青鳥
洗濯ものを干し終えたヒロインが、たたまれているスタンスル(補助横帆)のブームに座って青空を見上げていた。。
シリウス号の後方から吹く風は、帆を大きく後押ししている。
おそらく、シリウス号は最高速度で海面を滑っているのではなかろうか。
「きもちいいーっ」
にっこりと笑ったヒロインは、一瞬、自分の居る場所を忘れて大きく伸びをする。
波の揺れが船体に伝わり、不規則に帆が揺らぐ。
ヒロインの身体のバランスが崩れ、慌てた瞬間。
「おい、曲芸でもするつもりか?」
落ちそうになった背中を、ナギの手が支えた。
「あ…落ちるかと思ったぁ…ありがとうございます、ナギさん」
ほっとした様子で、また青空を見上げるヒロインにナギが苦笑する。
「こりねぇヤツだな」
「だって、こんなに綺麗な青空なんですよ」
言われてナギも青空を見上げた。
「……」
「……」
そのまま黙って二人で、青空をなんとなく眺め続ける。
「…幸せの青い鳥って、此処にいても見えないんですよね」
「はぁ?」
何の前振りもなく、ぽつりと言われた意味不明の言葉に、ナギが理解不能だという顔をする。
「あれ? ナギさん、青い鳥の話、知りませんか?」
「知らねぇ」
「幸せを運ぶ幻の青い鳥ですよ?」
「なんだそりゃ」
ヒロインが意外そうにナギを見た。
どうやら、彼女は、誰もが知っていると思っていたものだったらしい。
「そうかぁ…シンさんも知らないかなぁ……青い鳥って、近すぎて気付かない、小さな幸せのことだなーって、私、思うんですけど…」
ヒロインは足をプラプラさせながら、また青空を見上げる。
ナギは内心、自分が知らないからといってシンも知らないなんてありえないだろ、と思いつつ、なんとなく黙って一緒に空を見上げた。
「ヒロイン、何サボってる。航海室の掃除はどうした」
二人の後ろから、不機嫌極まりない声がやってきた。
ヒロインは慌てて甲板に飛び降りる。
「ご、ごめんなさい、シンさん…忘れてました」
ヒロインが俯いて謝る。
シンの視線は、一緒にいたナギに向けられていたのだが、俯いたままのヒロインは気付かない。
ナギから見ていると、ここ数日、シンはやたら苛立って、些細なことにも変に突っかかる。
「一緒に空を眺める余裕もない奴が相手じゃ、ヒロインも大変だな」
最近のシンを揶揄する言葉で応えて、ナギは二人に背を向けた。
ナギの足が医務室に向かう。
「珍しいね、どうしたの? ナギ」
「…青い鳥の話、知ってるか?」
「童話の?」
ソウシが、不思議そうにナギを見た。
「どんな話なんだ?」
尋ねるナギは、相変わらず無愛想ではあるのだが…。
「ヒロインちゃんに何か言われたの?」
「………」
ナギのこの沈黙は肯定と判断し、ソウシは自分の知っている話をかいつまんで説明する。
「…そいつら、なんで旅したんだ?」
「うーん。童話だから、いろいろ聞かれても、私も困るんだけど…」
「もともと、家の鳥籠にいたんだろ?」
「そうなんだけどね…。いたことに、気付かなかった、気づいてないから見えなかった、ということなんだろうね」
「……」
ソウシの説明で、ようやくナギの中で何か腑に落ちる。
「…ああ。それで『そこにいても見えない』か」
ナギが考え込む。
「ナギ?」
「紫キャベツの煮汁に重層…でいけるか…いや、紫芋を煮ても…」
「ナギ???」
「ああ、悪い。新作料理、思いついた」
ナギは厨房に向かった。
「ナギ兄、食後のデザートくれよ」
夕食を気持ちいいほどに食べまくって皿を空にしたハヤテが、ナギに言った。
「あ、デザート運ぶの手伝いますっ」
ヒロインが立ちあがって、厨房へやってくる。
「そういえば、今日のデザートは何ですか?」
「ゼリーだ。ほら、こっちがおまえで、これがシンの分。持ってけ」
「うわぁ♪」
青色の皿を受け取ったヒロインが、目を輝かせた。
透明なゼリーの中に、小鳥の形をした青色のゼリーが入っている。
シン用のものは、紅いゼリーだが、同じように中に青いものが入ってる影が見えた。
「えーっ、すごーい。他の皆のも?」
ナギの手にしているのを見れば、紅いゼリーが多い。
「お前のは蜂蜜味にしといてやった。あとは、赤ワイン味だ」
「みんな見て見てー。すっごく可愛いゼリーっ。真ん中に、青い鳥がいるのっ」
運んでいったヒロインが、自分の言葉に「あ…」と気付き、ナギを振り返る。
満面の笑みで喜ぶヒロイン。
シンがちらりと面白くなさそうにヒロインの視線の先を見たのに気付き、ふっとナギが笑う。
「いいから、食え」
ナギのデザートを持ったヒロインが、シンの隣に座る。
「シンさん、青い鳥ですよ、青い鳥っ」
「見れば解る…」
「シンさんは、青い鳥のお話、知ってます?」
ナギの作ったきっかけで、話し始めたヒロインを、ナギは満足げに眺めていた。
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