十一日月


 十日余りの月という言い方がある。今夜の月は、その呼び名より、薄月という呼び名の方が、ふさわしいだろう。
透けるような光は、とても魅惑的で美しい。
「こういう月は幻想的でいいよな」
 真樹の声が、庭の向こうから聞こえた。今日の月を見るには、特等席とも言うべき場所に立っている。
「三日月だと、もう少し別の情緒が見られそうな霞だ」
「……。あ…のさ、夜見の声、ぞくぞくするほど艶っぽいぞ」
 いくらか警戒しながら、真樹が近寄って来た。
「そうか? 月の色気を吸ったかなぁ…」
 軽くほほ笑んで月を見た。ふと気づくと、真樹が僕を呆然とした目で眺めている。
「真樹?」
「……夜見だよな。俺の目の前に立っているんだよな?」
 確認するかのような真樹の呟き。どうやら僕は、無意識のうちにかなり月の影響を受けていたのかもしれない。
「僕が幻影のように霞んで見える?」
「……っていうか……刺激的すぎて目が離せない。俺でさえ、いま夜見に触れたら…その…正気を保つ…まともな…ああ、何言ってんだ、俺はっ。とにかく、手が出そうな気ィする」
 想像以上の重症らしい。下手な言動は、真樹を挑発してしまうことになりそうだ。
「わかった。僕が離れる」
 一蹴りで屋根の隅に立った僕は、そのまま座り込み、立ち去って行く真樹を眺めた。母屋に入る直前に、立ち止まって僕を見上げる真樹の熱い視線。おそらく、僕はあの月と同じような色気を発していたに違いない。
 いつまで僕は、彼の幼なじみに甘んじていられるのだろう。そんな思いが、ふと過っていった。 

十二日月へ
月読記へ