十六日月


 十六夜は、ためらいながら姿を現す月に因んだ呼び名だ。他に、既望という呼び名もある。
 かつて、月の出ている時間は、恋人たちの時間だった。今夜のような日は、絶好の求婚日和だったわけだ。
「夜見、昨日何があったんだ? あの声、何者? 親父には聞こえなかったらしいぜ」
 そう言われて僕は、隣に立つ真樹の顔を眺めた。
「な…、何だよ。別に、話したくなけりゃ、無理にとはいわねーよ」
 そんなに怪訝な顔をしたつもりはないのだが、真樹は急にうろたえ始めた。苦笑いが込み上げてくる。
「違うよ。どうして真樹にまで聞こえたのかな、と思ってね。あれは、僕に向けられた一種のテレパシーだから。聞こえない方が、普通だ」
 真樹が至極複雑な表情になった。
「じゃ、なんで、俺に聞こえたわけ?」
「僕と同調していたせいかな。または、声の主が、故意に真樹にも聞こえるようにしたか……いずれにせよ、好ましい状態とは言えない」
「げ……」
 斎主が僕と簡単に同調するようでは、困る。いざというとき、役に立たないのだ。また、あの人が故意に伝えたのだとすれば、真樹が危険だ。あの人は、死神なのだから。
 不死でなければ、死神の恋人にはなれない。
「なんでそこで、夜見が黙り込むんだよ。そんなに悪い状況なのか?」
 沈黙に耐え切れなくなった真樹が、心配顔で僕を見ている。
「大丈夫だ。すぐに、ということは、ない」
 真樹の命運は、まだ三十年以上ある。何かあるとしても、それは三十年後以降だ。僕にとっては、そう長い時間ではないが。
「本当だな? 信じるからなっ」
 念を押す真樹に頷きながら、僕は少し向こうの未来へ、思いを馳せた。

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