水浴



 掃除当番をやろうと、シャワー室の扉をあけたヒロインは、硬直した。
    「ったく。おまえ…、また、使用中のプレートを見なかったのか」
 下着姿のシンが、立っている。
「すっ、すいませんっ」
 真っ赤になって、背中を向け、慌てて出て行こうとした腕が、囚われてそのままシンの方へ曳かれる。
「このまま、出ていけると思っているのか?」
「えっ、えぇぇっ!」
 後ろから抱きとめたシンの腕は、ヒロインから自由を奪う。
 衣服の隙間から、シンの手が中へと滑りこんでくる。
「シ、シンさ…」
「…大人しくしてろ」
 耳元で囁く声がヒロインの首筋に落ちて、一瞬仰け反るように身体が硬直する。
「……おまえ…熱いな。今まで何やっていた?」
「へっ?」
「この炎天下、甲板で走り回っていたのか?」
「えっと…。洗濯干して、甲板掃除して、シャワー室の掃除に来たんですけど…」
「馬鹿か? 熱中症になるぞ?」
「だ、大丈夫ですよ…」
「おまえの髪…熱い」
「そ、それは、さっきまで、甲板にいたから…」
「下着も湿ってる…」
「だって、汗かいたし…って、そうだっ、離してくださいっ、私、汗いっぱいかいたから…」
「だから?」
 シンが、ペロっと、首筋に舌を這わせた。
「ひゃあっん」
 いつの間にか、内側らから衣服のボタンをはずした器用な指先が、ヒロインの隙をついて服を床に落とす。
「えっ! あれっ? いつの間に…」
 後ろから抱きとめられた姿勢のまま、シャワー室へ連れ込まれる。
「丁度いい。おまえも冷やしてやる」
「へっ? 冷やす?」
 左手でヒロインの腰を抱えたシンが、右手でシャワーの栓を開いた。
「ひゃあぁぁぁっ」
 突然、肩にあたった冷たい水の刺激にあげた悲鳴が、シンの右手に塞がれる。
「馬鹿。変な声出すな」
「す、すみません…だって……」
 いろいろな意味で火照っている身体に、突然訪れた水の刺激は、強烈で。
「あ…れ? シャワー、水ですか?」
「このくそ暑いのに、お湯なんか浴びられるか」
「だってシンさん、涼しい顔で長袖のコート羽織って…いましたよね?」
「あれが、俺のスタンスだからな。下に来ているシャツは夏用だし、コートは日除け代わりだ」
「首に、いつものスカーフ巻いてたし…」
「だから、なんだ?」
 ヒロインが、くすくすと笑う。
「シンさんも、暑かったんですね?」
「……当り前だろう。おまえ、ハヤテの馬鹿みたいに、俺の周りの空気だけ涼しいとでも思っていたのか?」
「いえ、思ってませんけど…暑くないのかなって…。ハヤテさん、そんなこと言ってたんだ……」
 楽しげに笑い出したヒロインの身体に、少しずつシャワーの水が触れる範囲を増やしていく。
 ゆっくり広がっていく水の刺激は、涼しくて気持ちがいい。
 シンがさりげなく、ヒロインを気遣ってシャワーを浴びせてくれているのが分かって、嬉しい。
「慣れたな?」
 一通り水に触れたのを確認して、シンの手がヒロインの身体から離れた。
「ちょっと持ってろ」
 ヒロインの手の中に、見慣れた眼帯と髪留めが渡される。
「え…」
 自分の手の中に置かれたものを見て、ちょっと驚いたように振り返ったヒロインの視界に、目を閉じて降り注ぐ水を浴びているシンが映った。
 ……うっわぁぁぁ。すごい、きれいっ…。
 気持ち良さそうに目を閉じて水を浴びるシンの姿に、ドキドキと鼓動が速くなる。
 長い指が、濡れた髪を梳き、髪を伝った水がキラキラと落ちていく。
 一歩、退いたシンが、水の滴る前髪を掻きあげて、ヒロインを見つめた。
「何、エロい顔してみてる?」
「だって、シンさん、すごくきれいで…」
 フッ、と笑みを浮かべたシンは、ヒロインの額に小さくキスを落として、眼帯と髪留めを受け取る。
「誘っても、今はダメだ……」
 どちらかというと、自分に言い聞かせるように呟いたシンは、ヒロインの肩を押してシャワーの中に立たせた。
「ソコで、涼みながら掃除してろ。タオルと着替え、持ってきてやる」
 シンは、不自然なほどあっさりと背中を向け、ヒロインを残してシャワー室から出て行ってしまう。
「…?……。はーい…」
 そういえば、自分は掃除に来たのだったと思いだしたヒロインの横に、シャワー室へ戻ってきたシンの手がバケツとタワシを置いて消えた。
 ……??? 今、手だけ? シンさんなんか変?
 ヒロインは訝しく感じながらも、シャワーを止め、タワシを手にとって、床を磨き始めた。
 さっさと脱衣場に戻ったシンは、大きなため息をついた。目の前に置かれた掃除用具をみて、とりあえずシャワー室の中に黙って入れる。
「……ったく…」
 予期せずにヒロインが現われて、衝動的につい、シャワー室へ引っ張り込んでしまった自分。
 タオルで濡れ髪の水分を拭き取りながら、変に熱を持つ自分の一部に苦笑する。
 ちょっと水を浴びて汗を流したら、すぐに操舵に戻る必要があった。
 それを、一瞬忘れて、ヒロインを抱く気になっていた自分。
 水温のお陰で、かろうじて理性が勝てた。
 シャワーの音が止まり、タワシが床をこする音が聞こえてくる。
 下着のままのヒロインが、恐ろしく魅惑的な状態になっているのは、一度目にした自分がよく分かっていて。
 今は、ヒロインが動き回る音だけでも、煽られる気がする。
 眼帯をつけ、とりあえず、下衣だけをきちんと穿いたシンはタオルを肩にかけて、上衣は片手で抱える。
 シンは、掃除の音から逃げるように扉を開けて立ち止まった。
「……船長…」
 気配を消していたリュウガがニヤリと、嗤う。
「なんだ? もう出るのか?」
「いつからそこに居るんです?」
「さあ? 珍しいな、シンが着こまないで廊下を歩くなんて」
 後手に扉を閉めてシンがリュウガを睨みつけた。
「怖ぇな。…変な悲鳴が聞こえたから、ちょっと様子見にきただけだ。お前と一緒だと知ってたら、来ねぇよ」
「……そういうことにしておきますよ」
「しかし、シンは、仕事熱心なやつだな」
「………」
 リュウガは、笑いながら甲板へ去って行った。


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