二十日月


 更待月。亥の刻月とか亥中月夜といった呼び名もある。
 その字が示すように、夜が更けてから姿を現す月だ。月が上る時刻がちょうど亥の刻にあたる。現代の時刻では10時。
 いずれにしても、今夜の月が魔を吸い込みやすいことに変わりはない。
「なんか、すっげー嫌な空模様……」
 空を見上げた真樹が、心配気に呟いた。
「月光の影になる部分に、魔が吸い込まれるからだろう。……僕も影になっている部分は、魔を帯び始めている」
「マジかよ……」
「何だ、自覚なかったのか? 無意識のうちに真樹は僕を避けていたわけだ……」
「え? あ、ほんとだ……」
 真樹が、自分と僕との距離を見て、頷いた。
「いい傾向だよ。いちいち僕が注意しなくても、そうできるようでないと、斎主は勤まらない。…僕は魔を植え付けかねない危険な化け物だからな」
 真樹の眉が動いた。黙って僕に歩み寄り、襟元を軽く掴む。
「……真樹?」
「そんなに俺に避けられたいのか?」
 圧し殺した声。真っすぐな感情。僕に対する怒り、だろうか。
「夜見の言動が、満月過ぎると自虐的になっていくのは知ってる。だからって、化け物とか危険とか…さっきみたいな言い方、やめろよっ」
 うるさい。
 些細な言葉なのに、どうして真樹はこだわるんだろう。
 真樹が煩わしい。真樹を傷つけてやりたい。何も知らないくせに…。斎主たちが無意識に僕を避ける時、それを悟ってしまう僕がどんな想いでいるか、知らないくせに。
 きっと、今夜の魔が、僕に影響しているからだ。いつもの僕なら、こんなことはしない。きっと……。
「当然のことを言って、何が悪い? そんなに、無意識に僕を避けたことがショックだったか? 事実を認める認めないは勝手だが、怒る相手が間違っているぞ。魔を恐れて僕を避けたのは、真樹の方だ」
 真樹の手を乱暴に払いのけた。僕をまっすぐ凝視する瞳に耐え切れず、視線を月へ逸らす。
 真樹は間違っていない。何も悪くない。ただ、僕が不安なだけだ。いつか僕は、無価値で不老不死の化け物になってしまいそうで……。
 気まずい雰囲気で真樹は黙ったまま、明け方まで僕の隣にいた。

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