隠事
最近、ヒロインとトワが何か怪しい。
最初に気づいたのは、三人で調理することが度々あるナギだった。
最近、ヒロインとトワが不自然なほどやたら一緒に行動している。
次に気づいたのは、ソウシだった。
最近ヒロインの挙動がどこか変だ。
皮肉にも、三番目に気づいたのは、シンだった。
今、その三人が、たまたま、食堂に残っていた。
「………」
「………」
「………」
会話がないものの、なんとなくシンを覗うようなナギとソウシの視線。
「……なんだ?」
確証のないものは、言葉にするのが難しい。
シンの言葉に、ナギは黙したままだったが、ソウシが問う。
「なにが?」
問いに問いが返されて、シンがあからさまに嫌そうな顔で、ソウシを見た。
「さっきから、変だろ、二人とも」
「そう? そんなことはないと思うけど?」
その割には、誰も動かない。
それぞれ、暇じゃないはずなのだが。
普段、無口なナギが、溜息をついた。
「……変だぞ。アイツ」
アイツが誰のことを指しているか、言うまでもない。
シンが、ますます不機嫌そうに腕を組んだ。
「…知るかっ」
「シンも、気づいては、いるんだ?」
気づいていて、独占欲の強いシンがあのヒロインを放置しているのは、おかしい、とソウシは思っている。
「俺が何を気づくって?」
その反応に、ソウシは、やはりシンはヒロインとトワの様子に気づいていないのではないかと推測する。
シンも、二人の様子に、自分が知らないヒロインの何かを、二人が知っているのではないかと察する。
無口で敏いナギが、情報を探り合うようなシンとソウシを見て、面倒だな、と理解した。
「……トワも変だが…な」
ナギが立ち上がって、食材の木箱を抱え、食堂を出て行った。
「は? トワ?」
なぜ、その名前が出てくる、と問い返す前にナギに逃げられ、シンはソウシを見た。
「あれ? 気づいていなかったの? やっぱりナギは、よく見てるよね」
ソウシがくすくすと笑う。
「どういうことだ、ドクター?」
「私もナギを見習うことにするよ。シン、何もせずにヒロインちゃんを、見守っていてごらんよ…」
シンには難しすぎるかもしれないけど、とクスクス笑いながら続けて、ソウシも席を立った。
普段、黙ってヒロインを見ているだけの二人が気づくこと…。
「……ヒロインとトワだと?」
黙って見ているより、直接トワを問い詰めた方が早いに決まっている、とシンは判断して立ち上がった。
甲板に、明るい笑い声がする。
床を磨いているヒロインとトワが、楽しそうに笑い合っている。
「あっ、トワくん、ちょっと待って」
ヒロインがトワの赤いスカーフに一緒に結び混まれている糸くずを見つけた。
「えっ、そんなっ、いいですよ…」
「さっき、くっついたまま縛っちゃったんだね。待って…」
「じ、自分でやりますから…」
「ううん。やらせて」
ヒロインがトワの赤いスカーフをほどき、糸くずを取り除いて再び結びなおす。
「こ、こんなところシンさんに見つかったら、僕、殺されちゃいますよ」
トワが、どことなく居心地悪そうに空を仰ぐ。
「そんな。シンさんだって、こんなことくらいで、トワくんを怒ったりしないよ」
ヒロインが、笑いながらスカーフを結び終えてトワから離れた。
「どうかなぁ。そうじゃなくても、最近、なんていうか…いつシンさんに銃つきつけられるか…」
「…トワくん、つきあわせちゃって、ごめんね」
「ああ、いえ、いいんですけど…」
「もしも、トワくんが私のせいでシンさんに怒られちゃったら、ちゃんと私が庇うよ」
「そ、そ、そんな、駄目ですよ。僕が本当に殺されちゃいますってば」
「えー。大丈夫っ。シンさん、本当はすごく優しいんだから」
「それは、ヒロインさんだから、ですよ?」
「うん。だから、私がトワくんを庇うの」
にこにこと笑顔で話すヒロインは、いつもの屈託ない様子で。
「と、とりあえず、早く掃除終わらせましょう」
「そうですね」
二人は、再び甲板の掃除を始める。
フォアマストの陰で、珍しく躊躇したシンが苦笑していた。
出て行こうとした矢先、ヒロインの言葉に足止めをくらった形になったのだ。
今、トワを問い詰めたら、確実にヒロインがトワを庇いに回る…らしい…。
他の男を自分から庇うヒロインなんて、見たくもない。
「トワが1人になるのを待つか…」
シンはとりあえず掃除中の二人が見える位置で待機した。
「なんなんだ…」
シンは、内心、焦りを感じていた。
掃除が終わったヒロインとトワは、連れだって倉庫に行き、ファジーと一緒に何やら作業を始めているようなのだが…。
しばらくすると、連れだってソウシの許へ何かを運びに行き、ソウシと三人で会話をして、またヒロインとトワが連れだって倉庫に戻る。
そのうちに、二人が連れ立って荷物を持って、ナギの許へ行き、また二人で倉庫に戻ってきてファジーと……。
いや、おそらく呼べば、ヒロインはすぐにシンの許へ1人で来るだろうが、それでは意味が無い。
とにかく、トワが一人にならない。
なぜ、あの二人はあれほど行動を共にしているのか…。
「そういうことか…」
シンはようやく、ナギとソウシが感じていた不自然さを理解した。
あの二人は、やたらと行動を共にしすぎている。
ナギとソウシが訝しく思うほどに。
そして、ヒロインが何か隠し事をしているのは、シンも気づいている。
ただ、シンが感じるヒロインの様子から、何かプレゼントを用意しているとか、そういう類いのはずだ。
おそらく、ヒロインの隠し事をトワは最初から知っている。
シンが気づけば、トワが問い詰められることを予測して、あえてトワが独りにならないよう配慮するような悪知恵のある…。
「黒幕は、ファジーだな」
いずれにしろ、現状を知った以上は、さっさとヒロインからトワを離したい。
シンはしばらく考え込んでいたが…。
「おい、ヒロイン、いるか?」
何食わぬ顔で、シンは倉庫へ入った。
「あ、シンさん、何ですか?」
ファジーとヒロインとトワが、たくさんの布を前にして、何やら縫っている。
「…何してるんだ?」
シンは、訝しげに三人を見た。
「見てわかるだろ、縫物してんだよ」
ファジーが答える。
「ほう?」
無造作に置かれた布の一つに屈んで手を伸ばすと…
「あ、ああの、シンさん、何か私に御用があったのでは…?」
ヒロインが慌てたように、立ち上がってシンの袖を引いた。
「お前が、何を縫っていたのか、興味があるな…」
にやりと笑って、別の布を手に取る。
広げれば、小さめの男用シャツ。
「……なんだ、コレは?」
ファジーが大笑いした。
「ヒロイン、もう、隠すのは無理だよ。シンが気づいちゃったからね。それに、ちょうど、もう隠す必要ないだろ?」
あからさまに、落胆したヒロインが、シンを見上げた。
ヒロインは、ファジーに洋服の作り方を習って、自分の弟達の服を作ったのだという。
ただ、サイズが微妙だったので、仲間の中では体格の一番小さなトワをもとにして、そこから更にワンサイズ小さくしたものを作っていたらしい。
「それで、弟達のは一週間前に完成したのですが、せっかくうまくできるようになったからと思って…」
ヒロインがシンに折りたたまれた白い布を渡した。
「さっき完成した、シンさんの分です…」
それは、シンが好んで着るタイプのシャツだった。
「…作ったのか?」
「はい。…それで、手伝ってくれたトワくんにも、今、作ってて…。あと、ナギさんとソウシ先生とハヤテさんと船長のも、ファジーさんとトワくんにすごくたくさん手
伝ってもらって作ったんですけど……」
「あとは、ボタンをつけるだけだよ」
そう言ったファジーが手にしている白いシャツは、ハヤテが好んで着ているタイプだ。
「えっと……シンさん、怒ります?」
上目づかいに見上げて、シンに尋ねるのは、きっとファジーの入れ知恵だと、思う。
そもそも、ヒロインが他の仲間にプレゼントを用意したことを、わざわざシンに話して許可を求めるような性分でないことは、シンの方が知っている。
シンは、ちらりと、ファジーを見下ろした。
ファジーは、シンの視線をわかっていて、知らんぷりを決め込んでいる。
トワは、ファジーに隠れるように小さくなっているが、成り行きを心配しているのが良く分かる。
「怒って許さない、といったら、どうするんだ?」
「ええっ…えっと…」
ヒロインが心底困って、救いを求めるように、ファジーを見た。
相変わらず、隠し事も謀もできないヒロインだと思うと、シンの口元はどうしても緩んでしまう。
「…わかった。おまえが渡したければ、渡せばいい。そのかわり…今ここで、人数分、キスしろ」
「はぁ?」
「ええっ!」
「え、えええっ!」
ファジーとヒロインとトワ、三人から声が上がった。
ヒロインが真っ赤になってうろたえる。
「そ、それは、弟たちの分もですか?」
「まあ、それはカウントしなくても許す。ナギとソウシとハヤテと船長とトワ、五回だな。ほら、お前からキスしろよ」
意地悪く見下ろせば、ヒロインは困って立ち尽くしている。
「まあ、いいじゃないか。相手はシンなんだから。ほら、アタイたちは、あっち向いてるから、さっさとやっちまいなよ」
ファジーが気を使ってヒロインに声をかけた。
「ダメだ。おまえらは、証人だ。ちゃんと見てろ」
「ちょっと、あんた、そんな…」
シンは、抗議しようとしたファジーを睨みつける。
「やっぱり、シンさんものすごく怒ってますよ…ここは素直に従わないと殺されちゃいます……」
慌ててトワが、ファジーの耳元で囁くのが、筒抜けで聞こえてくる。
トワの囁きを聞いたヒロインが、意を決したようにシンに歩み寄り、肩に手を置いて背伸びした。
近づいてきた唇を、シンが噛みつくように捉えると、長いキスをする。
ようやく解放されたヒロインは、呼吸が整わずにいた。
「ほら、あと4回だ…」
催促の言葉に、ヒロインがもう一度背伸びしてシンに口付ける。
濃厚なキスシーンを、ファジーは息をつめて見学した。
ふと気になって後ろを見れば、トワは真っ赤になっているが、やはり目が離せずにいる。
「あと3回…」
その後しばらくは、状況を愉しむようなシンの声だけが、倉庫に響いていた。
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18歳以上の大人です