愛しい隙間
「おい…」
宿の風呂場から部屋に戻ったシンは、まだ濡れた髪のままベッドにもたれて寝息をたてているヒロインに声をかけた。
山際の宿には温泉がある。
女湯に行っていたヒロインは、シンより少し先に部屋に戻ってきたらしい。
昼間の収穫作業の疲れもあるのだろう、心地よさそうな寝顔。
「髪の毛くらい、きちんと乾かせ…」
屈みこんで、ヒロインの濡れている髪をタオルで包む。
ごしごしと少し乱暴に拭いてやると、さすがにヒロインは目を覚ました。
「あれ? いつの間に…」
「寝るなら、ちゃんと髪を乾かしてから、ベッドの上で寝ろ」
タオルを渡したシンが、ヒロインに背中を向けて扉へ向かう。
「え? どこへ行くんですか?」
「先に寝てろ…」
そう言って部屋を出ていくシンを、なんか変だと思いながらもヒロインは見送った。
ベッドに入ると、再び眠気がやってくる。
昼間の疲れもあり、ヒロインは、心地よい深い眠りに落ちいてった。
宿の近くには、酒場がいくつもある。
リュウガがいる酒場は賑やかで、中に入らなくても、そうと知れた。
シンは、あえてそこを通り過ぎ、他の仲間が居そうもない酒場に入る。
「…珍しいな」
店に入ってすぐにかけられた声に、シンはチッと舌打ちした。
「ナギ…」
こんな時、シンはナギと自分の似ている部分を実感する。ナギも同感だろうが。
そのまま踵を返して別の店に入りなおすのもなんだか癪に触り、そのままナギの向かいの席についた。
目線の合った主人に、この店自家製だと謳っているワインを注文して、ナギに向き直る。
「なんでこんなところにいる?」
ナギは、リュウガ達と同じ店にいると思っていたのだ。
「この店の特製チーズが、美味いと聞いた。…山羊の乳から作ったチーズらしい」
ところどころに黒い点の混じるクリーム色の塊が乗った小皿を、ナギが指先で弾いた。
小皿は卓上を滑ってシンの前に止まる。
シンが、ひとかけら摘まんで口に含んだ。
どちらかというとチーズは好きなシンである。
「ローヴ・デ・ガリッグ……か?」
口に含んだチーズからローズマリーの香りがして、シンが呟く。
「…生チーズに細かく刻んだローズマリーを混ぜている」
「ああ、なるほどな」
運ばれてきたワインに、よく合うチーズではあった。
「……ヒロインは?」
「寝ている」
シンの答えに、ナギは何も言わないけれど、どこか納得したようにグラス傾ける。
見透かされている、と感じるシンも、黙ってグラスを呷った。
シンが酒場に来たのは、単にヒロインをゆっくり眠らせるため、だと。
今、同じ部屋にいたらヒロインを抱いてしまう自覚がシンにはある。
けれど、慣れない作業をがんばって、疲れているヒロインを休ませてやりたい、という気持もないわけではない。
「昼間のアレは、確かにな…」
「言うんじゃねーよ」
途端に、眉をしかめたシンを、ナギは面白そうに見る。
昼間、気迫だけで野生の熊を追い払ったリュウガ。
どうやったのか不思議がるヒロインに、教えてやろうと言ったリュウガの、たぶん悪戯。
真正面から見つめたリュウガの視線に、無意識のまま、惹かれるように近づいて行ったヒロイン。
シンが止めに入るのも承知の上だったとは思うものの、隙だらけのヒロインをその気になれば簡単にどうにでもできると言ったに等しい。
心中穏やかでないのは、シンだけではない。
「……隙のないヒロイン…か……」
そっと呟かれたナギの言葉に、シンは黙って、どこか苛立たしそうに、ナギを見遣る。
「…なんだ?」
思考を読まれたと言いたげなシンの視線に、白々しく応じるナギ。同じ女を好きになる程度には、お互い考えることも似ている。わかってしまう。
「……安心しろ。隙だらけなのが、あいつだ。今更、どうこうしようとは思わねーよ」
「ふん。…どうこうできるモノでもないだろ」
「まったくだ」
ため息交じりの笑いが、二人のテーブルに落ちた。
肌に擦れる柔らかな毛の感触がくすぐったくて、ヒロインは、ソレを押しのけるように腕をのばした。
「まったく……。本当にオマエは隙だらけだな…」
降ってきた苦笑に、ふと眼を開く。
明るくなった窓と室内。
ボタンをはずしたシャツを羽織り、眼帯もはずした両目で、自分を覗き込んでいるシン。
「あ、おはようございま…」
挨拶を言い終わらぬうちに、降りてきたキスに言葉を奪われた。
絡めてくる舌に、ほのかなお酒の香りを感じたヒロインが、あれ? とシンの胸を押しのける。
「なんだ?」
軽く拒絶をされてようで、不機嫌にヒロインを見下ろすシン。
「シンさん、お酒、今飲んだんですか?」
不思議そうなヒロインに、シンが嗤った。
「今まで、飲んでいて、戻ってきたところだ」
「え? もう朝じゃ…」
起き上がって窓の外を確認しようとするヒロインを、シンの手がベッドに縫いとめる。
「船長もドクターも、ハヤテもトワもナギも、全員、今、宿に戻ってきたところだからな。たぶん、昼までは全員寝ている」
「それじゃあ、シンさんも寝ないと…」
「ああ、オマエの声を聞いた後でな」
「声って、今、お話してますけど……」
「もっとエロい声が聞きたい」
再び、深いキスが落ちてくる。
少し強引に、絡めてくる舌。
「ん……」
ヒロインの首筋をくすぐるようにシンの髪が揺れ、腕をとらえていた指先が、服をめくりあげて肌に触れてくる。
「ふっ……」
どことなく、いつもより性急な愛撫。
「シンさん? 待っ……」
「一晩、休ませてやっただろう? こっちは、一晩待っていたんだ、もう待てないな」
冗談なのか本気なのかよくわからない、笑いの混じったシンの言葉。
「っ……あんっ」
胸の突起を軽く噛まれて、ヒロインが高い声を洩らす。
「簡単に、船長に掴まるなよ?」
「え? なに? ……っふっ。やあぁんっ」
シンの言葉の意味が分からずに聞き返そうとしたヒロインだったが、すぐに別の刺激がやってきて、一気に流されてしまう。
「もう少し濡らすか…」
いつのまにか下衣も脱がされ、押し広げられた膝の中央を、温かな舌が這っていく。
「ふっ…ん。…はぅっん……」
「ほら、もっとそのエロい声を聞かせろ」
恥ずかしくて口を覆ったヒロインの手が、再びシンに捕まる。
とろりとした蜜が溢れ始めた入口から、熱く硬い刺激が入り込んできて、たまらずに喉から甘い声が響いた。
壁の向こうから響いてくる甘く官能的な声に、ソウシが苦笑する。
「シンの仕返しかな?」
頭をかきながら、リュウガは水の入ったグラスを傾けた。
「酒場に来ねえから、朝なら大丈夫かと思ったんだがな。いいタイミングで鳴かせ始めたな」
角部屋のシンとヒロイン。
壁を隔てて隣り合うのは、ソウシとリュウガの部屋だけである。
「せっかく色っぽい声が聞こえているんだ。飲みなおすか?」
「ダメだよ、リュウガ。酒は百薬の長にして百病のもとだからね」
苦笑したリュウガがベッドに転がる。
「じゃあ、まあ、目を閉じて愉しむか。いい女の夢が見れるかもしれねーな」
高くなる嬌声が、幾度となくシンの名を呼ぶ。
「……夢ねぇ…。悪夢になりそうだけど」
呟いたソウシに、リュウガは目を閉じたまま嗤った。
「そうでもねぇぞ。夢の中なら、略奪しようが、シンと一緒に抱いちまおうが、自由だからな。まあ、ここは、混ぜてもらうのがオススメだな」
「聞き捨てならないね」
ソウシが至極剣呑な視線をリュウガに向ける。
気配を察してソウシを見返したリュウガは、喉の奥で笑った。
「夢に責任はねぇよ。それに、俺等は海賊だぜ? せっかく聞かせてくれてんだから、愉しめや。どんな夢を見たかなんて、黙ってれば誰にもわからねーからな。俺は寝るぞ」
甘く刺激的な声はまだ続いている。
笑みを浮かべて再び目を閉じたリュウガ。その身体に、聞こえる音に反応している様子はない。子守唄程度に聞き流せるのだろうと、ソウシは自分の少し熱を持ってしまう雄を見下ろす。
「…敵わないなぁ……」
諦めたように呟いたソウシは、窓辺の椅子に座り、本を取り出した。
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