星標



「ベテルギウスを中心に六角形を描く1等星の名は?」
「えーと…アルデバラン、カペラ、ポルックス、プロキオン、シリウス……」
「それじゃ五角形だろう。もうひとつの名前はどうした?」
「えーと、えーと……なんでしたっけ?」
 航海には、星の知識も重要になる。
 シンに教えてもらっていたのだが、ヒロインはなかなか星の名前が覚えられずにいた。
「もう一度、この星図書き写せ」
「…はい」
 数学の場合もそうだが、シンの教え方は厳しい。
 ヒロインが星図を書き写すのは、今日すでに6度目だ。
「これだけ書いていて、なぜ覚えない?」
「……ごめんなさい」
「今日覚えるのは、たかだか10個の名前だぞ」
「…すいません」
 ヒロインは小さくなって、詫びた。
沈黙。
「おまえ、覚える気があるのか?」
シンの声音がだんだん冷たくなっている、と思う。
「……」
怖くて顔があげられない。
「覚える気がないなら、やっても無駄だ」
「…ごめんなさい」
なんだか、ますます、怖くなっている、と思う。
シンを見るのも怖い。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
「…もういい。今日は終わりだ」
「……でも…」
ヒロインが慌てて顔をあげた時には、足早にシンが航海室を出て行ってしまった。
きっと、怒らせてしまったのだ、と思う。
「覚えが悪すぎて、シンさん怒っちゃったんだよね…」
ぽつりと呟いて、自分が書き写した星図を見る。
「シンさんに嫌われちゃったかなぁ…」
情けなくて悲しくて、涙があふれた。



舵をとりながら、シンはふと航海室でのことを思い返す。
絵の得意なヒロインは、かなり正確に星図を書き写す。
1等星の位置関係を図形にしたら覚えやすいだろうと思っていたが、星の名前が覚えられないらしい。
星の配置がわかっても、星の区別がつかなければ意味がないのだ。
そのうちにヒロインは、うつむいて謝るばかりになってしまった。
シンを見ようともせずに。
頑なにうつむいて。
沈黙の中で、ヒロインが全身でシンを拒んでいるようだった。
「……苛めすぎたか?」
星が読めるようになれば、海上でも陸上でも、動きやすくなる。
ヒロインには、早く覚えさせようと思ったのも事実だ。
でも。
笑顔も明るさも消えて、自分を見ようともしないヒロインにしたかったわけではない。
シンは、まだ星の見えない青空を見上げた。



やがて。
夕方になって。
ヒロインは調理場でナギの手伝いをしながら、沈んだ気分でいた。
同じ船にいるはずなのに。
昼間、航海室で別れてから一度もシンに会っていない。
たまたまの偶然なのか、意図的に避けられているのか判らないけれど。
でもきっと、
夕食の時間は、会えるはず、だと思う。
会ったら、シンさんに謝って許してもらおう、と思う。
大好きなシンさんに、嫌われたままでいたくない、と。
そのためにも、がんばっておいしいものを作らないと、と。
「元気になったみたいだな」
 それまで黙っていたナギが、ぽつりと言った。
「あ、はい!! おいしいものつくりましょうね、ナギさん」
「…そうやって笑っていた方がいいぞ」
ナギの大きな手が、ヒロインの頭をポンポン、と撫でた。


「今夜はシンが見張り台の当番だからな。ヒロイン、この食事、持っていってやれ」
ナギから渡された食事を持って、見張り台に向かう。
「シンさんっ!」
甲板から呼びかけると、シンの目線がヒロインを見た。
「ご飯、持ってきましたっ!」
 シンに無視されるのではないかと思っていたので、自分を見てくれたことが嬉しくて、にこにこと笑みが溢れてくる。
「こっちへ来い」
「はいっ!」
 シンに会ったら謝ろうと思っていたことなどすっかり忘れたヒロインだった。


「わぁーー」
見張り台の上から見上げる空は、満天の星。
シンが、後ろからヒロインの肩に手を置いた。
「シンさん?」
思わず振り向いたヒロインの唇に、『黙れ』と優しい瞳で人差し指をあてる。
「ほら、あれが三ツ星」
ヒロインの肩越しから、シンが3つ等間隔に並ぶ星を指さした。
「三ツ星の左上は?」
シンの指先が移動して、赤く輝く星を指さす。
「……ベテルギウス」
「…そう。……いい子だ。じゃあ、左下の一番明るい星は?」
耳元で、優しい声が囁く。
シンの指先が、青く輝く大きな星へ移動した。
「…シリウス」
「そうだ。夜空で最も明るい星。あの星は、天候によって、赤く見えたり黄色くみえたりすることがある」
「太陽や月のように?」
「いや、原理は一緒だが、もっとわずかな変化だ。毎日見ていると、判るようになるさ。ほら、シリウスから、時計周りで六角形を描くと?」
シンが、左上の星を指さした。
「…プロキオン」
「あたり、だ。次」
指先が上へ移動する。
「…ポルックス」
「よし。次」
シンはさらに上の輝く星を指した。
「…カペラ?」
「いいぞ。次だ。右へ下がってあの赤い星は?」
シンの優しい囁きが、ヒロインの首をくすぐる。
「アルデバラン」
「正解だ。最後に、三ツ星の下、シリウスの少し上、青い星は?」
実際の夜空と、何度も書かされた星図が、ヒロインの中でカチリと合わさった。
「…リゲル」
「合格だ。他に判るか?」
ヒロインは頷いて、記憶にある星を指さす。
「あれがスバルで、…こっちが、レグレス。…スピカ。アルクアゥルス」
「10個とも、正確に覚えているじゃないか」
シンが笑って、ヒロインの髪にキスを落とした。
「…悪かったな。百聞は一見に如かずってやつだ。お前には、最初から、実物で教えた方が良かったな」
「うん…。それに、今、優しく教えてくれたから…」
嬉しくて、笑顔で答える。
「そうか。優しく…な。…じゃあ、今からもう10個、優しく教えてやるから、覚えろよ」
「えぇっ!」
シンの声に、意地悪な響きが加わる。
「見張り当番の交代までに覚えなかったら、お仕置きするからな」
シンが楽しそうに嗤った。


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