二十三日月


 二十三夜は、月が上るまで起きていると願い事が叶うという。
また、願かけ修行や水ごりも、この夜がいいという。
地方によっては、二十三日月を拝んでから眠ると大病にかからないとか、病人がこの月に豆腐を供えて拝むと病気が治るなどという。
 また、この月を祀ると船が沈まないとか、烏賊がよく捕れるようになるとか、海老が集まるとか、火に困らないとか、枚挙にいとまがない。
 なぜ、これほど都合のいいことばかり揃っているのか、僕が聞きたいほどだ。といっても、近ごろはこれらの言い伝えを知っている人が少なく、理由は恐らく誰も知らないだろう。いつかの時代の人々が、ちょっとした経験をもとに言い始めただけのことだ。
 今夜は月暈ができていた。月の周囲を薄雲が覆い、光の輪郭が生じる現象。
存在の誇張と甘美、朧月のような妖光。僕はその影響を強く受ける。
 次期斎主はとうに眠っている時間。朝にならないと来ないだろう。しかし、斎主の方は…。
「信志、おるか?」
 しばらくして、寝間着姿の信志が庭先に姿を現した。辺りをゆっくりと見渡し、やがて僕の元へ歩み寄る。大した勘だ。
「今宵は月暈の晩ぞ」
「弓月夜見の君がお呼びとは珍しい……。何をお望みか」
 立ち止まった信志の首へ、両腕を回し、囁く。
「一人ではつまらぬ。…相手をせぬか?」
 信志が目を閉じ、僕の両手首を掴んだ。ゆっくりと首から外す。
「月明での戯れはお止め下さい。桂下で碁でもなさいますか?」
「それもよかろう」
「お相手いたしましょう」
 薄明の空に月暈が消えるころ信志は去り、供え物を手にした真樹が入れ替わるように現れる。
「あれ? 今、親父とすれちがったけど……」
「ああ、いろいろとあってね…」
 月は、何事もなかったように朝の清々しい空に光っていた。

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