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STAGE 2 だいぶS.L.C. 
〜Lila Maim〜
 
「レミットさんが、貴女の持っている『青の円水晶』を狙ってますよ」
 久しぶりに会ったと思ったら、少女はいきなりそんなことを言い出した。
「ふうん…」
 リラは怪訝そうな顔をして、かつての仲間を見た。
「なんでそんなこと教えてくれるのよ? あんただって魔宝を狙ってるのは同じでしょうが。知ってるわよ、『銀の糸』持ってるんでしょ?」
 リラの言葉に、少女は小さくくすりと笑う。
「さすがは探偵をやってるだけのことはあって耳が早いですね。まあ、かつての仲間の貴女との戦いはなるべく後にしたいという気持ちは私にもありますし…。それに、このまま放っておいたらいずれレミットさんは、私の所にも来るでしょうからね。
 こうして私が貴女に知らせることで、貴女は寝首をかかれずにすむ。私は手を汚さずに邪魔者のレミットさんを始末できる。一石二鳥の策と言うわけです」
「ふうん。あたしは体のいいつゆ払いってわけ?」
「そう気を悪くしないで下さい。そのかわり、いいものあげますから」
 少女は懐から、ブレスレットのようなものを取り出した。かなり古いもののようだが、鮮やかに彩色されていて、アクセサリーとしてはかなり上等に見える。
「へえ、結構いいじゃない。高く売れそうね」
「リラさんらしいですね。けれど、売らない方がいいと思いますよ」
「どうしてよ? くれるんでしょ?」
「それはこの間私が遺跡で見つけた魔法のアイテムです。実は…」
 少女からその効果を聞いたリラは、少し驚いたような表情を見せた。
「いいの? さっきあんたも言ってたけど、そのうちあたしとあんたも戦うことになるのよ。それに、あんたが遺跡から見つけた物をただくれるなんて信じられないわ。何か企んでるんでしょう?」
「…他意はありませんよ。この間調査した遺跡でこの手のアイテムはかなりたくさん見つかりましたからね。つまり、貴女にこれを差し上げたとしても…私の所にも同じようなものが、まだたくさんあるというわけなのです」
「なるほどね」
 リラは苦笑して、ブレスレットを懐に入れる。
「じゃあ、ありがたくもらっとくわ。けど…こんなものなくたって、あたしはレミットなんかに遅れはとらないわよ」
「…でしょうね。貴女の強さはこの間の旅でよくわかってます。まあ、用心と…かつての仲間としてのよしみとでも思って下さい」
 少女はリラに微笑みかけ、身を翻した。
「仲間のよしみね…」
 その後ろ姿を見ながら、リラは苦笑する。
「どーせ、なんか企んでんでしょうに。遺跡のことしか頭にないんだから…」
 
 同じ頃。
「ここに…リラがいるの?」
「はい、報告によるとそのようです」
 レミットの問いに、アイリスが、手元の紙片を見ながら答えた。
「ねえ、アイリスさん?」
 そんなアイリスを怪訝に見ながら、キャラットと若葉が尋ねてくる。
「どうやって、お調べになったのですか?」
「そういえばそうね」
 先頭のレミットも振り向いてアイリスを見る。アイリスは三人の視線に、にっこり優しい微笑みで答えつつ、その紙片をくるくる丸め、懐にしまい込むと、
「皆さんがお気になさることではありませんよ」
 こともなげに言った。
「さあ、参りましょう」
 そして、楽しげに歩き出すアイリスを、
「??????」
 三人が、首を傾げて見送ってしまったのは、言うまでもない。
 
「…で、どうしようか? やっぱりリラさんじゃあ、『ちょうだい』って頼んでも『わかったわ、はいどうぞ』なんて言ってくれないよねえ…」
 何の備えもなくリラに挑んでも勝ち目はないと思った一行は、街の宿に泊まり対策を練ることにした。
「やっぱり…見つけたらみんなで一斉にわーってかかるしかないんじゃないかなあ…」
「でも、多勢に無勢とは卑怯ですっ」
「ボクだって、ホントはそんなことしたくないけどさ…」
 頭を付き合わせて言い合うキャラットと若葉に、アイリスがおずおずと言う。
「あの…。もしかしたら、皆さんでかかってもリラさんには勝てないのでは? カレンさんもいらっしゃらないことですし…」
 アイリスの言ったことは、皆口にこそしなかったが心配していたことだった。なにしろ、リラはカレンにもそれほどひけを取らない攻撃力とキャラット並みの回避力、そして何より、場慣れした戦いのカンを兼ね備えているのだから。
「けど…一人で戦うよりは、勝ち目は増えると思うわ」
 それまで黙っていたレミットが、初めて口を開く。
「ホントは私だって、リラ一人に私たち4人で挑むなんてイヤよ。若葉の言うとおり多勢に無勢は卑怯だと思うし、私にだってプライドってものがあるし…」
 後の方のは言うまでもないことだ。レミットほど気位の高い者はそうはいないだろう。
「でもね。カレンにも言ったけど…私、決めたんだからやり遂げてみせる。そのためだったら、少しくらい気にくわなくても我慢するわ」
 だが、それと同時に、レミットほど意地っぱりな者もそうはいない。
「私たちだって、昔のままの私たちじゃないのよ。リラにだって勝ってみせるわ」
「そうだねレミット! ボクも頑張るよ!」
「…レミットさんにそこまでの決意がおありなのでしたら…、わたしも、助太刀いたします」
「頑張って下さいね、姫さま、皆さん!」
「アイリス…。あんた、また後ろでおろおろしてるだけなのね…」
「…でも…。私、騒動はちょっと苦手ですし…」
 レミットの冗談半分の意地悪に困り果てるアイリスを見て、三人はくすくす笑う。
 
(…なるほどね…。昔のままじゃない、ねえ…)
 そんな四人の様子を、天井裏から窺う者がいた。
(でもねえ…。あたしだって、昔のままじゃないのよ)
 探偵を営んでいる関係上、この街のことなら隅から隅まで…それこそ、宿の天井裏への侵入経路まで…把握しているリラは、内心笑みを浮かべると、そのまま音も立てず立ち去った。
 
 そのしばらく後…。
 レミット達一行は、リラが事務所代わりにしている小さな家に赴いていた。
「リラ! リラ・マイム!」
 名を呼びながらドアを叩くが、返事はない。じれたレミットは反応を待たず、ドアを開けた。
 中はもぬけの殻だった。ただ、開け放たれた窓から吹き込む風が、机に置かれたペーパーウェイトの下の一枚の紙切れをはためかせている。
「…?」
 何気なくその紙を手にしたレミットの表情が、にわかに厳しくなった。
「どうしたの?」
「何か書いてあるんですか?」
 のぞき込んでくるキャラットと若葉に、レミットは黙ってその紙切れを突きつける。
『レミットへ。
 あんたがあたしの持ってる魔宝を狙ってることくらい、先刻お見通しよ。
 あんたなんかに取られてたまるもんですか。
 悔しかったら港まで追ってきて、あたしが高飛びする前に捕まえてみなさい。
 もっとも、あんたたちなんかに捕まるほど、あたしはトロくはないけどね。
                                 リラ』
「まあ…」
 アイリスが驚いたような、心配なような顔でレミットを見る。思ったとおり、
レミットは明らかにカチンときていた。
「あの、姫さま?」
 わざわざ「港まで」などと書いていることから考えても、この置き手紙は明らかに罠だ。とはいえ、バカにされたレミットが黙っていられるはずはない。リラはおそらくそこまで計算しているのだろう。
「港に行くわよアイリス!」
 案の定だった。
 
 一直線に港まで突っ走ってきたレミットは、おっかない目で周囲を見回すと、「リラを探すわよ! キャラット、若葉をお願い! 見つけたら知らせるのよ、全員揃ってないとあいつに勝つのは難しいんだから!」
 と、アイリスを伴い駆け出した。
「行こう、若葉さん!」
「はいっ」
 それを見たキャラットと若葉も、別の方向に走っていく。
 二人と別れしばらく走り、人の姿が見られるようになると、レミットは足を止めた。
「聞き込みよ!」
「はい!」
 レミットに言われたアイリスは、
「あの…このあたりで、髪が短くて赤いピアスしてる女の人、見かけませんでしたか?」
 またやってくれた。
「アイリス…あんた、名前聞いて人探すコト、できないの?」
 
 そんなこんなでいろいろあったのだが、港湾労働者から、リラらしき少女が倉庫の一つに入っていったという話を聞いた四人は、その倉庫の入り口に立っていた。
「どうしてリラさんは、このようなところに…?」
「次の魔宝探す旅に出るための準備でもするつもりなんじゃないかなあ?」
 首を傾げる若葉にキャラットが答えた。アイリスはそんな二人を後ろから見ながら、漠然とした不安を抱えていた。
(リラさんは…きっと、なにか企んでいる)
 だが、レミットは、そんなアイリスの気持ちなどまったく分かっていない様子で、
「とにかく行くわよ!」
 自分から先頭に立って、倉庫に突入した。
 倉庫の中はがらんとしていて、リラどころか猫の子一匹いなかった。ただ、大きな木箱がいくつか並べてあるだけだ。
「…どこかに隠れたのかしら」
 レミットは言いながら、何気なく手近な木箱を、軽く蹴飛ばした。
「!?」
 その瞬間、木箱が少しずれ、その下の床が見えた。そして、その床には、見るからに怪しい継ぎ目がある。レミットは皆に目配せし、木箱をどかしてみた。継ぎ目は真四角になっており、ちょうど蓋のように見えた。持ち上げてみると案の定それは開き、下に向かう階段が延びている。
「・・・・・・」
 四人は思わず顔を見合わせた。
「姫さま…これは罠です。リラさんがこんな所にいる理由なんて何もありません」
「そうだよレミット、怪しいよ」
「そうですね…。このようなところは不衛生ですし、危ないですし…」
 他の三人は口々に反対する。しかしレミットは、そんな三人に、
「けど、他に何か手がかりがあるの? 罠だなんて私にだってわかってるわ。上等じゃない、罠なら喰い破ってやるわよ!」
 と、言い放った。
「ですが姫さま…」
「それじゃあ、これを無視するとして…その後どうするのよ?」
「それは…」
「ほらね、どうしようもないじゃない。わかったら行くわよ!」
 なおも言い募るアイリスにぴしゃりと言うと、レミットは、自ら階段に足を踏み入れた。三人は再び顔を見合わせ、仕方ない、といった風情で後に続いた。
 
「止まって」
 しばらく階段を歩いてから、先頭のレミットが皆を押し止めた。
「どうかなさいましたか?」
 不安そうなアイリスが尋ねてくる。レミットは振り向きもせずに言った。
「…罠があるわ」
「罠…ですか?」
 若葉が困り顔で一同を見渡した。かつての旅で、リラの戦闘力だけでなく、巧緻な罠にもかなり手こずらされたことを覚えていたからだ。
「とにかく解除しないと…」
 レミットは後ろを振り返り、絶句した。
 アイリスはこの手の罠など扱ったことはない。
 キャラットは、あのうさぎハンドのせいか、かなり不器用だ。
 そして不器用というなら…若葉のそれはもはや壊滅的だ。
「私がやるしかないわけね」
 言ってはみるものの、レミットとて罠の扱いに自信があるわけではない。ましてや、相手は魔宝の関係者中罠に関しては随一の腕前を持つリラである。
「・・・・・!」
 案の定だった。
 かちん、と不吉な音がしたかと思うと、「残念、またどうぞ」などと書かれた札がびよ〜んと飛び出してきた。そして、
「なっ、なによこれ! バカにすんじゃないわよ!」
 レミットの抗議の言葉など聞く気もないとばかりに、足もとの階段がぐわらぐわらと音を立てて崩れ始めた。
「おぼえてらっしゃいっ! 許さないんだからーーーーっ!」
「きゃぁーっ!!」
 一つの怒声と三つの悲鳴は、そのまま暗い地下に消えていった。
 
「うーん…ここは…?」
 しばらくの後、キャラットは、自分が一人だけで狭い通路にいるということに気づいた。それほど深い地下ではないらしく、ほんの少しだが陽が射し込んでいて、あたりは薄暗い。
「若葉さーん! アイリスさーん! レミットー!」
 呼んではみたが返事は帰ってこない。ここでこうしていても仕方がないと思ったキャラットは、とりあえずてくてく歩き出した。
 やがて、十字路に出る。そして、その道の一つには…。
「…ニンジン…」
 キャラットの好きなニンジンが、一列に、奥に向かって並べてあった。
「なにこれ!? リラさん、ボクをバカにしてるの!?」
 キャラットはぷんぷん怒りながら、ニンジンを拾い始めた。
「いくらボクがニンジン好きだって言ったって…こんなあからさまに怪しいのに引っかかるわけないじゃないか…」
 ひょいひょいひょい。ぶつぶつ言いながらニンジンを拾い続けるキャラット。
「あれ、行き止まりだ」
 なんだかんだ言って結局ニンジンにずっと気を取られていたキャラットは、気づかないうちに行き止まりに誘い込まれていた。そして、
 がしゃーん!
「あーっ!!」
 上から落ちてきた檻に、まんまと捕らわれてしまった。檻には、まるで今のキャラットをずっと見ていたかのように、
『ちゃーんと引っかかってんじゃないの、バーカ』
 と、リラの筆跡で書かれていた。
「あーん! くやしーよおー!」
 どうしようもなくなってしまったキャラットは、仕方なく、泣きながらニンジンを生のままでかじり始めた。
 
 一方その頃。
「皆さんどこに行ってしまわれたんでしょう…?」
 若葉もまたただ一人、通路をふらふら歩いていた。
「ここがどこだかもよくわかりませんし…」
 うろうろうろ。
「どちらに行けば皆さんいらっしゃるんでしょう…」
 うろうろうろ。
 リラが何か仕掛けるまでもなく…若葉はずっと、同じ場所をぐるぐるぐるぐる回っていた。
 
 そして…。
「あれ…?」
 しばらく歩いたレミットとアイリスは、光が差し込む上り階段を見つけた。
「姫さま…」
「何か仕掛けてあるかと思ったけど…何もなかったわね…」
 とりあえず外に出れば自分の位置が把握できる。そうすればはぐれてしまった若葉とキャラットも探しやすくなるだろう。そう思ったレミットは、注意しながら階段を上った。
 もう仕掛けは何もなく、薄暗い地下に慣れたレミットの目に夕方の赤い日差しが飛び込んでくる。一瞬くらんだレミットの視力が回復すると、そこは港の隅の、積み荷を上げ下ろしする広場だった。
「ようやく出てきたわね」
 そんなレミットに、頭の上から声がかけられた。見上げると、積み上げられた木箱の上には…
「リラ!」
「久しぶりじゃない。魔宝また集めるんだって?
 …まあ、あたしが『青の円水晶』を持ってるってことを突き止めたところまでは、褒めたげる」
「カレンさんに教えていただいただけなんですけど…」
「アイリスは黙ってなさいっ」
 思わず正直に言ってしまったアイリスを、レミットがにらみつける。
「とにかく、そこまでわかってるんなら話は早いわ」
「わかってると思うけど言っとくわよ。あげないからね。欲しいんなら力ずくで取ってみなさい」
 リラは木箱の上に座ったまま、挑戦的な視線をレミットにぶつけた。レミットもそれを真っ正面から受けとめる。そんなレミットを見たリラは、
「やっぱりね…」
 とつぶやくと、木箱の上に立ち上がった。
「あたしには、あんた達全員を罠に引っかけて高飛びすることだってできたのよ。現に若葉とキャラットはまだ出てこられないみたいだし。どうしてあんた達にはそうしなかったと思う?」
「・・・・・・」
「あんたは…少し痛い目見ないと諦めないと思ったからよ」
 そして、その軽装のどこからか、ダガーを引き抜いた。
「アイリス…下がってなさい」
 それを見たレミットは、カレンから託された剣を引き抜き、身構えようとした。しかし、体勢が整うか整わないかのうちに、リラはもう動いていた。
「エネジー・アロー!」
「!」
 エネジー・アローは、冒険をしようと思うような者であれば大抵誰でも使うことができる、物理魔法で最も基本的な魔法だ。それだけに、かなり幅広く応用が利く。普通、この魔法はエネルギーの矢を二本発生させ、対象にぶつけるものだが、リラはいきなりエネルギーの矢を、七本も同時に放ったのだ。一本一本の威力はさほどでもなさそうだが、同時に七方向から襲いかかってくるため、防御がうまくいかない。
「くっ!」
 それでも何とか防ぎきった、と思った瞬間、既にリラは、レミットのすぐ間近に迫っていた。レミットが迎え討とうとしたときにはすでに、リラはレミットの背後を取り、その背に向けて投擲用の小さなダガーを放っていた。
「きゃ!」
 あわてて横っ跳びにダガーを避けるレミット。しかしそれは、リラの思うつぼだった。
「ライトニング・ジャベリン!」
 ダガーを避けるために体勢を崩していたレミットを、リラの放った稲妻の槍がまともに貫いた。カレンと同じくリラも魔法をそれほど得意としているわけではないので、威力はさほどでもないのだが、無防備なところに直撃となれば話は別だ。悲鳴を上げることもできず、レミットは吹っ飛ばされ地面に転がる。
 リラの攻撃はそれでもなお止むことがなかった。しびれの残る体に鞭打ちろよろよと立ち上がったレミットは、目の前にリラが立ちはだかっているのに気づいた。思わず反射的に斬りかかるが、リラは手にしたダガーでそれを軽くいなすと、素早くレミットの背後に回り込み、
「ぶんなぐるわよ!」
 後頭部を裏拳で力一杯叩き伏せた。
「あ…ぐっ…」
 再びリラの足下に転がされたレミットは、まだしびれたままの体と、後頭部への衝撃のためクラクラする頭を無理に動かそうとした。しかし、紛れもなく自分のものであるはずのそれらは、まったく思いのままにならない。
 レミットは初めて、本気に近い力で戦ってくれていたと思っていたカレンが、精いっぱい手加減してくれていたことを知った。カレンは、このリラと互角に戦えるのだ。その、実力的にカレンと同等のはずのリラに、自分は手も足も出ない。
「…この程度なの?」
 頭上から、リラの、あざ笑うようでありながら、それでいてどこか失望しているような声が投げかけられる。
「あたしはね。この間の旅で、あんたをずっと見てて…。あんたは敵で、子供で、温室育ちのお姫さまだけど、それでも骨のある大した娘だと思ってたのよ。だから今も逃げないで、こうやって堂々と戦ってんの。
 それがたかだかこの程度だったなんて…ね。あたしの買いかぶりだったのか…」 そして、リラはふう、とため息をついて、レミットに背を向けた。
「諦めるのね。その程度じゃ話になんないわよ」
「姫さまっ!」
 歩き去ろうとするリラを見て、アイリスが、あわててレミットに駆け寄ろうとした。
「来ないで!」
 しかし、そんなアイリスに、レミットの鋭い制止の声が突き刺さる。
「…姫…さま…?」
「ま…待ち…なさいよ…リラ…!」
 リラは、ゆっくりと背後を振り返る。全身にまったく力が入っておらず、がくがく痙攣する足を、剣を杖代わりにして支えながら、それでもレミットは、アイリスの手も借りずただ一人で立ち上がり、真っ直ぐにリラをにらんでいた。
 そんなレミットを見て、リラはくすっ、と小さく…しかし、バカにした様子は微塵もなく…笑った。
「さすがはレミット。…そうじゃなくちゃね」
 そして、レミット本人にもアイリスにも聞こえないようなつぶやきをもらすと、再び厳しい目つきに戻り、レミットをにらみ返した。
「根性だけは褒めたげるわ。けどね、気力じゃどうにもなんない実力の差ってやつが、あんたとあたしにはあるのよ!」
 叫ぶなり、リラは再びダガーを投げつけた。そしてすかさずダッシュで間合いをつめる。レミットがダガーを受けるなら接近して殴り、避けるならまた魔法を撃ち込んでやるつもりだった。
 しかし、レミットは、そのどちらもしなかった。横倒しに構えた剣でダガーを弾き跳ばしながら、真っ直ぐに突っ込んできたのだ。
「なっ!?」
 さすがのリラも虚を突かれ、一瞬ひるむ。その隙にレミットは、上段から斬りかかってきた。
「はあ…はあ…」
 完全に攻勢に立ちながらも必死の形相のレミットに、リラは寒気すら感じた。レミットの剣を受けとめたダガーが、ぎしり、と嫌な不協和音を立てる。力でレミットに負けるとは思わなかったが、このままではダガーが保たないだろう。やむなく、リラはレミットを蹴飛ばして、間合いを取ろうとした。しかし、リラが足を上げた瞬間、レミットが逆にリラの軸足を蹴り払う。体術には長けているリラだったが、転びこそしなかったものの、大きく体勢を崩してしまう。
「ライトニング・ジャベリン!」
 意趣返しとばかりに、そんなリラを、レミットの稲妻の槍が襲う。防ぎ損ねたわけではなかったが、もともとレミットの方がリラよりも魔法に関しては上手だ。リラのダメージは決して少なくはなかった。
(ちょっと…余裕見せすぎちゃったかな…)
 どうやら、完全にレミットを本気にさせてしまったようだ。こうなると、窮鼠猫を咬むの例え通り、レミットといえどあなどれない。ましてやレミットは、鼠に例えるほど弱い相手ではないのだ。
(仕方ないかな…。これは使わなくても勝てると思ったんだけど…)
 リラは口の中で小さく舌打ちしながら、用心のためにと一応左腕にはめてきた、貰い物のブレスレットをちらっと見た。そして立ち上がると、近くの箱を足がかりに、空高く跳躍した。
「さすがにやるじゃないレミット! でも、これで終わりにしたげるわ!」
 そして、空中で、高々と左手を掲げる。
「エーテル・マキシマム!」
「えぇっ!?」
「リラさん!?」
 レミットもアイリスも、上空のリラを驚愕の表情で見た。前にも述べたが、リラもカレン同様、魔法をそれほど得意としているわけではない。そんなリラが、精霊魔法最大の術であるエーテル・マキシマムを使うとは、二人とも夢にも思わなかったのだ。
 全ての精霊をその身に取り込んだリラは、上空から、一直線にレミットめがけ急降下してきた。
「く!」
 レミットは負けじとエネジー・アローで迎撃を試みる。が、一件無防備に見えるリラは、地の精霊の堅固な守りでそれをすべてはじき跳ばした。迎撃が無理と知ったレミットは、リラの体当たりをかわそうと精一杯ダッシュしてみたが、風の精霊の力で空中でも姿勢制御ができるらしく、しつこくリラは追ってくる。そして、積まれた箱にとうとう退路をふさがれたレミットに、炎の精霊に包まれたリラの全身がぶつかってきた。
「!」
 落下の勢いと炎の精霊とリラの体重によるすさまじい威力を防ぎきることはもちろんできず、レミットは弾き跳ばされて背後の箱に衝突し、そのままずるずると地面に崩れ落ちた。
「はあっ…はあ…っ!」
 しかし、リラの方も全身にびっしょりと汗をかきながら片膝をついて、必死に荒い息を整えている。本来使えないはずの「エーテル・マキシマム」を無理に使ったため、体の方が取り込んだ精霊の力についていけなかったのだ。無論今は、精霊の力も消えている。
(…くーっ…。やっぱりあいつがくれる物なんて、こんなオチがついてると思ったわよ…。これじゃあ、一日に二回も使えればいい方かな…)
 とは言え、もはやレミットに立ち上がる力は残っているまい。そう思ったリラは、しかし次の瞬間、信じられないものを見た。
 レミットが、箱につかまり、剣を杖代わりにしながら、やっとの事で…しかし、それでも自力で…立ち上がったのだ。
「う…そ…」
 さすがのリラも、正直、そのレミットの姿に少なからぬ恐れを感じた。そして、その恐れのせいで、リラは大分、自制心を失ってしまった。さほど残っているわけではない力を振り絞り、再び高く跳躍する。
「今度こそ!」
 そして先程同様、ブレスレットに宿る「エーテル・マキシマム」の力を発動させる。精霊の力を取り込むときに体にかかる負担に、リラは顔をしかめるが、今はなおも自分に挑みかかってくるレミットから受けるプレッシャーの方がよほど大きかった。
 しかし、全ての精霊の力とともに突撃してくるリラを見てもレミットはもうあわてなかった。
「その技は、もう見切ったわ!」
「!?」
 言うが早いか、レミットは自分も、背後の箱に駆け上がり、そして、リラよりも高く跳んだ。
「いくら威力が大きくて、風の精霊で姿勢制御ができると言っても、結局推進力はただの自由落下…だから、一度落ち始めたらもう上昇はできず、つまり自分より上にいる相手には当たらない! そうですね姫さま!」
 感極まって叫ぶアイリスの言葉を、リラは絶望的な心境で聞いていた。
「そういうことよ!」
 飛び上がったはいいがもうすでにほとんどの力を失っていたレミットは、そのまま、「エーテル・マキシマム」の反動で動けなくなっていたリラの上に、力無く落下した。
 リラのように精霊魔法で強化されていたわけでもないし、剣を構えていたわけでもない。体重だってリラより10kg以上軽い。だが、もうまともに動くこともままならなくなっていたリラは、そんなレミットを受けとめることも、避けることもできなかった。
 ものの見事に激突した二人は、二人とももう立ち上がることもできず、さっきまで死闘を繰り広げていたとは思えないほど仲良さそうに、二人並んで気絶した。
「姫さま! リラさん!」
 金縛りが解けたかのように、アイリスが、そんな二人に駆け寄った。
 
「…ット…ミット…レミット!」
 どこからか、呼び声が聞こえる。それはだんだん近づいてくるような気がした。それに答えるように、レミットはゆっくりと目を開いた。
「ようやくお目覚め?」
 そこには、腕を組んで、冷ややかな目で自分を見おろしているリラがいた。
「リラ!?」
 慌てて跳びおき、身構えようとするレミットの全身に激痛が走る。
「あうっ!?」
「姫さま! ご無理をなさってはいけません!」
 そんなレミットに、あわててアイリスが駆け寄ってきた。
「アイリス…?」
 アイリスに優しく抑えられ、再び身を横たえたレミットは、初めて自分がベッドに寝かされていることに気づいた。
「慌てなくても大丈夫よ。もうあんたをどうこうしようって気も、逃げようって気もないから。…今のところはね」
 リラはそう言うと、辺りを見回した。そこにはキャラットと若葉の姿もある。聞くところによると、今の今までリラの罠(?)に引っかかっており、キャラットがうさぎキックで檻を突破して、若葉を連れて出てくるのに今までかかってしまったとのことだ。
「一つ聞かせてレミット」
「…何よ」
 自分がこのような有様なのに、妙に元気なリラの様子にちょっとムッとしたレミットは、無愛想に答える。
「あんた、魔宝を手に入れて何に使うつもりなの?」
「…それは…」
 別に悪いことでも恥ずかしいことでも何でもないのだが、さすがに気恥ずかしいのだろう。レミットは頬を赤らめ、思わず顔の下半分を掛け布団で覆ってしまう。
「…あいつに…会いに行くのよ」
 言った途端、リラがきょとん、とした顔になる。そして次の瞬間、懐かしむような、それでいてただそれだけではないような気もする複雑な笑みを浮かべた。
「そっか…。レミット、あいつに会いに行くんだ…。
 あいつ…今ごろどうしてるかなあ…」
 どうやらリラは、魔宝探索の旅での出来事に、思いを馳せているようだった。
「・・・・・・」
 そんなリラを見たレミットの胸に、名状しがたい感情がわき上がってきた。
 リラは、あの旅で、あいつと一緒のパーティだった。
 当然、私よりもずっとずっと長い間、あいつと一緒にいた。
 だからたぶん、私の知らないあいつを、たくさんたくさん知っている。
 そう思うと、悔しいような、悲しいような…そんな気持ちで胸がいっぱいになってしまうのだった。
「姫さま…」
 下唇をかみしめてうつむいてしまったレミットを見たアイリスは、今レミットの胸を締め付けている想いがなんなのか、すぐにわかったが…あえて、黙っていた。
 そんな二人を見たリラは、くすっ、と笑うと、かがみ込んでレミットに視線を合わせた。
「なるほどね。それであんた、あんなに強かったんだ」
「何よそれ?」
「恋する乙女はね、無敵ってことよ」
「なっ…!」
 ウインクしながら言うリラの言葉に、レミットは、一気に耳まで真っ赤になった。
「ちっちがっ…そそそんなのじゃないもん! わ、私はただ、あの、その…」
 必死に言い募ろうとするがうまい言い訳は出てこない。当然だ、リラの言うとおりなのだから。
「あははっ。あんたからかうとおもしろいわねー。
 いいわ、わかった。確かにそれじゃ、魔宝なしじゃどーしよーもないわね」
 リラはひとしきり笑うと、どこからともなく『青の円水晶』を取り出し、レミットに手渡した。
「…どういう風の吹き回しよ?」
「そーゆーこと言うわけ? 人の厚意は素直に受けるもんよ」
 リラは一瞬ムッとした顔をしたが、すぐに相好を崩した。
「ま、あんたの気持ちもわかんないでもないし、あたしの方は魔宝なしでも何とかなるし、魔宝が要るんだったらあんたの後でもいいわけだしね」
「リラ…」
「それに…こんな物使っても、結局はあんたに勝てなかったし」
 リラは、例のブレスレットを人差し指に引っかけてくるくる回しながら、ばつが悪そうに苦笑した。
「そう言えば…それは?」
 怪訝そうにのぞき込んでくるアイリスを見ながら、リラはそれを回すのを止め、掌に収めてにぎりしめた。
「効果のほどは知っての通り。…貰い物よ。メイヤーからの」
「メイヤーから?」
 覚えのある名を聞き、レミットが身を起こそうとして、顔をしかめた。
「…そう。何するつもりかは知らないけど、あいつも魔宝集めてるわ。『銀の糸』持ってるのはあいつよ。あんたが魔宝を集め始めたのを知って、邪魔にならないうちにあたしに始末させようとしたらしいわ」
「それで…メイヤーさんは今どこに?」
「さあね」
 リラは肩をすくめ、ふう、とため息をついた。
「ま、乗りかかった船だし。餞別代わりにあたしがメイヤーの居場所、調べといてあげるわ。調べがつくまで、そこでひっくり返ってなさいよ」
「え…?」
 きょとん、としたレミットの目を見て、急に照れくさくなったのか、リラはあわててそっぽを向き、
「か、貸しにしとくからねっ」
 とって付けたように言った。誰が見ても照れ隠しだった。気まずくなったのかリラは立ち上がり、とっとと部屋を出ていこうとした。そして去り際に、優しい笑みを浮かべ、ぽつりと言った。
「あいつに、よろしく言っといてね」
 
<To Be Continued>
 

STAGE 2 あとがき
 
 S.L.C.ダイヴは、ジャンプしている相手には当たりません(笑)。
 どーも、もーらですー。STAGE2“だいぶS.L.C.”をお送りします。 …このタイトル…。我ながら考えなしだなあ…。本編に何の関わりがあるってんだ…? まあ、「リラダイヴwithエーテル・マキシマム」もできたことだし、いいか…。やっぱり、ワケわかんないじゃないか…。まあ、前よりも戦闘シーンがいい感じに書けた(ような気がする)し、だんだん調子が出てきたかな(異論のある方もおいでのこととは思いますが)。
 というわけで、STAGE2の相手はリラ。フットワークの軽そうな彼女にはバイパーU役をお願いしたわけですが、ちょっとキャスティングを誤ったような気がします。理由は次のようなもの。
 1.速さで言うならうさぎやアルザはんの方が速い
 2.リラはVUほど打たれ弱くない
 3.リラは重量級(苦笑…実はリラの体重はEM女性陣で重い方から2番目)
 こうして見てみるとVUはうさぎの方がよかったかもしれないなあ…。けど、リラは出したかったし、そうするとVUの他に相応しい役ないしなあ…。まあ書いちゃったんだし、今更言ってもどうしようもないんですけどね。それに、今回のようなVUっぽい戦い方はリラならではって気もしますしね。あとポイントは前述の「リラダイヴwithエーテル・マキシマム」。いやあ、ダイヴまで再現できるとは自分でも思わなかった(まあ、再現の出来はともかくとしてね)。
 さてさて、それじゃあ次回予告。今回のラストだとどう見ても次はメイヤーなのですが…。
 
STAGE 3 “まわるまわるよアルザはまわる”
íNEXT ENEMY
 Aruza−Rou
 Flame Arm
 Hammer(?)
 Crimson Napalm
 

 
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