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なんちゃってのんふぃくしょん 巻の壱 |
彼女はまだ状況がわかっていないようだった。 いつも彼女は、私の機嫌をうかがう、などということはしない。自分の気分次第で休みたければ休むし、働くのがイヤならいくらでもダダをこねる。もっともそれは彼女の機嫌より、体調のせいである部分が大きかったようで、このごろ調子が良くなってからは私の言うことを良く聞いて一生懸命働いてはくれているのだが、それでも私の機嫌に頓着しないところは変わっていない。だから、私がどうしてイヤそーな顔をしているか、さっぱり見当がつかないようだ。 「どうしたの、もーらさん?」 案の定だった。私は小さくため息をつくと、彼女に話して聞かせた。 どうもこの度、職場でパソコン研修があるとのこと、なのだ。 この「パソコン研修」というやつはなかなかの曲者だ。上級者であればそんな研修は必要ないし、職場の実用研修が懇切丁寧であるとは限らないので、初級者であれば理解できないおそれがある。 さて、私は、といえば、コンピュータの扱いに関しては中の下、を自称している。まあ、初歩程度はできる程度、だろう。だから、良かったら出席しない? という話になったというわけだ。 しかしここで問題が一つあった。 研修に先立ち設定をするから、使っているパソコンを一度預けろ、とのお達しが付いてきていたのである。 「つまりだ。君を知らない連中に、一時的とはいえ預けねばならないわけだよ」 「私を?」 彼女は相変わらずきょとん、としている。 「いいかいエルメスフェネック? 君は私のパソコンだよ」 「うん」 「だから、私が使いやすいように設定してあるわけだ」 「そうだね」 「他の誰かにいじらせたら、使いづらくなるかもしれないじゃないか」 「また元に戻せばいいじゃない」 「面倒でしょ」 「・・・・・?」 彼女はしばらく納得いかないようだったが、やがて突然納得したように、ニヤリと笑った。 「なんだよ」 「つまりアレだ。もーらさん、私が知ってるひみつデータとか、人に見せたくないわけだ」 「あー、はっきり言わないように」 とはいえ、本当に見られたらマズいモノは、職場で働くエルメスフェネックには預けていない。自宅に陣取っている深篠姫が守っているから…って、 「何を言わせる」 「違うの?」 「いいかい? 別にいかがわしいシロモノが入ってなくても、人に本棚の中身見られると恥ずかしいでしょ? そういうこと」 「それは、もーらさんの本棚もいかがわしいシロモノでいっぱいだからだと思うけど」 「だまらっしゃい」 ダメだ。こいつを他の人に預けるなんて、それだけで恥さらしだ。 「というわけで、私、こいつを預けるのヤです」 「うう。お出かけなしかあ」 どうやら私は出席しなくてよくなったようだ。エルメスフェネックは残念そうだったが、これで一安心だ。 本当はやっぱり、中身のデータなどよりも、エルメスフェネックそのものを人にいじらせるのがイヤだったから、なのだが。 それを教えるときっとエルメスフェネックは調子に乗るので、黙っておくことにする。 「なに? もーらさん」 「なんでもないよ」 そんな、ある日の出来事だった。 |