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STAGE 5 遺跡 
〜Mayer−Staicia〜
 
 歴史に「もし」はあり得ない。
 ほかの誰よりも、メイヤーは、そのことをよく知っていた。
 それでも、メイヤーは、あのときのことを思い出さずにはいられなかった。 
 
 …魔宝を探すための旅も、終わり近くにさしかかった頃のこと。
 私はあのときもまた、調べられていない遺跡を見つけて、いつものようにあの人を誘って調査に向かっていた。
 今にして考えてみれば、遺跡に行くとき、はっきり言って調査の役になど全然立たないあの人を、いつもいつも自分は誘っていた、という事実で気づくべきだったのだ。けれど、あのときの私は、どうして自分がそうしていたのか、まったくわかっていなかった。
 私がその理由を悟ったのは、自分が、取り返しのつかない失敗をしてしまったと気づいたのと同時だった。
「離れろ! メイヤー、その場を離れろ!」
 あの人の鋭い叫び声が聞こえて、思わず歩みを止めた私の目の前に、太い矢のような物が突き刺さった。
「きゃっ!」
 どうやら遺跡に仕掛けられた罠だったらしい。そのまま歩いていたら串刺しにされているところだった。
「あ…危なかった…」
 あの人が、溢れ出てきた冷や汗を拭っている。私はそんなあの人と、突き刺さった矢を交互に呆然と見ていた。
「はぁ…びっくりしましたね」
 自失していた私の口から思わず漏れたのは、自分でも呆れるほどのんきな言葉だった。
「びっくりしたで済むかよ!」
 次の瞬間、あの人は、顔を真っ赤にして私を怒鳴りつけてきた。
「当たってたらどうするんだよ! 危険だから、もう帰るぞ!」
 私は…。そのときの、あの人の真意に気づくことができなかった。
「しかし、あの程度のワナを気にしていたら遺跡の発掘など…」
 だから、私は、今にして思えばかなり的の外れたことを、あの人に言っていた。
「馬鹿っ、遺跡と命とどっちが大切なんだ!?」
 本当に馬鹿だった。
 あの人があれほど怒ったのは、自分も危険な目に遭うかもしれなかったから、ではなくて…。
 気づかないままの私は、反射的に答えてしまった。
「…遺跡です」
 絶句するあの人の顔を見たとき、初めて私は、致命的な過ちに気づいた。
 呆れているような、悲しんでいるような、怒っているような、複雑な表情。
 私はあの人に、そんなに心配してもらっていたのに。
 胸が痛んだ。そして初めて、自分自身の気持ちにも、気がついた。
 けれど、それからは、なんとなく気まずくて、以前と同じようにあの人に接することはもうできなかった。
 そして、あの最後の夜。
 あの人の部屋をおずおずと訪ねる人影を見たけれど。
 結局、私にはなにもできなかった。
 もし、遺跡での夜、私が自分の気持ちに気づいていたら、最後の夜の出来事も、もう少し変わっていたかもしれなかったのに…。
 
 歴史に「もし」はあり得ない。
 それがたとえ、青年と少女二人だけの、ささやかな「歴史」であったとしても。
 
「…私には…耐えられない。
 私の知ってる誰かが、あの人と一緒にいるなんて」
 その遺跡の一番奥…妙にだだっ広い空間の片隅で、メイヤーは一人、膝を抱えてうずくまっていた。
「いらっしゃい、レミットさん…。
 私は、持てるすべてで、貴女を止めてみせます…」
 ぼそり、とつぶやくメイヤー。
 彼女を知っている誰かが今の彼女を見たら、まず間違いなく驚いただろう。
 それほどまでに、今の彼女は…メイヤーらしくなかった。
 
「…どうしたの、アイリスさん?
 顔色が悪いよ」
 横を歩いていたアイリスの顔を心配そうにのぞき込み、キャラットが尋ねる。彼女の言葉通り、アイリスは真っ青な顔をしていた。
「お疲れなのですか?」
 何気ない若葉の一言だったが、それはレミットの胸にかなり堪えた。
「ア…アイリス?
 私、その…」
 レミットとて、もうわかっている。この旅で、自分がアイリスにかなりの負担をかけてしまっていることが。
 前回の旅と違い、今回はかなりの強行軍だ。街で悠長にアルバイトをして旅費を稼いだりはしていない。そういったことはすべて、アイリスが手を尽くしてくれているのだ。そしてそれが、少なからずアイリスの心労になっていることを、今のレミットなら充分察することができる。
 だが…、
「い…嫌ですわ姫さま、私が体調を崩したりしているわけではないんです」
 アイリスは、気丈にもレミットに微笑みかけた。しかしその笑顔はすぐに曇る。
「ただ、私…心配なんです」
「心配?」
「考えてみて下さい、姫さま。
 リラさんの『エーテル・マキシマムのブレスレット』、
 アルザさんの『炎の赤い珠』、
 そして、ウェンディさんの『ウィンド・ブーストの指輪』…。
 あれらはすべて、メイヤーさんが皆さんに渡したものです」
「…そうね」
 アイリスの言おうとしていることを察し、レミットは表情を引き締める。
「そうです、姫さま。
 メイヤーさんは間違いなく、今までの皆さんよりも強力な何かを持っています。
 特にリラさんは『青の円水晶』を持っていました。そんな彼女に…敵になるかもしれない彼女にあのブレスレットを渡すからには…」
「そうね。
 たぶん、メイヤーは今までの誰より、手強いでしょうね」
「…姫さま…」
 再びうつむくアイリスの肩を、レミットはぽん、と叩いた。
「でも、だからって諦めるわけにいかないわ」
 そして、少しはにかんだようにうつむいて、続けた。
「『一番好きな人と一緒にいるのが、一番幸せで、一番自然なこと』
 でしょ? アイリス」
「…はい、姫さま」
 ようやくアイリスは、曇りのない笑みをレミットに向けることができた。
 
「ここね」
 ウェンディに言われたとおりの場所に、その遺跡はあった。
 その入り口は半ば以上まで埋もれており、ウェンディにかなり正確に場所を教えてもらっていたレミット達でさえ、見つけるのに少々手こずったほどだ。
 ウェンディの話では、この遺跡は、長く所在がわからなかったものをメイヤーが発見したということだった。未だにメイヤー以外誰も入ったことはないので、構造もわからなければ罠もほとんど生きているだろう、とはウェンディの見解だ。 リラが冗談半分で仕掛けた港の地下道とは規模が違う。その入り口をのぞき込んだだけで、自然とレミットの気は引き締まっていった。
「…っ!?」
 そして、遺跡に一歩踏み込むと、その緊張感はさらに増加した。
「こ…これは…」
 普段のんびりした若葉の表情さえ、自然と険しくなっている。
「…姫さま…」
 アイリスの言葉にレミットは小さくうなづく。
「たぶん…間違いないわ。
 メイヤーの、敵意」
 それだけ小さく言うと、レミットはそれきり黙り込み、歩き始めた。
 
「えいっ!」
 がこおッ!
 キャラットの蹴りで弾き飛ばされたスケルトンが、遺跡の壁に激突し崩れ落ちる。反対側では若葉が懐刀でスライムを追い散らしていた。
「二人とも!」
「大丈夫だよ!」
「レミットさんは、メイヤーさんとの戦いのことだけ考えて下さい」
 無論、キャラットも若葉もそこらの雑魚モンスターに後れをとるほど未熟者ではない。そんな彼女たちは、メイヤーの元へ至るまでのレミットのつゆ払いを買って出たのだ。
「これほどまでの…肌で感じられるほどの『敵意』…。
 姫さま以外の者の介入があれば、メイヤーさんは決して納得しないでしょう」
 充満する「敵意」は、このアイリスの言葉に充分な説得力を与えていたのである。「メイヤーとの決着は一対一」ということは、既に全員の間で暗黙の内に了解されていた。
 そして…、
 ほどなく、そのときはやってきた。
 
「・・・・・・」
 先に、「彼女を知っている誰かかが今の彼女を見たら、間違いなく驚く」と述べた。
 レミットも、例外ではなかった。
「貴女…ホントに、メイヤーなの?」
「・・・・・・」
 レミットが一番違和感を感じたのは、メイヤーの瞳だった。
 レミットの知っているメイヤーは、それが行き過ぎることも多かったものの、まっすぐで、ひたむきな情熱を抱いていた。それは彼女の瞳によく現れていたのだ。明るく、熱く、強い輝きを持った瞳。自分の進む道に強い自信を持つ者の、気高い眼差し。
 それが、今のメイヤーにはなかった。
「…どう…したの、メイヤー…?」
 だから、先ほどまでの敵意に対抗して高ぶらせてきたレミットの闘志は、戸惑いにかき消されてしまった。
「リラさん…アルザさん…ウェンディさん…。
 あの皆さんを倒した貴女を止めるには、この遺跡の仕掛けでもやはり役者不足でしたね」
 両手に持った杖を構えながら、メイヤーが静かに言う。
「…メイヤー!
 一体どうしちゃったのよ! どうして私を止めたいの!」
「貴女には…」
 メイヤーはそんなレミットの言葉にうつむいた。眼鏡に光が反射して、その表情を伺い知ることはできない。
「言ってもわからないことです!」
「!?」
 一瞬、レミットは我が耳を疑った。
(『言ってもわからない』? これが本当に、あのメイヤーのセリフなの!?
 あの説明好きのメイヤーが…相手がどんなにわからなくても、一方的に話し続けるあのメイヤーが、自分で話を拒むなんて…!?)
 戸惑いは隙になり、それをメイヤーは見逃さなかった。
「!」
 次の瞬間、レミットの胴にメイヤーの左手が押し当てられていた。そして、
 ぼうッ!
 そこで、光が弾けた。
「ぐふぅッ!」
「あれは!? 魔法の0距離射撃!」
 吹っ飛ばされるレミットを見て、アイリスはその光の正体を悟った。
 メイヤーは魔法を得意とする一方、格闘戦はどうしようもなく不得手だ。今のレミットであれば、無抵抗のままメイヤーに殴られてもさほどのダメージにはならないだろう。
 だが、メイヤーはバカではない。そんな自分の弱点など百も承知だ。別に殴る必要などない。防御できない距離から魔法を放てば、その打撃力は達人の拳や剣以上である。メイヤーほどの魔法の腕があれば、格闘戦において使いものになるほどまでに詠唱時間を縮めることも可能だ。そしてその威力の程は、床に転がるレミットの姿が端的に示していた。
「落ちついて下さい、姫さま!
 今の姫さまの体術でしたら、メイヤーさんに間合いを取られることはないはずです!」
「そう…これはただの小手調べです。
 決着を付けましょう、レミットさん」
 立ち上がるレミットを見ながら、メイヤーは冷ややかに言った。
「ここは、古代の闘場跡なんですよ。
 跡とはいっても、こんなに保存状態も良くて…劣化もほとんどしていません。現在でも充分、実用に耐えるものです。
 決闘にはおあつらえ向きの場所だと思いませんか?」
「おあつらえ向き…ね」
 苦笑しながらレミットは周囲を見回す。
 やたらとだだっ広い空間だ。障害物らしきものは、部屋の四隅にある柱しかない。それも天井を支えるためのものではなく飾りのものであるらしく、レミット一人身を隠すのにぎりぎりの太さしかない。
「…魔法を撃たれたら、受けるしかない…ってことね。
 確かに、あんたにはおあつらえ向きね」
「私が魔宝を持っている以上、貴女は私のところに来る。
 それがわかっているのだから、自分に有利な場所を選ぶのは当然でしょう?」
「いいわ。
 それでも私は、魔宝が要るんだから!」
 叫ぶと、レミットは剣を抜きながら、一直線にメイヤーに突っ込んだ。それを見たメイヤーは、ふわりと身を宙に躍らせる。ジャンプ高度も滞空時間も、常人のレベルではない。
「姫さま!」
「わかってる! あれも古代のアイテムでしょ!
 でもね、メイヤー。
 魔法を当てやすいのは、こっちだって同じことなのよ!」
 振り向きざま、レミットの手から魔力の矢が放たれる。的を外すことのないそれは、一直線に空中のメイヤーを襲った。
 魔法の衝撃で弾かれたメイヤーは、体制を崩して床に落ちる。
「たあぁっ!」
 メイヤーの起きあがりざまを見計らい、レミットは全速で斬りかかった。体術に長けていないメイヤーはそれをかわすこともできず、頭上で交差させた両手の杖でレミットの剣を受け止めた。
(やっぱり、魔力の杖か…)
 見た目は木の杖のように見える。が、それなら鋼の剣を受け止めて傷一つ付かないということもないし、激突の際に、
 がきいんッ!!
 などという音も立てない。
(でも、メイヤーが魔法の武器持ってることくらい、覚悟の上よ!)
 しばらくそのまま斬り結んだ後、レミットは不意に剣を引いた。体勢を崩して前のめりになるメイヤーの背を、剣の柄で殴りつける。
「く!」
 前のめりに倒れるメイヤーを見おろし、レミットは剣を構えたまま口を開いた。
「魔宝の力は絶大よ。どんな願いでも叶うわ。
 それを集めている私を、あんたが狙うのもわかる。
 でも、私の願いは…魔宝無しには絶対に叶えられないものなの。譲れないの!
 だから…」
「わかっていますよ、貴女が何を願っているかも、それが魔宝無しには叶わないことも。
 でも、貴女は、私がなぜ貴女に魔宝を渡さないか、わかっていないようですね。
 私の願いを叶えるためではなく!
 貴女の願いを叶えさせないため、なんですよ!」
「!」
 そういえば、ウェンディも確かに、メイヤーの目的は「レミットのような人に魔宝を使わせないこと」だと言っていた。
「どうして!?」
「言ったでしょう! 言ってもわからないと!」
 再び、メイヤーはふわりと、剣の届かない高さまで飛び上がる。しかし、レミットとてメイヤーが魔力で跳躍力を強化していることなど先刻承知だ。
「エネジー・アロー!」
「レミットさん、魔法は相手に当てる以外の使い方もできるんですよ!
 ライトニング・ジャベリン!」
 空中から、メイヤーは稲妻を放つ。が、それは槍の形に収束されることなく、やや拡散したままゆっくり、レミットに向かってきた。そしてそれは、レミットの放ったエネジー・アローと衝突し、相殺し合って消えた。
「な…」
 レミットは絶句する。まさか、魔法が撃ち落とされるなどとは思っても見なかった。
「要は、魔法も応用ということです」
 言いながら、空中でメイヤーは次の呪文を完成させていた。
「このようにね! エネジー・アロー!」
「!」
 レミットははっと我に返り、防御をかためた。たかがエネジー・アローとはいえ、メイヤーのそれはかなりのダメージがある。
 が、衝撃はなかなかこなかった。おそるおそる様子をうかがうと…。
「!?」
 異様にゆっくりゆっくりと、魔力の光がこちらに漂ってきている。
「こんなもの!」
 これだけゆっくりであれば、少ない障害物に身を隠すのもたやすい。レミットがそう思ったときだった。
「エネジー・アロー!」
 再びメイヤーが魔力を放つ。それもまたゆっくりと漂い始めた。レミットがその意図をつかめずにいるうちに、メイヤーはさらに魔力を放っていく。すぐに、大量の魔力光がレミットの周囲を漂うことになった。
「これは…」
 ここに至って、レミットは始めてこの低速エネジー・アローの恐ろしさを知った。遅いとは言えエネジー・アロー、確実に対象に命中することに違いはない。確実に、だがゆっくりと自分に向かってくる大量のエネジー・アローに囲まれると、身動きがとれなくなるのだ。
「姫さま!」
「大丈夫! ヒントはメイヤーがくれたから!」
 言うと、レミットは、
「エネジー・アロー!」
 周囲を漂う魔力の一つに、自分の魔法をぶつけた。同じ魔法同士が激突し、相殺し合って消滅したあとに、包囲網の穴ができる。
「ここっ!」
「そう、そこです。
 ライトニング・ジャベリン!」
 その穴から駆け出したレミットを、メイヤーの次の術が狙い撃つ。
「きゃうッ!」
「どこから出てくるかわかっている相手を狙い撃つほど、簡単なことはないでしょう?」
 
「…あのゆっくりのエネジー・アローで動きを封じて、そこをライトニング・ジャベリンで狙い撃つ…」
「なんて、恐ろしい…。
 レミットさん、大丈夫でしょうか」
 おののくキャラットと若葉に、アイリスは静かに、だがきっぱりと言った。
「大丈夫です。
 …今のメイヤーさんと姫さまでは…、
 思いの強さが、まったく違いますから」
「え?」
「アイリスさん?」
 言葉の意味が分からず二人が聞き直すと、アイリスは、誰にともなくつぶやいた。
「メイヤーさんは…本当の自分を、見失っているから…」
 
(一体、どうすれば…。
 近づけさえすれば、こっちが有利なのに…。
 あのエネジー・アロー、少しでも触れば爆発しちゃうし…)
 エネジー・アローに触れぬよう、ゆっくり移動しながら考えをめぐらせるレミット。
(少しでも触れば、爆発する…?
 そうだ!)
 レミットは足を止め、メイヤーの姿を確かめる。そして、
「アース・シールド!」
「…防御力を上げて突っ切るつもりですか?
 無駄なことです。私を倒せなければ、防御力を上げたところで苦しむ時間が延びるだけですよ」
「だから、あんたの所まで行くのよ!
 エネジー・アロー!」
 レミットの放った魔力は、メイヤーでも、周囲の魔力でもなく、部屋の石畳を砕いた。爆風で弾き飛ばされたその欠片は、次々と周囲の魔力を爆発させていく。
「!」
 一瞬で包囲網を打ち消されたメイヤーは一瞬たじろぐ。そしてその隙に、アース・シールドで爆風をしのいだレミットが斬りかかってきた。
「まだです!」
 突然、メイヤーは両手に持っていた杖を斬りかかってくるレミットに投げつけた。
「こんなもの!」
 レミットは少し身を沈め、易々とそれをかわす。包囲網を突破され、メイヤーも動転したのだろうか。
 そう思いつつレミットが、丸腰になったメイヤーに対し剣を振りかぶった、そのときだった。
「姫さま、危ない!」
 アイリスの悲鳴じみた叫びが響く。気づいてレミットが振り向いたときにはもう遅かった。
「ライトニング・ジャベリン」
 なんと、先ほどメイヤーが投げた杖が空中にそのまま浮いており、そこから稲妻の槍を放ってきたのだ!
「あぐッ!」
 無防備な背中をそれに貫かれ、前のめりに倒れるレミット。
「…私が持っているアイテムは、一つではないんですよ。
 先ほどから何度もお見せした跳躍力強化、あれはウェンディさんに差し上げたものと対になっているもので、ウィンド・ウィングの魔力をコントロールするものです。そして…」
 説明の途中で二本の杖が、独りでにメイヤーの手に戻ってきた。
「もう一つが、この杖。
 大したものじゃないんですよ。ただ、術者以外の場所から魔法を発動させることができる、それだけのものです。考古学的価値も高くはありません」
 考古学的価値は低くても、魔法兵器としての価値はかなりのものだ。ただでさえ避けられない魔法が、どこから飛んでくるかわからなくなるのだから。
「レミットさん。
 何も私は、貴女を殺そうというつもりなんてないんです。
 貴女が、異世界に…あの人の所に行くのを諦めてさえくれれば、それでかまわないんですよ」
 倒れたままのレミットに向かい、恐ろしいほど穏やかに言うメイヤー。
「そんなこと…できるわけ、ないでしょう!」
 だが、よろよろと立ち上がったレミットを見たメイヤーは、少し表情を歪めた。
「なぜ、立てるんです?
 確かに、あの程度で貴女は戦闘不能にはならないとは思いますが…。
 ライトニング・ジャベリンの高圧電流を受ければ、しばらくは全身の筋肉が感電のために動かなくなるはず…」
「ええ…あんたの言うとおりよ…。
 自分でも、動けるのが不思議なくらい。
 でもね…私は負けられないの…。
 …絶対に!」
 叫ぶなり、レミットは、「動けるのが不思議なくらい」であるはずの体で、真っ直ぐメイヤーに斬りかかった。
「!」(まだ次の魔力が充填できてない…!)
 魔力の充填がない状態で斬撃を受ければ、杖そのものがへし折られかねない。メイヤーはまた、跳んでかわそうとした。が、
「何度も上にばかり逃げてれば、読めるわよ!」
 跳躍に移ったのは、レミットの方が先だった。
 メイヤーのジャンプは高度も滞空時間も増強されているが、上昇速度はもとのままだ。先に跳べれば上を取れる。しかしメイヤーはジャンプの高さに対する自信のため、その事実を忘れていた。
 がッ!
 だから上から肩口に剣の柄をたたきつけられたとき、メイヤーは一瞬状況を見失った。理解したのは、床にたたきつけられ、その目の前にレミットも落ちてきたときだった。
「いくら先を読んだといっても、感電の残る体で私より上に跳ぶなんて…」
「言ったでしょう…、負けられないって!」
 うまく着地する余力まではなかったらしく、レミットもまた倒れていた。が、それでもなお消えることのない闘志が、彼女の叫びにはあふれていた。
「負けられない…。
 あの人のため、ですか…」
「えっ…?」
「負けられないのは…私も、同じことです!」
 そんなレミットをにらみながら、まず、メイヤーが立ち上がった。
「メイヤーさん…。貴女、やっぱり…」
 アイリスが、そんなメイヤーの言葉を聞き止め、言った。
「アイリスさんは…気づいてたんですね?」
 黙って頷くアイリス。そして…、
「私にも…わかったわ…」
 レミットも、立ち上がりながら言う。
「メイヤー、あんたも…」
「ええ」
 メイヤーは静かにうなづいた。
 レミットの胸の奥に、かすかな痛みが生じる。それは、リラと話したときに感じた、あの感情と同じものだった。
 メイヤーもまたリラと同じく、彼と一緒に旅をしていた。だから、リラ同様、レミットよりもずっと長い間彼と一緒にいたし、レミットの知らない彼をたくさん知っている。
 そして、それゆえに。
 レミット同様の感情を、彼に抱いたとしても…まったく不思議はない。
 そこに考えが至ると、メイヤーの今までの行動に得心がいった。
 つまり、メイヤーは…恋敵として、レミットの前に立ちふさがっていたのだ。
 レミットに魔宝を渡すまいとしたのは、彼とレミットを会わせたくなかったから。
 メイヤーが全く彼女らしくなかったのは、いつも知的好奇心に突き動かされている彼女が、「嫉妬」というまったく異質な感情に支配されていたため。
 そして、この遺跡中に満ちていた恐ろしいまでの「敵意」は、「嫉妬」に裏打ちされたもの。
 だが…。
「一つ。
 一つだけ、わからないことがあるの」
「何です?」
「あんたも、あいつのことが好きなんでしょう?」
「・・・・・・」
 単刀直入なレミットの問いに、メイヤーはただ黙ってうつむいた。
「それで、私の邪魔をするのはよくわかる。でも…、
 どうして、自分はあいつを、追いかけようとしないの?」
「・・・・・・」
 レミットが問いを発しても、しばらくメイヤーは黙ったままだった。
 やっと口を開いたとき。
 そこから漏れた声は、恐ろしいほど、低く、重く、冷たいものだった。
「貴女に…何がわかるんですか…?
 あの最後の夜に…あの人と…再会を約束できた貴女に…。
 もう二度と会えないかも知れない別れを前にしてまで再会を約束するほどの気持ちをあの人からもらった貴女に!
 私の、一体何がわかるって言うんです!?
 さっきから何度も言っているでしょう! 貴女には、言ってもわからないと!!」「わかんないわよッ!」
 メイヤーの叫びを受けたレミットは、しかし、臆することなく怒鳴り返した。
「私は、あんたたちについてまわってたけど、あんたたちと一緒に旅してたわけじゃないわ。だから、あんたとあいつの間に何があったかなんて知らない! ましてや、あんたが何も話してくれないんだから、わかりっこない!
 でも、でもねメイヤー。
 あんただって、あいつのこと好きなんでしょ?
 自分を見失うくらい好きなんでしょ?
 私を倒すためだったら、大切な遺跡の中で戦ってもいいって思うほど!!」
「あ…」
 激しくレミットに詰め寄られ、メイヤーは言葉を失った。
「そんなに強い気持ちを持ってるんだったら、私じゃなくて、あいつに直接ぶつければいいじゃない!
 あんたはメイヤーでしょ?
 あるかどうかもわからない遺跡だって、本気で探せる人でしょ!
 調査がうまく行かなくたって、諦めずにまたチャレンジできる人でしょ!!
 なのにどうして、あいつのことは諦めるのよ!
 いる場所だって、行く方法だってわかってるのに!!」
「ああ…あ」
「あんたの気持ちなんてわかんない。
 ただ、これだけはわかるわ。
 今のままのあんたじゃ、私には勝てない。
 自分にできることとできないことを自分で決めるような人に、私は負けない!」
「えっ…」
 レミットの言葉が、メイヤーの胸の中に触れた。
 自分でできることとできないことを、自分で決める…。
(そうだ…。私、どうしちゃったんだろう…。
 あのとき気まずくなったからって…もう二度と、あの人の心に近づけないなんて…勝手に決めつけてた…。
 今までに、失敗したことなんて何度もあったのに。
 どうして、今度は「ダメだ」なんて、思っちゃったんだろう。
 取り返しの付かない失敗なんてないって、知ってたはずなのに)
「…あはは…っ。
 嫌ですねえ。これじゃあまるで、ウェンディさんみたいじゃないですか」
 人が変わったような…否、人が「戻った」ような、快活なメイヤーの声。なぜかレミットは、ほっとしたような気がした。
「ウェンディだって、今はもうかなり強くなってるわよ」
 別れ際、アルザと一緒に手を振るウェンディの笑顔を思い出しながら、レミットは言う。
「だから、あんただって、前より弱くなるなんてヘンよ」
「…そうですよね」
 
「ねえ、アイリスさん」
「はい?」
「なんだか、メイヤーさん…さっきまでと全然違うよ」
「そうですね…。あんな晴れやかな顔のメイヤーさん、前の旅でも見たことがありません。
 それに、あんなに気力が充実しているところも…」
 キャラットが言うと、若葉も続けた。アイリスは微笑んでうなづく。
「あれで、いいんですよ。
 嫉妬にとりつかれたメイヤーさんを力ずくで倒したとしても、お互い遺恨が残ります。
 姫さまのためにも、メイヤーさんのためにも…。
 ああやって、本当の想いの強さをぶつけ合える方が、ずっといいんです」
「ですが…」
「ええ。
 気持ちが前向きになっているぶん、さきほどまでよりずっと、メイヤーさんは手強い相手になるはずです」
「大丈夫、レミット?」
「…信じましょう」
 
「ありがとう、レミットさん。おかげで迷いが晴れました。
 でも、だからこそ。
 余計、貴女に負けられなくなりました!」
「そうね。でも、それはこっちも同じことよ!」
 笑みをかわす二人。雰囲気は、先程までとは一転している。
「歴史が始まってからというもの、人々は、それがどんなに些細なことだとしても、本当に大切な自分の気持ちを叶えるために戦いを繰り返してきました。
 負けられないと思う気持ち、勝って成し遂げたい希望、そういったものが積み重なって『現在』があるのです!」
 言いながら、メイヤーは再び高く跳ぶと、二本の杖を投げた。
「そう、戦いは、前を向いてすべきもの! そして、その意味において!
 戦いは、人類の歴史なのだわ!!」
 どうやらメイヤーは、すっかりもとの自分を取り戻したらしい。
 とはいえ、それを喜んでいるヒマはない。
 杖を投げている間は、そちらに魔力を送っているためか、メイヤー自身からの攻撃はない。そのことは先程の一撃目で見切った。が、だからといって下手にメイヤーに仕掛けると、先程のように背後を撃たれることになる。
 まず、杖からの攻撃を避ける。そして、杖が戻るまでの隙をつく!
 背後を振り仰ぐと、そこに二本の杖があった。そしてそこに向かい、光の粒子が集中し始めている。つまり、杖に込められた術は…。
「ヴァニシング・レイ!?」
「まずいよレミット、メイヤーさんのV・レイをまともに受けたりしたら!」
「く…」
 レミットの背筋を、冷や汗が伝っていく。確かに、メイヤーのV・レイの威力は半端ではない。先程までの攻撃でかなりのダメージを受けている今のレミットならば、下手をすればこの一撃で戦闘不能にもなりかねない。だが…。
「負けるもんですか! 絶対に、絶対にあいつの所に行くって、決めたんだから!」
 レミットは、杖に背を向け、メイヤーをにらんだ。
「姫さま!」
 アイリスの叫びに、
「ヴァニシング・レイ」
 V・レイの爆発音が重なった。
 爆風に吹っ飛ばされ、天井にたたきつけられるレミットを見、若葉が小さな悲鳴を上げる。キャラットは思わず目を覆った。が、
「メイヤーっっ!!」
「まさか! V・レイの爆風を利用して、自ら跳んだとでも!?」
 自分よりもさらに上…今度は先程と違い、跳躍の頂点のさらに上だ…を跳ぶレミットに気を取られ、メイヤーは思わず着地の際、姿勢を崩した。その隙をつき、天井を蹴ったレミットは、自由落下を超える勢いで、剣をかざし一直線にメイヤーに突っ込んでいった。
「これが、私の!
 想いの力よっ!!」
「!!」
 平の部分だとはいえ鋼の剣、しかも落下の勢いとレミットの体重、そして利用されたV・レイの衝撃がそこには乗っている。直撃を被ったメイヤーは、壁まで吹っ飛ばされると激突し、そのままずるずると床に崩れ落ちた。
「やっぱり、魔法には精神状態が出るわね…。
 メイヤーの…今のV・レイ…。
 さっきまでの魔法と…威力が全然…ちが…う」
 メイヤーが気を失い、戦闘不能になったのを見届けると、レミットもまた、その場に前のめりに倒れた。
 
「レミットさんが強いのは、やはり…ひたむきで、純粋で、一途な『想い』を持っているから、ですね」
 若葉の魔法で回復すると、メイヤーは憑き物が落ちたような晴れやかな顔で言った。
「自分の気持ちに迷わない、そんな強さ。
 今の私にはそれが、ありませんでしたから」
「メイヤー…」
「レミットさん、では、これを」
 懐からメイヤーが取り出したのは、言わずと知れた「銀の糸」。二つ目の魔宝だ。
「あと…残りの魔宝のことですが。
 他の二つはわかりませんが、『黄金の左腕』を持っているのは、楊雲さんです」「楊雲が?」
「ええ。ただ、楊雲さんは、魔宝を自分で集めるつもりはないようですが…」
「じゃあ、魔宝を持っててどうするの?」
「さあ…私にも、そこまでは…」
「そっか…」
 レミットは銀の糸を握りしめる。
 第四の魔宝『黄金の左腕』を持つという楊雲。もともと考えがわかりにくかったが、こうなると何を考えているのかさっぱりわからない。
 とにかく、楊雲に会ってみるしかないだろう。
 そう思って、レミットは立ち上がった。
「もう大丈夫なのですか?」
 若葉が心配そうに尋ねる。レミットは黙ったまま、微笑んで頷いた。
「さあ、みんな…」
 行くわよ、と言おうとしたその言葉を遮って。
「うわあぁっ!」
 キャラットの悲鳴が響いた。
「どっ…どうしたの!?」
「ア…アイリスさんが、アイリスさんがあぁっ…」
「…え」
 振り向くと、狼狽しきったキャラットの前には、顔色が真っ青のアイリスが倒れていた…。
「ア…アイリス?」
 あわてて駆け寄る三人。
「アイリス? …アイリス!」
 やや乱暴に揺すってみるが、アイリスはぴくりとも反応しない。
「アイリスぅっ!!」
 レミットの呼びかけにいつも真っ先に答えるはずの彼女は、ただ、生気のない顔で横たわるだけだった…。
 
<WARNING!! WARNING!! WARNING!! WARNING!!...>
 

 
STAGE 5 あとがき
 
 どーも、もーらですー。
 もう一人の私が心の中で言います。
「こーゆー話は、オリジナルでやれ」
 はうーん…。特にメイヤーのファンの皆さんごめんなさい。全然メイヤーじゃないです。前回、すげえウェンディらしいウェンディを書いたら、今回はすげえメイヤーらしくないメイヤーができあがってしまいました。おかしいなあ、私、メイヤーも好きなはずなのに…。バル・バス・バウの攻撃はみんな陰険だから、あのいつもの明るいメイヤーだと似合わないんですよう。ぐすぐす。
 その一方、前回心配していた「姫様が脇役になる」という事態は何とか避けられました。Gラムまで覚えて大活躍です。でも、レミットもあんまり「らしく」なくなってきている気がする…。
 ああ、こんなことではパロディSSとして失格…。
 ともあれ、今回で二つ目の魔宝を手に入れ、前半終了となります。いきなり黄金の左腕の話題が出ていますが、別に白の聖鍵のことを忘れているわけではないのでご安心下さい。
 そして…今まですべてのキャラに散々苦戦してきたレミット姫には、当然、ペナルティステージが待っているわけです!
 というわけで次回は! みぃなさんお待ちかねぇ〜!!(←Gガン○ムっぽく)
 
PENALTY STAGE “アイリス・イン・ワンダーランド”
íNEXT ENEMY
 Iris−Meel
 UNKNOWN
 UNKNOWN
 UNKNOWN
…いやあ、装備を考えなくていいってラクだなあ…。
 

 
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