三日月


 三日月に豆腐を供えて拝むと、健康になるという言い伝えが随分と昔からある。
昔といっても、豆腐が作られるようになったの時代以降のことだ。どうして豆腐を供えるのかは、僕も知らない。
近ごろでは、こんな言い伝えを知ってる人の方が少ないくらいだ。
「夜見っ、実は……この豆腐、本にがり使ってない上、絹ごしなんだけど、いいかなぁ?」
 中には、言い伝えを未だに実行している人もいる。
ごく稀に。
「かまわないさ。つまりは、真樹の自己満足の問題だ」
「じゃあ、これでいいや。……今日の月はどんな調子だ?」
 真樹がスーパーの袋から半額シールのついた豆腐を取り出した。
そういえば、そろそろ彼の小遣いが苦しくなる時期だ。
「……まあ、拝んで御利益がある月じゃないことは、確かさ。明日は、雨…だな」
「おっ、すごいじゃん。さっきテレビの天気予報で、明日の降水確率80パーセントって言ってたぜ」
 すごいのは、僕だろうかテレビの天気予報だろうか。
 真樹は雲に半分隠れた三日月に豆腐を供え、手を合わせている。と思ったらさっさと顔を上げ、豆腐に醤油を垂らして割り箸でつつき始めた。
「これで、俺の健康は保証されたわけだ。この前の時は、せっかく豆腐買っといたのに、曇っていて拝めなかったんだよな」
「月の変わりといって、僕を拝んだのは誰だったっけ?」
「ああ、おかげで次の日、風邪ひいてテストだっていうのに、学校休んじまった」
 あれは、僕のせいじゃない。言うなれば、自業自得だ。
「夜見も豆腐、食う?」
「遠慮しておく」
 僕は真樹がぐしゃぐしゃにしてしまった豆腐を眺めて、ため息をつくと、再び空を見上げた。

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