草学



「たいてい、最後に『ナ』のつく草は食える」
 ナギがとても簡潔に説明してくれて、ヒロインは困ったような顔をした。
「ナギさん…どれが『ナ』のつく草なのか、分かりません」
 立ち寄った無人島。
 トワとハヤテが水を補給する間に、食材を探すというナギと、薬草を探すというソウシ。
 ヒロインは、お手伝いを申し出て二人についてきていた。
「あははは。ナギ、それは私が『薬効のある草は薬草になる』って説明するようなものだよ」
 少し離れたところで屈んでいたソウシが、顔をあげて言う。
「………俺はいいから、ドクターを手伝え」
 いちいち説明するのも面倒だと、ナギは草むらの中へ分け入っていった。
 野草と括られる植物の中で、食用可能な草は多い。
 癖が少なく食べやすい野草は、嫁菜・甘菜・紫花菜・蔓菜・苦菜・豚菜・油菜・芥子菜・晒菜・胡麻菜、と実は名前の最後に必ずナのつく名を持っている。
 野草によっては、食材にできる部分が限られるので、いちいち説明するのは難しい。
 自然な野草の特徴として、一種だけが一箇所に群生していることはあまりなく、多種が点在している。
「………」
 申し訳なさそうに、ヒロインはナギの背中を見送ったが。
「ヒロインちゃん、この辺り、なかなか面白いからおいで?」
 にっこり笑ったソウシが呼んでくれて、ヒロインは、ほっとしたようにソウシの傍へ行った。
「ここ、薬草がたくさんあるから、摘みながら教えてあげるね?」
 ソウシが、小さな紫色の花を指さす。
「これが、『現の証拠』花が咲いてるものは、煎じると食中毒の腹痛に効くよ。根元から摘んでね?」
「はいっ。『ゲンノショウコ』ですね」
 ソウシが、摘むのはヒロインに任せて、数歩移動する。
「今度はこっち。前も教えたけど、覚えてる?」
 小さな丸い花のような葉が、一株、顔をのぞかせている。
「えっと…血止め草?」
「うん。正解。でも、これは生葉に薬効があるものだから、血止めだと覚えておけばいいよ。あ、隣の、この白と紫の可愛い花は、疣草。やっぱり、生葉に薬効があるから、今、摘んでも意味がない」
 少しずつ、移動しながら、ソウシは丁寧に説明を続ける。
 ヒロインは、うなずいたり、時折質問したりと、野草の間を歩きまわる。
 痰切草・一薬草・瘡王、など、薬効のある草がその場所には多くあった。
「あ、これは目草。生葉が疲れ目に効くよ」
「そうなんですか? じゃあ、少し摘んでいこうかな…」
 ヒロインは葉を数枚摘み取って、ポケットへ入れ始める。
「……それは、シンのためかな?」
「あ、わかりました?」
 照れたように笑うヒロインに、ソウシは黙って微笑を返した。
 背を向けたソウシが、葉を摘むヒロインを残して、再び移動する。
 ほんの少し、ソウシのヒロインに対する気遣いの意識が反れた一瞬の隙。
「わきゃぁっ」
 驚きの悲鳴をあげて、ソウシの後ろで、ヒロインが盛大に転んだ。


 リュウガと宝の地図に関する見解を話していたシンが、ふと向けた視線の先。
そこに、ソウシに寄り添うようにして船へ戻って来るヒロインの姿が見えた。
 顔色が変わったシンの視線を追ったリュウガが、苦笑する。
 リュウガから見れば、ヒロインの浮かべている笑顔は照れ照れの笑い。
 あんな表情は、話題がシンの時しか見せない。
 だから、そう目くじらをたてるほどのことではない、と思う。
 恋のフィルターがかかっているシンには、別の見え方がしているのかもしれないが…。
「お、あいつら戻ってきたみたいだな。そろそろ、出港準備だな」
 リュウガの言葉に、シンは楔を解かれた勢いで航海室から出ていく。
「やれやれ……。ソウシも何もわざわざ、こっちへ視線送らんでもなぁ…」
 椅子にもたれかかったリュウガが、溜息をついた。


「まさか、目草の葉を見た時、あの段差には気づいていたのに、落ちるなんて…」
ヒロインが俯く。
「でも、擦りキズや打ち身の怪我がなくて良かったよ」
 一度ヒロインが転んでからは、注意して並んで歩いているソウシが囁いた。
「もしかして、シンのことで頭がいっぱいになって、段差のこと忘れちゃったのかな?」
「えー、そんなことは……」
「本当に?」
「う…。確かに、シンさん喜ぶかなーって思ってたら、転んだんですけど…」
「ほら、やっぱり。…口、大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっと舌噛んじゃっただけだから…」
 ソウシがクスっと笑って、まだ距離のある船を見る。
「もう、血も止まったみたいだね」
「はい。お話するには、何の支障もありませんっ。あ、あの、シンさんにこのことは…」
「私は言っといた方がいいと思うんだけどねぇ…」
「ええっ。すっごく馬鹿にされて、怒られそうなんで、内緒にしておいてくださいっ」
「まあ、ヒロインちゃんがそう言うなら、黙っておくけど。でも、シンのために薬草摘むのに一生懸命になって、うっかり段差で転んで、舌噛んだ…なんて、隠すことでもないんじゃない?」
「だって、そしたら、せっかく摘んできた薬草のことまで、ばれちゃうじゃないですか」
「なら、薬草摘むの手伝っていて、転んだ、にしておけばいいんじゃないかな?」
「…ソウシ先生、どうして、私が転んだことをそんなにシンさんに言いつけたいんですか?」
「別に、言いつけたいわけじゃないんだけど…」
「もうっ。内緒ですよっ」
「仕方ないねぇ」
 ソウシがしきりに苦笑する理由も分からず、ヒロインはソウシに自分の失態を口止めした。
 船が近づくと、乗り口でシンが二人を見下ろしている。
「あ、ただいま。シン」
 ソウシがにっこりと笑う。
「シンさん、ただいま戻りました」
 ヒロインも、シンに笑いかけた。


 予定通り出航して、航海室へ戻ると、どこかわくわくとした表情を浮かべたヒロインが、シンを待っていた。
「なんだ?」
「あの、ですね。これなんですけど…」
 ヒロインが緑色に濡れた一枚のガーゼを差し出す。
「今日、ソウシ先生に教えてもらって、作ってみたんです。目草をガーゼに挟んで押し叩いた湿布なんですけど、疲れ目に効くって言うから…シンさん、いかがですか?」
 シンは差し出された手作りの湿布を、黙って受け取り、ヒロインを見下ろす。
「あ、目を閉じて、即効性があるから、三十秒くらい瞼にあてるだけでいいって……シンさん?」
 実際は、一切予測していなかったことに、驚き、唖然としたのが真実。
 確かに、何か隠し事をしていそうな気配は感じ取っていたシンだったのだが。
 訝しがるヒロインに苦笑してシンが言葉を紡ぐ。
「…一枚しかないのか?…俺の目は、二つあるんだが、な…」
「えっ…あ、すいません。もう一つ作りますか?」
「いや、いい」
 シンが渡された湿布を左の瞼に当てると、スッとした清涼感が伝わる。
 その後、じんわりとした温かさも瞼に広がり、瞼にマッサージをした後のような感覚が残った。
「…なるほどな。血行を促す効果があるのか…」
「どうですか?」
 シンを見上げるヒロインは、期待に満ちたような瞳をしている。
「…悪くないな」
「じゃあ、また、夜に作りますねっ! そう思って、私、何枚か摘んで来たんですっ」
 なぜ、こいつはこんなにも嬉しそうなのだろう、と思いながら、シンはヒロインを見下ろす。
「……シンさん?」
「お前、この湿布作るの、そんなに面白いのか?」
「へ?」
「随分、嬉しそうだな?」
「ああっ。だって、シンさんのためにできること、自分で見つけられたから、嬉しいです」
 まっすぐ向けられる笑顔に、シンの方が視線を逸らす。
 時折、ヒロインのまっすぐさに、どう反応すれば正解なのか判らなくなる。
 本当はキスくらいしたいところだが、今、触れるとそのまま止まらなくなりそうな予感がする。
 シンは、今夜はヒロインに優しくしよう、という気持ちが溢れてくるのを悟られないよう、腕を組んで言った。
微笑を浮かべて。
「本当にお前は忠犬だな。もういいから、ナギの手伝い行け」
 そろそろ厨房は忙しくなってくる時間帯。
「あ、そうですね。じゃあ、行ってきますね」
 ヒロインは厨房へ向かった。


 夕食が始まる。
 ふと、シンは、ヒロインが飲み物主体であまり食べていないことに気づく。
 しかも、それはナギが承知しているらしい、と悟る。
 時折、変な視線を送るソウシも、何か言いたげだ、と悟る。
 一見、いつもと変わらなそうなヒロイン。
 大きな隠しごとをしている気配も感じない。
 けれど…。
   食事を続けながら、シンの目つきが次第に鋭くなっていったのだが、ヒロインは気付かなかった。
  

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