流砂



「航行距離を求めるには、航行している速さに、航行していた時間をかけて…」
「ちょ、ちょっと待って下さい。えーと…」
 ヒロインは聞いた言葉に理解が追い付かず、シンの言葉を遮った。
 説明された言葉を思い出しながら……わからない。
 横から、シンがすらすらと書きこんで説明してくれる。
「簡潔に言えば『距離=速度×時間』の公式だ」
「あ、ああ。なるほど。判りました」
 砂時計を用いた推測航法の説明を受けていたのに、こんなところで数学が必要になるなんて思いもしなかった。
「シンさん…いつもこんな難しい計算しながら航路を調整しているんですね」
 自分には難しくて無理だと思う。
 尊敬のまなざしでシンを見上げる。
「こんなのは、初歩だ」
 航海士であるシンには、日常の何気ない計算の一つ。
「でも、すごいです」
 卓上に置かれた砂時計を眺める。
 金色の砂が、さらさらと流れる様子は、見ていて飽きない。
 ヒロインが砂時計を見つめる姿に、シンが何か思いついて、にやりと笑う。
「おい、ヒロイン」
「なんでしょう、シンさん」
「ここに、3分測れる砂時計と5分測れる砂時計がある」
 ヒロインの目の前に、シンは二つの砂時計を置いた。
「はい。こっちが3分で、こっちが5分ですね」
「この二つを使って、7分計ってみろ」
「え?」
「俺は、子供の時に解いた問題だが、特別に、夜まで時間をやる。ちゃんと自力で解けよ」
「そんな…」
「誰かに聞いたり、相談するんじゃないぞ。誰かに話したら、お仕置きするからな」
「はい……」
シンはヒロインに砂時計を二つ握らせると、仕事の邪魔だと言って、航海室から追い出したのだった。

「はぁ……」
 ヒロインが甲板でため息をついていると、釣り道具を持ったナギが隣に座った。
「どうした?」
 手にしていた砂時計を咄嗟にポケットへ隠す。
「え、あ、あの、何でもありませんけど…」
 慌てて答える。
 我ながら怪しい言動かもしれないと自覚しつつ。
「ふーん…」
 それ以上、ナギは何も言わずに釣り糸を海に垂らした。
 ほっとしたヒロインが、横目でナギを見る。
「………」
 シンの出した問題は、ナギも簡単に解けるのだろうか…とは思うものの…。
「はぁ……」
 ヒロインの口から、また、溜息が出た。
 胡乱な表情で、ナギがヒロインを見る。
「え? な、なんでもないです。はい。これといって、特に、何も」
 ヒロインは、慌てて甲板を後にした。

 医務室の前で立ち止まる。
 きっと、ソウシ先生も簡単に解いちゃうんだろうな…と思うと、ぜんぜん解けない自分が情けなくてまた溜息が洩れる。
「あれ? ヒロインちゃん、どうかしたの?」
 扉が開いて、ソウシが顔をのぞかせた。
「い、い、いえ、何も、どうしません…」
 ヒロインは慌てて、自分たちの部屋の扉へ駆け寄り、隠れるように部屋に入った。
 とにかく、夜までに問題を解かなくちゃ…。
砂時計を取り出して、いろいろ試してみるが、なかなか解けなかった。
もう、何度目かわからない溜息が洩れる。
 シンさん、子供の時に解いたって言ってたよね……。
問題は解決しないまま、日は沈み、夜が訪れようとしていた。

夕食準備の手伝いをしている時も、何かとため息をつくヒロインを見かねて、ナギが声をかける。
「何を悩んでる?」
「え? な、何も悩んでなんかいませんよ」
「…シンには内緒にしてやるから、言ってみろ」
 ナギは、ヒロインが隠し事をするなんて、シンがらみのこと以外、ありえないと確信している。
「いえ…自力で解かないといけないというか…相談とか話とかしちゃいけないというか…」
 シンに、しっかり釘をさされている状態のヒロイン。
「…おまえなぁ……それ、どうせ、くだらない『なぞなぞ』や『パズル』だろ」
「いえ、シンさんが子供の頃解いた数学の問題だって…」
「だから、子供のシンでも解けるってことは、変なひっかけやひねりを使う、くだらない問題なんだ。順番がひっくり返ったり、同時だったり、終りが中途半端だったり、とにかく、真面目に考えると馬鹿を見るぞ」
「はぁ……」
 そういえば、中断してとか、同時とかは考えなかったと…………。

「!」
「わかりましたっ! たぶん、解けましたっ! ナギさん、ありがとうございますっ」
 ヒロインの表情が、一気に晴れやかになった。
「…何もしてねーよ。今、自力で解いたんだろ?」
 ナギが笑って言った。

 夕食時。
「シンさんっ! できましたよっ! ねえねえ、聞いて下さい」
 嬉しそうに笑顔でシンに駆け寄るヒロイン。
「なんだ?」 
「どうしたんだ?」
 と、一緒に調理していたナギを見る仲間に、
「知らねーよ。料理してたら、勝手に騒ぎ出した」
 溜息混じりに苦笑するナギだった。


Triangle againへ戻る


18歳以上の大人です