邂逅4海賊王とヒロイン祖父



少女は祖父と二人で早起きして浜辺に来ていた。
早朝の磯で、食事の足しになりそうな貝や海藻を探していた少女が、岩場の上に転がっている人を見つけた。
怖々近寄って、顔をのぞきこむ。
髪も服も濡れている若い男だった。
「ん…」
間近でのぞきこんだ少女の髪が頬に触れて、若者は身じろぎする。
「おじいちゃんっ、来て。おじいちゃんっ!」
少女に呼ばれた祖父が、遠目に若者を見つけ、急いでやってくる。
「生きてるのか?」
「うん。今、何か言ってたの…」
祖父が若者を助け起こした。
「おい、若いのっ。大丈夫かっ」
抱きあげて、身体の至る所にある傷を見た祖父が、少女に言う。
「ヨモギとオオバコを摘んでおいで」
少女は、防風のための林の中へ走り、下草を選んで摘み始めた。
祖父は満潮でも波が届かない浜に、流木を組み合わせて、若者が横になれるほどの簡易小屋の骨組みを作る。
砂浜に群生するハマエンドウを摘んで、蔓を巻きつけながら屋根を作った。
「おじいちゃん、これ…」
少女が摘んできたヨモギとオオバコの葉を、水をふりかけて揉み、切り傷にはヨモギを、打撲痕にはオオバコを、それぞれ貼りつけていく。
「大丈夫かな?」
祖父の手当てを受ける若者を、少女が心配そうに覗き込む。
「こいつは若いからな…。この程度の傷なら、大丈夫だろう。そろそろ朝食になる。帰りなさい」
「おじいちゃんは?」
「この若造を看てるよ」
「じゃあ、おじいちゃんのごはん、持ってくる?」
「そうだな。握り飯にして、持ってきておくれ」
「わかった」
少女が家へ駆けていく。
波の音だけが、静かに流れた。
「…なんだ? ここは…」
若者が目を覚ます。
「ヤマトの貧しい村さ。まだ寝てるといい。船から落ちたか? 落とされたか?」
「…誰が落とされるかよ。たまたま、足を踏み外しちまっただけだ」
「襲われてか? 襲ってか?」
老人は厳しい視線で、若者を見下ろした。
「それは刀傷だ。ふつうの船乗りは、そんな傷つけない」
「悪かったな。鼻もちならねえ同業者を襲ってだ」
老人が深いため息をついた。
「…お前を家に入れるわけにはいかない。ここで休んで、傷が治ったら出ていってもらおう」
包みを抱えた少女が、駆けてくる。
「おじいちゃーん、おにぎり持ってきたよー」
「…若造。孫や娘に手出ししたら、その命はないと思え。お前の稼業も話すな」
一瞬、老人の厳しい視線が更に鋭さを増した。
けれど、少女がたどりついた時には、なんとも人の良い好々爺で。
「……じいさん、何者だ?」
若者は、少女に渡された握り飯に噛り付きながら、老人を訝しげに眺め、小さく呟いた。
怪我をして岩場に流れ着いた若者は、少女とその祖父である老人に介抱されていた。
「この小屋は、じいさんが作ったのか?」
「そろそろ、おまえさんの傷も癒える。ここも、明日までは雨風が防げるだろう」
流木を器用に組み合わせて、ハマエンドウで屋根を編んだ小屋は、それなりの玄人が作ったものであることが知れる。
何より、この老人が若者の稼業を早々に察したのは、年の功で済ませてしまってよいものかどうか。
「おじいちゃんが釣った魚、焼いてくれたよ?」
少女が手渡した、串に刺された焼き魚。
老人は手ぶらで浜にやってきて、漂流物で魚を捕らえ、火をおこし、魚を焼いた。
知識が豊富で、サバイバル術にかなり長けている。
「ねえ、おじいちゃん、またお話して…。氷の国のお話がいいなー」
「氷の国?」
「おにーちゃんも知ってる? あのねえ、山の上に、命の草があるんだよ」
「命の草?」
「嵐の海を越えていくのー」
少女の言葉に、若者が目を眇めた。
せがまれた老人が、物語を始めると、若者の表情は更に険しくなる。
海を知る若者にとって、老人の物語は、体験談にしか聞こえなかった。
老人の膝の上で、物語を聞いていた少女が、やがて眠り込んでしまう。
「……もしかして、じいさん、天の宝珠のことも知ってるか?」
膝の上で眠ってしまった少女に笑いかけていた老人が、鋭く若者を睨めつけた。
「…あれは、人が手にしていいものではない」
「へぇ。物知りだな、じいさん。…俺が、雨持ってるって言ったらどうする?」
老人が、若者を見つめた。
「お前が継いだのか…?」
若者が、不敵な笑みを浮かべる。
「あれは、危険すぎて一つじゃ使えない。俺は、もう一つを探してる」
「船から落ちて漂流するような若造が、よもや継ぐとはな…」
「悪かったな。ちょっと、拾った女に騙されただけだ。ケリはつけるさ」
老人は、相変わらず厳しい表情で若者を眺めた。
「……海にはない。あれを持っていったのは、皇国の皇位継承者だ」
「マジかよ…なんでそんな奴が仲間やってたんだよ」
老人が肩を揺らす。
「仲間ではなくて、本人だったのさ」
「は…?」
「世界中の海を巡った伝説の男が、ある日忽然と消えたのは、やむをえず、別人に戻ったからだ。彼が王宮に行ったことを知る者は仲間の中でもごく一部。伝説は秘する ことから創られる」
「…じいさん、一緒に来ねえか?」
「他の船には乗らないと誓って海を捨てた仲間だけが、真実を知り得た…たとえ仲間が全員墓の下だとしても、誓いを破るつもりはないな」
「その知識、もったいねぇな…」
「余計な知識は、孫に聞かせる物語にするくらいが、ちょうどいい」
「贅沢な孫だ」
若者は、老人の膝で眠る少女を見下ろす。
「ま、俺も、命の恩人の秘密は守るけどな…」
「当たり前だ」
老人は懐かしそうに海を眺めた。
若者が、そんな老人を眺める。
やがて。
「…明日は、来ない。さっさと海へ戻るがいい」
老人が眠る少女を抱えて立ち上がり、若者を振り返ることなく去って行った。
「流石だな…そういや、名前も家の場所も知らねーや…」
若者は苦笑して、浜辺に寝転がった。


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