二十六日月


 二十六夜。月が三つに分かれて空を越えると言われ、祠る対象となった夜。
この夜に、孫をもつ女性だけが唱える言葉がある。
「ネンニイチドノロクヤサン、オフネニオガムミネノツキカゲ」
 孫の無事な成長を願う風習だ。
現在残っていたとしても、ごく一部の地方だろう。
今は多くの人に忘れ去られた祭りの日。
「朝の散歩がてら、どっか行こうぜ」
 次期斎主は、当然、今日のことを心得てはいるのだが。
「真樹、誘い文句がマンネリ化している」
 僕のため息混じりの言葉に、真樹は笑った。
「祭りってのは、マンネリ化するものなんだよっ。気にしない気にしない」
「……飽きないか?」
 同じ行いを繰り返すことは、絶望感さえ生み出す。それなのに、人々は何故、同じものを受け継ごうとするのだろう。
「祭祀される方がそんな考えでいちゃ、だめだろ。祭りは特別なんだろ? 特別だから飽きねーんだろ?」
 真樹の論理は、なんとも……。ただし、単純明快ではある。
「特別…ね。じゃあ、散歩の前に祭りらしく、みそぎをしよう」
「何だよ、それ。まさか、今から?」
 やめてほしいと言わんばかりの表情と口調。
「ああ、今から。準備してくれ」
「簡単に準備っていうけどなぁ、井戸から水汲むだけでも、かなりの重労働なんだぞ。すっげえ、めんどーなの、わかってる?」
 そんなことは、百も承知だ。
「それに、散歩の前って……。夜見がみそぎなんてしたら、俺、絶対、連れて歩けないぜ。自覚しているかどうか知らないけど、みそぎの終わった夜見は、やたら妖しくなるんだから」
   なんだかんだと文句を言いつつ、着々と準備を整える真樹。
 用意された水は、思った以上に優しかった。

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