収穫
「うまそー」
食べごろの果実がたわわに実った枝の下で、見上げたハヤテがつぶやく。
梯子を持ってきたナギがハヤテをチラリと見下ろした。
「…食うなよ」
「こんだけあればさ、一つくらい…」
口を尖らせたハヤテを軽く睨んで、ナギが言う。
「放っておいてここまで育つわけじゃない。春から手入れをして花を咲かせ、受粉させて、余分な実を摘み、枝を払い、虫を掃い、草を掃い、肥料を与えて、これだけの実になる。無人島で摘む実とは、訳が違う」
「へー。そうなの?」
山賊として山で暮らした経験を持つナギは、傾斜が激しく水捌けの早い山際の土地で果樹を育てる農家の苦労を知っていた。
一方、街中で暮らしていたハヤテは、市場に山と積まれた新鮮な果物は知っていても、枝が折れそうなほどに実った果樹が何10本も斜面に並ぶ光景も、その木々にかけられた手間暇も知らない。
「摘んだ実は、ここで選り分けて、この穴を通る実は、酒用。通らない実は、生食用で市場だ。ただし、穴に通らなくても、キズのあるものは果汁用にするから、丁寧に確認しておくれよ」
畑主が、ヒロインに選り分けの説明をしている。
「はい。わかりましたっ」
真面目に頷いて、選り分け台にスタンバイしたヒロインのやる気満々の背中。
「それじゃあ、今日中に、この畑を頼むよ。私たちは、別の畑の方に行っているから」
「よーし。野郎共、さっさと仕事だっ!」
リュウガが籠を抱えて一番奥の木に向かう。
梯子を持ったシンが、ため息交じりにリュウガのあとに続いた。
空高い秋。
シリウス一行が立ち寄った港街から、馬車で1日走ってたどり着いた村。
海賊たちには似つかわしくない長閑な果樹園。
こんな場所の畑で収穫作業をすることになったのは、当然理由がある。
リュウガが貯め込んだ酒場のツケ。
この果樹園で1日収穫作業をすれば、ツケをチャラにすると、酒場の親父が話を持ちかけてきたのだ。
「海賊が畑仕事なんてできるわけがないだろうが」と前置きされて聞かされた事情を、リュウガは面白いと笑い飛ばして引き受けた。
この畑を含めた一帯は、熊の住処でもあるらしい。
例年は、収穫が終わった後で熊が出没するようになるのに、今年は収穫前から熊が何匹も姿を見せていて、なかなか収穫できないのだという。
老齢の畑主は、礼金を設定して、熊とやりあえるほど腕っ節の良い「収穫係」を探していた。
ここで摘まれた果樹が、仕込まれてリュウガがツケをためた酒場の酒になっている、というのだ。
リュウガとシン、ソウシとトワ、ナギとハヤテが、それぞれ畑の三方に散って収穫をはじめ、中央でヒロインが選り分け作業を始めた。
「お、籠がいっぱいになったじゃねーか。シン、ヒロインとこ行ってこい。その間に、あそこにいる熊を追い払ってくるわ」
ニヤリと笑って、リュウガが山の茂みに向かう。
しばらく前からこちらの様子を窺う動物の気配は感じていたシンは、頷いて籠を持ち、ヒロインのところへ向かった。
背後で、リュウガの闘気を感じとって苦笑する。
野生の熊は、人間よりずっと敏感だ。あんな闘気を向けられたら、引き下がるしかないだろう。
おそらく、周辺にいた動物のほとんどが、今、この畑から距離を置いたはずである。
ふと見るとヒロインの傍らに山と置かれた未分別の果樹の山。
「…何やってる?」
「あ、シンさん。この選り分けっていうのが、結構大変で…」
丁寧に果実を一つ一つ、選り分け穴に通しているヒロインの手元を見たシンが、盛大な溜息をついた。
「…バカか、お前は」
「?」
「一つ一つ、その穴に通す必要がどこにある」
「え?」
選り分け穴を通過した果樹の箱と、通過せずに生食用となった果樹の箱を眺めたシンか、自分の持ってきた籠を見下ろす。
「明らかに、その穴を通ると一見してわかるもの、通らないと一見してわかるものは、先に拾い出せるだろうが」
自分の持っていた籠から、てきぱきと直接選り分け済みの箱に果樹を移動させていくシンは、籠に十個程度の実を残してヒロインに渡す。
「これは、どれも微妙な大きさだな。これだけ、その穴で確かめろ」
シンの渡した果樹は、どれも穴ギリギリ通過するか、ギリギリ通過しないものばかり。
あっという間に一籠が消えた現実に、ヒロインが目を見張る。
「シンさん…すごいです」
「感心していないで、そこから、まず、明らかに小さいものだけ拾い出してみろ」
手間のかかる奴だとでも言いたげなシンに、頷いてヒロインは明らかに小さなものを拾い出す。
「次は、大きいものを拾い出せ。ただし、傷がついているのも、ついでに拾い出しとけ」
なるほど、とヒロインはシンの言葉に納得しながら、大きそうなものを拾い出す。
「残りは、一つ一つ確認すればいい…まあまあだな」
ヒロインが選り分け用に残した果樹は、シンと比べるとまだまだ多かったが、それでも随分と減った。
「ありがとうございます、シンさん。実は、こんなにたまっちゃって、ちょっと困ってたんです…」
「もうちょっと、頭を使え」
リュウガが茂みから戻ってきたのを確認して、シンは空いた籠を持って、再び収穫に向かった。
「あ、籠がいっぱいだね。ヒロインちゃんのところへ行ってくるから、トワは向こうの木へ梯子をかけなおしておいてくれる?」
「わかりました」
一生懸命、果実の選り分け作業をしているヒロインの隣に立ったソウシが、山と積まれた未分別の果樹を見る。
「ヒロインちゃん、がんばっているね」
にっこりと笑いかけたソウシを見たヒロインが、少し恐縮したように言った。
「あ、すいません。もしかして、置く場所ないですか?」
「六人で収穫したのを、たった一人で選り分けしているんだから、すごいよ。私もやってみようかな…」
「え?」
持ってきた籠から果樹を取りだしたソウシが、ヒロインの向かい合わせに移動した。
「いいよ。ヒロインちゃんは続けて?」
ヒロインがシンからアドバイスされたように、明らかに小さめのものばかりを拾い出している。
その間に、ソウシは使われていない選り分け穴を使って十数戸の果樹を確認しつつ、選り分けた。
「ふぅん……。なるほどね」
納得したように呟くと、持ってきた籠から取った果樹を、選り分け穴を一切使わずに分別していく。
ヒロインが小さめの果樹を十個ほど拾い出す間に、ソウシの持ってきた籠は空になった。
「ええぇっ! すごいです、ソウシ先生。どうやって、そんなに早く…」
驚いて手を止めたヒロインに、ソウシがふふっと笑いかける。
「掌に乗せた時の重さと、大きさの感覚、かな」
「重さ?」
未分別の山から、同じくらいの大きさの果樹を二つ取り出したソウシが、掌の上で転がす。
「うん。この重さだと、生食用だね。でも、こっちはお酒用」
「両方とも、同じくらいの大きさに見えますが…」
「ほらっ」
選り分け穴の上に乗せた果樹。一方は通り抜け、一方は上に止まる。
「あ、本当だ……」
「せっかくだから、もうちょっとだけ、ヒロインちゃんのお手伝いしちゃうおかな」
「すいません…」
ヒロインの正面で、微笑みながらソウシが手伝い始める。
二人は、同じ未分別の山に手をのばしては、幾度となく微かに指先が触れる。
「あ、ごめんなさい。私、もしかして、すっごい邪魔ですか?」
「気にしないで、ヒロインちゃんは自分のペースですすめて。私が勝手に手伝っているだけだから、気にしなくていいよ」
穏やかに笑いながら、未分別山から果樹を取っていくソウシ。
「ドクター。トワが待っていますよ」
棘のあるシンの声に、ソウシが苦笑した。
「……あ、そうか。籠は、私が持ってきたんだったね。…じゃ、またね、ヒロインちゃん」
空っぽになった籠を持って、ソウシが苦笑しつつ、収穫に戻っていく。
その様子を、黙って見送るシン。
「……なんでお前は、またそんなに蓄えているんだ」
「えっと……」
ソウシが来た時と比べたら、半分くらいに減った未分別の山を見て、ヒロインが言葉を濁す。
「ったく…」
先ほどまでソウシが居た場所に陣取ったシンが、自分の持ってきた籠をヒロインに差し出した。
「?」
きょとん、としたヒロインに言う。
「お前は、俺が今持ってきた、こっちを選り分けていろ」
「はい…」
シンが、未分別の山に手をのばして、次々と選り分け始める。
ヒロインが、その手際の良さに思わず見とれている間に、未分別の果樹の山は消えた。
「う…そ…。なんでこんなに早くできるんですか?」
「知ったところで、お前には無理だ。それよりも、自分のやり方でいいから、もっと工夫しろ」
ほとんど減っていない、ヒロインに渡しておいた籠。
シンは籠をひっくり返して卓上に新たな未分別の山を作ると、収穫に戻っていった。
「ナギ兄は、ほんとに摘むの早いよな…また籠いっぱいなんだけど…」
果樹が山盛りになった籠を見たハヤテが、ため息をついた。
梯子に登る暇もなく、使い走りのようにヒロインの場所と、ナギが収穫している場所を往復しているような気がする。
「たまには、ナギ兄が持っていかね?」
「…食うなよ?」
ハヤテの言葉に、山盛りになった籠を持ち上げたナギが、念を押す。
「食わねーしっ」
ナギが運んでいくのを見送ったハヤテが、梯子に登った。
「たぶん、ナギ兄のことだから、すぐには戻って来ねーよな…」
木の枝に座り込んで、幹に寄りかかる。
すごい速さで収穫するナギ。
籠を二つ使って運んでいたハヤテは、ヒロインの選り分け作業が間に合わずに、どんどんと未分別の山ができていたのを知っている。
今、持っていっても、すでに籠の中身をあけるスペースがないはずだ。
「一つくらい、大丈夫だよな」
目の前の果樹に、ハヤテは手を伸ばした。
一方。
ナギは、果樹の山に埋もれるようにして選り分け作業をしているヒロインを見て溜息をついた。
「あ、ナギさん。ごめんなさい。なんだか、どんどんたまってしまって…」
そう言ったヒロインの表情に、疲労を感じ取ったナギが舌打ちする。
「俺が運んできた荷物の中に、おやつがあるから、出して休憩の準備しろ」
「え?」
「農作業ってのは、意外と体力消耗するからな。準備ができたら、みんなを呼んで休憩だ。ヒロインが準備している間に、俺がコレを減らしといてやる。これじゃ、持ってきたカゴをあける場所がねぇ…」
「…すいません」
「いいから、荷物の中からレジャーシート出して、準備してろ。おやつは、午前用と午後用の二種類用意してある」
「はいっ」
ヒロインが立ち上がって、ウーンと伸びをする。
ずっと座った姿勢だったヒロイン。
立ち上がったり、歩いたりという、別の動きができるだけで、気分が変わる。
ナギはヒロインがそれまで居た場所に座ると、てきぱきと果樹を選り分け始める。
「えっと……」
確かに、ナギは大きな荷物を持ってきていた。
レジャーシートを広げて、ナギらしく、整頓されている荷物を見る。
「こっちは、どう見てもお昼ご飯だよね。ってことは、こっちの包みがおやつかな…」
開いた包みから、人数に分けられたクッキーやパウンドケーキが出てくる。
お茶やコーヒーもしっかり準備されていた。
「ナギさん。準備できました…わぁ…早いですね」
既に未分別の山が一つ消えている状態に、ヒロインが目を見張る。
「みんなを呼んで来い」
「あ、はい。わかりました」
ヒロインが走って全員に声をかけ、戻ってきた時、未分別の果樹はすっかり無くなっていた。
結局。
一日作業という話だったのに、午後三時のおやつの時間には、すっかり収穫を終えたシリウス一行だった。
「こんなに早く終わると、拍子抜けするな」
リュウガが、片付けまで終えた畑を見て笑った。
「船長のお陰で、熊も来なかったからね」
お茶を啜ったソウシが、同様に笑いながら、リュウガを見る。
「熊と闘うのもいいかと思ったんだが、子連れだったからな…」
「ああ、それで、追い払ったんだ?」
ソウシが、微笑んだ。
リュウガが闘気だけで熊を追い払ったことを、ヒロイン以外の海賊達は感知している。
「何匹も熊が姿を見せるっていうから、もしかして、とは思ったけどな」
「なんで?」
ハヤテが午後のおやつであるラムレーズンパイを頬張りつつ、リュウガに尋ねた。
「普通、熊は群れを作らねぇからな。何匹かで一緒に行動するのは、母子だけだ」
「へー」
もごもごしながら頷くハヤテ。
「まあ…熊以外の動物も、見事に去りましたが」
シンが苦笑する。
「そういえば、朝は小鳥の鳴き声してたんですが、あれから静かになっちゃいましたね」
トワが少し残念そうに空を仰いだ。
「…動物は敏感だからな。この畑には、しばらくの間、猪も近寄らないだろう」
ナギが静かな周辺を見渡す。
「あはは。なんだか、私たちが、すごく怖い存在みたいな感じだね」
「…あの……。いったい、どうやって船長は熊を追い払ったんですか?」
ヒロインだけが、よく分からずに、とても不思議そうに尋ねる。
「知りてぇか?」
リュウガが、面白そうにヒロインへ身を乗り出した。
「教えてやるぞ?」
ヒロインの鼻先を手招きする。
なんとなく、招かれて身を乗り出したヒロインの顔を、リュウガが覗きこんだ。
「こうやって熊の目をじっと見つめてだな…」
「……」
リュウガの視線に捕えられたヒロインが、動きを止めた。
強い視線に魅入られる。
引き込まれる。
惹き付けられる。
「船長っ!」
シンの腕が、二人の視線を遮って、ヒロインを抱き寄せるようにリュウガから離す。
「…あれ?」
目をぱちくりさせるヒロイン。
「はっはっは。どうだ、シンも真っ青な俺の目力は?」
「…めぢから?」
「冗談はいい加減にしてください」
シンが、不機嫌そうにヒロインの腰に腕を回す。
「…?」
今、傍から見て自分がどんな状況だったのか、全く理解していないヒロインが、一同を見回す。
慌ててヒロインから視線を逸らしたトワとハヤテ。
なんだか憮然としているナギ。
苦笑しているソウシ。
大笑いしているリュウガ。
身を寄せ合うようなすぐ隣で、不機嫌と顔に書いてリュウガを睨んでいるシン。
「???」
やっぱり、何がなんだか、分からないヒロインなのだった。
「さーて。せっかくこんな山地に来て一仕事したんだ。今日は温泉街の宿で泊まるぞ」
リュウガが笑いながら、話題を一気に変える。
「ああ、そうだね、温泉は、疲れに効くからね…」
ソウシもにっこりと笑った。
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18歳以上の大人です