二十七日月


 大振りの曲刀をそのまま掲げたような白い月。
朝のまだ淡い青空では、雲に紛れてしまう光。
「夜見、やけに緊張してないか?」
 桂樹の枝下からの声。足元を見ると、真樹が供え物を手に、僕を見上げていた。
「心配ない、月剣のせいだ。真樹も来るか?」
 とても微妙なバランスで剣のように見える月。そのあやうい均衡が、緊張感を誘う。
「いや、ここでいい。夜見の近くへ行ったら、俺がどうにかなりそうだ。ここにいるだけでも、息がつまるんだぜ」
 日頃、緊迫した空気に触れることの少ない真樹なら、それも仕方ないだろう。
神酒と杯だけを引き寄せる。

       月舟 霧渚に移り
      楓楫 霞浜に泛ぶ
      台上 流耀澄み
      酒中 去輪沈む
      水下りて斜陰砕け
      樹落ちて秋光新たなり
      独り星間の鏡を以て
      還た雲漢の津に浮かぶ
 ふと思い出した歌をつぶやいた。
「何、それ。祝詞じゃねーよな。俺、知らないぜ」
 僕を見上げる真樹に答える。
「草壁の子、軽皇子の作った歌だよ。軽の諡号は文武」
「あ、文武天皇?」
 当時を知る僕と違って、真樹にとっては、歴史上の人でしかないだろう。
「ああ。もっとも、ここで咏われている月は、三日月だけどな」
 現在とは少し異なる律令の世界。そこでも確かに僕は存在していた。
 久しぶりに僕は、過去に想いを巡らせた。

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