彗星



「…これって、ほうき星ですよね」
 宝の地図の夜空の部分に描かれた、女神の生首のような絵を指して、ヒロインが言った。
 リュウガ船長とシンが、顔を見合わせる。
「なるほどな…。そういう解き方もアリか」
「その発想、盲点でしたね。なら、この数字は、距離ではなくて彗星の周期や出現した年かもしれない」
「よし、シン。その方向で調べてみてくれ」
 リュウガがヒロインの肩に手を回す。
「ヒロインは、また、念のため、地図の複写頼んだぞ」
 その手が、すっと下がって、お尻をポンポンと叩いて離れた。
「ちょっ…船長っ!」
「はっはっは」
 笑いでごまかすように、リュウガは甲板へ消える。
「お前が隙だらけなんだよ」
 シンが、ヒロインの頭を拳骨で小突いた。
「ったぁっ…」
「いいから、お前はそっちの机でさっさと、その地図を書き写しておけ。俺は、彗星の記録を調べる」
「はい…」
 航海室に本のページを繰る音と、ぺンが紙を滑る音だけが響いた。

甲板に出たリュウガは、辺りを見回しているソウシを見つけた。
「どした?」
「いつもはこの時間、ヒロインちゃんが医務室に来るはずなんだけどね。なかなか、来ないから…」
「ああ、ヒロインなら、航海室でシンと作業中だ」
「作業中?って…」
「心配すんな。いくらあの二人でも、昼間っから子作りはしてねぇよ」
 ソウシが苦笑する。
「そういえば、船長に一度確認しておきたかったんだけど…」
「なんだ?」
「船長は、身重の女性をこの船に乗せるつもりなのかな?」
「あまり良くねぇな」
 リュウガも苦笑してソウシを見た。
「身ごもったか?」
「まさか。二人には悪いけど……。ヒロインちゃんはともかく、シンの覚悟も確認できていないからね」
「怖い医者だな…」
 ソウシが、少し真面目な顔でリュウガに問う。
「…で、船長は、どうするつもりなのかな?」
「ん…まあ、いざとなったら、信頼できる女と、一年という話はできているんだがな」
「シンは?」
「知らねぇな」
 なるほどね、とソウシは航海室を見遣った。
「ま、そん時は、そん時だろ。じゃあなっ」
 リュウガはそそくさと食堂へ向かった。

 静かな航海室に、ノックの音がする。
「ちょっとごめんね。ヒロインちゃん、今日、医務室来なかったから。いつも飲んでる栄養剤。できるだけ毎日同じ時間帯に飲んだ方がいいから、持ってきたよ」
 ソウシが、ヒロインに錠剤と水を渡す。
「あ、ありがとうございます」
 受け取ったヒロインが、何のためらいもなく錠剤を飲むのを、シンが眺めた。
「いつも飲んでるのか?」
「はい。これ飲み始めてから、なんだかすごく、身体の調子がいいんです」
「……」
 シンがソウシを見る。
「身体のリズムを整える栄養剤だからね。シンも飲む?」
「いえ……」
 ソウシは、笑って空のコップをヒロインから受け取ると、航海室を出て行った。
「その薬、いつから飲んでいるんだ?」
 ヒロインが、えーっと…と考え込んで。
「確か、モルドー帝国を出た頃に、ソウシ先生が試しに一ヶ月といって…結局、それからずっとですね」
「……なるほどな…」
 シンが複雑な表情で、資料のページを閉じた。

「この彗星は『11年の大彗星』ですね。8ヶ月間、昼間でも見えた伝説のほうき星です。見えた方角は、現在の地図にあてはめるとこちら側になるので…」
「つまり、お宝が眠る島は、ここってわけだな」
 再び航海室で、リュウガとシンが話している。
 地図の模写を終えたヒロインは、二人の邪魔をしないように、静かにペンや定規を片付けていた。
「よし。目的地は、この島だ。何日かかる?」
「…2週間、ですね」
「うーん…。ナギに確認必要だが、おそらく一度補給だろうな」
「でしょうね。三日で港町があります」
「とりあえず、港だな。あとは、全員に確認だ…おい、ヒロイン」
 リュウガの手が、ヒロインのお尻をぽん、と叩いた。
「船長っ!」
「全員ここに集合だ。呼んで来い」
「…はい」
 ヒロインは仲間を呼びに、航海室を後にした。
「そう、怖い顔するなって。減るモノじゃねーだろ」
 シンの視線に、リュウガが苦笑する。
「おまえ、いざとなったら、あいつを1年ほど手放す覚悟あるか?」
「……なんですか、それは」
「わかった、わかった。なんでもねぇよ。ただの冗談だ」
 リュウガは笑いながら腕を組んで、海を眺めた。
その横顔を、シンは訝しげに見る。リュウガは気にするなと告げ、船長室へ去って行った。

夜、几帳面なノックの音がして、ソウシは嗤った。
「やあ、シン。どうしたの?」
「ドクターに聞いておきたいことがある」
「どうぞ」
 ソウシが思ったより早かったかな…と小さく呟く。
「ヒロインに飲ませている薬は…」
「女性のホルモンバランスを整える薬だよ」
 ソウシがにっこりと笑って答えた。
「……」
 シンが、ソウシを眇める。
「ヒロインちゃんだって、調子が良くなったって言ってたでしょ? ただ、あれは、排卵を抑制して避妊の効果もあるけどね」
「そのこと、ヒロインは?」
「当然、知らないよ。栄養剤だと言っているからね。不満かい?」
「いや……」
 シンの拳が、硬く握られた。
「あれ? もっと、すごく、怒られると思ったんだけど…何故私がこんなことするか、聞かないのかい?」
 とても意外そうに、ソウシが言う。
「…残念ながら、今、理解した。ドクターにとって、出産は専門外だったな」
「それ以前の問題だよ、シン。さすがに身重の女性を『海賊船』に乗せるわけにはいかないだろ? いつ襲われるか判らない。無理をさせれば、流産してしまう危険だっ てある。それこそ、嵐だって、身重の体には命取りだよ」
「…そうか。だから、いざとなったら、1年手放せ、か…」
「ああ、船長は、いざとなったらヒロインちゃんを陸に避難させる用意があるみたいだね」
 シンが自嘲的に呟く。
「冷静に、不測の事態や最悪の事態に常に備えるのが俺なのにな…」
 ソウシが、愉しそうに笑った。
「恋は盲目って言うからね。さすがの航海士も、視界狭まっていたんじゃない? でもね、シンが飲むなって言えば、ヒロインちゃんは薬飲まないと思うよ」
「だろうな」
「…女性ってすごいよ。好きな男の子供を身籠ったら、本当に女性は強いんだ。だからね、私はヒロインちゃんのことは、あまり心配していないんだよ。例え、船からし ばらく降ろされても、ヒロインちゃんなら、大丈夫なんじゃないかな」
「………」
 言外に、問題は自分だと言われていることを、聡いシンは理解する。
「相変わらず、ドクターは人が悪い」
 苦笑したシンに、ソウシはにこやかに答えた。
「これからも、ヒロインちゃんに栄養剤を与えておくね」
 選択権は当事者であるシンに委ねる、と。
 シンは複雑な表情のまま、医務室を後にした。


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……これで終わり?とか言われそうですが…はい。すみません。
これで終わったら救いがないなあ…と自覚しつつ…。救いは大人向けの裏に…。というか、この話、裏も表も関係ないテーマですけどね。

18歳以上の大人です