繭玉



「ロイ船長? 何やっているんですか?」
朝から厨房で白い粉をこねているロイに、リカー号の航海士であるドジーが尋ねた。
「ふふんっ。真珠ちゃんへの届けものだ」
「……ああ。了解しました」
ドジーは踵を返して、リカー号の舵に向かった。
航路を海賊王の船、シリウス号へ向ける。
といっても、シリウス号の正確な位置は知らないし、船にレーダーがあるわけではない。
今までの経験で培った勘である。
ただし、ドジーの舵を取るこの勘は、シリウス号に対しては、ほぼ百発百中であった。
ロイに有能な航海士と呼ばれる所以である。
この日もまた、ドジーの勘は冴えわたり、昼近くには見事、視界にシリウス号を捕らえたのだった。


食堂で全員揃ってナギの作った昼食を食べている時だった。
ガクン、と船に波のものではない軽い衝撃が伝わり、男達は一瞬手を止めて視線を交わした。
「?」
突然変わった食堂の空気に、ヒロインだけが不思議そうに隣のシンを見る。
「お前はここにいろ」
シンが不機嫌そうに立ち上がり、銃を手にして戸口に立った。
ナギもまた、無言で席を立って厨房へ向かう。
「???」
不思議そうに二人を見比べたヒロインに、トワがニコリと笑って言った。
「すぐわかりますよ」
「まあ、メシ食べながら見物してよーぜ」
頷くハヤテも不敵な笑みを浮かべる。
「…ほどほどにね?」
ソウシは、不機嫌と顔に書いてあるシンに視線を向け、苦笑した。
リュウガに至っては、いつもと変わらぬすました顔で食事を続けている。
食堂に、軽いステップのような足音が近づいてくる。
「真珠ちゃーんっ!」
勢いよく扉をあけて食堂へ入ろうとした侵入犯は、次の瞬間、シンの足をかけによって、派手に転んだ。
両手に木の枝を持っていたからか、ゴンと顔面から床に激突した音がする。
「………」
「痛いじゃないか、何をするっ!!」
むくりと起きあがったロイが、シンを睨みつけた。
その時には、既にロイのこめかみにシンの銃が突き付けられている。
「…まったく。……懲りねぇヤツだな、ロイ、今日は何の用だ?」
リュウガが呆れたように尋ねた。
「真珠ちゃんに、正月の風物詩を届けにきたんだ。どうせ、お前たちは、伝統あるヤマトの行事を知らないだろう?」
「は? 正月? 今日はもう、15日だぜ? 正月なんかとっくに終わってるっつーの」
馬鹿にするようなハヤテの言葉に、ロイが言い返す。
「何を言うかっ! ヤマトでは15日が成人式の日といって、正月最後の行事だぞ。二十歳のヤマト人が着飾る日だっ!!」
「え?」
ちょうど二十歳のハヤテが、ヒロインを見る。
「……へぇ、そうなんですか? ヒロインさん」
トワの言葉に、ヒロインはうーん、と言葉を濁しながら答えた。
「その……。昔はそうだったみたいですけど……成人の日が15日ではなくなったというか…私が物心ついた時にはもう、毎年別の日というか…」
「なにぃぃぃぃっ。成人の日が消えたっ!!?いつの間にっ!!」
驚くロイに、シンが告げる。
「フン。残念だったな。さっさとそのゴミを持って帰れ」
「ゴミじゃないっ。これは、繭玉だっ!」
「……繭玉? お団子に見えますけど……」
ヒロインが不思議そうにロイの手にしている木の枝を見た。
色とりどりのお団子が、まるで実のように木の枝につけられている。
「し、真珠ちゃん、まさか、繭玉を知らないのかっ! 成人の日と共に、繭玉の伝統行事まで消えてしまったのかっ!!」
かなり衝撃を受けたらしいロイが、がっくりとうな垂れる。
「ヤマトの文化はいろいろ伝わっていたけれど、それは私も知らないな」
ソウシが、席を立ち、面白そうにロイの持ってきた、団子がたくさん飾られている枝を見た。
「へぇ、お団子をナラの木の枝に刺してあるんだね。で、これをどうするの?」
「正月で使った注連縄や門松を燃やす火で焼いて、食べるのだっ! 小豆粥に混ぜたりしてな」
ロイが、残念そうに解説する。
「……小豆粥…ヤマトの小正月の食べ物に、そんなのがあったな…」
厨房から出てきたナギが、ぽつりと言った。
「小正月? ああ、1月12日から16日あたりが、ヤマトの小正月だな」
シンが、ナギの言葉に頷く。
「へぇ…そうだったんですかあ。全然知りませんでした。11日の鏡びらきで、お正月は終わりかと…」
肝心のヒロインが、逆に感心した様子で頷く。
「では、ロイ様が改めて、真珠ちゃんに繭玉の伝統行事を教えて…ぐふっ」
むくりと起きあがってヒロインに手を伸ばしたロイの腹部を、シンの蹴りあげた。
「むむむっ、一度ならず二度までも…痛いじゃないか、へっぽこ航海士っ!」
「フン…そのどうしようもない頭を撃っても良かったんだがな」
にらみ合う二人。
はっと、リュウガが何かに気づいたように顔をあげる。
「……ロイ、何しやがった」
「っ!  ハヤテ、トワ、来いっ」
リュウガの言葉に、何か気付いたらしいナギが、厨房から甲板へ駆け出して行った。


「うわーん、すいません、すいません」
「ごめんなさいー」
ナギの鎖でぐるぐる巻きにされたトムとコリンが、声を合わせて詫びている。
二人は、こともあろうかシリウス号の甲板でたき火を始めていたのである。
シリウス号は木造だ。
甲板も木製であり、防水にピッチと呼ばれる樹脂が塗られている。
そこでたき火をするという暴挙が、何を招くかは、想像に難くない。
幸い、早々に気づいたおかげで、ナギとハヤテ、トワの三人により甲板に焦げ跡を残す程度で、たき火は消されていた。
「繭玉を、正月飾りを燃やした火で焼くと言っただろうっ。繭玉を焼く火を用意しただけだっ!」
とロイが悪びれもせずに説明する。
水をかけて消された燃えカスには、確かに正月飾りのようなものが含まれている。
が。
リュウガは厳しい表情でロイを見下ろした。
気付くのが遅れたら、この船は焼失していたところである。
旧知である点を差し引いても、笑えない。
「……船長」
シンがリュウガを見て対応を問う。
「…海に放り出せ」
抑揚のないリュウガの声に、さすがのロイもちょっとマズかったかなーと密かに感じ始めていた。
ナギが黙って頷き、トムとコリンを持ち上げ、海へ落す。
「ごめんなさーい」という二人の声の直後に、水音が鳴った。
といっても、ナギは二人を括っていた鎖を巻き取っている。
自由になった二人は、すぐさま自分の船に向かって泳ぎだした。
そしてシンも、ロイに銃を突きつけた。
「蹴り落とされるか? 自分で落ちるか?」
「うぬぬ……くそぉっ」
ちらりとロイが無言のリュウガを見た。
「………」
シンが、ロイの背中を蹴る。
「わっ、お前っ、まだどちらにするか選んでないのにっ」
苦情をいいながらロイは船縁の向こうへ落ちて派手な水音をたて、退散していった。


その日の三時。
「シンさん、シンさん、ナギさんがおやつに小豆粥作ってくれました」
トレイに椀を乗せたヒロインが、嬉しそうな足取りで航海室へやってきた。
「美味しいんです」
笑顔で話すヒロインに、航海図を作成していたシンが、顔をあげてふと笑みを浮かべる。
「二人分持ってきたようだが?」
「はい。シンさんと私の分です。でも、ナギさんが自分のを少しだけ味見させてくれて…おいしかったですっ」
えへへ、と笑うヒロインは、何ら悪びれた様子もない。
「ナギのを味見?」
シンが険の含んだ目で聞き返したが、ヒロインは気付かず答えた。
「はい。おいしそうだなーと思っていたら、ナギさんがお預けくらった犬みたいだと笑って、内緒でスプーン一杯、分けてくれたんですっ。小豆がさっぱりしていて、 粒々もちょうどいい感じで、おいしいんですよ。早く一緒に食べましょうっ」
聞いているシンの脳裏に、厨房で実際にあったであろう光景が、嫌でも浮かぶ。
おそらくは、両手でトレイを持ったままのヒロインに、ナギが苦笑してスプーン一杯食べさせたのだろう。
そして、他の仲間には滅多に見せないような眼差しで、ナギはヒロインのおいしいと喜ぶ顔を見下ろしていただろう。
けれどヒロインは、そんなことには全く気付かず、内緒だと言われたことまでをあっさりシンに報告してしまっている。
ナギの想いなど全く眼中にないだろうその行いが、愛しくもあり愚かしくもありシンの胸中に複雑な模様を作り出す。
「早く食べましょう、シンさんっ」
珍しく急かすヒロインは、シンと早く食べたいのか、それともナギの料理を早く食べたいのか…。
両方なのだろうと思考では冷静に考えているのに、複雑な模様を描いた気持ちがついていかない。
「この航路を書き込むまで待っていろ」
そっけない返事をしたシンに、ヒロインは明らかに残念そうな異議を唱えた。
「えぇっ! でも、あの…温かいうちに食べた方が絶対に美味しいと……せっかくナギさんが作りたてをくれたのに…」
特に急ぐ航海図ではない。
ここで作業中断しても構わないのに、そう言われると余計に意地悪をしたくなる。
「そんなに早く食べたいなら、お前が先に食べればいい」
「………」
黙り込んで俯いてしまったヒロインを横目で見遣り、シンは小さな罪悪感を複雑な胸中の模様に織り込んだ。
沈黙が航海室に満ちる。
しかも、あまり居心地が良くない。
航海で得た情報を数個書き加えて作業中断し、シンはトレイを持ったまま、俯いて立っているヒロインを見た。
「…終わったぞ。さっさと持ってこい」
「え? もう?」
ぱっと顔を上げたヒロインが、意外そうにシンを見る。
「ああ……。温かいほうが、美味いんだろ?」
「そうなんですっ」
シンに椀を差し出すヒロインが、再び笑顔になる。
口に含んだ小豆粥は、ほのかに甘い味付けがされ、胡麻の風味と合って、おやつとして食べるには最適だった。
「最初、小豆粥っていうから、赤飯みたいにゴマ塩の味かなーとか思っていたら、おやつだから甘い味付けにしたんだそうです。ナギさん、流石ですよねっ」
「…ああ」
ナギの料理の腕が最高なのは、シンも承知している。確かに美味い。けれど…。
「それで、ナギさんはこしあん作りも始めていたんですよ。今夜の夜食になるそうなんです。どらやきかな? おまんじゅうかな? ナギさん、何でも作れちゃうから、 楽しみですねっ」
「………ったく」
シンはため息をついて、カラになった椀を置き、まだ食べているヒロインに体を向けた。
「? シンさん?」
「相変わらず、馬鹿だな、お前は」
きょとんとしてシンを見たヒロインの顎に手を伸ばす。
「俺の前で、さっきからナギの話ばかりして…そんなに俺に襲って欲しいのか」
「あ…いえ…別に……その……すいません」
シンが顔を近づけると、途端にヒロインの頬が赤くなっていく。
「…もう遅い」
囁いてシンは、唇を重ねた。


ソウシが、ふと足を止めた。
シンに、焦げた甲板の修理が終わったことを告げようと向かう先の航海室から、ガタンと椅子が倒れたような音とかすかな声が聞こえる。
これが航海室ではなく、別の部屋なら間違いなく様子を見にいくところだ。
けれど…。
そっと気配を消して近付く。
かすかな声は、ヒロインのものに聞こえる。
「………今邪魔したら、怒られそうだね…」
ソウシは肩をすくめて踵を返した。




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18歳以上の大人です