告白
「はぁ……」
ヒロインが厨房で何度目かのため息をついた。
ナギが横目で見遣ると、物憂げな横顔が見える。
「今度はどうした?」
ナギにしてみると、こんな表情をしている時のヒロインの悩み事は、シンに絡むことで、直接シンに言えないことが多い。
「え?」
「また、シンのことで、何か悩んでるだろ? 黙っててやるから、話してみろ」
途端に、ヒロインの頬が赤くなった。
「いえ、その、さすがに、ナギさんには言えません…」
珍しく相談できないと言われて、ナギの心の奥が微かに痛む。
「……そうか」
「すいません。その、ちょっと…ごめんなさいっ」
耳まで赤くして、逃げるように厨房を走り出ていくヒロインを、ナギはかなり驚いて見送った。
いったい、何を悩んでいたというのか。
もしかしたら、シンにものすごく恥ずかしい行為を強要されているとか……ないとは言えない。
または、シンが今現在、ヒロインがあそこまで恥ずかしがるようなことをさせているとか……それも、ないとは言えない。
なんとなく、いけない想像をはじめてしまったナギが、首を振り、口許を引き締めて調理に意識を戻した。
厨房から走り出たヒロインは、熱くなった頬を両手で冷やしながら、甲板に立った。
「はぁ…ナギさん、何事かと思ったよね……恥ずかしぃ…」
海風に吹かれていると、頬の火照りも治まり、気持も落ち着いてくる。
「そろそろ、厨房に戻って、急に出てきたこと、ナギさんに謝らないと…あぁ…何やってるんだろ、私…」
また、物憂げな表情になったヒロインが、船縁の向こうに広がる海を眺めた。
「どうしたの、ヒロインちゃん。さっき、厨房から走って出てきたみたいだけど、ナギと何かあった?」
背後に、いつの間にかソウシが立っている。
「いえ…その、ナギさんが私の悩み事を聞いてくれようとしたんですけど、私が話せなかったというか…」
そこまで言った途端に、厨房でのことが思い出されて、ヒロインは俯く。
「悩み事? 私が聞こうか?」
「い、…いえ………その、あの、大丈夫ですから」
俯いたヒロインの耳まで真っ赤になって、ソウシがクスっ、と笑った。
「耳まで真っ赤にして、可愛いな、ヒロインちゃん。何? ナギと何かあったんだ?」
笑顔で、とても柔らかな声なのに、どことなく穏やかでない感じがするのは何故だろう、と思いつつも、ヒロインは顔をあげられない。
「ん? 何かされた?」
俯いたままのヒロインの顔を、ソウシが屈んで下から覗き込んだ。
時折、ソウシがチラつかせる鋭い眼差しにぶつかったヒロインが、かすかにビクリと身体を強張らせた。
「あ、あのっ…そのっ……。な、なんでもありませんからっ…」
ソウシの身体を押しのけて、ヒロインが逃げるように走り去る。思わず航海室へ駆けこんだ。
「…あれは、なんでもないって感じじゃなかったけど? ナギと何があったのかな、ヒロインちゃん…」
押しのけられて、航海室へ入ってく後姿を見送ったソウシが、呟く。
「まあ、だったら、ナギに聞いちゃおうかな…」
何かを企むように、ソウシが嗤った。
航海室へ駆けこんだヒロインは、ドキドキとする鼓動を抑えて、大きく息をついた。
「びっくりしたぁ。ソウシさん、酔ってる時みたいな顔するんだもん…あれ?」
「よう。シンなら、居ないぜ」
地図を手に、航海室の机の前に立っていたのは、リュウガ。
「シンさんは…」
「ちょっと、俺の部屋へ、もう1枚の地図取りに行ってもらってる。そのうち来るだろ。…ソウシがどうしたって?」
リュウガが、頬に火照りの残るヒロインを見て、目を眇める。
「あ、いえ。別に。私が悩んでいたから、悩みを聞いてくれようとしたんですけど…」
「………」
「さすがにちょっと、相談できなくて、ここへ来ただけです…」
なんだかいろいろと後ろめたい気分になって、リュウガから目を反らしてヒロインが俯く。
「嘘が下手だなぁ、ヒロイン」
「へ?」
「そんなんじゃ、シンじゃなくても解るぞ。ソウシに何かされたか?」
「え? あ、いや、別に…」
何故、今日はこのパターンになるのだろうと内心、不思議に思いながら、ヒロインは慌てて両手で否定する。
「ソウシさんに、何かされたわけではなくて、私が勝手に…」
勝手に、厨房で自分の脳裏をよぎった言葉を思い出して……。
数歩、後ずさったヒロインが、真っ赤になって黙り込む。
「おいおい…まじかよ?」
訝しげな顔をしたリュウガが、ヒロインに数歩近づいた。
「し…失礼しましたっ」
リュウガから逃げるように、ヒロインが扉をあけて航海室の外へ走り去る。
「…おい…」
唖然と、そんなヒロインを見送ったが…難しい顔になって、リュウガは腕を組み、考え込んだ。
「船長、持ってきましたよ」
シンが航海室へ戻ってくる。
「おう。悪かったな。ヒロインがさっきシンを探してたみたいだが、会わなかったか?」
「…いえ。来たんですか?」
「あぁ。さっさと出ていっちまったけどな…」
複雑な表情のリュウガを、シンが探るように見た。
「何かしたんですか?」
「ばーか。何もしてねぇよ。それより、ほら、地図っ」
「………」
シンが、諦めたようにため息をついて、地図を広げた。
航海室から逃げ出したヒロインは、部屋に戻って、大きく息をついた。
「やだもう……。なんか、すごく恥ずかしい。恥ずかしすぎる…」
呟いてふと、まだ洗濯を終えて運んだものの、箪笥にしまわれていない洗いたてのタオルを目に留める。
「あ、そうだ。こんなときは、シャワーでも浴びて、気分をリセットすれば…」
着替えとタオルを持って、ヒロインはいそいそと、シャワー室へ向かった。
「こんな時間にシャワー使ってる人なんて、居ないよね」
なんのためらいもなく、扉を開ける。
「あ?」
「…っ!」
船内に、ヒロインの悲鳴が響いた。
「すいませんっ、ハヤテさんっ」
真っ赤になって謝るヒロインと、ふてくされているハヤテ。
「だいたい、見られたのオレだし。なんで、ヒロインが叫ぶんだよ」
「ごめんなさい。こんな時間に誰もいないと思ってたから、驚いて」
「修行して汗かいたから、シャワー浴びるなんて、オレ、いつもやってるけど? オレ、ちゃんと使用中にしといたよな?」
「そ、そうですよね。ごめんなさいっ」
ぞろぞろと集まってきた一同が、そんな二人を見てため息をつく。
一通りハヤテへの謝罪を終えたヒロインの腕を、黙って静観していたシンが掴んで、引きずるように部屋へ連れ込んだ。
「シンさん?」
バタン、と乱暴に部屋の扉が閉まる。
「……なんか、シンさん、怒ってますね…」
トワが囁くと、リュウガが苦笑した。
「まぁな…。ところで、ソウシ、聞きたいことがあるんだが…」
「後にしてくれる? 私も、ナギに聞きたいことがあるんだけど…」
「…調理の途中だ」
「別に、調理しながらでも構わないよ?」
厨房へ歩きだしたナギの後を、追うようにソウシがついていく。さらに、そんな二人を追うように続くリュウガ。
「船長もソウシさんも、ナギ兄も…どうしたんだ?」
きょとんとしたハヤテに、同様にきょとんとしたトワが「さあ?」と答えた。
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