治療



甲板をあちこちへパタパタと忙しそうに走り回っているヒロインを眺め見たシンは、少し機嫌悪そうに眉をひそめた。
「ったく。双子ごときに、何を一生懸命になっているんだか…」
 シンの呟きには、苛立ちと諦観が混じっている。
 医務室から聞こえてくる情けない泣き声の合唱も、シンの苛立ちの原因の一つだ。
 しばらく前に、恒例行事の如く襲撃してきたリカー海賊団おなじみの面々。
 ロイを先頭に乗り込んできたいつものメンバーを見たソウシが、双子の剣士トムとコリンの異常に一目で気付いた。
「そこの二人、治療した方が良さそうだね」
 そう言ってにっこり微笑んだソウシに、ロイは名医だと感動の涙を流し、二人を託して攻撃もなく早々に立ち去って行ったわけだが…。


「血止めの薬草って、これでいいですか?」
 倉庫から医務室へ駆け戻ってきたヒロインの手にあった干し草を見て、ソウシが頷いた。
「そう。よくわかったね。悪いんだけどヒロインちゃん、そこの薬研(やげん)でおろしてくれるかな?」
「はいっ」
 ヒロインが腕まくりして、薬研の舟形のくぼみに薬草を入れ、重みのある薬研車の取っ手を持って、ゴロゴロと前後に転がす。
「いたいー」
「いたいー」
 トムとコリンの二人がお揃いで頬を赤く腫らして嘆いている様子を、ヒロインはチラリと、気の毒そうに見た。
「うーん、ここまで深く進行していると、もう痛み止めも効かないね。やっぱり、最後の手段しかないかな……」
 ソウシが、ため息をつく。
「最後の手段て………」
「最後の手段て………」
 二人が、不安そうに顔を見合わせた。
「ソウシ先生。言われたように、ナギさんにお願いして煮沸消毒してきました」
 トワが、白いふきんに包んだ道具を持って、医務室へやってきた。
「うん。ありがとう。ヒロインちゃんも、薬研はそのくらいでいいよ」
 トワから道具を受け取ったソウシが、腕まくりをする。
「それじゃあ、トワ、手伝ってもらおうかな。ええと、ヒロインちゃん、いろいろとお手伝いしてくれてありがとうね。……この先は、ちょっと外してくれるかな?」
「え? 私もお手伝いしますよ?」
 ヒロインの言葉にソウシが苦笑する。
「お手伝いはありがたいんだけど、これから治療をするからね。トムもコリンも、服を汚さないように脱いでもらうし…。女の子は出ていた方がいいかな……」
「あっ…。そうなんですね。す、すいませんっ」
 ソウシの説明を聞いて、ヒロインは頬を赤くして慌てて医務室を出た。
「服を脱ぐ?………」
「服を脱ぐ?………」
 トムとコリンが再び顔を見合わせる。
「上着は二人とも脱いだ方がいいね。出血で汚れる可能性があるから。さて、トワ、ロープもあるよね?」
「はい。丈夫なロープを持ってきました」
「煮沸消毒済みの抜歯鉗子は、ここに置いて…」
 ゴトリ、とテーブルに置かれた道具は、布の隙間から大工道具のようなペンチのような形状が見えている。
「まさか…」
「まさか…」
 トムとコリンは、青ざめた顔でお互いを見た。
「まずは二人を固定しないとね。さあ、二人とも、上着を脱いでくれるかな? …大人しくしていてね」
 ロープを持ってにっこり笑ったソウシに、トムとコリンは声にならない悲鳴をあげた。


 医務室から逃げるように甲板に出たヒロインは、船縁で赤くなった頬を手で覆ってため息をついた。
「何、エロいこと考えてる?」
 途端に、不機嫌そうなシンの声がして、ヒロインは驚いたように振り返る。
「シンさん……」
「医務室で、双子の裸でも見たか?」
「み、見てませんっ」
 腕を組んだシンが、ヒロインをじっと見て笑みも浮かべずに言葉を続ける。
「ほう? なら、双子の裸でも想像したか?」
「し、してませんっ」
「……医務室で何があった?」
「別に何も……」
 言葉を濁しかけたヒロインの耳に、トムとコリンの悲鳴が聞こえる。
「え?」
 反射的に走って医務室へ向かおうとしたヒロインの腕を、シンが捕えた。
「ったく。…馬鹿が」
「シンさん? だって、今、悲鳴が…」
「ドクターの治療中だ。何のために、おまえ、自分が医務室を追い出されたのか判ってないのか」
「へ? 追い出されたんですか? 私?」
 呆れたようなため息を吐いたシンが、ヒロインの腕を掴んだまま、船首へ向かう。
「風向き的にも、ここまでくれば、余計なものは聞こえないな」
 シンの言葉通り、医務室から聞こえてきていた悲鳴は、風上の船首までは届かない。
「あの二人は、ファジーの作ったスイーツを、半強制的に食べる手伝いをしていたと言ってたな?」
「はい、それで、二人とも、頬が赤く腫れて痛いって…」
「ふん。要は、虫歯だろ。しかも、頬が腫れるというのは、結構な重症だ」
 シンの言葉に、ヒロインは心配そうに医務室を見遣った。
「とても痛いみたいでしたけど…」
「だろうな。まあ、重症の虫歯の治療法なんて、一つしかないだろ」
「…そうなんですか?」
 どんな治療法だろう、と書かれたヒロインの顔を向けられて、シンが苦笑する。
「ヤマトでも抜歯治療はあるだろう? 虫歯を抜いてしまえば、痛みの原因はなくなるからな。虫歯を抜くという治療法は古今東西万国共通の治療法だ。最も、海賊の中 には抜いた虫歯の代わりに金歯や銀歯、宝石の歯なんかを刺歯にして、自慢している奴等もいるが…」
「え? じゃあ…」
 シンが、クククと喉の奥で笑う。
「まあ、拷問の一つでもある、治療法だ。トワがさっき、丈夫なロープを持って行ったからな。個縛して、虫歯を抜いているんだろうな。悲鳴が聞こえても不思議はな い」
「えええっ!」
 ヒロインが同情的な視線を医務室へ向ける。
 途端に、シンが再び不機嫌そうに目を眇めた。
「……お前には、おしおきが必要だな」
「?」
「さっきからお前、俺が目の前にいるのに、他の男共のことばかり考えているだろう?」
「だって、それは…」
 反論しかけたヒロインだったが、シンの瞳が覗き込むように間近に寄り、押し黙る。
「……」
 小さくついばむように額にキスをしたシンが、ククっと笑って離れた。
「なんだ、俺に覗きこまれただけで、その気になったのか? エロいやつだな」
「ち…違いますっ」
「耳まで赤いぞ。おしおきと聞いて、何を想像した?」
「な、何も…」
 心地よい風が吹く船首で、シンが愉しそうにヒロインを見下ろした。


「お世話になりました」
「お世話になりました」
 その日の夜。
 トムとコリンが、ソウシに頭を下げて、迎えにきたリカー号に戻って行った。
 痛みも腫れもなくなり、笑顔すら浮かべて去っていく双子の剣士を、ソウシはにこやかに見送る。
「僕、毎日絶対、何があっても歯磨きはしますっ」
 ソウシの治療を手伝い、始終を見ていたトワは、医務室で繰り広げられた光景をハヤテに語りつつ、断言した。
「マジで? うわぁ…オレも、ぜってー虫歯にならねーようにしよ……」
 話を聞いたハヤテも、ソウシの後姿をチラリと見ながら、呟くのだった。




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