九日月


 夜空には、天体以外のものがある。
 例えば、あの光。静止衛星というやつだろう。ちょっと前に月を横切っていった光は、飛行機。そんな人工の輝きを眺めていると、気分は複雑だ。
「夜見? どこにいるんだ?」
「こっちだ」
 屋根のうえに寝そべっていた僕は、厭世的気分を残しながら真樹の前に降り立った。
「真樹、手を」
「?」
「供え物を持ったままでいいから。屋根の上で話そう。……孤独感が最終的に行き着く場所、分からなかったろう?」
 瓦の上に座り込むと同時に、真樹は口を開いた。
「親父に散々言われちまった。俺が理解しているのは、夜見のほんの一部でしかないって」
「それで十分だろ。知らない方がいいって事のほうが多いんだ」
 僕は密かに、全てを知ってしまうから、斎主には僕の姿が見えなくなるのだとも、考えている。
「親父の跡を継いで斎主になるつもりなら、もっと夜見を理解しろってさ。幼なじみじゃ駄目なのか?」
 幼なじみというのは、とても優しい関係だ。
真樹と僕が、この関係と言えるのかどうか、疑問だが……。
「真樹はこれからも成長していくだろ? 僕はこのままだ。その違いを知って、真樹がずっと幼なじみでいたいというなら、それでもいい。でも、知っておいて欲しい。今まで真樹が見ていた僕は、その大部分が、人間であろうとする僕なんだ」
 真樹が、怪訝な表情をした。僕はしばらくの間をおいて続ける。
「ときどき、真樹は僕に近づくのが怖いと思うだろ? それは僕の本性を恐れているってことなんだ」
 更に真樹は不可解な表情をする。
今は、それでいい。やがて、嫌でも真樹は理解することになるのだから。
 まだ、僕の言葉は理解できなくていい。
「……真樹、孤独感が最終的に行き着くのは、狂気だ。でも、それが許されない場合、何をしても何も感じなくなるのが、一番楽なんだ。長く生きれば、つらいことも多い。人間は時の流れの中で忘れることができるけど、神に忘却はない。……だから、人間であろうとする僕が必要だ」
「よくわかんないけどさ、つまり夜見は、いつなにがあったか、全て覚えているのか?」
「そうだな。人間であろうとしている間の僕は、忘れることができるんだ。でも、『弓月夜見の君』と呼ばれた僕は、覚えている。千年前の今日、この時間、だれがどういう仕草で何を言って、僕は何と答えたのかまで、忘れられないんだ」
「……。すげぇ」
 それきり僕は何も言わなかった。
真樹もやはり、黙ったまま、空を見上げていた。

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