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STAGE 4 緑の丘からさらなる高みへ 
〜Wendy−Miseria〜
 
 繭を編んでみたいな。
 ウェンディはよく、そう思う。
 繭を編んでその中に入ることが出来たら、出てくるときには新しい私に成れてるかも知れない。
 もし、そうでなくても。
 繭の中に入っていれば、誰にもいじめられない。苦しいことも辛いことも忘れて、繭の中で眠っていられる。
 そんな気がするから。
 今日もウェンディは、誰に使ってもらうのかも、何を編んでいるのかもよくわからないまま、ぼんやりと編み棒を動かしている。
 
 以前と違い、今のウェンディには、友達がいないわけではない。
 魔族の青年カイルに、半ば無理矢理ひきずられ、魔宝を探す旅に出た。決して短くはない旅路の間、苦楽をともにしたカイル、アルザ、ティナ。彼らとはそう簡単には消えない絆がある。
 だが。
 そんな彼らは、今誰一人、ウェンディの側にはいない。
 探索の旅が終わり、目的がなくなると、自然とパーティは解散することになった。生まれて初めて得たかけがえのない仲間達と別れるのは、まるで我が身を引き裂かれるように辛かった。
 そして、ウェンディは思ったのだ。
 出会っても、どうせ別れなければならないのなら。
 そして、こんな苦しい思いをするのなら。
 …もう…誰とも一緒になんていたくない。たった一人でいる限り、いじめられることはもちろんないし、別れの辛さも味わわなくていい。
 どうせ、いままでずっと、私はひとりぼっちだったんだから。
 これからもずっと…ひとりぼっちでも、かまわない。
 
 そんな生活を送っていたある日のこと、ウェンディの住む小さな家に訪れる者がいた。
 まず警戒心が先に立つ。この家が建っているのは、一応海沿いにある街に属する場所だが、町外れも町外れ、周りには防砂林くらいしかないような草原の真ん中である。そういう場所を選んで借りたのだから当然なのだが、街の人間が訪れてくることはまずない。
 恐る恐るドアを開けてみると、そこに立っていたのは見知った相手だった。
「…メイヤー…さん…?」
 メイヤーとは、以前の旅では敵対関係にあった。ただ、本気で憎しみあい、争いあっていたわけではない。時には一緒に旅をしていた仲間達同様に、楽しい時を過ごしたり、苦しいことを乗り越えたりもした。
 そうでなくても知り合いの少ないウェンディにとっては、メイヤーも貴重な友人の一人だ。ただ、だからといって素直になれるのなら、ウェンディも苦労はしない。
「お久しぶりですね、ウェンディさん」
 メイヤーはにこやかに、敵意のない笑みを浮かべていたのだが、
「…何しに来たんですか?」
 つい、薄情な反応をしてしまう。観察眼に優れたメイヤーは、ウェンディの心根を大体見抜いていたので、そんな反応も覚悟の上だったらしい。笑みを崩さずに続けた。
「単刀直入に言います。手伝っていただけませんか?」
「何をです?」
「実はですね…」
 メイヤーは静かに説明を始めた。再び魔宝を集めようとしていること、五つのうち一つ「銀の糸」を自分が持っていること、残り四つのうち三つはまだ場所が分かっていないが、「青の円水晶」をレミットが持っていること、そしてそのレミットもまた、魔宝を集めていること…。
「ですから、レミットさんを倒して『青の円水晶』を手に入れるのと、残り三つの魔宝を探すのを手伝っていただきたいのです」
「・・・・・・」
 ウェンディはしばらく絶句していた。絶句しながらも上目遣いに、メイヤーの表情をうかがう。
「魔宝を集めて…何をたくらんでるんですか…?」
「…別に何も。何でしたら、集めた後に貴女が望みを叶えてもかまいませんよ」
「…?」
 魔宝の、そして暁の女神の力は絶大だ。人を一人異世界へ飛ばすことさえできる。そんな魔宝を使ってもかまわない、などと言い出すとは…
「話が…うますぎます」
「そうですか?
 …ウェンディさん。貴女の願いは…何ですか?」
「えっ…?」
 唐突なメイヤーの言葉に、不意を突かれたウェンディは言葉を失う。
 私の願い…?
 魔宝があったら…暁の女神に願いが出来るとしたら…。
 私なら、何を願う? 
「いいですよ、無理に聞こうとは思いません」
 メイヤーは小さく笑う。どことなくそこには自嘲が含まれているようにも思えた。
「私の願いは…レミットさんのような人に魔宝を使わせないことなのです。
 ですが、レミットさんはここしばらくで驚くほど急激に力を付けてきています。リラさんとアルザさんが、既に彼女に敗れています」
「…!」
 頼もしい仲間だったアルザと、手強い好敵手だったリラ。その二人の実力は、ウェンディもよく知っている。そんな二人を倒すまでに、レミットが成長しているとは…。
「私が『銀の糸』を持っている以上、遅かれ早かれレミットさんと戦うことになります。正直な話、私は体術にはまるで自信がありません。このまま手をこまねいていれば、リラさんやアルザさんを倒すほどの実力を身につけたレミットさんに、魔宝を奪われてしまうでしょう」
「だから、私に手伝え、と…?」
「そういうことです。
 私自身にももちろん望みはあります。ただ、それは自分の力で叶えたい望みなのです。ですから魔宝の力は、私にとっては必要ありません。ただ、その力をレミットさんのような人に使われるのは避けたいのです。そのために…私の手元に魔宝を集めておきたい。そして、ウェンディさんのような方でしたら、その力を使っていただいてもかまわない。そういうわけなのです」
「でも…、レミットさんがリラさんやアルザさんを倒すほど強くなっているんなら、私なんかがいても…」
「確かに、貴女はリラさんほど素早くも、アルザさんほど力強くもありません。ですが、魔力に関してはお二方よりもずっと優れています」
「魔法なら、メイヤーさんの方が…」
「それも物理魔法に限っての話です。神聖魔法と精霊魔法の二系統では、貴女の方が上です」
「・・・・・・」
 口ごもるウェンディに、メイヤーはなおも言い募った。
「私と同じように、体術はそれほどでもありませんが…それだって、楊雲さんや若葉さんよりは上です。
 いいですか? 貴女はご自分が思うほど、弱くはないんです」
「でも…」
 そう言われてもなお、ウェンディはメイヤーに協力する気にはならなかった。メイヤーがまだ信じられなかったせいも、もちろんある。しかし、それ以上にウェンディは、
 自分自身が、未だに、信じられなかったのだ。
「やっぱり…私…」
「…そうですか」
 メイヤーは懐を探ると、一つの指輪を取り出し、テーブルに置いた。
「これは?」
「お詫びです。今無理なお願いをしてしまったことと、これから貴女にご迷惑がかかることになることの」
「…これから…?」
 メイヤーは立ち上がり、ウェンディに背を向けながら言った。
「先程言ったとおり、レミットさんは私を狙っています。その私と接触したことが知れたら、貴女の所にも必ず来るでしょう」
「そんな…!」
「申し訳ありません」
 メイヤーはそのまま、ウェンディの家を出た。そして、ドアを閉める間際、少し振り向き、微笑んで言った。
「今度は、こんな厄介事抜きで…ゆっくりお会いしたいですね。他の皆さんとも」
「あ…」
 何か声をかけようとしたウェンディだが、結局、言葉は見つからなかった。
 
「どうしたの、アイリスさん? 浮かない顔して…」
「まあ…そういえば顔色も優れないご様子。大丈夫ですか?」
 キャラットと若葉が心配そうに、アイリスの顔をのぞき込む。アイリスは取り繕うように笑みを浮かべると、少し慌てたように言った。
「いっ、いえっ…。ウェンディさんがもしあのときのままでしたら、警戒されてしまうような気がして…。またもめ事が起こってしまわないかと心配で…」
「確かにね…」
 アイリスの言葉にうなづくと、レミットは仲間達を見回した。
 ここは、海沿いの、一応ウェンディの家がある街の食堂である。いつも通りのメンバーに加え、レミットと和解したアルザも、
「ウェンディに会えるん? ならうちも連れてってーな」
 と言い出し、同行してきている。よって、レミット一行は総勢5人の大所帯になってしまっていた。
「でも、アルザさんもいるんだし大丈夫じゃない?」
 キャラットが励ますように微笑みながら、楽観的な展望を述べる。
「せや。最初に会うた頃やったらともかく、今やったらウェンディかて話せばわかるで」
 アルザもそれを肯定した。
「ウェンディさんのことでしたらわたしたちよりアルザさんの方がよくご存知でしょうから、アルザさんがそうおっしゃるならきっと大丈夫ですわ」
 そして若葉がそれに同意すると、
「…そうね」
 ようやく、難しい顔をしていたレミットも微笑みを見せた。
 
 とりあえず今夜は一休みして、明朝早々にウェンディのもとを訪れよう、ということに話がまとまった。
 そして次の日の朝、五人はウェンディの住んでいる場所を街の人に尋ねることにしたのだが、ウェンディは、彼女らしいと言えば彼女らしいことに、生活必需品の買い出しなど必要不可欠な場合を除いては、ほとんど街の中心には出て来ていなかったらしい。彼女のことを知っている者があまりおらず、具体的な住所を聞くにはかなり手こずってしまい、結局彼女の居所が分かったのは昼下がりのことだった。
「こんな町外れに済んでて、しかもほとんど町中に出てこないって言うんじゃ、居場所がわかんないのも当然ね」
「そうですね。ウェンディさん、まだ相変わらずなんですね」
 アイリスが言うと、アルザは、彼女にしては珍しく、黙ったまま神妙な顔でうつむいたが、やがて、レミットに目配せすると、ともに扉に向き直った。
 レミットは、なるべくウェンディを刺激しないようにと気を使いながら…彼女も、この旅で少しずつ気遣いを覚えてきたらしい…静かにドアをノックする。
 しばらく待つがいらえはない。二度、三度と続けるうち、だんだんレミットのノックは乱暴になっていった。
「いないの! ウェンディ!」
 終いには怒鳴り始めるレミット。
「お留守…なのでしょうか?」
 アイリスの言葉にカチンときたレミットは、
「冗談じゃないわよ! ここを見つけるのにどれだけ手こずったと思ってるの!? それなのに、留守ですって!?」
 まだ少ししか覚えていない気遣いなどどこかへかなぐり捨ててしまい、少し乱暴にドアのノブを引いた。すると…
「あれ?」
 ドアには鍵がかかっておらず、拍子抜けするほどにあっさりと開いた。あると思った抵抗がなかったため、レミットは二三歩後ろにたたらを踏んでしまう。
「あのウェンディさんが、鍵もかけずに外出なさるなんて…」
 不審に思ったアイリスは、そっと家の中を覗いてみる。
「ウェンディさん…いらっしゃらないんですか…?」
 声をかけてみるがやはり返事はない。
「かまわないわ! 家捜しするわよ!」
「あ、姫さま!」
 四人は、レミットに半ば引きずられるようにしてウェンディの家に踏み込む。少し躊躇しつつも最後にウェンディの家に入ったアイリスは、しかし、他の誰よりも先に、何か様子がおかしいことに気付いた。
「あの、姫さま」
「何?」
 クッションをひっくり返していた…考えなくてもそんなところにウェンディがいるわけはないのだが、よほど頭に血が上っていたらしい…レミットは、アイリスの言葉に我に返ったらしく、少しばつが悪そうにそれを放り出しながら振り向く。
「ウェンディさんは、たぶん…ここには戻っていらっしゃらないと思います」
「え?」
「料理道具と編み物の道具が、ありませんから…」
 さすがにアイリスは目の付け所が違う。確かに、その二つがないならウェンディはここには帰ってこないだろう。
「逃げたわね!」
「きっとメイヤーさんに、私たちが来ることを知らされたんでしょう」
 確かに、リラあたりなら迎撃体制を整えるだろうが、ウェンディなら逃げを打つと考えた方が自然だ。
「どうしよう…。どこに行ったのかしら…」
「・・・・・・」
 途方に暮れるレミットを後目に、アイリスは静かに別の部屋のドアを少しだけ開けた。
「たぶん、まだそれほど遠くには行っていないと思います」
「どうして?」
 問われたアイリスは、ドアの隙間の向こうを示した。
「よくご覧になって下さい。少しホコリがたっているのがおわかりになりますか?」
「…確かに…」
 ドアの向こうは寝室だった。カーテンの隙間から漏れた昼の光の中に、ごく微量だがホコリが浮いているのが確かに見える。
「ウェンディさんはいつも部屋を汚しておくような方ではありませんから、ホコリが立っているということは少し前までここにいたという事だと思います」
 確かに、他の部屋は今の今まで五人でうろうろしていたにも関わらずほとんどホコリなど立っていない。寝具があるからこそかろうじて、目に見えるほどのホコリが立ったのだろう。それほどきれいな家でホコリが見えるということは、確かに少し前まで、ここに誰か…おそらく最後の片づけをしていたウェンディ…がいたのだ。
「なるほどね…よし、そうとわかればみんな、手分けして探すわよ!」
「はい!」
 言うが早いか駆け出していたレミットを、あわててアイリスは追う。取り残された格好になった三人も、目配せしあうと二手に分かれ、走り出した。
 
(…どうして…みんな、私を放っておいてくれないの…)
 小走りに家を離れながら、ウェンディはちらり、と手の中を見た。そこには、メイヤーが置いていった指輪が握られている。
 自分の所に厄介事を持ち込んできたメイヤーが置いていったものなのに、どうして後生大事にこんなものを持っているのだろう。
 答えは分かっている。
 自分は、本当は、他の人との絆が恋しいのだ。
(どうしてみんなが放っておいてくれないかって?
 みんなが、とってもいい人達ばかりだから。
 そしてみんな、私が寂しがってることが分かってるからよ)
 もう一人の自分が心の中でささやいている。思わず耳をふさぐウェンディ。無論、心の声がそれで聞こえなくなるわけがない。
(本当は寂しいんでしょう?
 誰かと一緒に笑ったりしたいんでしょう? 泣くときだって誰かに隣にいてほしいんでしょう?
 隣にいてくれる人は、たくさんいるわ。
 あとは、素直になればいいだけ)
(聞きたくない!)
 心の中の声に心の中で反論する。
(そんなのわかってる! わかってるけど…。
 誰かに傷つけられるのはいや。裏切られるのもいやなの!)
(みんな、そんなに冷たい人じゃないわ)
(そうかもしれない。けど…、
 私は、そんな暖かい人でも愛想を尽かすほど、駄目な娘なのよ!
 誰かに一緒にいてもらう資格なんてないの!
 後になって傷つくなら、最初から誰も信じない方がいい)
(本当にそれでいいの? ウェンディ…)
「ウェンディ!」
 心の中の声と、現実世界の声が重なった。我に返り振り向くウェンディ。そこには、息を切らせているレミットが立っていた。葛藤の迷路に迷い込んだウェンディは、いつの間にか足を止めてしまっていたらしい。
「やっと見つけたわ…」
 無論、レミットには、会うなりいきなりウェンディに襲いかかるつもりなど毛頭なかった。ただ、魔宝を持っているメイヤーの行方を、彼女と接触したウェンディに聞きたいだけだ。だが、ウェンディは、心中の混乱のせいもあって、いつにもまして深刻な被害妄想に囚われていた。
「こんなところまで追ってきて…私をどうするつもりなんですか…」
「どうするって…ただメイヤーの行方を聞きたいだけよ」
「嘘」
 ウェンディは険しい目でレミットをにらんだ。
「メイヤーさんに聞きました。リラさんとアルザさんを倒したって…」
「それは…そうだけど…」
「やっぱり…」
「でも!」
「もういいです!」
 ウェンディはまったく聞く耳を持っていない。半ば予想されたこととはいえ、レミットは心の中で舌打ちをし、剣の柄に手をかけた。ウェンディが既に魔法の詠唱に入っていたからだ。
「ヒート・シャワー!」
 レミットの抜剣よりもウェンディの術の完成の方が早かった。頭上から降り注ぐ火の粉を、レミットは鞘で防ぐ。
 当然それを盾にして次の攻撃が来るものだと思っていたレミットは、改めて剣を抜き身構えた。しかし、覚悟していた第二撃はなかなかこない。
「?」
 目を凝らして周囲を見回すと、ウェンディは少し離れた防砂林の木陰に隠れている。
「ちょっと待って!」
 レミットは駆け寄るが、その声はウェンディには届いていないようだった。ウェンディは木陰で、魔法の動作に入っている。
「ライトニング・ジャベリン!」
 木陰から放たれた稲妻の槍が、走り来るレミットに襲いかかった。やむを得ず足を止め、それを受けとめる。雷撃の火花が収まったとき、ウェンディはまた別の、遠くの木陰にいた。
「ああ、もう! これじゃ埒があかないじゃない!」
 何とか距離をつめなければ、話も聞いてもらえそうにない。一瞬考え込んだレミットの脳裏に、閃くものがあった。
(あの手で行こう)
 ウェンディはまだ木陰から動かず、様子をうかがっている。レミットは素早く、呪文を完成させた。
「エネジー・アロー!」
 レミットが魔法を放ったことに気付いたウェンディは、木陰に身を隠した。魔法が的を外すことはないとはいえ、障害物があれば話は別だ。が、盾にした木にも衝撃は伝わってこない。怪訝に思ったウェンディが様子をうかがうと、目の前の地面が大きくえぐれ、もうもうと土煙が上がっている。
(目くらまし!)
 そう気付いたときには、土煙を突っ切ったレミットは目前に迫っていた。
「ウェンディ、私は…」
 別にあんたを傷つけるつもりはない、とレミットは言おうと思った。しかし、その時は既に、ウェンディは次の魔法を完成させていた。
「ウインド・ウイング!」
 だが、ウインド・ウイング程度なら、それほど大きな距離は開けられまい。レミットはそう思ったのだが、次の瞬間、
「なっ!?」
 ウェンディの姿は、かなり遠くにあった。ものすごいスピードで走った、というより、瞬間移動したかのように彼女の姿が横に向かってかくん、とずれたようにも見えた。
「これは…」
 ウェンディの方も驚いているようだった。が、すぐに、メイヤーの指輪に考えが至る。どうやら、ウインド・ウイングの力を増幅し、一瞬ものすごい速度を生み出すアイテムらしい。
 レミットもウェンディもともに面食らったが、原因が分かっただけ隙はウェンディの方が小さかった。
「…ライトニング・ジャベリン!」
「!」
 まだ茫然としていたレミットに、稲妻の槍が突き刺さる。
「あぐうっ!」
 吹っ飛ばされて転がったレミットに、ウェンディは半狂乱になって魔法を叩き込む。
「エネジー・アロー!」
「あ…あああああ!!」
 レミットが起きあがる隙も与えず、ウェンディは立て続けにエネルギーの矢を放ち続けた。やがてウェンディの息が切れ、魔法がとぎれると、ようやくレミットはよろよろと立ち上がる。
「い…いい加減にしなさいよ!」
「・・・・・・」
 怒鳴ったときには、ウェンディはまたも木陰に隠れている。どうやら、完全にこっちを信用していないウェンディと、穏当な話し合いを望むことはできないようだ。
「ヒーリング・ウェイブ」
 ライトニング・ジャベリンの直撃とエネジー・アローの乱射で受けた傷を癒すと、レミットは、立木を貫くほどの厳しい視線でウェンディをにらむ。
「そっちがそういうつもりなら、もう容赦はしないわ。話を聞くつもりがなくても、無理にでも聞いてもらうわよ」
 レミットの言葉に、ウェンディは気の後ろで身を縮めた。しかしレミットは、そんなウェンディを見てももう焦りは感じなかった。
「そうやってずっと木を盾にする気なら、木ごと攻撃するだけよ! クリムゾン・ナパーム!」
 紅蓮の火球が、ウェンディの隠れている木はおろか、周囲の防砂林のことごとくを巻き込んで炸裂した。
「きゃああ!」
 たまらず森から転がり出るウェンディ。歴戦を経て格段に腕を上げたレミットが、その隙を見逃すはずもない。
「ウェンディぃっ!」
「!」
 完全に体勢を崩しているウェンディとの間合いを一瞬でつめると、レミットは剣の柄でウェンディの肩口を殴りつけた。体術にさほど長けていないウェンディがよろけたままそれをかわせるはずもなく、まともに受けるとその場に倒れ伏した。
「くう…う…」
「これ以上痛い目にあいたくなかったら、メイヤーのことを話しなさい! 私だって意味のない戦いを続けたくはないのよ!」
 無論、いくらウェンディとて剣の柄での一撃で戦闘不能になるほどか弱くはなく、よろよろと立ち上がろうとする。また逃げられては厄介と、そんなウェンディにレミットは剣を突きつけた。
「本当はあんたを傷つけるつもりなんてなかったのよ…。ただ、メイヤーの話を聞きたかっただけなのに…」
 再び説得を試みるレミット。しかしウェンディは、なおも険しい顔を和らげようとはしなかった。
「…ウェンディ…きゃ!?」
 レミットがほとほと困り果ててため息をついた瞬間、ウェンディは起きあがりざまに、左肩から体当たりを食らわした。いくらレミットがいくつかの戦いを経て実力を付けているとはいえ、ウェンディとの間には10kgほどの体重差がある。体当たりをまともに食らっては無事でいられるはずもなく、大きく体勢を崩して後ろによろけた。倒れなかっただけ見事なものだ。
「ヒート・シャワー!」
 そんなレミットに、ウェンディは唱えておいた術を解き放った。
「ホントに、いい加減にしなさいよっ!」
 火の粉から身を守りながら怒鳴るレミット。ウェンディはかまわず駆け出すと、レミットの背後を取る。
「ライトニング・ジャベリン!」
 死角からの攻撃だったが、今までの戦いでおおむねウェンディの手の内を把握していたレミットは、振り向きざまに剣を地面に突き立て、稲妻の槍を受けとめた。
 そしてレミットには、ウェンディがこれ以上の追撃をかけてこないことも分かっていた。おそらく、また逃げるつもりだろう。
「そうはいくもんですか!」
 稲妻の火花が消えるが早いか、地面から剣を引き抜きレミットは駆けた。全力で逃げに移っていたウェンディの背後を取る格好になる。
「!!」
 肩越しにレミットが迫り、剣を振りかぶっているのに気付いたウェンディだったが、真後ろにいる相手に打つ手はない。覚悟を決め、固く目を閉じた。
 がきぃんッ!
 硬い物同士が打ちつけられる大きな音が響いた。どこにも痛みがないことに気付いたウェンディは、おそるおそる目を開ける。見知った背中が、そこにあった。
「こんくらいにしたっといてや」
「ア…アルザさん!?」
 二人の間に割って入ったアルザが、手に持っていた赤い珠で、レミットの剣を受け止めていた。そのまま振り向き、満面に笑みを浮かべる。
「もう、怖がらんでええ」
「…どうして…助けてくれたんです?」
 ウェンディが尋ねると、アルザは、一瞬何を聞かれたかわからない様子で、きょとん、とした顔をした。が、すぐにまた笑ってみせると、
「だって、仲間やん」
 さも当然、といった様子で答えた。
「そうですよ、ウェンディさん。アルザさんだけじゃなくて、姫さまだって本当は敵なんかじゃないんです」
 レミットに追いついていたアイリスも、ウェンディの肩に手を置き、優しく言う。
「あ…ああ…」
 味方のアルザと丸腰のアイリスを見て、ようやく安心したのか、ウェンディはその場にへなへなと座り込んだ。
 
「メイヤーさんは、行き先は言って行きませんでした。でも、たぶんメイヤーさんのことですから…近くの遺跡だと思います」
「遺跡? そんなの近くにあるの?」
「はい」
 家に戻ると、ウェンディは人が変わったように素直に話し始めた。
「そう、ありがとう。
 …たったこれだけのことなのに、どうして私もあんたもあんなに傷つかなきゃいけなかったのよ?」
「・・・・・・」
 ウェンディはうつむいて、黙り込んだ。それを見たレミットはなおも言い募る。
「そんなに私が信用できなかったの?
 確かにメイヤーの言うとおり、私はリラやアルザとも戦ったわ。だからって、望んでそうしたわけじゃない。
 それなのにこんなことになるなんてね」
「・・・・・・」
 うつむいたまま、ウェンディは唇をかんだ。
「…姫さま」
 見かねたアイリスが助け船を出す。
「ウェンディさんは…たぶん、私たちが信じられなかったわけじゃないと思うんです。
 違ったらごめんなさい。
 ウェンディさんが信じられなかったのは、ウェンディさん自身じゃないですか?」
 アイリスの言葉に、はっとなったウェンディは顔を上げる。
「自分はダメだから…きっと人にも嫌われる、そんな風に思っていませんか?」
「…あ…」
 続けるアイリス。考えを見透かされ、ウェンディは驚きのあまり目を見開く。そんなウェンディに、アイリスは優しく微笑みかけた。
「そんなことありませんよ」
「でも…でも! 私なんか…」
「私や、若葉さんや、キャラットさんはともかく、どうしてアルザさんが姫さまと一緒にここにいらしたと思います?」
 思わず、ウェンディは黙ったままアルザを見る。アルザは微笑んで、アイリスの後を引き継いだ。
「長いこと会うとらんかったしな、久しぶりに会いとうなったんや」
「私…なんかに?」
「せや。昔話に花咲かそかとも思うたし、久しぶりにウェンディの料理食いたかったしな。
 アイリスはんも料理は上手なんやけど、ウェンディはうちの好みもよう知っとるさかい。うち、ウェンディのがいっちゃん好きなんや。
 もちろん、それ作ってくれはるウェンディのことも、好きや」
 アルザは、悪く言えば単純だが、良く言えば純粋な娘だ。思ったことをためらわず率直に言ったその言葉に裏表がないことは、ウェンディもよく知っている。
「せやのに、ウェンディは、自分のこと嫌いなん?」
「だって…」
「欠点のない人なんて、いません」
 アイリスが再び口を開く。
「自分の欠点に全然気付かなかったり、ただ棚上げしているだけなのは確かに問題がありますけど、その事ばかり気にしていたら、自分の長所も見えなくなってしまいますよ」
「私に長所なんて…」
「ぎょーさんあるで」
 アルザは立ち上がると、ウェンディの後ろに回り、その肩に手を置いた。
「旅してた間、うまいもんもしょっちゅう作ってくれはったし、寒いとき手袋やマフラーも編んでくれはった。戦うとるときも後ろから魔法で手助けしてくれはった。
 …ウェンディと一緒に旅ができて、ホンマによかったと思うとるんよ。うち」
「アルザさん…」
 ウェンディの言葉に、ぐすっ、と涙声が混じる。
「…でも…私…怖いんです…」
「何でや?」
「アルザさんも…ティナさんも…それに、カイルさんだって…ホントに、とってもいい人達で…一緒にいた間、私も…すごく楽しかったから…。
 だから…離ればなれになって、とっても辛かったんです…。また、独りぼっちに戻ってしまって…。
 こんなに辛いなら、最初から一人でいた方がいいと思って…」
 しゃくりあげながら言うウェンディ。
 ばあんッ!
 突然、それまで黙って聞いていたレミットが、テーブルを激しく叩いた。ウェンディはびくっ、と身をすくませ、恐々レミットを見る。
「甘ったれるのもいい加減にしなさいよ!
 …離ればなれですって? 冗談じゃないわ。アルザだってティナだってバカイルだって、あんたと同じ空の下にいるのよ。会おうと思えばいつだって会えるのは、離ればなれなんて言わないわ」
「それにな、ウェンディ。いくら遠くに離れたかて、うちら他人になってまうような仲ちゃうやろ? 独りぼっちやなんて、寂しいこと言わんといてぇな。
 心配あらへん。大丈夫や。うちはここにおる。ティナやカイルはんとも、いつだって会える。レミットやアイリスはんや、他のみんなとも、これからきっとうまくやっていける。
 ウェンディは、今も、独りぼっちちゃう」
 アルザはレミットの言葉を引き継ぐと、後ろからウェンディの肩を抱きしめ、耳元で優しくささやいた。
「…そうよ。いつでも好きなとき、会えるんだから…」
 激昂した様子から一転し、沈んだ表情を見せるレミット。アルザの温もりを感じてようやく落ち着いたウェンディは、そんなレミットの豹変ぶりに気づき、それでもまだ恐る恐るといった様子で、声をかけた。
「どう…したんですか、レミットさん…?」
「ウェンディさん…実は、姫さまは…」
 アイリスはレミットに目配せすると、この旅の目的をウェンディに語った。説明が進むに連れ、ウェンディの表情が徐々に複雑になっていく。
「それじゃあ…レミットさんは、あの人の後を追って、魔宝で異世界に行くつもりなんですか?」
「…そうよ。悪い?」
 面と向かって言われると少し照れがあるのか、レミットは微かに頬を赤らめ、気まずさをごまかそうとつっけんどんに答えた。
「…悪くはないですけど…。それなら、どうしてメイヤーさんはあんなことを…」
「メイヤーが何か言ってたの?」
「はあ…」
 ウェンディは、メイヤーが、自分の目的が「レミットのような人に魔宝を使わせないこと」だと言っていた事を伝えた。
「メイヤーさんが、そんなことを…?」
 アイリスは首を傾げる。レミットは、困惑しながらもやはり怒りを感じているようだ。
「いいわ。直接メイヤーに会って確かめるまでよ」
 気が急いているのか、レミットは立ち上がる。
「待ちぃや」
 そんなレミットを、アルザは制した。
「もう今日は遅いし、うち腹も減ってもた。ウェンディんとこ来て、何も食わんと帰る手はないで。な?」
 レミットはしばらくきょとんとしていたが、小さく笑うと、
「そうね…。ウェンディ、それじゃあご飯、食べさせてくれる? それで今日のことは忘れたげる」
 少しだけ素直になれたウェンディには、それが、自分が今日のことを気に病んだりしないようにというレミットの心遣いだということがわかった。だから、
「…はい」
 ようやく、暖かい微笑みを浮かべることができた。
                           〈To Be Continued〉
 

 
STAGE 4 あとがき
 
 どーも、もーらです。
 さて、疲れたりして心に余裕がなくなると話が重くなるのは私の傾向なのですが、今回に限っては意図的に重くしました。ウェンディをギャグのストーリーに使うと、彼女は十中八九「やられキャラ」になってしまうので…。
 で、こんなお話になった訳なのですが…
 …いかん…姫さまがすっかり脇役になってる…。
 やっぱりEMで一番お気に入りのウェンディに、愛機のベルグドル役を割り振っちゃったからなあ。姫さまに愛がないわけじゃないんだけど、ちょっと相手が悪すぎたって感じだなあ…。
 だって、ひたすら物陰に隠れてちまちま攻撃…あわよくばタイムオーバー待ち…っていうベルグドル的戦法は、ウェンディにぴったりなんですもの。そんなわけで今回のアイテムは「ベルステップの指輪」(笑)。
 SSには珍しく、とってもウェンディらしいウェンディになったと思います。ここまで後ろ向きなウェンディがそのまま出てくるお話も珍しいのではないでしょうか。こんなネガティヴなウェンディも、私は結構好きだったりします。現実に近くにいたらたまったもんじゃないだろうけど。
 で、「ウェンディらしいウェンディ」によって生まれる暗さを中和するために、アルザはんに続投をお願いしました。むう…アルザはんがシリアスやってる…。絵的にも、青いウェンディと赤いアルザはんってよく合うと思いません?
 さて、次回はいよいよ前半ラスト、二つ目の魔宝を持つメイヤーとの対決です。…また、姫さまが脇役ちっくになりそうな予感…。
 
STAGE 5 “遺跡”
íNEXT ENEMY
 Mayer−Staicia
 Lightning-Javelin
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 Ancient-Mystery(Which she excavated...)
 

 
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