二十八日月


 月齢は二十九・五三日。月周期は二十七・三日。
この数字の違いに疑問を持つものがどの程度いるだろうか。
月と大地はめぐりが異なる。
この違いによって、暦は度々作り直された。
日本暦の修復を担当したのは、文武天皇の設置した陰陽寮。主管は加茂家から安倍、土御門家へと受け継がれ発展してゆく。
 元嘉、儀鳳、大衍、宣明、授時、貞享。
使われた暦は、例を挙げるときりがない。
太陰暦は太陰太陽暦へと発展し、やがて太陽暦に変わった。
「夜見、今月って、大月だよな?」
 僕は月読。つまり、純粋な太陰を読む者。
「ああ、先月は小月だったからな」
「ややこしいよなー。カレンダーの日付と全然違うんだから。これで、ますますズレるんじゃねーの?」
 太陰暦は、三十日の大月と二十九日の小月を繰り返す。閏年は三年に一度。
現在のカレンダーと日付が異なって当然だ。
「三十年単位で見れば、太陰暦と太陽暦の差は数分しか無いらしいぞ」
「あのなー。………。……ってコトは、明後日、つごもりの供えをするんだよな」
 僕は空を見上げた。消えてゆく月。暦の事を考えると、やはり自分はすでに不必要な存在だと痛感する。
「まーた、暗いこと考えているだろ? いっとくけど、夜見が不必要ってコトになったら、俺や親父もそうなるんだぜ」
「真樹……」
 そこまで僕は考えなかったような気がする。
「神のない神社や、祀る神のない斎主ほど情けないモノはないぜ。まあ、世間がどうなろうと、俺たちにとって、夜見は絶対必要なわけだ」
 僕がいなくなったら、この神社は…。
 もういちど空を見上げる。消えてゆく月。それは光が見えなくなるだけであって、常に存在している輪。
「僕と斎主の……か」
 つぶやきは桂樹の葉擦れにかき消された。

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