突風


朝のおだやかな光が、水面に揺れている。
シンが見張り台から見下ろせば、 甲板では、洗い終わったシーツを何枚も干すヒロインが見えた。
凪いだ風、凪いだ海、青空。
確かに、大きな洗濯物をたくさん干すには絶好の空模様なのだが。
そもそも、シーツは一枚でも干す場所を多く奪う。
それが10枚もまとめ洗いされていれば、干す空間もそれなりに必要になるわけで。
いつも洗濯用に使うロープでは足りず、追加であちこち張り巡らして干した結果、 甲板は、シーツで仕切られた迷路のようになっていた。
「…ったく、あいつは……。トワ、ちょっと見張り交替しろ」
 遥か前方を眇めたシンが、 甲板でロープを束ねるトワに声をかけて見張り台を下りた。
「おい、ヒロイン。洗濯物は、きちんと固定しておけ」
「シンさん?」
 シンの声は近くで聞こえたのに、見回したヒロインの視界には、干したてのシーツしか映らない。
「でも、たくさん洗ってしまったので、固定する洗濯挟みが足りなくて…今日はあまり風がないから…」
 ヒロインがそう答えた瞬間、激しい突風がバタバタとシーツを巻き上げた。
「あ……え?」
 ヒロインの周囲で風をはらんだシーツは、予想外の力でいくつかの留め具をはねのけ、舞い上がる。
「あっ…だめっ」
 シーツが飛んでいくのを引き留めようと思わず掴んだヒロインの身体が、 風の力に引っ張られる。
「ヒロインさんっ!」
 見張り台から事態を知ったトワが叫んだ。
 思わぬ力で引っ張られたヒロインは船べりから身を躍らせそうになっている。なのに、視界をシーツに遮られている本人は、自分が何処にいるのかわかっていない。
風をはらんだシーツを更に追おうとした。 その瞬間。
「っ。勝手に風に連れて行かれるんじゃない」
シンの腕が、ヒロインをシーツごと抱き留めた。

「?」

 視界を塞がれている彼女には、何が何だかわからない。
 一瞬で収まった風は、持っていきそびれたシーツを二人の上に落とす。
 シーツの何枚かは、船上を飛び出し、近くの水面にふわりと落ちた。
 抱きかかえられたまま、きょとんとするヒロインを見降ろして、シンは、ふっと笑う。
「え? な、何?」
 結局、周りの景色が見えず、シンに支えられている状態の彼女には、未だに事態が飲み込めないままだった。
「シンさん? あのぉ…私、何か…???」
 シーツの中で振り返ったヒロインが、背後で自分を抱きとめているシンを見上げる。
そんなヒロインをじっと見つめるシンの瞳に、別の色が混じる。
「……甘やかすのは、よくなかったな」
 盛大な溜息をつく。
「えっ?」
「このまま、海に落とした方が良かったか……」
「ええっ?、ちょっ…シンさんっ? 私、何か悪いことしましたっ??」
 シンがニヤリと口元を歪める。
「まだ、わからないのか?」
その時。
「二人とも大丈夫?」
 ソウシが、シーツの端を持ち上げて、中を覗き込んだ。
「……」
 黙って視線で抗議したシン。
これから、遊ぼうと思った玩具を取り上げられてしまった、と言わんばかりの視線に、ソウシは明るく笑顔で答える。
「あ、大丈夫そうだね。二人とも動かないから、どこかに体をぶつけたり、筋をひねったりしたのかと心配したよ」
「ヒロインさんっ、大丈夫ですか?」
 見張り台から駆け降りたトワも走ってくる。
 シンは、不機嫌そうに舌打ちすると、ヒロインを甲板に置いて、舵に向かった。
「???」
 舵を握ったシンの声が、ヒロインに届く。
「おい、少し戻ってやるから、早くあの洗濯物を回収しろ」
「あーっ!!! みんなのシーツがっ!!」

 結局、飛ばされた洗濯物は、すべて無事に回収された。

「シンさん。あの時、風が来るの知って、私に、教えに来てくれたんですよね」
「……」
「ありがとうございました」
 昼食時。
 にこにことシンにお礼を言うヒロインとは対照的に、仏頂面のシン。
「洗濯物で視界が遮られていたら、危ないだろ。もう少し、考えて干せ。」
「はい。わかりました」
「まして、洗濯物が風で飛ばないように固定するのは、基本中の基本だ。手を抜くな」
「はい。気をつけます」
 応答するヒロインは、叱られることすら嬉しそうに見える。



「…なんか、嫁と姑みたいな会話だねぇ」
 いつのまにか、すっかりシンとヒロインの仲を応援しているファジーが小声で呟くとするファジーが小声で呟くと、
「いーや、あれは睦言だろ」
 リュウガが杯をあおりながら笑う。
「きっと、シンは、ヒロインちゃんを助けるところまで計算してたんじゃないかな…」
 ソウシの言葉に、ファジーは
「だよねぇ。あのシン様だものねぇ」と納得顔で頷いた。



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