山菜
北の無人島は、春を迎えていた。
砂浜から藪を見たヒロインが…
「あっ、ナギさん、あれ蕗ですよ」
丸い葉を指さして言う。
「…食いたいのか?」
「ヤマトの酒屋では、けっこう定番のおつまみなんですよ、蕗の茎を、醤油と砂糖で甘辛く煮付けたものなんですけど。…もうちょっと早く来たら、フキノトウが採れま
したね……」
言いながら上を見上げたヒロインが、歓声をあげた。
「うわぁ…タラの芽があるっ。こっちはコシアブラの芽っ。すごいっ、すごいーっ」
「…木の若芽、…食うのか?」
ナギの横にやってきたシンが、腕を組んで木々を見上げた。
「ヤマトで山菜と呼ぶ、季節限定の食物だな。他にも、シダ植物のワラビやコゴミ、ゼンマイの若芽が定番らしいが…」
今度は、足もとの藪を眺め回す。
「無さそうだな…」
ナギが、ふっと笑う。
「…あるよ」
まっすぐ藪の奥に数メートル入ったナギが、木々が途切れて日当たりの良い、似たような植物が生え始めている場所で立ち止まった。
かがんで、頭をのぞかせたばかりの丸いくるくるしたものを摘んで、シンに抛り投げた。
「そのシダは、食える。…名前は知らねぇけどな」
「あ、シンさんっ、それ、コゴミですねっ。…見つけるの難しいって聞いてたのに、さすがナギさんですね」
うれしそうに覗き込むヒロインに、シンが苦笑した。
所詮、書物で得た知識では、限界がある。
シンが見たのは、挿絵であって、その成長過程を全て見たわけではない。
さすがに、土から芽を出したばかりの姿がどのようになっているのかは、知らなかった。
一方で、山で育ったというナギには、実際の植生や、探すポイントが身についている。
書物のような知識がなくとも実践と経験から容易に見つけられるのだろう。
シン自身、こんなことで張り合っても仕方がないし、くだらないとも思うのに、なぜか悔しい気持ちが湧いてくるのは、ヒロインのせいだろう。
「ナギさん、あのタラの芽と、コシアブラの芽も、お願いします。天ぷらにするとおいしいんです。あと、みそ漬けにすると風味を失わずに保存ができるんですよ」
人の手が入らない木々は、高く、鬱蒼と成長している。
ナギが、鎖鎌を取り出して投げた。
鎌の刃は、的確に木々の若芽を斬り落とす。
ヒロインが急いで拾っているのを見て、ナギは辺りを見渡し、ごつごつとした瘤のある老木に登り、枝先の若芽を採ってきた。
「木の若芽なら、こいつも、食える」
ナギが採ってきた若芽をヒロインに渡す。
「あれ? 木はぜんぜん違うのに、タラの芽に似てますね」
「……ハリギリの芽だな。タラの芽の仲間だ」
「さすが、シンさん。よく知ってますね。私、これは知りませんでした」
にこにこと無邪気に喜んでいるヒロインを見ていると、シンのナギに対する複雑な気持ちが薄れていく。
ナギは、続いて林の中に入っていく。
しばらくすると、細い新芽を束のように持って戻ってきた。
「ほら。アケビの新芽。少し育っているが、まだ食える」
「あ、これもお店でも出してました。……ナギさん、本当にすごいですね。今日は、天ぷらいっぱいですねっ」
それでも、自分が見つけられなかった木々の若芽とシダ草の新芽をたくさん抱えたヒロインが、ナギにも同じ笑顔を向けるのはなんとなく嫌で。
「おいヒロイン。そろそろ食材集めはナギに任せて、行くぞ」
「え? でも…これ…」
ナギが苦笑して、ヒロインに言う。
「そこへ置いとけ。あとで、まとめて運ぶ。……ちゃんと天ぷらにしてやるから、心配すんな」
少し、残念そうに抱えていた山菜を置いたヒロインが、シンの後を追った。
その日の夕食には、山菜の天ぷらがたくさん並んだ。
「…ほら」
喜んでいるヒロインの前に、ナギが、きゃらぶきとグラスに少しだけのヤマトのお酒を置く。
「定番、なんだろ?」
ヒロインが、ちらりとシンを見遣る。
「……。ナギの出したものは、残すと怒られるからな…」
シンの許可を得たヒロインは、嬉しそうにグラスに口をつける。
「あ、いーなー。ナギ兄、俺にもヤマトの酒くれよ」
「だったら、私も少しほしいな。この天ぷらも、お酒に合いそうだからね」
ハヤテとソウシもヤマトのお酒を飲み始め、結局、気づけば食堂は宴のような雰囲気になっていった。
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