芳香
満月の翌日は、のんびりとした空気が船内を支配している。
「洗濯物あれば、くださいね?」
宴でもほとんどお酒を飲まなかったヒロインは、朝から元気だ。
朝食前から、早速、甲板で洗濯を始めた。
「悪いね。アタイのこれも、頼むよ」
ファジーが持ってきたものを受け取りながら、ヒロインがくすりと笑う。
「なんだい?」
「ファジーさんの物って、いつもお花の香りがしますね」
「ああ、愛用の化粧品がフローラル系の香り付きばかりだからね」
「リュウガ船長の物って、何から何まで、お酒みたいな香りがするんですよ」
「ありゃもう、酒が香水変わりなんだろうねぇ」
「皆さん、匂いが違うんですよね。洗濯すれば、どれも石鹸の匂いになるのに、不思議です」
「へぇー。そうかい。じゃあ、そこで剣ふりまわしてるハヤテは、どんな匂いがするんだい?」
「ハヤテさんですか? 緑の植物っぽい、爽やかな香りですね」
「何? 呼んだ?」
甲板で剣の修業をしていたハヤテが、二人を見る。
「あんたは、青臭いガキの匂いがするんだとよ」
ファジーが笑って答えると、
「ガキで悪かったな。うるせーや、デブ」
ハヤテは、つまらなそうに剣の修業を再開した。
ヒロインは続ける。
「ソウシ先生は、やっぱり薬とか、消毒とかの、清潔な香りがするんですよ」
だろうねぇ、とファジーが頷いた。
「ヒロインさん、ナギさんと僕のも、お願いします」
トワが、二人分の洗濯ものを持ってくる。
「トワくんのは、海の風みたいな香りなんだけど、ナギさんのは柑橘系のちょっとおいしそうな香りなんです」
「え? 何の話ですか?」
きょとんとしたトワに、ファジーが笑って答えた。
「あんたらの体臭の話だよ。女は、男の匂いに敏感だからねっ!」
「ええっ!」
トワが慌てて、自分の衣服の袖や肩の匂いを嗅ぐ。
「自分の匂いは、自分じゃ分からないよ。大丈夫、あんたは海の風みたいだってさ」
ファジーが爆笑しながら、トワの背中をバンバンと叩く。
「い…痛いですよ」
顔をしかめたトワは、洗濯物を干すロープの準備を始めた。
ファジーが少し声をひそめる。
「じゃあさ、あんたのシンさまの匂いは、どうなんだい?」
「シンさんは…」
ヒロインが顔を赤らめた。
「……大好きないい香りです……」
ファジーが、再度大爆笑する。
「まあ、どんな匂いでも、惚れた男の体臭だもんねぇ」
ファジーは、笑いが止まらない様子で、甲板を後にしたのだった。
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