる。
「一度受け止められたからっていい気になるんじゃないわよ。貧弱な人間くらい…」
 続きの声は、真後ろから聞こえた。
「相手にもならないのよ」
 慌てて前に大きく跳ぶレミット。ティナの拳が空を切った。
「あら? よくかわしたじゃない」
 ティナは心底意外そうな顔で、転がったレミットを見下ろした。
「でも、いつまで続くかしらね?」
(速い…キャラットよりも、リラよりも…!)
 一瞬で背後を取られた。しかも、いつ動いたのかもわからなかった。
 ならば、方法は一つ。動く前に相手の行動を読むしかない。が、ティナは構え一つとっておらず、何を考えているかもわからない。
「剣も持たないで…余裕のつもりなの?」
 崖から落ちたときもティナはレイピアを持ったままだったはずだ。しかし今のティナは素手である。
「それもあるけど」
 ティナは動かない。レミットが立ち上がるのを待っているようだ。そして立ち上がったとたん、耳元に囁かれる。
「怪我をさせたら、吸える血が減るでしょう?」
 脇腹だった。
 体をくの字に折り曲げて吹っ飛ぶレミット。大きく咳き込みながら、それでも何とか立ち上がる。
「だから、なるべくケガはさせないでおいてあげる」
 若葉もキャラットもケガ一つなく、ただ気絶していただけだった理由がやっとわかった。わざと、ティナはそうしていたのだ。それはつまり、ティナはまったく本気を出さず、若葉もキャラットも倒してしまったということを意味する。
 確かに今のティナは信じられないほど強い。以前の旅で戦ったことはもちろんあるが、そのときは当然、これほど…リラやキャラットをも凌駕するほど…速くはなかった。
 このままではダメだ。今のティナの動きに反応するのはかなり難しいだろう。であれば。
「にしても、よく立てたわね? そのまま寝ていれば痛い思いをしなくてよかったのに」
 言うなり、またティナの姿が消えた。意を決し、レミットは振り向きざま剣を振る。
「!?」
 初めて、ティナの顔に驚きの色が浮かんだ。常人であれば直撃していたに違いない斬撃を、ありうべからざる動きで辛うじてかわすティナ。剣の切っ先がかすかにかすっただけだったが、
「くうッ!?」
 その衝撃に相応しからぬ血が流れた。
(傷がふさがりきってなかったの!?)
「当たった!?」
「…全員片づけて、邪魔がなくなってから頂くことにして正解だったみたいね…。ただの人間と思って、甘く見すぎたわ」
 言うが早いか、またもティナが消えた。
(今度はどっち!?)
 闇雲に剣を振るが、手応えはない。
「バカねえ。アタシだって、魔法使えるのよ?」
 声はずっと遠くから聞こえた。次の瞬間、衝撃が続けざまにレミットの背を襲った。
(え…エネジー・アロー? 一体、何発撃ったっていうの…?)
 リラのように、威力を落として数を増やしてあるものではない。威力は通常のエネジー・アローと変わらず、数だけが多いのだ。しかも弾速もかなり速い。今は不意をつかれたが、そうでなくても防御するのはかなり難しいだろう。
 しかし、それでレミットは気づいた。そう、いくら相手が速くても、魔法なら当たるはずだ。
「ライトニング・ジャベリン!」
 即、思いつきを実行する。が、次の瞬間レミットは信じられないものを見た。とてつもない速さで突っ込んできたティナは、稲妻の槍の脇をすり抜け、レミットにすれ違いざまに手刀をたたき込んだのだ。
 ようやく進路を変えてティナを追尾してきた稲妻の槍を、少し顔をしかめつつもティナが受け止めるころには、レミットはティナの足下に転がっていた。
「うう…く…」
「まだがんばるつもり? どうせ勝ち目なんてないのに…苦しむだけよ?」
「こんなところで…倒されるわけに、いかないのよ…」
 口ではそう言うものの、レミットははっきりと「恐怖」を感じていた。今までの戦いではなかったことだ。
 ティナは今までの誰とも違う。ティナの目的はこちらの血、こちらの命なのだ。ティナに負けることは、すべてが終わることを…死を、意味する。
 足が震えているのは、ダメージのせいばかりではなかった。
「あら、足が震えてるんじゃない?」
 感づいたらしく、くすくす笑いながらティナが言う。
「心配しなくてもいいわ。諦めさえすれば、痛いのは最初だけだから」
 冗談半分なのだろう、ティナはレミットに投げキッスを送る。その手には魔力光が宿っており、一種のエネジー・アローであろう光がレミットの頬をかすめて背後の木に突き立った。魔力光に貫かれた木の幹に空いている穴がハート形になっているのは、間違いなくティナの悪ふざけだ。
「く…」
「さ、お腹もすいたことだし、そろそろ終わりにしましょうか」
 ティナはレミットに向けて左手をかざした。そこに電光が集中し始める。
「ライトニング・ジャベリン」
 当然防御しようとしたレミットだったが、それを遙かに上回る速度で稲妻が彼女を貫いた。
 稲妻を収束してから投げつけた槍、ではなかった。ティナの左腕から発生した雷が、直接レミットに向けて「落ちた」のだ。たまらずその場に崩れ落ちるレミット。
「諦めなさい。意識はあるでしょうけど、電撃で麻痺して指一本動かせないはずよ」
 ティナの言葉通り、レミットは大の字に倒れたまま、指一本動かせずにいた。
 ティナが歩いてくる音が、やけに大きく聞こえる。それでもレミットは首を巡らせそちらを見ることもできずにいた。
 視界には森の木々と、その隙間から垣間見える青い空だけ。
(体が…動かない、ちっとも…。
 私…殺されちゃうのかな…)
 涙がこぼれそうになり、視界がにじむ。
 あの空の上に、空中庭園があって。
 そこまで行けば、向こうの世界に行けるのに。あと、少しなのに。
 …?
 ふとレミットは、あることに気づいた。
 これなら、もしかしたら。
 気持ちの問題もあったのかもしれない。それに気づくと同時に、体が少し、動くようになっていることにも気づいた。
「くぅ…ううううッ!」
 渾身の力を振り絞り、剣を支えにして、それでも何とかレミットは立ち上がった。それを見たティナが目を細める。
「いいかげんにしてよね。往生際が悪いわよ」
「負けるわけにはいかないのよ…あんたなんかに、負けるもんですか!」
「…ふぅ。まだわからないの? アタシとアナタたちじゃ、住んでる世界が違うのよ。貧弱な人間なんかがいくら足掻いても無駄なの」
「そっちこそ…人間の底力、バカにすんじゃないわよ!」
 言うなり、レミットは真っ直ぐ、ティナに斬りかかった。一太刀、二太刀と斬りかかるが、ティナはその悉くを素手で捌いていく。
「笑わせるわね。これが底力? ただ闇雲に剣を振り回してるだけじゃないの」
 幾太刀か目の斬撃を繰り出したレミットの手首を掴むティナ。同時に足はレミットの足を払い、もう片方の拳がレミットの腹に叩き込まれる。レミットは自分が突っ込んだ勢いそのままに投げ飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「ぐふッ!」
「だから言ったでしょ。いいわ、口で言ってもわからないようだから…」
 倒れたレミットめがけ、ティナは大きく跳躍し、体重を乗せて襲いかかった。
「これで終わりにしてあげるわよっ!」
 しかしその瞬間、体を折り曲げもだえていたはずのレミットが、かっと目を見開いた。
「これを待ってたのよ! ウィンド・ウィング!」
 そして、風の精霊の力で倒れた姿勢のまま飛び上がる。
「な!」
 不意をつかれたティナは、自分とすれ違いに上昇するレミットをあっけにとられたまま見送ることしかできなかった。
「フレイム・アーム!」
 上空で、続いて炎の精霊を呼び、剣に宿らせる。
「私は…負けないっ!!」
 一声叫び、レミットは、一回転してティナの肩口に、炎が宿った剣を叩きつけた。
「うぅ…ぐうッ!!」
 一瞬ティナはこらえたが、突然、全身の傷口が開いた。治りきっていなかった傷が限界を超えたのだ。
 そして二人はもつれあったまま地面と激突する。
「なに…よ、今…の…」
 ティナが力なくうめく。レミットはそんなティナを見下ろすように立っていたが、ティナの言葉に答えることもできず、静かに倒れようとした。
 しかしその前に、レミットを誰かが支えた。
「あ…アイ…リス…?」
「ティナさん。貴女が例え、人間よりいくら素早くても…」
 レミットを優しく抱き留めながら、アイリスはティナに言った。
「地面に、仰向けに寝ていれば…死角に回ることはできません…絶対に、正面からしか攻撃できないんですよ…。
 姫さまは、あの状況で、それに気づいたんです。
 本当に限界の時に、それをうち破る意思の力…、それが、姫さまの言っていた『人間の底力』なんですよ、ティナさん…」
「貧弱な…人間が…ッ」
 それだけ言い残して、ティナはがくりと首を落とす。気を失ったようだ。
「アイリス…私…」
 ようやく声を出す余力が戻ったのか、レミットが力なく言う。
「こわかった…よぉ…」
「姫さま…」
 この旅を始めてから、ひたすら強気だったレミットが、ぽつりとつぶやいた。本当に命の危険に直面したのは初めてだったのだから当然だ。いや、そうでなくても、まだ年端も行かぬ上に一国の姫君という恵まれた生い立ちのレミットが、ここまで弱音も吐かず来られたこと自体奇跡なのだ。
 でも、たまには…こうして、弱い本心をさらすのも当然だ。アイリスは静かに、レミットを抱きしめた。
「おーい! レミットー! どこー!?」
 そこに空から、フィリーの声がした。
「こっちです、フィリーさん!」
 アイリスはそれに答えた。
「あ! ロクサーヌー、こっちよー!」
 どうやらロクサーヌが、フォインを連れてきたようだった。アイリスとレミットは顔を見合わせると、安堵のため息をついた。

 大怪我をしていたのはレミットとティナだけだった。若葉とキャラットは気を失っていただけだし、アイリスはティナに殴り飛ばされたとき軽い脳震盪になり一時前後不覚になっていただけだった。
「無茶をしおって! しばらく動くんじゃないよ」
 包帯と、周囲の木の枝で代用した添え木を巻き付けられ、レミットはまるで大変な怪我人のようになってしまった。もっとも、骨こそ折れていなかったものの打撲や筋組織の断裂、魔法による火傷などが全身のあちこちにある。事実、怪我人なのだ。
 魔法で治してもよかったが、若葉とキャラットは意識を取り戻したばかりだし、レミット自身も外傷性ショックで集中ができなくなっている。誰かが回復するまでは、下手に動いて傷を悪化させないようにしておく必要があった。
「それにしても、この娘がそんなことをするとは…」
 ティナの治療をしようとかがみ込みながら、フォインが嘆息した。無論フォインは、ティナの正体を知っていた。が、その魔性がそう簡単に表面化するとは思っていなかったのだ。
「お前さんたち、察するに、この娘の正体を…」
 フォインの問いに、一同は頷いた。
「ねえ、ティナは、もうずっとあのままなの?」
「わからん」
 答えながらも、フォインは少し安堵していた。一番の被害を受けたはずのレミットの声から、ティナを心配する意思が感じられたからだ。
(だから一人で抱え込むなと言ったのに…。お前さんの周りには、こんなにお前さんのことを案じている者がいたのに)
 考えながら、フォインはこれから、ティナの治療に当たっては彼女たちの力も借りた方がいいか…と、考えていた。
 そのとき。
 突如ティナが、かッ、と目を見開いた。
「!」
 一同は息をのむ。誰もが動けない中、ティナは跳ね上がるように飛び起きると、一直線にレミットに襲いかかった。
「いい気になるんじゃないわよ! この程度で、本当にアタシが倒せると思ってたの!」
「く!」
 添え木と包帯で身動きのままならないレミット。
「姫さまっ!」
 あわててかばいに入ろうとするアイリスだが、ティナの動きは速すぎた。
 誰もが、レミットがティナの手にかかると思った、その瞬間だった。
「もう…そこまでにしてもらいましょう」
 静かだがよく通る声が響いた。とたんに周囲の気温が下がったような錯覚を覚える。
「!」
 レミットに躍りかかっていたティナの体が、空中で何かに貫かれたようにびくん、と跳ねた。そしてそのまま、力なく地面に落ちる。
「な…に?」
 最初に声がした方を皆が振り向く。そこにあったのは寒気がするような眼光。そしてその持ち主の姿。
「…ティナさんの人格を封じました…。これで、ティナさんの魔性が顕在化することは、ないはずです…」
 声とともに木々の間の影から溶け出すように現れた黒い影。
「や…楊雲!?」

                                          
 〈To be continued...
STAGE 7 あとがき

 どーも、もーらですー。
 ・・・・・・。
 ティナのファン、多いのにー。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
 いつものティナだと、本気でレミットと戦うようなイメージ、ないんですよね。それに、ティナにフェイ役を振ったのも、「魔性=ハイパーモード」があるからだし…。
 というわけで、戦闘シーンをはじめ、裏ティナ中心になってしまったのですが、ご存じの通り、本編では裏ティナって「DARK BLOOD」にしか出てこないんですよね。その本編でさえ、ヴァンパイア・ハーフの本領を発揮する前に表ティナやカイルに消されちゃいますし。そういうわけで、裏ティナはかなり好き勝手に書いちゃいました。
 再現性もさほど高くはないです。だって、ハートビームなんてどーやって再現しろっていうんですか一体!? …無理矢理やりましたけどね。
 まあ、済んでしまったことにくよくよせずに、頑張って次に行きましょう。いよいよラス前、今回ラストでいきなり主兵装を披露してしまったあの方との対戦です!
STAGE 8 “暗闇から目覚める光よ”
NEXT ENERMY
 Yang−Yun
Lightning-Javelin
Heat-Shower
Yang-Yun Beam(!?)
STAGE06へ
二次創作文庫メニューへ
STAGE08へ
HOME