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なんちゃってのんふぃくしょん 巻の弐

「歌を忘れたカナリアは」編

  病弱でマイペースな私の愛機エルメスフェネックだが、このごろは何とかかんとかでも仕事をこなしているし、何人かの部下を使ってもいる。
 でも、私が選んで彼女に与えた部下の中に、彼女を困らせ続けたヤツがいた、のである。
「あっ…」
 まただ。
 また、彼女が意識を失った。
「大丈夫?」
「ううう…なんとか。ごめんね、どうも調子悪くて…」
「別に君が悪いわけじゃないよ」
 ・・・・・。
 私はちらりと、エルメスフェネックの傍らの「そいつ」を見た。
 そいつに、名前はない。なまえをつけるほどの働きをまだ見せていなかったからだ。
 エルメスフェネックが苦手としている数字入力をフォローするためのテンキーボード。それが、そいつの役目だった。
 その役目を、一応、そいつは果たしていた。
 が、そいつは、エルメスフェネックと仲良くなれないという、彼女にとって致命的な欠点を持っていた。ただそいつのキーを押しただけで、エルメスフェネックが気絶するという事件が何度もあったのだ。
「なあ」
「え、何?」
 きょとんとする彼女。相変わらず、私の考えてることを推し量ったりはしない。
「こいつ…君と合わないんじゃないか?」
「えっ…?」
 一瞬で彼女が沈む。彼女は以前、私の自宅を守っている深篠姫とうまくいかず、ずいぶん悩んだことがある。だから「合わない」などと言うと、自分が悪いんじゃないかと不安になるのだ。
「いや、君が悪いんじゃなくて…こいつな。
 こいつ使うと、君、気を失ったりすること多いじゃないか」
「うん…私、まだやっぱり体、あまり強くないから…」
「だから、君のせいじゃないって。待っておいで、悪いようにはしないから」
「どうするつもりなの、もーらさん?」
「ボーナスがね、出たのだよ」
 私はそうとだけ言って、彼女に背を向けた。
 
「え、あ…。あの、もーらさん?」
「ん?」
 彼女はとまどっていた。
 私が用意したそれは、今までに比べてあまりに大きかったから。
 そして、今まで使うことなく放っておかれた彼女のPS/2コネクタに、それはつながっていたから。
「これは…? それに、彼は?」
「彼のことはもう気にしなくていい。こいつは彼以上の働きをしてくれるはずだからね」
「・・・・・?」
 彼女はまだ納得してはいないようだった。しかし、彼女は自分の具合で私の言うことがきけなくなることはあっても、自分の意志で私に逆らうことはない。
 それに、彼女もすぐ、私の選択が正しかったことを、理屈でなく納得するだろう。
「わあ。いいね、もーらさん。直接私使うよりいいでしょ?」
「うん。私の目は間違ってなかったね」
 彼女につなげたのは109フルキーボード。テンキーボードよりも、やっぱり便利である。
「私、この子気に入ったよ」
「それは何より」
 私もこのフルキーボードが気に入った。
 別に彼女が悪いわけではないのだが、やはりノートパソコンである彼女のキーボードは狭くて使いづらかったのだ。フルキーボードは、このことと不安定なテンキーボード、という二つの問題を同時に解決する方策だったわけである。
それにしても、どうしてフルキーボードの方がテンキーボードより安いのだろう? 理由の見当が付かないわけではないが、それでも少し、ナゾではある。
  ・・・・・・。
 そしてそのころ。
 今までのテンキーボードは、自宅の引き出しで眠ることになった。
 役に立たない道具は…やはり、使い続けられないのだ…。
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