救出
「守るべき大切なものができるとな、人はいい意味で臆病になる」
リュウガの言葉に、ハヤテは怪訝な顔をした。
「は? つまり、弱くなるってこと?」
ハヤテの答えを喉の奥で哂ったリュウガが、諭すように言う。
「違うな。恐ろしく強くなる。臆病なヤツほど、強かったりするんだぜ?」
やっぱり、ハヤテは首を傾げた。
「わけわかんねえ…」
腕を組んだリュウガが、水平線に目をやって微笑を浮かべる。
「あと10年もすれば、俺の言ってることが判るようになるかもしれねぇな」
「はぁ?」
恐ろしく遠い未来のような気がして、ハヤテは考えることを放棄する。
「どうでもいいや。とにかくさ、あの島のどっかにいる、ファジーのヤツとヒロインを助けりゃいいんだろ?」
「俺らは、正面突破の陽動組だからな、せいぜい派手に暴れるぞ」
「面白れぇじゃん」
ハヤテが、不敵な笑みを浮かべて正面を見据える。
「…船長、岬の向こうへシン達の足舟が入りましたよ」
小舟を漕いでいたナギが告げた。
「よし、じゃあ、俺らも行くか。堂々と桟橋から殴り込みだ」
「ナギ兄は、ボート隠してから合流なっ」
リュウガが桁外れの跳躍力で、数メートル先の桟橋へ飛び移る。ナギがオールを一掻き寄せて、ハヤテも飛び移った。
ナギが小舟を浜へ向ける。
桟橋の上を、建物にむけて走る二つの影に、人が集まり始めるのが確認できた。
「海賊リカー団が、仲間を取り返しにきたぜぇー」
リュウガの大嘘を吐く大音声が、ナギのもとにまで届く。
フッ、と笑ったナギが、小舟を浜へ引き上げ、漂流物の間に隠した。鎖鎌を手にして、喧騒のする方向へ走りだす。
走りながら、向かう建物を確認する。城のように何層もの作りになっている建物は、5階建て、だろうか。いくつかの窓が開いて、様子を確認する影が見えた。下から二列目にあたる窓が開き、一斉に銃口が顔を覗かせる。
「銃撃だっ」
リュウガ達に警告しながら、ナギが二人と銃口の合間に鎖鎌を繰り出した。
パン、パパン、パン、パパパン
銃声と同時に、
キキキン、キンと、ナギの鎖が銃弾を弾き飛ばした音が重なる。
いくつかは弾ききれなかったが、二人は無事に避けたらしい。
「サンキュー、ナギ兄っ」
二本の剣を別々に振って三人の攻撃を受け流し、返す薙ぎで二人を倒したハヤテが、残り一人を蹴り飛ばしてナギに身を寄せた。
その間に、リュウガは一刀で周囲の敵一周を倒し、しかも倒した相手から奪った短剣を銃口の窓にいくつか投げて確実に銃口の数を減らしている。
まさに、独りで小国の軍隊一つを全滅させたという逸話を持つだけのことはある動きと機転。
しかも、リュウガはそのまま止まることなく敵の間を駆け抜け、倒しながら奪った短剣を、建物の空いた窓に次々と投じ続けている。
「こんなザコばかりか? よくこの程度で、賞金稼ぎ団プロキオンなんて名乗ってるなぁ」
明らかに、挑発する意図で、リュウガの大声が響く。
「南の海の覇者だかなんだか知らねぇが、海賊如きが、調子に乗るんじゃねーや」
建物から二人、格の違いそうな男が現れた。
ハヤテとナギが、闘いの最中に、はっとして背中を合わせ、リュウガの方に視線を流す。
彼らが船長と呼ぶ男の背中が、それまでとは違う気配を纏っていた。おそらくは、普段滅多に見せない、暗く光る眼をして、不敵な笑みを浮かべているに違いない。
「ようやく、面白そうな奴等のおでましか」
声音も、低く暗い。
「…ナギ兄っ」
「それだけの相手ってことだ。時間稼ぎは終わりだ。俺らでザコ全部片付けるぞ」
「へっ。上等っ!」
ナギの鎌の早さが増し、ハヤテが鎖の合間を縫って次々に剣を薙ぐ。
「おらおらっ。てめえらの相手は、俺達がしてやるよっ」
ハヤテがおびき寄せるように、隙を作り、攻め込んできた相手を一気に殲滅していった。
ファジーが賞金稼ぎ団に掴まった、とロイがリュウガに泣きついてきたのは、日が傾きかけた夕方だった。
「っ…」
弾かれたように立ち上がって酒場を出ていこうとしたシンを、咄嗟に腕を掴んで引き留めたのは、リュウガ。
「…最低限の情報収集もしてかねえつもりか」
叱るような声音に、シンはかろうじて冷静さを取り戻して、リュウガと、その横のロイを睨みつけた。
「賞金稼ぎ団て、あれか? 賞金七桁以上の海賊一人を数頼みの集団で襲うって、例の奴等か」
リュウガが酒のグラスをテーブルに無造作に置いてロイに尋ねた。
「そうだ。最初に人質をとって、海賊団を奴等の島におびき寄せるという、プロキオンとかいう奴等だ。例の招待状が来た」
「見せろ」
ロイからリュウガが招待状をもぎ取る。
最近、海賊達の情報に流れ出した、新手の賞金稼ぎグループは、海賊船を襲わない手法をとっていた。
港町などで、海賊の仲間を連れ去り、招待状を送りつけるのだ。狙いは、賞金額が七桁を超える海賊ばかり。そういう海賊達は、仲間に対しては義に厚いことが多い。
仲間を救いに彼らの島へ乗り込み、賞金高額の海賊だけが殺される、ということがしばらく前から起きている、という噂はあった。
「プロキオン…ね、面白れえ」
シリウスは、大犬座の一等星であるのに対し、プロキオンとは、小犬座の一等星である。一等星と言っても、実質は連星で、二つの星が折り重なっている。
リュウガはシンに招待状を手渡す。
「シン、明日の朝までにこの島へ行くぞ。俺が聞いた情報じゃ、賞金首をしとめるまで、人質は無事らしい。奴ら、ここぞという時に、人質をちらつかせる姑息な手段とるようだからな。奴等の裏をかく。さっさと出港準備しろ」
「…30分でやります」
シンが、酒場を出て船へ走る。
招待状に書かれた位置にある島を海図から割り出し、最短最速の航路を決めるために。
「リュウガっ。やっぱり協力してくれるんだなっ」
うれしそうなロイを、リュウガが睨んだ。
「ヒロインが一緒に掴まってるからだ。…ファジーも案外、ヒロインを抑えられて大人しくついてった可能性があるな…どっちにしろ、今回の奴等の狙いは、リカー海賊団の船長、てめぇだ。せいぜい、殺ラレねぇようにするんだな」
一時は仲間加わっていたファジーがリカー号に戻ってからも、たまにファジーが誘って来てヒロインと港町で買い物をすることがあった。
たまたま今回も、そんな経緯で、立ち寄った港町でヒロインはファジーと買い物に出かけていたのだ。
それなりに強いファジーが同行している、という安心感というか油断が、シンやリュウガにあったのは否めない。
「おい、ロイ。さっさと街中行って、ウチの連中を呼び集めてこい」
「なっ、なぜ俺様がっ」
「ここが集合場所なんだ。俺が動いて、すれ違ったら時間の無駄だろう。俺は動けねえ。ほらっ、さっさとあいつら見つけてこねぇと、てめえを簀巻にして、プロキオンの奴等に送りつけるぞ」
「リュウガ、貴様っ…」
「なんだ?」
実は表に出さないだけで、かなりの怒りを含んでいる目で睨まれて、途端にロイがたじろぐ。
「そ、…そうだな。お、俺様が…、やつらを呼んで来てやろう…」
逃げるように、ロイは酒場を飛び出して、ハヤテやソウシやナギやトワの居そうな市場へ向かった。
シンとロイは、会話もせずにポートを下り、岬の裏から建物の裏手へ向かった。
入口の見張りの話声が、聞こえる。
「海賊ってのは、どいつもこいつも、なんでああ、馬鹿なんだろうねぇ。また、正面突破で暴れているらしいぜ。こっちの見張りは最低限残して、正面口へ向かえってさ」
「どうする? 俺が行くか?」
「ああ、頼むわ。また今回も、あの人たち二人で片付けちゃうんだろうし、行ったところで、くたびれ儲けだろ?」
「じゃ、ほら。警笛っ」
「ん…。わかった」
一人が遠ざかっていく。
突然、ロイがひとりで勝手に入口から中へ躍り込んだ。
「ふはははは。ロイ様、参上。さあ、ファジーと真珠ちゃんのところへ案内しろっ」
見張りに剣を突き付ける。咄嗟に見張りは受け取ったばかりの警笛を吹いた。建物内が騒然となる。
「な、なにぃーっ」
ぞろぞろと、武器を構えた男が集まってきて、ロイが慌て出す。
「こ、こらっ。俺様の援護すんるじゃなかったのか、へっぽこ航海士っ」
「……馬鹿が」
シンは、助けを求めだしたロイをあっさり見捨てて、別の入口へ単独で回り込んだ。
「この薄情者ーっ。自分だけ逃げるのか―っ! くそぉ、俺一人で、真珠ちゃんを助けるからなぁっっ!!!」
そもそも、シンとロイは、こっそり忍び込んで人質を救出する予定ではあったが、打ち合わせは何もしてないのだ。
ロイが叫んでいるせいで、建物内の人の動きが、声のする方向へ向かって騒がしくなる。
「わあぁぁぁっ」
ロイの逃げ回っているのか戦っているのか定かでない悲鳴が、建物の外にまで響き渡っている。
シンは見張りの警笛を奪って、確実に声を封じながら、上階を目指した。
本来、人質などを閉じ込める牢や部屋は、地下にあることが多い。
ロイもそう思っているのか、どうも悲鳴は地下へ向かっているように聞こえる。
ただ、正面突破で来る海賊に対して、人質を効果的に使うなら…見晴らしの良い建物の最上階の方が、より効果的で安全である。この建物は、5階建て。
最上階か屋上がもっとも怪しいと、シンは確信して階段を昇った。
「持ち場を離れるなっ! 陽動作戦ということもあり得るんだっ」
五階間近まで上ったところで、階上から厳しい声が聞こえてきて、シンは壁に身を寄せた。もとから気配は消している。
「しかし、下から警笛や悲鳴が…」
「おまえたちは、ここにいればいい。いいか、下の騒がしさから、侵入した海賊がいることは確かなんだ。万が一、ここまでたどり着くことがあっても、絶対に、上へは行かせるなっ」
バタン、と扉の締る音がして、それまで張りつめていた空気が一気に和む。
「おい、見ろよ。あの二人相手に、あの海賊、渡り合ってるぜ…」
「……初めてじゃねえか?」
「何だよ、俺らにも見せろよ」
気配の多くが階段から遠ざかる。シンがそっと室内を確認すれば、二十名ほどの男たちが、全員窓にへばりついていた。
「強えーぞ、あの海賊っ」
「リカー海賊団って、南の海の覇者なんだよな? 覇者クラスの海賊は初めてだが、大丈夫ってことじゃなかったのかよ?」
「でもあれ、俺らが見たターゲットの奴と違うぜ。ロイって、黒髪の男だろ?」
後姿を確認して、シンは左手に補充の銃弾を握る。空賊から奪った最新式の銃といえども、一度に撃てる弾数には限りがある。窓にへばりついている男たちは、全員剣と銃を帯びていた。
「おいっ…ウソだろ…。あの二人相手に…」
窓にへばりついていた男たちに動揺が走った。
その機を逃さず、シンは一気に部屋へ入り込み、銃声を響かせる。
「な、なっ…」
「なんだっ」
半数以上は、おそらく何が起きたかもわからないまま、崩折れた。
「黒髪っ」
「ロイかっ」
「…あんな馬鹿と一緒にするな」
再度、シンの銃声が響く。
戦うリュウガを眺め、油断していた男たちが、残らずシンに一掃される。
上に続く扉をシンは静かに開けて、暗い階段を駆け上がった。
ヒロインは、後手に縛られ、ファジーと背中合わせにつながれて、運ばれた昨夜からずっと屋上に置かれていた。
「あんた、大丈夫かい?」
気がついたらしいファジーの声に、ヒロインは、ほっと安堵の息をつく。
「よかった…ファジーさん、ぜんぜん起きないから、すごく心配しちゃいました」
「あんた、私が眠らされている間に、何もされてないだろうね?」
「はい。ファジーさんのおかげで、大丈夫です」
ヒロインはリカー海賊団とは無関係の人間だと、その証拠にヒロインの指名手配書は無いはずだと力説したファジーは、賞金稼ぎたちがヒロインに一切手を触れないことを条件に、無抵抗でここまでついてきている。
『あたいが自分のために、この子を連れてんだ、この子は海賊じゃないんだから、賞金稼ぎには用がないだろ。この子に手を触れたら、許さないよ』という言葉のせいで、どうも賞金稼ぎの一味からヒロインはファジーの恋人だと受け取られたような節がある。
その証拠に、昨夜、ファジーが薬で眠らされてから、ヒロインは彼女たちの横にいるリーダーらしき男に『リカーの船長とこの女を金に換えたら、男の良さも教えてやろうか』と冗談交じりに言われている。
しばらく前から、下の方が騒がしいけれど、あいにくと何が起きているのか確認できる状態には無かった。
「わぁぁぁぁぁぁぁっ」
階下から、微かに悲鳴が響いてくる。
「あの…ファジーさん、あれって……」
「……ロイ船長が助けに来てくれたみたいだね。ここに居るって叫んでみ…」
ファジーの首元に、スッと剣が押し当てられた。
「ほう。やっぱりロイが来たのか。静かにしててもらおうか? おまえの大切な可愛い子がどうなってもいいのか?」
「……ったく。卑劣な男共だよ。これだからあたいは、男は嫌なんだ。わかったよ、息を潜めて船長に居場所がばれないようにするさ。あんたは、あたいが守るからね」
ファジーが、ヒロインを恋人にしているという設定のままにぼやいて、口をつぐむ。
リーダーらしき男は、ずっと外の様子も確認せずに、物憂げにファジーとヒロインの横で椅子に座っていただけだったが、ファジーの言葉に剣を鞘に収める。いつ抜き放ったのか、ヒロインには分からなかった。
下の様子を見張ってしていた男が、舌打ちした。
「おかしい。あいつら、絶対にリカー海賊団じゃない」
「あぁ? 相変わらずバカな海賊共は、正面から、リカー海賊団だと名乗って来たっていうじゃねーか…」
「なら、リーダー。いいかげん、自分の目で見てくださいよ」
「めーんど……」
椅子から立ち上がったリーダーが、下の景色を見下ろした。
「あーあーあー。…バカもここまで集まると、本当に嫌になるな。あーあ、ザコ共全滅だ。確かにありゃ、リカーじゃねぇな。もっと早くに気づかないかね…あーあ、あの二人も最後だな…。賞金稼ぎを名乗るなら、自分の身の程知っとけよ…」
すぐ足下で、銃声が連続する。
「鎖鎌に、二刀流。桁違いの強さと…」
扉が開いて、シンが屋上に居た数人に銃弾を放つ。弾にあたった者が倒れるのも気にせずに、リーダーは言葉を続けた。
「…そして、眼帯。来てんのは、リカーじゃなくてシリウスじゃねーか」
「シリウスって……リーダーっ!」
外を見てリュウガ達の動きを報告していた男が、慌てて逃げだそうとする。
「どっちが早いか試すか?」
リーダーの剣が、ファジーの首元に当てられた。
シンが、表情を変えずに銃を構える。
「あぁ、そういうことか。理由は、もう片方だな?」
その呟きが終わる前に、シンが撃った。
パン、という銃声とほぼ同時に、キンッと金属音が鳴る。
「驚くことじゃないだろ? 下に居るシリウスの奴等もやってたことだ」
シンの銃弾を剣ではじき返したリーダーが笑う。
「航海士シン…賞金は金貨1,200万枚、手頃だな」
「っ……」
シンが、リーダーの後ろに立つ男たちに照準を合わせ、連続して撃つ。
自分に当たらない銃弾に関しては、はじこうともせずに、手下が撃たれるままにする、リーダー。
「あいつら、勝手に集まってきただけだから、守ってやる義理もないんだよ。もともとこれは、一人でやってたコトだし。はい、チェックメイト。どうする?」
リーダーの切っ先が、ヒロインの顎に突き付けられた。
「獲物、捨てろよ」
勝ち誇ったようにシンに告げる。が、シンは動こうとせずに見返すだけだった。
「調子にのるんじゃないよっ!」
ヒロインの喉に突き刺さりそうな切っ先を、怒号をあげたファジーが素手で掴み、へし折った。
「なっ…」
驚いてファジーを見たリーダーの両足と両手に、シンの銃弾が撃ち込まれる。
「いつ…の間に……」
倒れ込んで睨み返した賞金稼ぎを、ファジーがふんっ、と鼻をならして見下ろした。
「シンさまが縄を切ってくれたに決まってるだろ。シンさまは、無駄撃ちしないんだよっ」
屋上に来てからシンは数発に分けて、確実にファジーを戒めていた綱を銃弾で撃ち切っていた。
「さあぁて、仕返しさせてもらうよっ」
残っていた賞金稼ぎ達に、ファジーが突進する。
シンは、残党は全てファジーに任せることにして、ヒロインを連れ、混迷する建物内を脱出した。
海岸に、賞金稼ぎ団撲滅にかかわったシリウス号の面々が集まっていた。
「やっぱり、船長、強えや…」
リュウガの戦いぶりを見ていたハヤテが、興奮している。
「そういや、ロイはどうしたんだ? シン」
リュウガの問いに、シンは肩をすくめた。
「ちゃんと、敵をひきつける囮をしててくれたようですが、さあ…どこまで逃げたのか知りませんね」
「ロイ船長の悲鳴なら、屋上まで聞こえてきましたけど…」
「あ、それなら、俺らも聞こえたぜ。な、ナギ兄っ」
「…ああ、聞こえたな」
実のところ、ロイはまだ「真珠ちゃーん」と叫びながら、建物内を徘徊していたのだが…。
彼らは、二つのボートに分かれてシリウス号に戻る。
結局、仕返しとばかりに建物内の生き残りを追いかけまわすファジー。そのファジーと合流するまで、ロイは、ヒロインが助けられたことを知らなかったという。
Triangle againへ戻る
18歳以上の大人です