十七日月


 今夜の月は、立待月。眠らずに事の成るのを待つ月という意味が込められている。
 何かの成就を願う時は、この月に願かけするのがいいという迷信もある。なんでも、月が一晩中見守ってくれているのだという。
「夜見……。月のない空見てて、楽しい?」
 からかうような声で、真樹は僕の前に神酒を差し出した。確かに、今は曇り空。月は雲の向こうに隠れている。
「楽しい? まさか。ただ、気になるんだ」
 受け取った神酒を一気に飲み干して、再び空を仰いだ。雲が流れている。もうしばらくすれば、雲間に月が姿を現すはずだ。
「なんか、俺、ものすっごく嫌ーな予感がする……」
 真樹が空を見上げ、呟くように言った。僕は空を見上げたまま、頷く。
「同感だ」
 雲間に現れた月は、蒼く透き通るような色合いだった。冷徹で、冷ややかな光。一度見たら、なかなか目が離せなくなる美しさと怖さを合わせ持つ光だ。そして、おそらくは月光を浴びた僕も……。
「真樹、部屋へ戻れ」
「言われなくたって、そうするよ。巻き添えは嫌だからな」
 人が持つ願いは、良いものだけではない。特に願かけとなると、恨み妬みの類いが圧倒的に多い。そんなものは、大抵すぐに散ってしまうのだが、たまに形を残したまま、僕のところへやってくるモノがある。禍禍しい塊。
「なぜここへ来た?」
 それは、怒りと憎しみが激しく絡み合っていた。行き着く先は…。
「…くだらぬ」
 なぜか、しぶとく残っているモノほど、自己中心的だ。しかも、刃向かってくるモノばかりときている。
「……下種が」
 招かれざる来客を粉々に散らした頃、月は再び姿を隠し、僕の蒼く染まっていた肌は、元に戻っていた。

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