仮装



朝食の後、リュウガがテーブルの上に折りたたんだ紙きれを7つ置いた。
「? 何?」
 ソウシが、面白そうにその紙きれに目を落とす。
「今日は、ハロウィンだからな。ちょっとおもしれぇことしようと思ってな。くじを用意した。全員、すきなのを選べ。そこに書いてある化け物に、今夜は仮装して甲板で宴だ。ま、できるだけ内緒にして準備しろよ?」
「なるほどね…」
 クスっと笑ったソウシが、紙きれを一つ、つまんで開く。
「うわぁ…これに仮装? 準備大変そうだな……。みんな、今日は、緊急時以外、医務室立ち入り禁止ね?」
 そう言って笑うと、席を立ってさっさと食堂を出て行った。
「……お? もしかして一番面倒な仮装は、ソウシが引いたか? 他の奴等も、ほら、好きなの取れや」
 腕を組んだリュウガが、目で促す。
「その宴ですが、船長、俺は不参加でお願いします」
 シンの言葉を予測していたように、リュウガは笑った。
「今夜行くのが魔の海だからか?」
「ええ」
「舵をとるにしても、仮装はできるだろ。それに、碇をおろして停船しちまえば、宴に参加可能だよな?」
「魔の海で停泊ですか?」
 シンが眉をひそめる。
「俺の船の優秀な航海士なら、たとえ魔の海だろうと、安全に停泊するポイントくらい見つけられるだろ?」
 悪戯をしかけるような表情で言われて、シンはため息をついて紙きれを一つ取った。
 チラリと目を落として、口元に笑みを浮かべる。
「じゃあ、俺の参加は停泊後で。…ヒロイン、そのくじ引いたら、航海室にココアを持ってこい」
 足早に食堂を去っていくシンを、少し驚いたようにヒロインが見送る。
「海図を調べるんだろ。魔の海は、浅瀬が多いうえ、何がおこるか判らない海域だからな。いくらシンでも、そうすぐに安全なポイントを見つけられるはずがない。これからココア作ってやるから、待ってろ」
 シンの行動を不思議そうに見ていたヒロインに解説したナギが、無造作に紙きれを一つ取って、厨房に入って行った。
「じゃあ、オレ、コレにするわ」
 ナギの取っていった横にある紙きれを、ハヤテがとって見る。
「はあ?」
 書かれている文字を見たハヤテが、困ったような声をあげて立ち上がった。少し、慌てたように食堂を出ていく。
「ヒロインさん、先にどうぞ?」
 トワに促されてヒロインが一つ選びとる。トワも残り二つから選んで、リュウガの前に残った一つの紙きれ。
「あ、なんだか、この仮装なら簡単そうです。これなら、夕方から準備しても僕は間に合うかも…」
 にっこり笑ったトワ。
「ん? ほぅ…コイツが残ったか…」
 リュウガが面白そうに、グラスに残っていた液体を飲みほす。
 ヒロインがそっと開いた紙きれに書かれていたのは『魔法使い』。
「ココア、できたぞ、持って行ってやれ」
 ナギに呼ばれて、ヒロインも食堂を後にした。


 赤く輝く夕闇の空の中、シリウス号はいつもと変わらず航行しているように見えた。
「シンさんは、準備大丈夫なんですか?」
 とんがり帽子をかぶってケープを纏い、手にステッキを持ったヒロインが操舵場にちょこんと顔をのぞかせた。
「ほう? 魔法使いか?」
 舵を握っているシンは、いつもの服装のままだ。 
「あ、ちゃんと魔法使いに見えますか? よかったぁ…」
「その仮装なら、そう心配はないな…」
「?」
 きょとんとしたヒロインに苦笑して、シンが言いなおす。
「どこから見ても、色気のないチンチクリンだって、褒めてやったんだ」
「それのどこが、褒め言葉なんですかっ。もうっ」
 憤るヒロインを片手で抱き寄せたシンが、耳元に囁く。
「俺が参加するまで、酒は飲むなよ? ここは浅瀬が多くて手が離せないからな…」
 甲板から、ヒロインを呼ぶナギの声が聞こえた。
「あ、そうだ。ごちそう運ぶの手伝わなきゃ…」
 耳元で囁かれただけで頬を夕焼けと同じ色に染めたヒロイン。
 あせったように腕から逃れようとすると、シンはあっけなくヒロインを手放して、舵を大きく回した。
「チッ…停船するまでは、からかう余裕もないか…」
 真面目な目つきで海面を見渡すシンが、視線を海に向けたまま言う。
「ここは魔の海だ。不思議なことも起きる。いざとなったら、ここへ逃げて来いよ?」
「はぁ…?」
 何を言われているのか判らないまま、曖昧に頷いて、ヒロインは甲板に向かった。


 甲板に立ったヒロインの目に映ったのは、料理の皿を両手に持つナギの後姿。ふさふさのしっぽと、頭にとめてある三角の耳…。
「え? ナギさんの仮装って、犬ですか?」
「……狼だ……」
「あ、すいませんっ」
 言われてみれば、耳も尻尾も、狼のようでもある。
「ナギ兄っ、俺も手伝うっ」
 走ってきたのは、包帯をぐるぐると巻いたハヤテ。
「ハヤテさん、どうしたんですか? そんなケガ…」
「あ? 違うしっ。コレ、ミイラっ!」
 怒ったように言われてヒロインは恐縮して頭を下げた。
「ごめんなさいっ。なんか、包帯だらけだから、大けがしたのかと、勘違いしちゃいました」
「あはは…。ハヤテはいつも生傷が絶えないものね」
 穏やかなソウシの声に振り向いた3人が、固まる。
 青い肌に、縫い目の痕のようなものがたくさん走っている顔。額には、ネジが埋め込まれているように見える。
「どう? フランケンシュタインだよ?」
 にっこり笑ったソウシに、真っ先に返答したのはナギだった。
「ドクター、リアルすぎませんか?」
「そうかなぁ…。かなり苦労したんだよ、これ。とくに、この縫い目とネジを貼りつける糊を作るに、半日かかったんだけどな」
「…の、糊ではりつけてあるんですか?」
 次に反応できたのは、ヒロイン。
「そう。触ってもとれないよ。でも、お湯で洗い流すと、粘着力はなくなるんだよ」
「あわわっ」
 皿を運んできたトワが、ソウシを見て驚いたように立ち止まった。
「ああ、トワは『死神』かな?」
 黒いフードを身につけて、肩にデッキブラシと古木で作った大鎌を背負っているトワを見たソウシが、フフと笑った。
「……ソウシ先生…青色どうしたんですか?」
「あ、コレ? この青は、女性がお化粧に使うアイシャドウをね…。感じ、でてるでしょ?」
「な、なーんだ。女の化粧品かよ…はは…」
 包帯だらけのハヤテが、ぎこちなく笑う。
「お、魔物がそろったな?」
 黒いマントをつけて、乱食歯を唇からのぞかせたリュウガ。
「船長は、吸血鬼ですか?」
「おう。まさか、こいつが残るとは思わなかったな」
 やがて、ハロウィンの宴が始まった。


「あのー、船長…」
「なんだ?」
「シンさんの仮装って、何ですか?」
 宴が始まって一刻。船は半刻前に停船したが、まだシンは現れない。
「狼男・ミイラ・フランケン・死神・吸血鬼・魔法使い、以外だな」
 リュウガが、面白そうにグラスを傾ける。
「えっと…幽霊とか?」
「いや、幽霊は実物に会えるかもしれねーから、仮装には入れてねぇな」
「え? 実物ですか?」
 ヒロインの背筋に、寒気が走った。二人の会話が聞こえていたハヤテとトワも、息をのむ。
「ハロウィンてのは、死者が家族を訪ねてくるもんだからな。幽霊船も実在することだし、今夜会える幽霊もいるかもしれねーだろ。ここは魔の海だしな」
「船長は、幽霊に会いたいんですか?」
「さぁて……な」
 曖昧な笑みを浮かべて、リュウガは飲みほしたグラスをヒロインに差し出す。
「そこの赤ワイン、注いでくれや」
「あ、はい…」
 とくとく、とグラスに注いでいるうちに、白い煙のような、霧のようなものが甲板に満ちて来た。
「霧か?」
 リュウガの呟きに、シンの声が応える。
「仮装ですよ」
「んなこと言ったって、…シン、見えねーし」
 ハヤテの言葉に、リュウガが笑いだす。
「はっはっは。まあ、確かに、こりゃ、仮装だな」
「? シンさんの仮装は、霧なんですか?」
「馬鹿か、お前は。霧のどこが魔物だ」
「ですよねー」
「おい、魔法使い、俺に魔法をかけろ」
「へ?」
 腕を引かれて見上げれば、いつもの服装のままのシン。
「シンさん…仮装は?」
「いいんだよ、これで」
 霧が少し薄らぐ。
「あ、何だよ、シン、何も仮装してねーじゃんっ」
 シンの姿を見たハヤテが、責めるように抗議する。
「今、魔法で、ハヤテにも見えるようにしてもらった」
 しれっと答えて酒を飲み始めるシン。
「はぁ?」
 訝しがるハヤテだが、その横でソウシが笑いだす。
「そっか。…フフフ。もしかしてシンの仮装は、透明人間?」
 シンの代わりに、リュウガが頷く。
「ああ、どうやるか、一番楽しみな仮装だったが、霧を利用するとはな。シンじゃなきゃ、できねー仮装だな」
「霧の出る海域と時間帯は、把握してますからね。でも…あの紙を引いたのが俺じゃなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「まあ、全員、それなりに、なんとかするだろ?」
 リュウガが明るく笑う。
「……いや、透明人間て…無理じゃね?」
 小さなハヤテの呟きに、トワは大きく頷き、ヒロインは尊敬の眼差しをシンにおくった。
こうして、ハロウィンの宴は、何事もなく、平和に過ぎていった……。 



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