窓詩
シンは舌打ちして、歩みが遅れがちなヒロインを振り返った。
ヒロインは先ほど、洞窟の奥でみつけた一枚の羊皮紙を何度も見返し、どこかうっとりとした表情で、シンのあとについてくる。
今回探している宝の手がかり、だと思われる一枚の羊皮紙。
洞窟の中で転んだヒロインが偶然見つけた、というあたりは、なんとなく過去の記憶を彷彿とさせ、おまえがみつけたものだから、と持たせてみたものの…。
「こらっ、それをよこせっ」
立ち止まって手を差し出したシンに、ヒロインが珍しく反抗した。
「どうしてですか? 私がみつけたから、持ってていいって言いましたよね?」
「………」
ヒロインが羊皮紙に心奪われているから面白くない、などという本音が言えるはずもないシンは、いいからこっちへよこせ、と再度要求する。
「私が、宿まで持って帰りますっ。絶対になくしませんっ」
たいして大きくない羊皮紙を、ぎゅっと胸に抱きしめるようにして拒むヒロインに、シンの苛立ちが募る。
余裕があれば、うまく言いくるめて羊皮紙を取り上げる言葉が浮かぶだろうに、先ほどからずっと鬱積し続けていたイライラに、いつのまにか巧い言葉が浮かばない。
「なら、さっさと歩け。急がないと雨が来るっ」
そう言い捨てたシンが、ふいっとヒロインに背を向けて、洞窟のあった森を抜ける道を急ぐ。
そしてまた立ち止まって振り返ると、遥か後方で立ち止まって羊皮紙を眺めているヒロイン。
「ヒロインっ」
怒りを含んで呼びかけるシンの声にすら、反応が遅いヒロイン。
「………」
無言で引き返したシンは、強引にヒロインの手の中から羊皮紙を抜き取った。
「あっ」
突然、眺めていた羊皮紙を奪われたヒロインがシンを見上げ、初めてシンの怒りに気付く。
「……シンさん?」
「そんなにここに書かれた言葉がいいのか?」
シンの声は静かなのに、怒りに満ちている。
「あの…いいというか……その…よく意味はわからないんですけど、なんだかすごく素敵だな…と」
遠くで雷鳴が聞こえた。
まるで、黙ってヒロインを見下ろしているシンの怒りを代弁しているかのような、ゴロゴロと微かに響きわたる音。
「だったら、もっといい言葉をお前にくれてやる」
ヒロインの腕を掴んだシンが、街へ向かう道とは異なる道へ向かう。
「あ、あの…シンさ…」
「黙ってついてこいっ」
ゴロゴロと空に響く雷鳴が、近くなったようだった。
やがて、雨がぽつぽつと降り出す頃、二人の前に豪奢な屋敷が現れる。
「シンさん? このお屋敷は?」
シンは黙ってヒロインの腕を引いたまま屋敷の門をためらいもなく開け、雨がしだいに激しさを増す庭をまっすぐ建物に向かって進んでいく。
「い、いいんですか? 勝手に、お屋敷に入っちゃって…」
「……」
やはりシンは答えずに、屋敷の玄関ドアの前に立った。
玄関ドアの横にある小窓が開いて、手が差し出される。
「?」
なんだろう、と不思議そうに見るヒロインの前で、シンは金貨を七枚取り出してその手にのせた。
しばらくして、小窓からカギが差し出され、シンはそのカギを受け取る。
「?」
きょとん、としているヒロインをチラリ、と見下ろしたシンは、再び腕を引っ張って屋敷の中に入った。
「シンさん?」
「黙ってついてこいと言ったはずだが?」
「………」
吹き抜けを見渡したシンが、ゆっくりとした足取りで、階段に向かう。
Sと書かれたプレートの部屋の前で、シンは渡された鍵を使い、ヒロインを連れて中に入った。
その部屋は、広く豪奢な調度品が飾られている部屋だった。
暖炉のには火が入り、薪のはぜる音が時折部屋に響く。
暖炉の前には、大きなソファーが置かれ、サイドテーブルには茶器が一式、整えられていた。
広い部屋の壁には、大きな金の縁取り鏡が飾られ、部屋の明かりと豪奢な枠飾りのついた窓と、天蓋のついた大きなベッドを映している。
ベッドの向こうにはウォークインクローゼットがあり、色とりどりの衣服が並べられていた。
「あ、あの…シンさん? ここって…」
「……贅沢な宿だ。……お前がさっさと歩かなかったせいで随分と、雨に濡れたからな。お前も、さっさと好きな服に着替えろ」
脱いだ上着を暖炉の前に置かれたハンガーにかけたシンは、湿ってうねりを持った髪を鬱陶しそうにかきあげ、クローゼットに向かう。
まるで貴族が着ていそうな豪華なシャツを羽織って戻ってきたシンは、部屋に入ったままの場所で相変わらず立ち尽くしているヒロインを呆れたように見た。
「いつまでそうやって立っている? 着替えろ、と言ったはずだが? それとも、その濡れた服を俺に脱がして欲しいのか?」
「あ、いえっ。あのっ、着替えるって…あの服ですか?」
すっかり部屋の豪華さに気後れしているヒロインが、クローゼットを指さす。
「ああ。好きな服を着ればいい」
ふっと、意味ありげな笑みを浮かべたシンが、ヒロインに背を向けてソファーに座りこむ。
「俺好みの着替えをしてきたら、こいつを返してやろう」
ソファーの背もたれから、シンが羊皮紙をちらつかせた。
羊皮紙にヤマトの文字で書かれていた詩。
かくばかり 恋うるものと 知らませば
遠く見るべく ありけるものを
いくばくも 恋うる時とは あらねども
君が目の 見合く 欲しけく この一夜
いかでかに ここだ甚だ 利心の
わが思う君は ただ一人のみ
閉ざされた 君が瞳を 恋うのみか
唄いてし 君が音色を 欲するを
白きかいなに 抱かんと
世まで定めて 頼めたる
君に寄りてし 言の茂けく
恋するに 死するものに あらませば
恋も死ねとや 珠鉾の
命継ぎけむ 誰が障ふれ
恋去る前に 死なましものを
古い言葉でつづられた詩は、謎かけのような言葉が続いているものの、おそらく恋心を綴ってあるのだろうことは一目でわかる。
命をかけて貫く恋愛、という雰囲気は、並んだ言葉からなんとなく伝わってくる。
「まったく……このどこがそんなに『素敵』なんだか…」
羊皮紙を暖炉の火に透かすように眺めていたシンが、ふと眉を動かした。
「…仕掛けか……」
火に近づけると、詩に地図のようなものが浮きあがり、重なる。
「なるほどな……宝への扉が開くのは、年に一夜、入れるのはただ一人、扉を開ける鍵は、白神の持つ音色……秋…。秋分の日か。……最後は罠の解除方法か?」
謎かけを解いてしまうと、ますますシンには味気なく見える詩。
静かな部屋に、パチパチと薪の燃える音と、外で雷が遠ざかっていく音が聞こえてくる。
シンは、ふと、着替えている筈のヒロインがやたら遅いことに気づいて、クローゼットへ目を向けた。
ヒロインの姿が見えない。
ソファーから立ち上がって、クローゼットの奥を覗きこんだシンは、床に座り込んでいるヒロインの背中に声をかけた。
「たかが着替えに、いつまでかかっている?」
「だって……。シンさんの好きな服って、どれですか?」
涙目で振り向いたヒロインが、切羽詰まった様子で尋ねてきて、シンは苦笑して答えた。
「俺は好きな服を着ろと言ったはずだが?」
「だって……。シンさんの気に入った服じゃないと、だめなんですよね?」
ヒロインの前に何着か引き出されている、彼女が自分で悩みながら選んだのだろうドレスを見下ろして、シンはこみ上げる笑いを飲み込む。
おそらくはヒロインが気に入ったのであろう、清楚な白いドレスだけが、明らかに趣を異にしている。
他は、シンが好きそうだと考えたのだろう、赤や紫や青や黒のヒロインのイメージとはかけ離れた、シンを誘う酒場の女たちがよく身に付けていそうなドレスばかり。
「本当にお前は、何もわかっていないな…」
自分が軽い気持ちで付け加えた一言に、簡単に振り回されるヒロイン。
「なんでもいいから、好きなものをさっさと着ればいいだろう?」
「でも……。私がいいと思った服とか、よくシンさん、ダメだって言うし…」
それは、大抵、シンの好みに合わないからダメなのではなくて、別の意味でダメなのだ。
「……いいから、こっちへこい」
シンは、濡れた服のまま、床に座り込んで冷え切っているヒロインの腕を引いて立たせ、暖炉の前のソファーに連れていく。
「…お前のおかげで、謎ときが意外と簡単に終わった」
地図の浮き出た羊皮紙を渡されたヒロインが、目を丸くした。
「え? なんで? どうやったんですか? シンさん、すごいですね」
「………さて。お前はさっさと着替えなかったことだし、濡れた服は約束通り、脱がしてやるよ」
シンが意地悪な笑みを浮かべてヒロインを見下ろす。
「へ? あ、えっと…」
「安心しろ。ここは、そういう宿だ」
「? そういう?」
「……身体に教えてやる」
シンの言葉と動きに、ヒロインが、どぎまぎと視線を泳がせ、なんとなく豪華な枠飾りのついた窓を見る。
窓の外では、雷鳴が遠ざかった代わりに、雨が激しく振り続けていた。
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