魚鱗



釣り糸を垂らしていたナギは、静かになった横を見て、苦笑した。
 確か、座り込んで、バケツに入れた魚たちを面白がって眺めていたはずのヒロイン。
 いつの間にか、バケツを抱え、もたれるようにして、眠ってしまっている。
 ちょうどナギが座っている位置から、服の奥の鎖骨とキスマークが見えた。
「……こんなところで寝てて、シンに見つかったらどうすんだよ」
 起こすべきなのだろうが、気持ち良さそうに眠るヒロインを起こすのは、しのびない。
 こんな場所で眠ってしまうのは、よほど疲れているか寝不足か…。
「…しょーがねーな。気付かなかったことにしてやるよ」
 それが、そもそもの間違いだった。
 シリウス号が突然、ガクン、と不規則に揺れた。
 ガタンッ。
「きゃあっっ」
 衝撃で、もたれていたヒロインがバケツから落ち、ヒロインの上にバケツがひっくり返る。
「きゃあっっ。…ナギさんっ……ヤダ、ヤダヤダー」
 魚がヒロインの上でピチピチと跳ねている。
「ナギさんっ、ナギさんっ、助けてー。ヤダヤダヤダヤダ、服の中にっっ」
 ヒロインが起き上がって、服の中に魚が入っていると、大騒ぎをした。
「あーっもうっ! ちょっと待てっ」
 まさか、服の中に手を入れて魚を捕まえるわけにもいかない。
 ヒロインの腰ひもを緩めて、上着を引っ張りだすと、ぽと、ぽと、と小魚が甲板に落ちた。
「…何をしている……」
 カチリ、と音がして、ナギの後頭部に銃口があたった。
 先程までの、ヒロインの騒ぐ声。
 上着を引っ張り出しているナギの手。
 駆けつけてきたシンが、どんな誤解をしたか、あまりにも明瞭すぎる。
「あっ、違うんです、シンさん。私が、ナギさんの釣った魚をひっくりかえしちゃって、服の中に入った魚を取ってもらっていたんですっ」
 ヒロインが慌てて、説明する。
「バケツをひっくり返して、なぜ、お前が水をかぶって、魚が服に入るんだ?」
「え? それは…えーと……。なぜでしょう? ナギさん?」
 ナギが大きなため息をついた。
 その時。
「さあ、迎えに来たよ、私の真珠ちゃん」
 甲板に現われたリカー号のロイ船長が、ヒロインの腕を掴んで歩きだす。
「…さっきの衝撃は、お前か、ロイ」
 シンがナギから銃口を離した。
「おや? なぜそんなにびしょ濡れなんだい、真珠ちゃん」
「………。おまえが、この船に衝撃を与えたせいで、すっ転んだヒロインの上に、俺の釣ってた魚のバケツがひっくり返ったんだよ」
 ナギの言葉に、ロイはヒロインの両手を握りしめて謝る。
「ああぁぁぁ、ごめんよ、真珠ちゃん。君を連れていくためには、多少強引でも、この船に乗り込まなくてはならなかったんだ。乗船の衝撃が、君にそんな仕打ちをした だなんて、なんて罪つくりなのだろう」
「…なるほどな。今すぐ、その薄汚い手を放せ。さもないと、撃つ」
 シンの銃口がロイに向けられた。
 ナギも鎖鎌を構え、今にも投げようとする。
「……二対一では、分が悪い。真珠ちゃん、また迎えにくるよー♪」
 慌ててロイが逃げ出した。
 
 ため息をついたナギが、甲板に散らばる魚を拾い集める。
「ごめんなさい、ナギさん…」
 一緒に拾い集めようとしたヒロイン。
 ナギが言う。
「いいから、着替えてこい。シンが睨んでるぞ」
 きょとんとしたヒロインに、不機嫌そうなシンの声。
「濡れた服が、透けてる」
「はい。すいません。着替えてきます…」
 慌てて去っていくヒロインをみながら、ナギはひそかに、あれこれと後悔したのだった。


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