八日月


 石畳に座って八日目の月を眺めていたら、かなり離れた場所から僕の様子を伺っている真樹の気配に気づいた。
視線をそちらへ移すと、供え物を手にした真樹が、慌てて視線をそらす。
「真樹? そんなところで何をしている? こっちへ来いよ」
 彼の態度の理由や僕に対する反応も十分わかっていたけど、あえて僕は近くへ呼び寄せた。
予想通り、真樹は黙っている。
「昨日のこと、言いたいことも聞きたいことも山ほどあるんだろう? 信志は今朝から眠ったまま、まだ起きない。誰かに説明を求めたいけれど、昨日の出来事のせいで、今までと同じように僕に接することもためらわれる。その中には、少なからず僕に対する恐怖がある。自分はこれからどうすればいいか判らない。だろ?」
「…御明察。弓月夜見の君は…」
 真樹のためらいがちな口調を、遮る。
「夜見でいい。その呼び名は、僕が見えなくなった時に使うものだと以前教えたはずだ。真樹はもう忘れたか? それとも、今、僕が見えないのか?」
 一呼吸おいて、真樹はまっすぐ僕を見下ろした。
「………。夜見は昨日のこと…」
「覚えている。真樹に何を言ったのか、信志に何をされたのか、全て知っている。その時の自分の感情さえ、忘れられない。あれは、僕の本性だから」
「夜見の本性? あれが?」
 信じられないと続ける真樹に、僕はほほ笑みかけた。
「ありがとう。すんなりと納得されたら、僕も立場が無い」
「え? 本性ってのは、嘘なのか?」
「いや、事実だよ。そう…だな、永遠に続く孤独感が何を生み出すのか、一日考えてみるといい。どうやら信志が目を覚ましたようだ。真樹を呼んでいる」
 僕は立ち上がると、供え物を受け取り、母屋を指さした。開いた障子の向こうに、信志が立っている。
「……ん。分かった。……考えてみる」
 真樹の後ろ姿を見送って、僕は再び月を見上げた。
 人は静かに、確実に成長してゆく。
月の変化のように……。

九日月へ
月読記へ