白い欲情



シンが部屋に戻ると、ヒロインは椅子にもたれるようにして眠っていた。
 シンが戻るのを待っていようとしていたらしい。
 ソウシがこっそりヒロインに避妊薬を飲ませていることを知ったばかりのシンにとって、眠っているヒロインは好都合だった。
 ヒロインを抱きあげて、ベッドに横たえる。
「んー…」
 少し身じろぎしたものの、ヒロインが目覚める気配は無かった。
 シンは無防備に眠るヒロインの髪を指先で梳く。
「…怒ってドクターを殴る前に、気づいてしまった自分が恨めしいな……」
 唇をそっと撫でた。
「別に考えなかったわけじゃないぞ。…ただ、俺の方が、船長やドクターより考えが甘かったのは確かだ…」
 確かに身重の体で『海賊船』に乗る事のリスクは計り知れない。
 ため息をついて、ヒロインを起こさないように、ベッドに滑り込む。
「俺が、お前を1年も手放せるわけがない」
 1日手放すことも苦痛だというのに。
 そもそも、手放すと考えるだけで、苦痛だと言うのに。
 シンは自分の中で、暗い感情が渦巻くのを自覚していた。
「ちゃんと大切にするから…幸せにするから……俺の覚悟ができるまで、許せよ?」
 眠っているヒロインを抱きしめる。
「ぅ…ん……」
 強く抱きしめられて、ヒロインが目を覚ました。
「あ、シンさん…あれ? すいません。私、寝ちゃってました?」
 黙って、優しく、キスをする。
「シンさん? どうかしました?」
 もう一度、優しくキス。
「シンさん、すごく優しい……」
 ヒロインがクスクスと笑って、シンの頬に、耳元に、キスを返す。
「それは、誘っているのか?」
「はい」
 あまりにはっきりした返事に、シンが驚く。
「お前、寝ぼけているだろう?」
 ヒロインは、悪戯っぽく、シンの唇にキスを返した。
「シンさん、大好き」
 そう言って、シンの身体にすり寄り、抱きついて胸に頬を寄せる。
 すぐに、規則的な寝息が肌を通して伝わってきた。
 シンが、大きなため息をつく。
「……お前な…自分から誘っておいて、そりゃないだろう」
 とは言ったものの、抱きついて眠るヒロインを無理やり起こす気にもならず、シンは自らの中で火がついた欲情に目を閉じた。

朝、耳元をくすぐる優しい風がもどかしくて、ヒロインが目を覚ますと、自分を見つめるシンと目が合った。
「あ、シンさん、おはようございます…」
 起きてすぐに大好きな顔が見れて、自然と笑顔になる。
 夢の続きのような気がした。
「やっと起きたか。もう朝だぞ」
「はい?」
「昨日、自分から誘っておいて…覚えてないとか言うなよ」
「ええ?」
 にやりと笑ったシンが、ヒロインの手を自分の分身に導く。
 指先に、シンの硬くて熱いものが触れ、ヒロインはうろたえた。
「俺が眠ろうとしているのに、身体擦り寄せて抱きついた挙句、お前からキスしてきただろ」
 そんな記憶は、当然ないヒロインだった。
「お…覚えていません…けど」
 シンが眉を吊り上げる。
「覚えてない?」
「あ…えっとぉ…ものすごく優しいシンさんに会う夢なら…見たんです…けど…」
 シンがヒロインにのしかかろうとするのを察して、ヒロインは慌ててベッドから抜け出した。
「…おい。どういうつもりだ?」
「え? だって、朝で、こんなに明るいことですし…」
「お前の隅々までよく見えるから、俺は気にしない」
 言われたヒロインが真っ赤になる。
「ナ、ナギさんのお手伝いに行かないと」
「だったら、さっさとヤルからこっちへ来いよ」
 ヒロインが後ずさりながら答える。
「いえ…その…。ま、また、続きは今夜ってことで……いかがでしょう?」
「今夜?」
「…はい……」
 シンが意地悪な笑みを深くした。
「そのかわり、縛って苛めるぞ」
「えぇぇぇっ!」
 ヒロインが本気で困って迷うさまは、眺めているだけで愉しい。
「…そんなに悩むな。冗談だ。いいから、さっさとナギの手伝いに行け」
 シンは苦笑してヒロインを解放する。
 あからさまにほっとした表情で、ヒロインは部屋を出て行った。
 部屋に一人になって、シンはヒロインが先ほどまで眠っていた傍らの温もりを撫でる。
「今、抱いたら、夜まで手放せなくなりそうだ…」
 その気になっている正直な自分の体を慰めることは、ここしばらくしていなかったな…と自嘲しながら、シンは、ヒロインの温もりをシーツごと握りしめた。


シンが食堂に行くと、相変わらずくるくると忙しく働いて食事を運ぶヒロインがいた。
「はい。シンさん。今朝は、飲むヨーグルトですっ」
 ヒロインが、コップに汲まれた、白濁しドロドロの液体をシンに差し出す。
「………」
「シンさん?」
 すぐに受け取ろうとしないシンを、ヒロインが不思議そうに見上げた。
「…いや。なんでもない」
 ちょっと照れたような、バツの悪そうな顔で、シンはコップを受け取った。
 シンの反応を目にしたソウシが、何やら思い当たることがあったらしく、クスクス笑う。
「ドクター?」
「…なんでもないよ。せっかくヒロインちゃんがくれたんだから、全部飲むんだよ、シン」
「言われなくても、飲みますよ」
 二人のやりとりを、気にとめた仲間がいないことに何処かほっとしつつ、シンはコップを傾けた。

Triangle againへ戻る