切札



 きっかけは、立ち寄った港で聞いた財宝の話だった。
 かつて、カジノ王と呼ばれた幸運の男が遺した財宝が、南の島に隠されている、と。
 その島の財宝は隠されてもいないし、トラップもない。
 ただ、幸運にもその島を見つけた者に譲るのだと、本人は遺言したらしい。
 問題は、島の情報だった。ただ、カジノ王の館から『南にある島』。
 それだけ。
「探しに行くのも馬鹿馬鹿しい話だな…」
 情報は得たものの、誰もが乗り気ではなかったのだが…。
「船長…俺が今まで作ってきた海図上では、その館の位置から真南にある島は、一つだけです。確かに、辿り着くには難しい島ですが…」
 シンの一言で、シリウス号は、南に向かっていた。
「南というから、温かいと思ったんですけど…」
 ヒロインは、雪のちらつく空を見上げた。
「南も、極に近づけば極寒の地だからな」
 答えるシンの息も白い。
「この海に来るのは、久々だな。おい、ハヤテ、くれぐれもでかい影に注意しろよ」
 リュウガ船長がコートを羽織って甲板に現われた。
「でかい影?」
「おう。この海は、食い物が良いらしくてな。やたら巨大なクジラと大王イカがよく出没しやがる。なんだ? ナギは捕獲するつもりか?」
 ナギが、トワと一緒に甲板で銛を何本も並べて準備をしていた。
「以前も来たことあるということは、目的の島にも行ったことがあるんですか?」
 ヒロインがリュウガに聞くと、舵をとっているシンが答える。
「いや。島があるのは確認して海図にも書き込んだが、上陸はできなかった」
「……そうだな。ありゃ、苦労したな」
「?」
 思い出話のようになって会話が途切れてしまい、ヒロインには意味がわからない。
「シンっ! 1時の方向、なんか影見える」
 見張り台からハヤテの声がした。
「ハヤテ、どっち向かってる?」
「んー。今は、5時の方向」
 ヒロインは、船室の何処からか、キュイーン、キュイーーンという高い音が聞こえた気がした。
「今の音…この前、ファジーさんと北の港で買った、かわいい笛の音に似てるかも…」
 何やら慌ただしくなってきた甲板をあとにして、ヒロインは船室へ行った。
ファジーは医務室でソウシに薬草を煎じてもらっていた。
「どこか悪いんですか?」
 心配そうに聞いたヒロインに、ファジーが笑って答える。
「ちょいと、身体を温める薬をもらってるのさ。やっぱり寒いと、生理痛が痛くてねぇ」
 さらりと言ってしまうあたりが、いかにもなファジー。
「ヒロインちゃんも飲んでおくかい?」
「…いえ、私は、いつもソウシ先生にもらっている栄養剤のおかげで、すごく調子いいですし、大丈夫ですから……」
 なんとなく、話し難さを感じていると、ファジーが気づいてくれた。
「で、どうしたんだい?」
「あのー、ちょっと前に、ファジーさん、この音聞きませんでした?」
 自分の荷物から持ってきた小さな笛を吹く。
 キュイーン、キュイーーンという高い音が響いた。
「いや、気付かなかったねぇ」
「そうですか……何の音だったんだろう…甲板にいたら、聞こえてきて、この笛のこと思い出したんですけど…」
 ソウシが、目を眇める。
「ヒロインちゃん、ちょっとそれ、見せて」
「あ、はい…」
 笛を受け取ったソウシが、飾りや彫られている模様を眺めて頷く。
「船長のところへ行こう」
「え?」
 ソウシがヒロインを連れて甲板に出た。 甲板では、ちょっとした混乱が起きていた。
「やべー。後ろも囲まれてる」
 見張り台で、剣を構えたハヤテの声がする。
「なんで、この前みたいに襲ってこないんだ?」
 ナギとトワが、銛を手に、左右の海を覗っている。
「そうか…」
 ソウシだけが、納得したように呟いて、リュウガと話始めた。
「ヒロイン、でかした」
 突然、リュウガが笑ってヒロインを抱え込む。
「え? あの…。ぜんぜん、何がなんだか、わからないんですけど…」
 ソウシが笑ってヒロインに笛を手渡す。
「ヒロインちゃん、この笛は、クジラの子供の鳴き声と同じ音なんだ。この彫りこまれた文様は、捕鯨部族の文字でね、子鯨の声、と書いてあるんだ」
「それが、何か…?」
 ヒロインがきょとんとしていると、舵をとっていたシンが頷いた。
「……そういうことか。おい、ヒロイン。こっち来て、笛を吹け」
「はい…」
「はっはっは。こういう偶然は、幸運のうちだな」
 リュウガが抱えていたヒロインを解放して、船首に立った。
 ヒロインが笛を吹いている間にシンが舵をきる。
 船を取り囲む影が、寄り添うように、ぶつからないように、移動する。
「なんだ、こいつら……」
 見張り台から見下ろしていたハヤテが、驚きの声をあげた。
「なるほどな」
 シンも、にやりと笑う。
「あの…シンさん、何がどうなっているんでしょう?」
「その笛のせいで、クジラたちは、この船をおそらく子鯨だと思ってる。守ろうとしてる」
「守る?」
「子鯨は、海龍に襲われてもおかしくないからな。…前回あの島に近づいた時、海龍の群れに会ったんだよ。数匹はなんとか倒したが、あとは逃げるのが精一杯だった」
「だから苦労したって言ってたんですね」
「これなら、あの島に行ける」
 確かにその後、シリウス号が海龍に会うことはなかった。

「なんというかさあ、…わかりやすい財宝だな…」
 ハヤテが船内に運びこんだ財宝を眺めて言った。
「まあ、カジノ王の財宝だからな。俺の海図が正確だと判明しただけでも、満足だ」
 シンも財宝を眺めて言う。
 財宝は、確かに隠されてもいなかった。
 トラップも無かった。
 金のルーレットボード。
 宝石製のチップ。
 金のダーツボード。
 銀のダーツ。
 宝石で飾られた金のトランプ一式。
 飾りのない銀のトランプ一式。
 金のスロットを模したオブジェ。
 金のディーラー像たち。
 銀のトランプゲーム台。
 島の高台の上に並べられていた…財宝たち。
「カジノ王は、何がしたかったんでしょうか?」
 運んだトワが、不思議そうに言った。
「ま、金持ちの考えることは、判らん。それより、俺は鯨の肉を手に入れたいが」
 ナギが言うと、ソウシが笑った。
「まさか、船の護衛を狩るわけにはいかないね」
「アタイと買ったあの笛が、こんな南の果てで役に立つなんてねぇ…。それにしても、寒いねぇ…」
 ファジーが雪のちらつく周りを見渡す。
「さて。分けるか?」
 リュウガが、立ち上がった。
「よし、ヒロイン。お前が最初に好きなものとれ」
「わ、私ですか?」
「今回は、ヒロインが幸運の使者だったからな。何でもいいぞ。好きなもの選べ」
 リュウガ船長に言われたヒロインは、さんざん悩んだ挙句、銀のトランプから1枚だけ手にしたのだった。


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