華燭
「見合いー?」
真っ先に驚きの声を上げたのは、ハヤテだった。
「シン、それでいいの?」
ソウシが、ひどく意外そうに続ける。
「…成り行き上だ。それに、ヒロインは見合いパーティーに出席するだけだ。実際に見合いするわけじゃない」
ほとんど無表情で答えるシンを見遣って、ソウシは苦笑した。
「シンが納得しているなら、私は構わないけどね。ヒロインちゃんも、いいの?」
「あ、はい。なんか、そのパーティーに一人で出席すれば、宝の地図の残り半分を渡してくださるということでした」
「そもそも、気合い入れて散々着飾った女たちが大勢来るんだ。そんな中で、主催の金持ち息子の目に、たいして着飾らないコイツが映るわけがないだろ」
「ですよね?」
ヒロインはへらへらと笑っていたが、シンは言葉に反して相変わらず無表情である。
「…そう。二人がそれでいいなら…ね、船長?」
「ああ、とにかく、地図の半分が手に入らないと、話にならないからな」
頷いた船長に、ヒロインが頭を下げる。
「あの…本当にすみませんでした」
「地図を盗られたヒロインが、自分で取り返すってのは、かなり驚いたぞ。まあ、お前も立派な一員だったってことだな。よし。地図の件は、ヒロインに任せた。しっかり、金持ちのパーティーに忍び込んで、奪い返してこいよ」
「はいっ」
気合とやる気がいっぱい、という雰囲気のヒロインを、シンは相変わらず腕を組んだ無表情で見ていた。
時間は少し遡る。
シリウス海賊団が苦労して探していた宝の地図を、シンとヒロインが手に入れた後の事だった。
「流石だねー。あんたらなら、手に入れると思ってたよ」
待ち伏せしていた別の海賊たちに囲まれた。
銃を構えたシンが、ヒロインにこっそり地図を渡して、応戦しつつ逃げ…二人は、ある屋敷の敷地内に隠れ込んだ。
「チッ…」
不覚にも弾切れに陥ったシンが、現実的には足手まといになるヒロインにその場で隠れて待って居るように言い、追手をうまく撒いてる隙にそれは起こった。
「あれ? キミ、どこから紛れ込んだの?」
栗色の髪に端正な顔立ちの男が、薔薇の茂みの中で座り込んでいるヒロインを見つけた。
「迷子かな?」
にこり、と笑ってヒロインを見る。
「あ、あの……す、すみませんっ。勝手に入っちゃって…。その…」
慌てて立ち上がって頭を下げて謝ったヒロイン。
敷地外で、海賊達の喧騒が聞こえてきて、ヒロインは身を固くする。
「賊に追われているの? こっちへおいで」
「あの…でも…」
逡巡する。流石に、自分もその賊の一味です、とは言えなかった。
「ふーん、オレの言うことは聞いておいたほうがいいよ?」
ニヤリと笑ったその男は、ヒロインの手を掴んで引いた。
「人の家に忍び込んでおいて、親切を聞かないのは、泥棒と思ってもいいのかな? キミ、ここに何か盗みにきたの?」
「ちっ…ちがいますっ」
「別にオレは、この家の主人に『泥棒を捕まえました』と言って差し出してもかまわないよ。この家の主人、すごく好色なんだって…知ってる?」
「し、知りません。たまたま、ここに、その…」
「なら、素直についておいでよね」
ヒロインは腕を引かれ、引きずられるように、敷地内を移動していく。
「あれ? サトルさん、どうしたんですか、その子…」
敷地内を移動する二人を、銀髪の少年が呼びとめた。
「ああ、人助け。なんか賊に追われてるみたいだから、屋敷の反対側まで庭を突っ切らせてあげてるとこ」
「賊に?」
「そ。親切でしょ、オレ」
「暇の間違いじゃないですか?」
くすり、と笑った少年がヒロインを見上げた。
「そんなに警戒しなくても、サトルさん、初対面の女性には紳士的な方ですから大丈夫ですよ」
「…サトルさん?」
「そ。オレ。キミの命の恩人の名前ね」
「命って…」
「じゃ、あっちまで連れて行ってくる」
少年は笑って二人を見送る。
しばらくまっすぐ歩くと、再び垣根のように張り巡らされた薔薇の茂み。
「はい。ここまで来れば、大丈夫」
「あ、ありがとうございます……」
お礼を言って離れようとした時、サトルがはっとして、庇うようにヒロインの腕を強く引いた。
茂みの中から、銃を構えたシンが姿を現す。
「そいつを離せ」
「シンさん…あっ、違うんです、ダメですっ」
慌てて、逆に庇うように前へ出たヒロインと、自分に銃を向けるシンを見比べ、サトルは笑った。
「何? もしかしてキミの仲間? せっかくの恩人に対して、ひどくない? いくら空弾の銃でも、出自疑われちゃうよ?」
シンが舌打ちして銃を下ろすと、サトルは掴んでいた腕を離した。
ヒロインがシンに歩み寄って頭を下げる。
「待ってるように言われたのに…ごめんなさい、シンさん」
「…ったく。心配かけやがって…」
二人の様子に、サトルが目を眇める。
「そこの片目。あんな屋敷から丸見えのところに女の子置いて行って、この子が泥棒と間違われちゃったらどうすんのさ?」
黙って見返したシンの前で、サトルが、手品師のように袖口から折りたたまれた羊皮紙を取り出した。
「これ、大事なもの?」
「え? いつの間に……」
驚いて、宝の地図をしまったはずのポケットに手を入れるヒロイン…ない。
「賊と取り合っていたのって、これだよね?」
「返してくださいっ」
反射的に手を伸ばしたヒロインの腕を、再びサトルが捕らえた。
「馬鹿っ…」
「ご、ごめんなさい、シンさん…」
「返して欲しい? なんかさぁ、せっかく好色なこの家の主人の目から匿ってあげたのに、そこの片目からお礼も何もなくて気分悪いんだよね。キミ、お詫びしてよ」
「お、お詫びですか?」
「する必要はない」
底冷えするシンの声を無視して、サトルはヒロインに語る。
「キミたちに選択権ないから。オレ、女の子の服選ぶの好きなんだよね。ちょうど、明日、この家の息子のお見合いパーティーあるんだけどさ。オレが選んだ服着て出席したら、これ、キミに返してあげる。オレの知り合いってことで、招待状ナシで入れるようにしとくからさ」
「そんなもの、出席する必要はない」
様子をうかがっていたシンが、サトルの手から羊皮紙を掠め取った。
「おっと……油断も隙もないヤな男だね」
サトルはヒロインを離して数歩下がり、腕を組む。
「行くぞっ」
ヒロインを抱きよせるように引いて、踵を返したシンの背中に、遠ざかるサトルが笑って言った。
「でも、オレの勝ち。残りは来る途中で隠しておいたんだ。明日、君たちの宿を調べて服を届けるからね」
シンが取り返した地図は、丁寧に半分切り取られていた。
パーティー当日の午後。
本当に教えてもいないのに、衣装を持った侍女と銀髪の少年が、ヒロインたちの泊まっている宿を訪れた。
「お支度をお持ちしました、ヒロイン様」
「あ、はい。わざわざありがとうございます」
侍女よりさらに低く頭を下げたヒロインに、銀髪の少年が苦笑する。
「…えーと、眼帯の男性に伝言があります」
少年が不機嫌そうなシンの前に立った。
「こっそり忍び込んできて、せっかくのパーティーを台無しにされても困るので、貴方用の来賓席を用意しました。武器は置いて、ご同行ください、とのことです」
「…断る」
「はい。そう言うと予想していました。では、これをどうぞ」
シンに手渡されたのは、屋敷内の案内図。
「屋敷を無闇に壊されても困りますので。…招待客には軍関係者もたくさんいらっしゃいますから、どうぞ見つからぬようにお過ごしください。万が一捕縛される結果になりましても、こちらは一切の責任を負いませんがご了承ください」
「チッ…」
様子を見ていたリュウガたちが、目を丸くする。
「海賊相手に、至れり尽くせりだな…」
ヒロインが着替えている部屋の扉が開いて、侍女が少年を呼んだ。
部屋へ入ろうとする少年を、不機嫌なシンが呼びとめる。
「何しに行く」
「着替えが終わったそうですので、化粧をさせていただきます」
「お前がか?」
「ご心配なら、一緒にどうぞ。僕はメイク担当なんです」
シンは黙って、少年と一緒に部屋に入った。
「もしかして、ヒロインちゃん、かなり化けちゃうかもしれないね…」
ソウシが心配そうに呟く。
「…モトは悪くないからな…」
ナギも頷く。
「これは、シンも内心穏やかじゃねーな」
リュウガも苦笑した。
半時ほどして。
扉が開く。
仲間の前に立ったヒロインをみた全員が、言葉を失った。
「あの…皆さん、私、変じゃないですか?」
薄い桜色のリボンでまとめた髪が、一部分だけウェーブして垂れ、肩に揺れている。
光沢のあるドレスは、肩口が桜色の薄布を花弁の形で何枚も重ねたような趣向で腕が透け、肘から先はむき出しになった白い肌がすっきりと伸びている。
ドレスの襟元はシンプルかつ清楚に整い、ウエストから再び幾重にも重ねた花弁のような布が、桜色の濃淡を織りなして膝までを隠していた。
化粧も自然体な印象で、少しだけ強調されている目もとの愛らしさと艶やかな唇が、とても可愛らしい。
「うん。とっても可愛いよ。花の妖精みたいだね」
真っ先に言葉を取り戻したソウシが、にっこりした。
「ああ、この服なら、ヒロインの普段の言動そのままが自然にハマるな…」
リュウガが目を細める。
「ヒロインさん、すごく可愛いです」
頬を染めたトワが、目を輝かせて言う横で、まだハヤテは言葉が見つからないらしく、驚いたようにヒロインを見つめている。
ナギも、小声でヤベぇ…と言った以外の言葉が見つからず、ふとシンを見た。
称賛を浴びるヒロインを、それはそれは苦い顔で眺めて腕を組んでいるシン。
「おい、ヒロインっ」
「はい?」
シンに呼ばれて振り返ったヒロインを見て、ナギはドキリとした。
ソウシとリュウガも、微かに息をのむ。
正面からは予想もできないほど背中が開き、薄布の向こうにヒロインの白い肌が透ける。
うなじから背中にかけての誘うような色香を演出しているのは、垂れた髪と首筋で揺れるリボン。
「めちゃくちゃエロくね?…」
ハヤテが赤くなって眼を逸らす。
トワに至っては、完全に言葉を失っている。
「ヒロインちゃん、採寸してきたわけじゃないよね…服のサイズ、ぴったりだね……」
ソウシが、不穏に言う。
「ああ、あの手の背中の広く開く服は、確か下着も特別だが……あいつら、随分面白い男に捉まったな」
リュウガは愉しそうに出かけて行くヒロインを見送った。
ヒロインが案内された広場には、美しく着飾った若い女性たちがあちこちで相手を牽制するような眼をしながら、囁き、笑い合っていた。
「やあ、いらっしゃい。やっぱり、オレの選んだ服はキミに似合っているね」
広場に入ってきたサトルは、まっすぐヒロインのもとへ来た。
「あの。ちゃんと来ました。残りの半分、返して下さい」
挨拶も何もなく要件を切りだしたヒロインに、サトルはふっと笑って肩に手を回す。
「いいね。キミ、本当に最高。あのへんの媚売る奴らより、ずっといいよ。ところで、片目くんは、付いてこなかったの?」
「シンさんは…入口までは一緒でしたけど…」
屋敷の入口で、シンは何も言わずにどこかへ行ってしまった。
「隠し場所でも探しているのかな? 今日は、警備の軍人があちこちにいるから、見つからないといいね。彼、海賊だものね?」
耳元でサトルが囁いた。
「海賊って…」
驚いたヒロインを、サトルは笑って見下ろす。
「あれから、ちゃんと調べたんだ。キミは、懸賞金かかっていないから、海賊の船に乗っているだけなのかな? それとも、海賊たちに何処かで攫われたか買われたの? 逃げたいなら手伝うよ?」
「別に買われたとかじゃありませんっ」
銀髪の少年がすっと近づく。
「サトルさん、ご挨拶の後にした方が…」
「あ、そうか。ちょっと待っててね。メグはこの子のそばにいて」
サトルは広間の中央へ行き、張りのある声で口上を述べ始める。
「え…?」
驚いたヒロインを見て、メグと呼ばれた銀髪の少年が笑った。
「やっと気づくなんて。本当にサトルさんも、面白い子を捕まえたな…。そう。今日は、サトルさんの見合いパーティーです。僕は、一応、サトルさんの異母兄弟。僕らの父親は、本当に困った人でね…今頃、舌なめずりして愛人候補を物色していると思いますよ。だから、今は僕のそばにいることをお勧めします」
サトルの挨拶が終わると、父親らしき男が何やら口上を述べ、管弦が流れ、食事や飲み物が運ばれる。
「待たせたね」
「サトルさん、今、なんて言ってきたんです?」
メグが聞くとサトルはつまらなそうに答えた。
「今夜はこの子にするから、他は好きにしていいって言っておいたよ。メグもどれかキープしておく?」
「僕もこの子がいいです」
「じゃあ、三人で遊ぼう。絶対、この子面白いから」
二人が、ヒロインを広間の外へ誘う。
「ちょっと……。だって、サトルさんのお見合いパーティーじゃないですか?」
「うん。だから、キミにした。オレが1人選べば、あとは親父の愛人探しパーティーだから。けっこう、それ狙って来てる女もいるよ? 世の中には、表向きと実際が異なることなんて、沢山あるよね?」
「大丈夫。サトルさんと僕がいなくなっても、誰も文句言いませんよ。この家の後継ぎは僕らじゃありませんから」
ヒロインは、サトルとメグに連れられ、広間から出て、別の部屋に入る。
「三人かあ…キミ、カードできる? 僕らに勝ったら、商品、コレね」
サトルは洋服の内ポケットから羊皮紙を取り出した。
シンは理性を総動員して激情を抑えつつ、屋敷内を歩いていた。
あの、サトルとかいう男がヒロインに選んだ服は、サイズまでぴったりで、恐ろしく似合っている。
つまり、ヒロインがシンと別れていたわずかの間に、あの男は、ヒロインの身体のサイズを知り尽くしたことになる。
何事もなくて、あそこまでぴったりなサイズを選択できるものだろうか。
そして、ヒロインの、あの愛らしい格好。
思わず抱きよせて口づけたくなるような後姿。
さっさと、サトルの弱味か目的の品を手に入れて、ヒロインを連れ帰るに限る。
ふと、並ぶ扉の向こうから聞こえる声や気配に、シンは眉をひそめる。
「チッ、そういうことか」
急いで広間が見える場所へ向かうが、広場にはヒロインの姿も、サトルの姿もなかった。
シンは冷静さを欠いて動き出そうとする自らを戒め、渡されていた案内図に目を落とす。
断られることを予想して用意されたという来賓席の場所に印が描かれている。
あのサトルという男は、たぶん…。
シンは、屋敷内を探索して知った事実と、自分の人を見る直観を照らし合わせつつ、来賓席に向かう。
途中、渡された案内図の書き込み通りに警備の軍人が立っていて、シンは苦笑した。
辿りついた扉の向こうから、ヒロインの愉しげな笑い声がする。
ヒロイン以外の、無邪気そうな笑い声も聞こえる。
「やったぁー♪」
ヒロインのうれしそうな歓声が聞こえて、シンは頭を抱えたい気分になる。
とりあえず、何事もなく健全で無事そうな声に安堵しつつ、シンは扉を開けた。
部屋にいた三人が、シンを笑顔で迎える。
「あっ、シンさんっ。私、取り返しましたぁ!」
いつもに増して可愛らしいヒロインの手には、目的の羊皮紙が握られていた。
「ちょうどお迎えがきたね」
サトルは、シンを見て、意味ありげな笑みを浮かべている。
「屋敷内の探検はどうでした? 面白いものがたくさん見れたでしょ?」
銀髪の少年も、シンが何を見て何を知ったのか、承知しているようだった。
「サトルさんとメグくん、ありがとう」
いつのまにか、すっかり打ち解けているヒロインは、ちょこんとソファに座り込んでいる姿も可愛い。
ただ、同じソファにサトルも並んで座っているのは気に入らない。
「僕らも、久しぶりに楽しかったよ。…ねえ、ヒロイン。キミ、海賊なんかやめて、本当にオレのとこ来ない?」
サトルが抱き寄せようと伸ばした手から、シンがヒロインを立たせて掠め取った。
しっかりヒロインを自分の胸に抱き寄せて、サトルを見下ろす。
「もう、こいつの役目は終わっただろ」
「あーあ。本当は、血も涙もない冷徹なキミに、思いっきり暴いて欲しかったんだけど…噂ってあてにならないね」
「残念だったな。貴様達の思い通りに働いてやる気は無い」
「…その見取り図さあ、見込みありそうな賊に売り払ってよ。できれば、警備をものともせずに来てくれそうな強い奴らに」
「サトルさんとシンさん、何の話をしているんですか?」
会話が見えず、自分を見上げた可愛らしいまなざしに、シンは軽くキスを落とす。
「後で説明してやる」
その光景を見たサトルが、ニヤニヤ笑った。
「本当に、期待はずれ。その子に、無くしたはずの血も涙も貰っちゃってるよね。賞金首の最強の海賊と知って……我ながらいい思いつきだと思ったんだけどな」
ヒロインを連れて部屋を出ていこうとしたシンに、メグが言う。
「被害者はね、誰にも見えないことになっているんだ。たまに従者や護衛の迎えがあるけどね、使用済みの被害者が出ていくのは簡単だよ」
「…なるほどな。おい、ヒロイン」
シンがヒロインに突然キスをして、髪のリボンを強く引いた。指先を髪に差し入れて、整った流れを崩す。
「ちょ…やっ…シンさ……」
驚いて逃れようとしたヒロインのドレスの肩を掴み、力任せに引き裂く。
「お前は、この二人の被害者だ」
真っ赤になって胸を隠して座り込んだヒロインをシンが抱きあげた。
「えーっ。ちょっと、やり過ぎ。オレ、そんな可愛そうなことしないのに。もっと優しくしてあげたら?」
「せっかくサトルさんが選んだ服だったのに…」
明らかに非難する二人を無視して、シンはヒロインを抱え、堂々と屋敷を歩き出す。
明らかに「使用済み」と見える令嬢を抱えて足早に屋敷の外へと去るシンを、誰一人呼び止める者はいなかった。
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18歳以上の大人です