燃氷
今回、シリウス海賊団が突き止めた宝は『燃える氷』。
蒼き氷の大地がある島の奥、洞窟の中にその氷はあるのだという。
寒さ厳しい北の海に来てから、なぜかシンは機嫌が良い。
ヒロインは、シンが用意しておいてくれた防寒具一式を着込んで、雪が舞う中、甲板の雪かきをしていた。
「わきゃっ」
足もとが滑って、盛大に転ぶ。
雪の積もった甲板は滑りやすく、もう、何度もヒロインは転んでいた。
防寒具がふわふわとして厚い素材で作られているためか、何度転んでも痛くはない。
ただ、とても温かいモコモコとしている服は、座ったり立ったりを繰り返すには、少し動きにくかった。
「よいしょっと…」
雪かきを支えにして立ち上がれば、シンが肩を揺らしているのが見える。
絶対に、あれは、激しく笑っている。
ヒロインは、少しムッとしながら、シンに背を向けて、雪かきを続けた。
雪が重くて、押しても自分の足が滑るばかり、なかなか前へ進めない。
仕方なく、引っ張ろうとすると、床が滑ってまた尻もちをつく。
「…小熊が雪遊びしているみたいだな…」
いつもとあまり変わらぬ服装のリュウガが、そんなヒロインを見て言った。
「船長っ。寒くないんですか?」
驚いたヒロインに、リュウガは笑う。
「あ? 酒飲んだからな。何より、ここの動物ショー、笑い飽きねえ」
「動物ショー???」
どこに動物がいるというのか。
甲板にいるのは…。
「…動物って、私、ですか?」
「動きの鈍い小熊が、船の上をころころと転がって、曲芸してるからな。サーカスの熊でも、こんなに笑わせちゃくれねーな」
「もうー。これでも、一生懸命、雪かきしてるんですけど」
「おー。その調子で甲板に笑いをふりまいてくれ」
笑っていたリュウガが、ふと、真面目に言う。
「くれぐれも、勢い余って海に落ちるなよ。…ま、調教師が見ているから、大丈夫だろうが」
「ち…調教師って……」
「いるだろ? お前に鞭とご褒美くれるのが」
ヒロインが赤くなるのを見て、リュウガは大いに笑った。
やがて、シリウス号は氷の大地が広がる島に到着した。
港などない、雪と氷に覆われた大地。
船を舫うことができない以上、待機組と上陸組に分かれるわけで。
結局、今回はリュウガ、ソウシ、シン、ハヤテ、ヒロインがボートで上陸した。
「洞窟ねぇ…真っ白で、雪と氷しか見えねぇな」
リュウガが、雪の地平線を眺めた。
「よし、こっちだ」
迷わず、リュウガが歩きはじめる。
「すごいですね。こんな雪原で、地図もなく船長、方角わかるんですね」
感心したヒロインに、ソウシが苦笑した。
「いや、勘だから」
「まあ海賊王の勘だから大丈夫だろ」
シンは笑っている。
「船長の勘は、はずれたことないんだぜ」
ちょっと得意そうなハヤテ。
確かにそれから半刻も歩くことなく、氷の絶壁に口を開けた洞窟が見つかった。
氷でできた洞窟のためなのか、青い壁は明るい。
「本当に洞窟があったっ!」
驚くヒロインに、シンが言う。
「問題は、この中にある『燃える氷』がどういうものか、だな」
「宝石とかではないんですか?」
「名前から水晶やダイヤモンドかと思って私も調べたんだけどね、どうも違うみたいなんだよ、ヒロインちゃん」
リュウガは洞窟の入口を見上げて言う。
「…まあ、世界を変える宝らしいが、見てみねーと判らねえな。入るぞ」
松明が無くても明るい氷の洞窟は、トラップも何もなく、行きどまって終わった。
「あれ? ここだと思ったが…」
何もない行き止まりの洞窟内で、リュウガが足元を見下ろす。
白い、シャーベットのような氷が、足元に溜まっていた。
ソウシが、足下に目を眇める。
シンも、極寒の氷の洞窟の中で、シャリシャリとしている足もとの氷を黙って見つめた。
「なんだよ、船長。何もねーじゃん」
唇をとがらしたハヤテに、ソウシが言う。
「いや…私たちの足下にある氷は、かなり不自然だよ。……船長、もしかしたら、本当に、燃える氷なのかもしれません…」
「じゃあ、火をつけてみれば判るじゃん」
火種を取り出そうとしたハヤテの手を、シンが止める。
「待て…ヒロイン、水を貸せ?」
ヒロインが渡した飲み水を、シンは足元に垂らす。
シュウシュウと音を立てて、水に触れた氷が消え、硬い、見慣れた氷の床が現われる。
「ただの氷じゃねーな」
リュウガも目を見張った。
「もしも、この洞窟全体が燃える氷だとしたら、下手にここで火を付けて試すと、この洞窟が炎の洞窟になりかねない。この氷を持って、洞窟の外で試しましょう」
あらゆる可能性を想定する優秀な航海士の言葉に、リュウガも頷いた。
「よし。ここの氷を持っていって、外で火を付けてみよう」
ソウシが、荷物から念のために持ってきていた試験管を取り出して氷を採集する。
その準備の良さに、ヒロインは驚いた。
「そういえば、石炭て燃える石なんだよな?」
青い炎をあげて燃える氷を見ながら、ハヤテがソウシに聞く。
「そうだね。でも、この氷は石炭とは違うよ」
氷の炎が消えた後には、灰も残らなかった。
「…なるほどな、たしかにこれは世界を変えるな」
灰もなく、消えた燃え跡をみて、リュウガが呟く。
それまで黙って考えこんでいたシンが呟いた。
「メタンハイドレート……」
「?」
聞きなれない言葉に、ヒロインがシンを見る。
「燃える気体が結晶化して氷になった物体だが…船長、持って帰るのは無理ですね。この地から離れたら、この氷は溶けて消えますよ」
「なるほどな…。持ってくのは無理だな。どうする? まあ、燃える氷を見れたからヨシとするか」
笑ったリュウガに、シンが真面目な顔で言う。
「ただ、この洞窟…どっかの馬鹿が洞窟内で火種を取り出したら、大変なことになりますね」
「シンさん、大変なことってなんですか?」
「たぶん、あの洞窟には燃える気体が充満している。火種があれば、一気に引火して…」
その時、銃声がして洞窟が一気に炎に包まれた。
「あちーっっ!!」
走り出てきた人影に、一同がげんなりとする。
「ロイ……」
「馬鹿がいた…」
「いったい、いつの間に…」
「中で発砲したのか…」
燃えた服の一部ごと雪の中に突っ込んだロイ…。
足もとに震動が走る。
「船長。もしも、鉱脈のような形であの氷があったとしたら、この陸地そのものも危ない」
ヒロインの肩を抱えたシンに言われて、全員が走りだす。
氷の大地に亀裂が生じ、青い炎が噴き上がる。
炎に温められた氷が溶けて、シュウシュウと蒸発していく。
青い氷で覆われた大地は、青い炎の大地となった。
海から青くゆらめく炎の大地となった島を見て、ヒロインが言う。
「残念でしたね…でも、キレイ…」
「…一度火が付いたらなかなか消えないからな…一週間で燃え尽きればいいが…」
シンが少し心配げに言うと、ソウシが笑った。
「でも、みんな無事で良かったよ。まさか、これがあんなにすごいことを引き起こすなんてね」
手にした試験管には、白い氷…。
「船が吹っ飛ぶような実験するなよ?」
リュウガが釘をさす。
「しないよ、そんなこと。せっかくだから、船に残っていたナギたちにも見せてあげようかと思ってね」
「あ、私ももう一回見たいです」
「じゃあ、今度はヒロインちゃんが火を付けてみようか」
「え、できるかなぁ…」
「大丈夫、大丈夫」
わくわくと嬉しそうなヒロインに、ソウシは試験管を持ってにっこり笑った。
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